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Code:094 クーレリカvsパトリック①

「反論があれば聞きますけど?」

「いや、それは……」

 

 パトリックの額に汗が浮かぶ。反論したくても、できない。なぜなら——。

 

(「くそっ、確かにデータ上はそう見えるよな……」)

 

 実態は真逆だった。

 

 アルトが任務を選定し、パトリックはただの添え物。

 戦闘においても、アルトの圧倒的な力の前では出る幕も(ほとん)ど無し。


 だが、報告書には、「指導役・パトリックの適切な判断により任務成功」と記されている。


 報告書の作成は指導役の仕事。

 それでアルトに内容を相談したところ、返ってきたのは「あんたの好きに書けばいい」の一言。


 パトリックは少し迷い——そして、大いに盛った。


 自分の指揮が的確だった。

 自分の判断が任務を成功に導いた。


 書いている間は気分が良かった。

 提出した後に、それが自分の首を絞める鎖になるとも知らずに。

 

 つまり、書類上のパトリックは「有能な指導役」。

 実態は「新人に首根っこを掴まれた操り人形」。

 この落差を知っているのは、この場ではアルトだけだ。

 

「パトリックさん、あなたまさか、自分の昇格ポイント稼ぎのためにアルトさんを利用しているんじゃないでしょうね?」

 

 怪訝(けげん)な眼差しが突き刺さる。

 皮肉なことに、実態は正反対なのだが、それを説明する(すべ)がない。

 

「そ、そんなことはない!」

「それじゃあ、これは何ですか?」

 

 クーレリカのDOC(ドック)から、新たなデータが空中に投影される。

 

「パトリックさんの昇格ポイントの推移です。アルトさんが配属されてから、急激に上昇しているじゃないですか!」

 

 グラフは確かに、ギルド内のC2ランクメンバーを置き去りにして、ロケットのような急上昇を描いていた。

 同じくC2ランクだったクーレリカを、一気に突き放していくように。

 

「これは偶然じゃありません。明らかに意図的で——」

「クーちゃ……こほん、クーレリカ先輩」

 

 静かな声が、熱を帯びた空気を断ち切った。

 アルトが初めて口を開く。相変わらずの穏やかな表情。

 猫を被った、無害そうに見える微笑(びしょう)

 

「誤解です。パトリック先輩は、僕のことをとても大切にしてくれています」

 

 室内の全員の視線が、少年に集まった。

 パトリックに至っては、幽霊でも見たかのような顔でアルトを凝視(ぎょうし)している。

 

「任務も、僕が志願したものばかりです。早く一人前になりたくて」

 

 申し訳なさそうに頭を下げる仕草。

 それすらも、計算し尽くされた演技の一部だった。

 

「パトリック先輩は、むしろ止めてくれることの方が多くて……」

「アルトさん、あなたは優しすぎるんですよ」

 

 クーレリカの声に、切ない響きが混じった。

 パトリックの方から「コイツが優しいわけないだろ」とでも言いたげな視線が飛んでくるが、アルトは気づかないふりをする。

 

「先輩をかばう必要なんてないんですよ?」

 

 その声音に込められた感情の機微(きび)を、アルトは正確に読み取っていた。

 彼女はおそらく、義憤(ぎふん)のためだけに怒っているのではない。


 つい最近まで、第七部隊でC1ランクに到達していないメンバーは、最年少のクーレリカと、パトリックの二人のみ。

 それなのに、C1まで遠かったはずのパトリックに一瞬で抜かされ、新入りのアルトもまた凄い勢いで迫ってきていることに強い焦りを感じているのだろう。


「司令官」

 

 クーレリカが決然とジュリアナに向き直った。

 

「提案があります」

「……聞こう」

 

 ジュリアナが腕を組んだまま、面白そうに促す。

 まるで上質な演劇を鑑賞するかのような表情だった。

 

「私とパトリックさんで、模擬戦を行わせてください」

 

 突然の宣言に、パトリックが珍妙(ちんみょう)な声を上げる。

 それを無視するように、クーレリカは話を進めていく。

 

「私が勝ったら、アルトさんの指導役を代わってもらいます。そういう条件でどうですか?」

 

 透き通った翡翠色の瞳には、揺るぎない決意が宿っていた。

 

「ちょ、ちょっと待てよ! なんで僕がそんな——」

 

 しかしその時、背後からさりげなく影が寄った。

 蝶が花弁に触れるような自然さで、アルトがパトリックの耳元に唇を寄せる。

 

「いいじゃないですか、受けましょうよ」

「はあ?」

 

 振り返ったパトリックの目に映ったのは、天使のような笑顔。

 純粋で、無垢で、一点の曇りもない——ように見えるのに。

 

 次の瞬間、その奥から、底冷えする言葉が落ちてきた。

 

「命令だ」

 

 ぞくりと、パトリックの背筋に冷たいものが走った。

 

 グリンベール村での一件――上位個体との戦いでアルトが見せた圧倒的な力。

 それを自分の手柄として報告し、C1への昇格を果たしたこと。

 その嘘がバレれば、すべてを失う。


 彼には、逆らえない。

 

「パトリック先輩なら、きっと勝てますよ。僕が保証します」

 

 (ささや)きは、(みつ)のように甘く、毒のように危険だった。

 言葉の真意を測りかねたまま、パトリックは震える声を吐き出した。

 

「……分かったよ」

 

