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薄暗い路地にしめやかな歌が流れ出す。
──わたしはここに
そこかしこに そこら中に
歌に誘われて、家路を急ぐ人々の群れの中からはぐれ、ふらふらと暗がりの路地にさ迷い混むいく幾人かの人々がいる。
──あなたが嘆けばわたしはそこにいる
絶望があればあなたにはわたしが見える
目隠しをしたフードマントの少女が歌っている。
歌をしるべにやってきた人々の前でフードマントを脱ぎ捨てると、魔物の腕が現れる。
魔物の腕が触れると人々は静かに虚ろに倒れ息を引き取っていった。
安息の死へと、ただ静かに誘われる。
目隠しした少女が人の行き交う大通りに目をやって呟く。
「そしてあの人たちには、わたしが見えない」
少女は人の群れへ向かって歩き出す。
──わたしはここにいる
そこら中にいる 至るところにいる
でもあなたたちはわたしを見つけない
わたしはここにいる
そこかしこにいる
でもあなたたちには見えない
絶望のないあなたたちには
わたしはここにいる
そこかしこにいる
でもあなたたちには見えない
わたしの哀しみが
人の流れの中に存在しない者として立ち、魔物の腕を流れに浸す。肩に触れ、髪に触れ、頬に触れ、歌う。
──わたしはここにいる
そこかしこにいる
でもあなたたちには見えない
絶望のないあなたたちには
わたしはここにいる
そこかしこにいる
でもあなたたちには見えない
わたしの哀しみが
わたしの居場所をあなたたちに教えよう
人々が彼女を中心にバタバタと倒れていく。触れられていない人までもが感染したように連鎖して倒れ鼓動を止める。
先行きは? 夢は? 生活は? 何か起こったら? あなたがそこにいる意味は?
小さな不安があれば魔物の腕にとってはそれで事足りた。
次々と、次々と──。
すべてが終わる。
彼女は暫く死で描いた静寂に耳を澄ませていた。まるで誰かが自分を探しにでも来るように。
生まれてはみたものの少女の心ががゆっくりと死んでいった町。
町の滅びによって少女の名前は完全に消え失せた。
もうずっと前にかすれて読めなくなっていたけれど。
彼女は「ここにいる」と居場所を刻みこんだのだった。
彼女はそこにいた。──が、やがて飽いて、別の場所へ自分の居場所を描くためにそこを後にした。
死滅した町は水に沈んだ。
新聞やテレビで次々と災害と大量死が報じられた。それはどこで起こるかまるで気まぐれでわからなかった。
ただ「死」と「水没」によってそれが起こったことを知るばかりだった。
やがて人々のあいだでは世界の終末が囁かれ始めた。
最初の町では誰にも知られていない小さな出来事があった。
彼女がこの町を去って数分後、彼女の脱ぎ捨てたフードマントがムクリとふくらんでひとりの死神が空気の揺らめきとともに出現したのだ。
死神は周囲を見回してから足に生えた根っこを引き抜くが如くの歩みでゆっくり彼女の後を追い始めた。
これをそっと壁から覗いていた黒ピエロは、死神が遠くに離れてから、控えめに万国旗の笛を吹いた。
***
一方、留守番をしている白ピエロの方は、ぐっすり眠って冠を傾けている王様の横でワタアメの魔方陣を作っていた。
世界を怖いものから救う天使を召喚するのだ。『白ピエロの書』を開いて呪文を唱える。
オモチャが一斉に楽しげな音楽を奏でた。
──召喚されたのは小さな女の子の天使。
手に持っていたパイナップルアイスを食べ終えると、王様の隣で眠ってしまう。
白ピエロは天使の頬をつつく。天使がうるさげに星のステッキを振ると、王国にシャボン玉が降ってくる。
白ピエロは、神のユーモアは及第点に達していないと言いたげに首を大袈裟に振って天を仰いだ。




