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Code:010 禁じられた術式①

 * * *


 夜の(とばり)が降りたギルド【フリューゲル】の正門前は、騒然(そうぜん)とした雰囲気に包まれていた。

 建物を焼いた炎は消し止められたようだが、未だ通り沿いには怪我人たちが無造作に横たわっている。


 実力者揃いの【フリューゲル】メンバーが(すす)(まみ)れ血を流しながら(うめ)いている姿は、秩序が崩壊した世界を思わせるような無惨(むざん)さがあった。


「医療班、急げ! こっちも重傷だ!」

 

 多くのベテランが負傷または行方不明となっている中、【フリューゲル】所属の若手術式師(コーディアン)、カイルは混迷(こんめい)した現場で声を張り上げ、必死に指揮を取る。

 その指示に従って医療班は慌ただしく駆け回り、1人でも多くの命を救おうと怪我人のもとへ急ぐ。


 そんな中を、遅れて到着したアルスフリートは重たい足取りで歩いていた。

 彼の心は重く、胸の奥底には言いようのない罪悪感が渦巻いている。

 白鬼面の男が語った自らの過去、《黒い鉤爪(スヴァルトクロウ)》との因縁が、目の前の惨劇(さんげき)を引き起こしたのではないかという疑念が彼を(さいな)んでいた。


「アルスフリートさん、無事でしたか!」

「カイル、悪いが状況を説明してくれ」


 カイルはアルスフリートが率いる第一部隊の隊員だ。

 彼は隊長であるアルスフリートを見つけると、慌てた足取りで駆け寄ってきた。

 その目は深い(うれ)いに満ちていたが、アルスフリートの帰還を見て一瞬だけ安堵の色を見せる。

 しかし、すぐに現実を表すかのような険しい表情に戻ると、ここで起こった出来事を淡々と話し始めた。


「見ての通り、ギルドが何者かに襲撃を受けて術式(コード)で爆破されたんです。僕はたまたま外出していたおかげで無傷だったのですが、爆音に気付いて駆けつけた時には既にこの有り様で……」

「襲撃者の姿は見たのか?」

「ギルドの屋上から、黒装束を着た複数の人影が北の方角へ飛び去っていくところを見ました」

「そうか、なら、犯人は俺が追う。お前は引き続き怪我人の救護にあたってくれ。提携ギルドに応援を要請してあるから、それまでの辛抱だ」

「お任せ下さい。アルスフリートさんも、どうかお気をつけて」


 カイルに現場の指揮を任せ、襲撃者を追いかけようとした時、何者かがよろめきながらこちらに近づいてきた。

 それは、顔や腕の痛々しい傷跡に包帯を巻いたルークだった。

 彼は今にも泣き出してしまいそうな表情でアルスフリートを見つめ、懺悔(ざんげ)の言葉を絞り出すようにこう言った。


「アルの兄貴……俺、何も出来なかったっス……」

「ルーク、酷い怪我だな、無理に喋らなくていい」

「でも、これだけは伝えないと……」


 ルークは目に悔し涙を浮かべ、アルスフリートの肩を掴んだ。

 その必死な形相と声音に(ただ)ならぬ雰囲気を感じたアルスフリートは、ルークの言葉に耳を傾けた。


「セティリアちゃんが、連れて行かれたっス……」

「……どういうことだ、詳しく説明しろ」

「白い鬼の仮面を付けた男が、セティリアちゃんを連れ去ろうとしてて……何とか止めようとしたんだけど、ぜんぜん歯が立たなくて……そのまま、あいつはどこかへ行っちゃって……!」


