Code:093 求めるものは②
「貴様ともあろう者が、随分と俗物的な発言だな」
「あんたは俺のことを買いかぶり過ぎだぜ」
敬語を捨て去り、アルトは一歩踏み込んだ。
流れるように自然に、しかし確かな圧を放ちながら、一歩前へ。
「俺は目的のためなら何だってする。必要なものは何だって手に入れる。綺麗事を言うつもりはない。復讐のためなら、俺は手段を選ばない」
「それが目的……いや、手段か」
「考えてもみろよ、司令官。このギルドは実力主義だろう? つまり、ランクが上がれば権限も比例して増える。そして、その権限こそが、この世界で何かを成し遂げるための最短の道だ」
アルトの瞳に、抑えきれない野心の火が灯った。
「C1ランクになれば、大多数の任務の自主受注権が手に入る。もう上からの指示を待つ必要はない。俺の判断で、自由に動けるようになる」
指を折りながら、 一つ一つ積み上げるように、アルトは言葉を重ねていく。
「B3ランクになれば、小隊の編成・指揮権と、重要事項データベースへのアクセス権。人を動かす力と、判断に必要な情報が同時に手に入る。B2ランクになれば、機密領域を含む広範なデータへのアクセスに加えて、大規模作戦の立案・承認権。複数の小隊を束ねた作戦を、自分の裁量で動かせるようになる。そしてB1ランクで、他ギルドへの交渉権、だったな」
声が、囁くように低くなった。
「情報交換、共同作戦の立案、場合によっては人材の引き抜きさえ可能になる」
静寂が執務室を支配した。
窓の外で風が吹き、カーテンの裾がさざ波のように揺れる。
ホログラムのデータが、二人の間で無意味に回転を続けていた。
「つまり、このギルドのシステムそのものが、俺にとっては最高の道具なんだよ」
「なるほどな」
ジュリアナの口元に、侮蔑とも感心ともつかない笑みが刻まれた。
「復讐者にしては、ずいぶんと現実的じゃないか」
「かの焔血王でさえ最期は単騎で命を落としたように、一人の力では限界がある。そんなことは、元Aランクのあんたが一番よく知ってるだろう?」
挑発的な言葉に、ジュリアナの頬がぴくりと動いた。
「まあ、あんたが俺のやることに目を瞑ってくれるなら、大人しい飼い犬の真似事くらいはしてやってもいいんだぜ?」
「調子に乗るなよ、小僧」
低い声が、空気の質を変えた。
長年の実戦に裏打ちされた本物の威圧が、目に見えない重力のように執務室にのしかかる。
壁際の書類が微かに震え、空中のホログラムにノイズが走った。
並の新人なら、その場に膝をついていただろう。
だが、アルトは動じない。むしろ、その状況を楽しんでいるかのような余裕さえ口元に浮かべている。
先に圧を引いたのは、ジュリアナのほうだった。
「別にポイント稼ぎをやめろと言うつもりはない。力ある者が上に立つ。それがこのギルドの掟だからな」
窓の外を、訓練場へ向かう術式師たちの影が横切っていく。
皆、それぞれの理由で力を求めている。
生き残るために、守るために、或いは——野心のために。
「だが、改めて忠告する」
振り返ったジュリアナの表情は、今までにないほど真剣だった。
「中途半端な状態で闇に触れるな」
その目が、まるで遠い過去を見ているかのようだった。
「各ギルドの指揮官たちで、奴らの残党への対策は練っている。長期的な計画があるんだ。お前の突発的な行動で、それを台無しにされては困る」
「……分かったよ」
アルトは肩をすくめ、敬語に戻した。
「まあ、正当防衛くらいは許可してくれますよね?」
「……いいだろう」
満足そうに頷くと、アルトはジュリアナに背を向けて扉へ向かおうとした。
——その扉が、外側から勢いよく開け放たれた。
「司令官!」
飛び込んできたのは、怒気を全身に纏ったクーレリカだった。
トレードマークの白いベレー帽が衝撃でわずかに傾き、エメラルド色のツインテールが振り回されるように揺れている。
そしてその細い腕に、パトリックの手首が掴まれていた。
「ちょ、ちょっとクーレリカ! 話せば分かるって! 誤解だって言ってるだろ!」
半ば引きずられる格好で必死に弁解するパトリック。
だが、どういうわけか激昂した彼女の耳に、その声は届いていなかった。
「なんだ、騒々しい。上官の部屋で騒ぐな」
ジュリアナが不機嫌そうに眉をひそめる。
視線だけで「手短にしろ」と告げている。
「失礼いたしました、ですが——これは看過できません!」
クーレリカは形式的に頭を下げたが、その動作自体が怒りに震えている。
視線がパトリックを射抜いた。
「パトリックさんがアルトを危険な任務に連れ回していると聞きました!」
声が執務室の壁を叩く。
アルトは内心で苦笑した。
どうやら、状況を完全に誤解しているらしい。
「新人を、それも入隊して間もない後輩を、毎日のように危険な討伐任務に駆り出すなんて! しかも推奨ランクを大幅に超えた案件ばかり! これは明らかに指導役として不適切です!」
パトリックからすれば真実を話して弁解したいだろうが、アルトに不正ランクアップの弱みを握られている以上、それはできない。
かといって黙っていれば、クーレリカの怒りの矛先は自分に突き刺さったまま。
八方塞がりとは、まさにこのことだった。
「クーレリカ、落ち着いて——」
「アルトさんはまだ新人なんですよ!?」
怒りの底に、別の感情がちらりと覗いている。
心配、あるいはそれよりもう少し複雑な何か。
誰も次の言葉を継げないまま、窓の外の陽だけが静かに傾いていく。
ジュリアナの呆れ顔、アルトの苦笑、パトリックの狼狽、クーレリカの怒気——四つの感情が交差したまま、執務室の時間は一枚の絵のように静止していた。




