学指揮
俺は成田 将。昨日衝撃的なニュースがあった。俺がオーケストラの学指揮に任命されてしまったということだ。この団は人手不足のため、役員も集められない。まだ入団して1ヶ月半。さすがに驚いた。団の中では俺がクラシック音楽に詳しいことが広く知られている。だから選ばれたのだろう。俺の仕事は、顧問がいない間の合奏を指揮すること、合奏の日程を決めることだった。それなら今すぐ合奏したいが、中々できるものではない。俺はエキストラにメールを送った。内容は、合奏にはなるべく参加していただきたいということだ。かなりしつこく送ってみた。5月の終わり頃に初めて自分が指揮する合奏をしてみた。その時には20人くらいのエキストラが来てくれた。まだ少ないが、いないよりマシだ。早速指揮棒を手に取る。学指揮が決まってから指揮法を夜通し勉強したのはここだけの秘密だ。
まずは『威風堂々』。2拍子で前向きなこの音楽は、聴くだけで興奮する。俺が振った。しかし誰も入ってこない。皆キョトンとしている。まさか入りがわからないのか。確かに入学式の時も入りが合っていなかった。俺は必死に説明した。
「ここは旋律をしっかり聴いてください。」
「ここは伴奏に推進力をつけてください。」
1年生だからやりにくい。本当はもっといろんなことを言いたかった。初めての指揮は最後まで通すことはできたものの、納得できるものではなかった。
もう1つ大きな課題があった。それは金だ。この団には金がない。だからプロの先生を呼ぶことができない。また、備品の楽器も音が悪い。それを使っている人も多いから、全体的に下手に聞こえてしまう。どうすれば良いのか困っているのだ。
学指揮を任されたからには、その任務を遂行しなければならない。しかしこの時期は演奏会が少なく、生の指揮を見ることができない。俺は音大に行った橋本 卓に連絡した。卓は言った。
「すごいなぁ。学指揮かぁ。良かったら今度内の学校のオーケストラを見てみると良いよ。」
俺は嬉しかった。音大には指揮科がある。先生もいる。卓のコネで音大に潜入できるのは俺にとって貴重な経験だ。
約束の日、久しぶりに卓と会った。卓は相変わらずテューバを吹いている。大学では吹奏楽とオーケストラの両方をやっているようだ。今回は練習に潜入することができた。曲は
・バレエ組曲『くるみ割り人形』/チャイコフスキー
・ヴァイオリン協奏曲/メンデルスゾーン
結論から言うと感動した。とても同じ大学オーケストラとは思えなかった。それは音大と比べても仕方がないが、正直羨ましかった。指揮のレベルも高かった。帰り際に卓に言われた。
「楽譜に熱中することも大事だけど、もっと楽しめよ!」
俺は、その言葉を胸に次の合奏に向けて準備をした。




