Code:098 クーちゃん先輩と任務へ行こう①
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朝露がまだ乾ききらぬ芝生に、長い影が落ちていた。
ギルドの正門前で待つクーレリカは、DOCの時計機能を確認してから小さく息をつく。
約束の時刻まであと三十分。早く来すぎたかもしれない、という考えが頭をよぎったが、すぐに振り払った。先輩たるもの、遅刻など論外だ。
それから十分ほどが経ち、クーレリカは足音を聞きつけて振り返る。
「おはようございます、クーちゃ……クーレリカ先輩」
わざとらしく言い直すアルトに、クーレリカは眉をひそめた。
「おはようございます。最初から正しく呼んでください」
腕を組み、大人ぶった子供のように睨みつける。
だが、その威圧も効果は薄い。いや、殆ど無い。
「では、さっそく任務を受注しに行きましょうか」
結局、何食わぬ顔でそう言うアルトに流されるかのように、早足で歩き始めるのだった。
朝のギルド本館は既に喧騒に包まれていた。
意気揚々と任務へと向かう者、逆に夜通しの任務から帰還する者、装備を点検する者、仲間と打ち合わせをする者。
その活気の中を抜けて、受付カウンターへと向かう。
「クーレリカちゃんにアルトくん、おはよう~」
マリーが眠気の残る顔で手を振りながら、大きく欠伸をした。
「おはようございます、マリーさん。早速ですが、任務の受注を」
「あ、そっか、今日から二人はペアなんだよね! 頑張って~!」
いそいそと端末を操作しながら、途中でマリーの手が止まり、首を傾げる。
「えーっと、アルトくんはこれまでパトリックくんと結構難しい任務をこなしてたよねぇ……」
画面をスクロールしながら、困ったような表情を浮かべる。
「クーレリカちゃんが指導役なら、同じように高難度の任務にする? それとも、もう少し安全なものにする?」
「もちろん、今までと同じレベルで――」
アルトが言いかけた瞬間、クーレリカが割って入った。
「待ってください! 最初は危険度の低いものから始めるべきです」
「でも、僕はパトリック先輩と上位個体も倒しましたし」
「それは……」
クーレリカは「むむむ」と唸るようにして思案に耽る。
確かにアルトの実績は新人離れしている、それは間違いない。
しかし、だからこそ慎重になるべきだと、彼女は判断した。
「パトリックさんに強引に連れ回されてるとばかり思ってましたけど」
訝しむような視線でアルトを見つめる。
「あなたも大概ですね。自分から危険に飛び込むタイプでしたか」
「いえ、そういうわけでは……」
アルトは困ったような表情を作りながら、内心で舌打ちした。
昇格ポイントを稼ぐには、引き続き高難度任務が必要だからだ。
「パトリック先輩は臆病者なように見えて、結構大胆に任務を受注するんですよね。そういうところには憧れますね」
さりげなく、比較対象を出してみる。
「パトリックさんが?」
案の定、クーレリカの表情が変わった。
「でも、今の僕の指導役はあなたですから。クーちゃ……こほん、クーレリカ先輩の判断に従います」
「むぅぅ! 私は臆病だって言いたいんですか!?」
反射的に声を上げたが、周囲の視線を集めてしまったことに気付いて、すぐに咳払いして誤魔化す。
そんな様子に、マリーがくすくすと笑っているのが見えた。
「……まあいいです。なら、この西エリアの廃工場任務で」
競争心に火がついたのか、クーレリカはビシッと任務を指差す。
C1ランク一名、またはC2ランク二名以上が条件の、受注可能な中では最高難度の任務。
ジュリアナに宣言した適性難易度の任務選びという言葉は、すっかり頭から抜け落ちていた。
そして、申請ボタンに指を伸ばすが――
『申請エラー:当該任務は既に対応中です』
赤い文字が無情に点滅した。
「……え?」