 冷静に考えれば、時系列がおかしい。

 ギルドが爆破された時、白鬼面の男はアルスフリートたちと旧市街で戦っていたはずだ。

 足止め役のキグナスを倒し、アルスフリートより先回りしてギルドに到着するのはあまりにも非現実的な話。

 白鬼面を付けた共犯者か、それとも同一人物のトリックか、(いな)、そんなことはどうだっていい。重要なのは、セティリアが連れ去られたということだけだ。


「そうか、分かったよ」

「俺、アルの兄貴に合わせる顔がないっス……!」

「いや、お前はよくやった。その情報を持ってきただけで上出来だ。後は任せろ、セティリアは俺が必ず取り返す」


 そう意気込んだ直後、アルスフリートの通信デバイスがキグナスからの着信を知らせる。

 嫌な予感を覚えながらも急いでデバイスのスピーカーをオンにすると、期待していない声が聞こえてきた。


「月が綺麗な夜だ。そうは思わないかね、アルスフリート」

「テメェ、キグナスはどうした?」

「それよりも、君が知りたいのはこっちだろう?」


 声の主はキグナスではなく白鬼面の男。

 そして、少し遠い距離から聞こえてくるのは、火花が弾けるようなスパーク音と、苦しそうに悲鳴を上げる聞き慣れた少女の声だった。


「彼女を取り戻したければ、明日の夜明け前に北方の廃村、ベレンダール跡地まで1人で来い。もしも約束を(たが)えたら、彼女の命はないと思ってくれよ? いや、死ぬよりもっと酷い目に()わせると言っておこうか」

「……そこで待ってろ、クソ野郎」


 そう吐き捨てると、通話はそこで途切れた。

 アルスフリートは拳を強く握りしめ、満天の星が広がる空を(あお)ぐ。

 きっとこれは、奴が仕掛けた罠に違いない。

 セティリアを連れ去ったことも、自分を誘い出すための(えさ)に過ぎないのだろう。

 

 けれども、それでいい。

 セティリアを探す手間が省けたのだから、むしろ好都合だ。彼は迷うことなく、ベレンダール跡地へと向かう。

 強く握った拳から流れた血、その傷跡は、いつもと違って塞がることはなかった。


 夜が深まる中、アルスフリートは荒廃したベレンダール跡地へと急いだ。

 村の跡地に足を踏み入れると、災魔(ハザード)によって破壊され尽くした景色は見る影もなく寂寥(せきりょう)としていた。

 

 ここに来るのは初めてではない。

 何故なら、この村はセティリアの故郷であり、彼女と初めて出会った場所でもあるからだ。

 白鬼面の男がこの場所を選んだのも、決して偶然ではないだろう。


「悪趣味な奴だ」


 彼が呟く声は、夜風に乗って遠くへ消えていった。

 ベレンダール跡地の中心へと歩を進めるにつれ、彼の目に映ったのは、異様な雰囲気を放つ構造物だった。

 

 荒れ果てたこの地に置かれるにはあまりにも不釣り合いな、鬱蒼(うっそう)とした闇を(まと)う柱と祭壇。

 そして、その祭壇の中心で、気絶したセティリアが縄で縛られ、身動き1つできない状態で柱に(はりつけ)にされていた。


「……セティ!」


 アルスフリートは一瞬でも早く彼女を解放しようと、祭壇へと駆け上がる。

 しかしその時、空気が一変した。

 どこからともなく祭壇の前へ現れた白鬼面の男は、冷ややかな微笑を浮かべて彼の前に立ちはだかる。


「よく来てくれた、アルスフリート」

「約束通りだ、セティを解放しろ」

「いいだろう。その代わり、もう一度()こう。我ら《黒い鉤爪(スヴァルトクロウ)》と共に来るつもりはないか?」

「あるわけねぇだろ、ぶっ殺すぞ」


 白鬼面の男の誘いに対し、アルスフリートは敵意を剥き出しにして言い返した。

 彼の手には既に術式剣(サーベルコード)が組み上げられており、その過剰なまでの殺気と相俟(あいま)って、いつでも殺せるという意思表示がありありと見て取れる。

 