 肩を落とし、運命に屈するように呟く。

 

「模擬戦、受けて立つ」

「ふふ、良い度胸です」

 

 クーレリカの表情が、ぱっと明るくなった。

 

「では司令官、許可を——」

「面白い」

 

 ジュリアナの唇に、愉悦(ゆえつ)の笑みが刻まれる。

 

「いいだろう、許可する」

 

 窓外に視線を投げながら、彼女は続けた。

 

「ちょうど夕刻だ。訓練場なら空いているだろう。そこで決着をつけるといい」

「ありがとうございます!」

 

 深々と頭を下げるクーレリカの動作には、勝利を疑っていない者だけが見せる力強さがあった。

 

「パトリックさん、手加減はいりませんからね」

「……ああ」

 

 生気を失った返事に、クーレリカは不敵な笑みを向ける。

 

「指導役として相応しいかどうか、実力で証明させていただくだけです」

 

 パトリックはC1ランク、クーレリカはC2ランクとはいえ、彼女はギルドアカデミーを飛び級で卒業した天才だ。

 飛び級組がセティリアとクーレリカだけ、と言えばその実力に説明は不要だろう。


 正面からぶつかれば、パトリックに勝ち目などない。

 それは本人が一番よく分かっている。

 

「それじゃあ、三十分後に、訓練場で会いましょう」

 

 颯爽(さっそう)(きびす)を返し、クーレリカは執務室を後にした。


 * * *

 

 人気のない廊下の片隅。アルトがパトリックの袖を引いて足を止めさせた。

 彼は小さく息をつくと、いつもとは違う声を出した。

 

「……悪かったよ」

 

 意外にも、そこには申し訳なさそうな表情があった。

 

「濡れ衣を着せたみたいな形になって」

「え?」

 

 パトリックの目が丸くなった。

 この悪魔のような少年の口から、謝罪めいた言葉が出てくるとは思わなかった。

 

「だからこそ、お前が勝って実力を証明すればいい」

 

 声が、再び冷静な色を帯びていく。

 

「模擬戦で勝てば、誰も文句は言えない。お前の指導が間違ってなかったって証明になる」

「無理だって!」

 

 パトリックが激しく首を横に振った。

 

「クーレリカは天才だぞ? 僕なんかが勝てるわけ——」

「俺の言う通りにすれば、そうだな、五割くらいの確率で勝てる」

 

 その揺るぎのなさに、パトリックは言葉を失った。

 冗談で言っている目ではない。

 

「五割って……本気で言ってるのか?」

「この一か月、俺と一緒に戦ってきて何も学ばなかったわけじゃないはずだ」

「それは、そうだけどさ」

「いいか、よく聞け」

 

 作戦の伝授が始まった。

 (つむ)がれる言葉の一つ一つを、パトリックは息を詰めて聞いた。

 

 最初は眉間(みけん)(しわ)を寄せていた表情が、やがて驚きに変わり、困惑を経て——最後に、(かす)かな光が目の奥に灯った。

 

「……本当にそれで勝てるのか?」

「完璧に遂行できて、ようやく五分と五分。後はあんたの運次第だな」

 

 アルトは正直に答える。嘘も誇張もない、純粋な確率論。

 パトリックは迷いながらも、アルトの瞳を見つめた。この少年は本気で、自分に勝たせようとしているのだ。

 

「分かった。君の作戦に賭けてみるよ」


 * * *

 

 訓練場には、既に小さな人だかりができていた。

 第七部隊のリノエラとジェイミー、そして噂を()ぎつけた他部隊の面々が、興味深げに集まっている。

 

「来たのね、パトリックくん」

 

 リノエラの声には、心配と好奇心が()い交ぜになっていた。

 

「クーレリカと戦うって本当?」

「ええ、まあ……成り行きで」

 

 苦笑いで曖昧(あいまい)(にご)すパトリック。

 

「無茶はしないように。クーレリカは本気になると容赦ないから」

「分かってますよ」

 

 励ましなのか忠告なのか判別がつかない言葉に、力なく応じた。


 訓練場の中央では、既にクーレリカが待ち構えていた。

 照明の光を背に受け、エメラルド色のツインテールが(きら)びやかに輝く。

 

「遅かったですね」

 

 振り返った彼女の表情には、絶対的な自信が宿っていた。

 

「準備はいいですか?」

「ああ……」


『模擬決闘が選択されました。30カウントの間、両者の魔導回路(サーキット)がロックされます。合意する場合、承認をタップしてください』

 

 空中に浮かんだシステムメッセージが、二人の間の空気を一段引き締めた。


 観客たちの口数が減っていく。

 模擬戦とはいえ、DOC(ドック)の制御システムが再現する痛覚は、本物の負傷と区別がつかないほどに精巧で容赦がない。

 肉体に傷は残らなくとも、精神に刻まれるダメージは本物だ。

 

 二人が同時に承認をタップした。

 カウントダウンが始まる。

 

『30、29、28……』

 

 機械音声が無慈悲に時を刻む。

 観客に紛れたアルトは、冷徹な観察者の目で両者を見つめていた。


『10、9、8……』

 

 空気が、一秒ごとに密度を増していく。

 両者の魔導回路(サーキット)が、解放の瞬間を待ちわびるように脈動(みゃくどう)を速めていた。


『0——模擬決闘、開始』

 

 そして、魔導回路(サーキット)が解き放たれた。

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