「じゃあ、こっちの森林地帯の」
アルトが素早く別の高難度任務を選択する。
『申請エラー:当該任務は既に対応中です』
「では、難易度は下がりますが、これは?」
クーレリカが諦めて標準的な任務を選ぶが、結果は同じ。
次々と試すが、全て『対応中』の表示。
「あらら、ごめんね」
マリーが困った顔で説明を始めた。
「さっきの人たちが受注した分で、担当区域の討伐任務は全滅みたい。今日は平和な日だね~」
アルトとクーレリカは顔を見合わせる。
「……巡回任務なら空いてるけど?」
その提案に、二人は揃って肩を落とすのだった。
* * *
商店街の石畳を歩きながら、クーレリカは不満げにぶつぶつと呟いていた。
「本当は、もっと手ごたえのある任務で私の実力を見せたかったんですけど、仕方ありません。パトリックさんと比べて臆病なんてことは断じてありませんから、ええ」
「巡回も大切な任務ですよ」
「でも、強い術式師がする仕事じゃありません。こんなの、暇なときにやる雑用です」
ぶつぶつと文句を言いながら歩く。
だが、その態度を変えさせたのは、視界の外からの呼び声だった。
「あら、クーレリカちゃん!」
パン屋から飛び出してきた恰幅の良いおばさんが、満面の笑みで手を振る。
「おはようございます、マーサおばさん」
慌てて姿勢を正し、丁寧に挨拶を返すクーレリカ。
「今日も巡回? えらいわねぇ。はい、焼きたてのクロワッサン!」
「え、お代は……」
「遠慮しないの! いつも街を守ってくれてるお礼よ」
「あ、その、ありがとうございます……」
温かいクロワッサンを押し付けられ、クーレリカは困ったような、でも嬉しそうな表情を浮かべた。
何やら彼女の言うことと様子が違うなと思いつつ、生暖かい眼差しを向けながら歩みを進める。
すると、今度は別の声が掛かった。
「あ、クーレリカちゃん!」
「おはようございます、リリィさん」
見ると、二十代半ばの女性店主が花束を抱えて近寄ってくる。
「この前はありがとう。おかげで配達が間に合ったわ」
「いえ、たまたま通りかかっただけで」
「そんなことないわよ。風の術式を使って重い荷物を運ぶの手伝ってくれたじゃない」
リリィの指先が、クーレリカの隊服の胸ポケットに白い花を挿した。
「カスミソウ。純粋って花言葉なの。ぴったりでしょ?」
「クーちゃん先輩によく似合ってます」
「だから、その呼び方は……」
「あら、かわいいじゃない。素敵な後輩さんね」
「あ、ありがとうございます……」
リリィまで賛同し始め、クーレリカは観念したように溜息をついた。
更に進むと、古物商の老人が椅子から立ち上がった。
「おお、クーレリカ嬢ちゃんか」
「トーマスおじいさん、お身体の調子はどうですか?」
「おかげさまでな。この前は本当に助かったよ」
老人の感謝の言葉に、クーレリカは照れくさそうに頭を掻く。
「いえ、大したことじゃ……」
「何を言っとる。あの泥棒を捕まえてくれたおかげで、店の大事な品が無事だったんだ。感謝してもしきれんよ」
その言葉に、アルトが興味深そうに振り返った。
「泥棒を?」
「うむ、ただの泥棒じゃなく、術式師崩れの強盗犯。それをこの嬢ちゃんは、たった1人で取り押さえたんだ。下手な大男より、よっほど頼りになるってもんさ」
得意げに語る老人に、クーレリカは慌てて手をひらひらと振る。
「偶然ですからっ、そこまで言われたら恥ずかしいです……」
慌てて否定するが、トーマス老人は聞く耳を持たない。
「偶然で魔導犯罪者は捕まえられんよ」
その後も街の人々から次々と声がかかり、お礼を言われ、頭を撫でられ、お菓子を渡される。まるで街の小さなアイドルのような扱いだ。
「流石はクーちゃん先輩」
「もう、その呼び方、認めたわけじゃないですからね!」
クーレリカは再び顔を真っ赤にして抗議するが、もはや諦め半分の口調だった。