「まったく、欲張りだな。彼女の命か、君の今後か、どちらも選ばせるわけがないだろう?」

「残念だが、この距離なら俺が救い出すほうが早いぜ?」

「確かに、君の実力ならそうだろう。しかし、忘れていないか、ここが私たちの拠点だということを」


 白鬼面の男は不気味にそう言うと、無防備に背を向けて祭壇に向かって両腕を掲げた。

 今ならば、奴を殺せるだろう。

 けれども、その余裕綽々(よゆうしゃくしゃく)とした(たたず)まいと囚われた人質の存在が、彼に攻撃を躊躇(ためら)わせた。


「君は、禁術を知っているかね?」


 禁術、それは数ある術式(コード)の中でも飛び抜けた効力と影響範囲を有し、その危険性ゆえに法律で使用はもちろん無許可の研究さえも禁じられた術式(コード)のことだ。

 かつて《黒い鉤爪(スヴァルトクロウ)》が禁術を研究していたことは有名な話であり、組織に属する彼がそれを使えたとしてもおかしくない。

 事実、白鬼面の男が掲げた両腕には柱と祭壇を通して大量の魔導粒子(マギオン)が収束し、異常なまでの力の奔流(ほんりゅう)が空気を震わせている。


「使わせるかよ……!」

「おっと、大切な人から目を離していいのかな?」


 アルスフリートは禁術の詠唱を止めるべく白鬼面の男に攻撃を仕掛けるが、耳に飛び込んできた悲鳴が彼の視線を奪った。

 セティリアを縛り付けた柱に電流のようなものが流れ、その度に幼い彼女は悲鳴を上げて苦しげに身体を(よじ)らせる。

 

 禁術を止めるか、彼女を救うかの二者択一、しかし、アルスフリートに迷いはなかった。

 威力を抑えた術式弾(バレットコード)でセティリアを縛る縄を切り裂き、崩れ落ちる彼女をその腕に抱き止める。


 気を失ってはいるが、呼吸は止まっていない。

 大切な教え子の無事を確認し、表情が(わず)かに(ほころ)ぶ。

 

 だが、その選択が、数十秒の回り道が、禁じられた術式(コード)の詠唱を成功させてしまった。


「さあ、悲劇のショーを始めよう──《|天と地の狭間より、地獄の門は開かれる《ポルトオーヴァー・アンフェルシエル》》」


 切り裂かれた宵闇、空が割れる轟音(ごうおん)煉獄(れんごく)の門が口を開き、狂気の足音が(そら)の遠くから鳴り響く。

 顕現門(ゲート)、それは災魔(ハザード)をこの世に産み落とす天然の舞台装置にして、誰しもが恐る予測不能の自然災害。

 そんな代物を人工的に再現してしまう禁術の力を目の当たりにして、流石のアルスフリートも言葉を失った。


顕現門(ゲート)が開いた。これより数十体、数百体の災魔(ハザード)がこの地に舞い降りるだろう」


 白鬼面の男はそう言って、指をパチンと鳴らす。

 すると、セティリアの首元に鎖のような紋様が浮かび上がり、彼女の細い首にするりと巻きついた。


「彼女には(あらかじ)め呪詛の術式(コード)を掛けさせてもらった。効力が切れる前にこの祭壇から離れれば、彼女では負荷に耐えきれず死んでしまうかもしれんな。災魔(ハザード)が現れるまであと数分、術式(コード)を解除する時間などない。フフッ、最期の選択の時間だ」


 アルスフリートは苦しそうに浅い呼吸を繰り返すセティリアを抱きかかえたまま、白鬼面の男を(にら)みつけた。

 けれども、嘲笑(あざわら)う彼はもはや敵ではない。

 勝負の本質が変わったのだ。


「《焔血王(ブレイズブラッド)》の実力を(もっ)てすれば、災魔(ハザード)の大群を退けることさえ可能だろう。しかし、眠り姫を守りながらでは、そうもいかない。2人揃って喰われるか、守り切った後に力尽き果てるか、いずれにせよ君は死ぬ。さあ、選べ、アルスフリート! 我らが最高傑作の輝きを、存分に見せてくれ!」


 白鬼面の男は(たの)しげに笑いながら、その場を去っていった。

 残されたアルスフリートはセティリアを祭壇の上に寝かせると、彼女を背に仁王立ちし、顕現門(ゲート)から姿を現し始めた災魔(ハザード)たちを見据(みす)えて魔導回路(サーキット)を解放させた。


「大丈夫だ、セティ。お前を決して、死なせはしない」

 

 最初から、彼の答えは決まっている。

 大切な教え子である彼女を、命に代えても守り抜く。

 ただ、それだけの話だ。

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