夏休みは化け猫と女騎士さんとご一緒に。
宿題。
それも夏休みのとつく特別さは計り知れない。そういえば、計り知れないって語彙、小学生じゃないなと言われた。辞書に書いてあったと言えば、辞書読むのかと怯えたように見返される。
うちの家族も種類は違えど、辞書読むしと言えば人外魔境と言われた。
そんな変じゃないと思う。
ただ、家は変だ。
僕は、本の家に住んでいる。家に本があるんじゃなくて、本が主。隙間で人が暮らしている。
学者というわけでもなく、ただの娯楽の本が積み上げられているのだ。実用書もある。行かない旅行先のガイドブックなんかも。付箋貼られるだけで結局行かない。
猫を飼っていると旅行なんていけないのだ。同伴するにもいろいろ問題がある。
まあ、とにかく、夏休みの宿題である。
計算も読書感想文も書き取りも、やった。何なら未来日記も書いてやった。
しかし、一つだけ手に負えないものがある。
ご近所にお住まいのお姉さんに僕は相談に行った。家にいる猫と一緒に。
「ひと夏の冒険?」
お姉さんはスイカ半玉の手土産の効果で機嫌よく相談に乗ってくれそうだった。
「そう。初心者向けダンジョン行ってこいって。社会科見学になるんだっていうけどさ」
「我が家は歴代、我の力押しを彼にオブラートに包んで提出しておった」
この世界にダンジョンが現れて早300年。徳川家の敷地、つまりはお城に穴が空き、そこから謎の生き物が現れたことが日本での初発生である。同時期に各国の要所に沸いたらしいので、異世界からの侵略ではと言われていた。
ただ、最近の研究では新資源の形ではないかと言われてもいる。
ダンジョン産の金属などの素材は地球のものとは性質が違うため、新たに使える素材として注目されている。同じ鉄のようでも、同じではないらしい。
魔力付与ができるというのは、このダンジョン産の鉄でなければできない。
何が違うのか、というのは研究結果が待たれるところである。という状態のまま100年くらいたっている。この魔力付与ができるものが希少すぎて、実務優先、研究後回しになっているからだ。
魔力付与、というのは純日本人及び、地球人にはできない。異世界からやってくる異世界人のごく一部だけが持っているスキルだ。
残念ながら、ダンジョンができても現地民たる我々にはスキルはない。あったとしてもステータス的に確認できないのだ。
異世界人なら異世界産のステータス判定機も使えるが、日本人どころか地球人は適応外。エラーを吐き出す始末。もう仕方ないんで、ステータスもレベルもわからないままに潜っているのが冒険者という人たち。
今どきは配信者もいる。僕も動画でよく見ているんだけど。
なお、この相談しているお姉さんも動画配信者で、女騎士さんの名前で出てる。自称でもなく、異世界から落っこちて、幕府に保護され監視対象らしい。そのわりに自由だ。
「ふむ。では、新宿で潜ろうか?」
「五反田でよいじゃろ」
「いやいや、それなら上野。動物系多い。可愛い」
「それなのに、惨殺。恐ろしい」
「毛皮は素敵だぞ」
「まさか、我も毛皮に!?」
……僕が黙っている間に、どこに行くのか決められそうだった。あとふわもふの危機。わきわきと手を動かすお姉さんから猫を確保した。
うちの大事な猫ですので! 失くした本の場所を教えてくれる。
「僕だって下調べしてきたよ! 東京タワー下ってどう?」
なぜか、ダンジョンが湧く場所というのは観光名所だったりする。先にダンジョンがあって封をするように学校や市庁舎が立てられることもある。
人がいっぱいいる場所、というのにできるらしいという都市伝説はずっとある。
猫が言うには、人の思念をエネルギーとして運用し、世界に穴をあけつなげておるのであろう、ということのようだ。思念の強さが必要で、それは正負どちらでも構わない。
当時、城の次に出てきたのが関ヶ原というから、なんか、こう、負のほうに偏ってないかなと思う。本能寺にもあるよ。でも、魔王はいない。残念。
「まあ、妥当じゃの」
「4重結界ありだからいいか。あとで観光して、お土産買っていい?」
「うん。僕もお小遣いもってこ」
ということで、異世界からやってきた女騎士さんLv42と化け猫とダンジョンに潜ることになったのだった。
「え? 飼い猫つれてくの?」
「ええ、特殊技能持ちなので」
「……モンスターじゃない? 巨大だけど」
「違いますよ。ほら飼育許可あります。特別固体の猫です」
「……モンスターじゃない? 周囲の子びびってるけど」
「違いますって、やだなぁ」
笑うお姉さん手慣れてる。入り口管理の係員さんにさりげないボディタッチ。猫は猫で大人しくしている。にゃぁと猫っぽい声を出すけど、なんか声が低すぎて逆に不審。
周囲の使い魔系がビビってるのがわかる。ああ、これはダンジョンできる前から日本に住んでます。ただの化け猫です。異世界から降ってきたとか与太話ありましたが、与太話です。
と思いたい。
「今日は、小学生の宿題の手伝いで低層しか潜りません。二時間後に戻ります」
「本当ですか? それなら、まあ」
「ありがとうございます!」
彼女は嬉しそうに笑って、係員さんの手を両手でぎゅっと握っている。
真っ赤になっているのでチョロいと思う。そして、それが入口監視でいいのかと。ホントのお役所務めな人たちはもっとガチなダンジョンにいるからしかないのかな。
「ほら、いくよー」
「わかってるって」
「……待って、君、武器は?」
「えっと、短剣を。でも、僕後ろからついていくだけなので」
「気をつけたまえよ。今どき、スライムも素早い」
「はい」
心配そうにいわれながらも僕は初ダンジョンに足を踏み入れた。
ダンジョンというのは、配信で見たことがある。ただ、空気感はよくわからなかった。
「意外と清浄」
「渋谷より綺麗と言われるよ。空気が悪いとほんと起動がわるくなるから、やなんだよね。どこにでもいる空気の精霊も減っちゃう」
そんなことを言いながら、お姉さんはもってきた箱を開ける。中から長剣を取り出した。もちろん鞘付き。
軽装の革鎧とコートはすでに着ているので武装はこれで終了らしい。
僕はお姉さんから借りた短剣と家に眠っていたマント、通販で買った子供向けの鎧セット。猫は猫のまま。ただし、目は長毛で隠している。触覚がうにゅうにゅとあたりを探っているらしい。それはそれで怪しい。
入ってすぐの開けた空間はロビーと呼ばれていて、お姉さんと同じように準備をしている人たちがかなりいる。
盛況だ。
「夏休みってバイト感覚で潜って、遭難してって事故多いの。気をつけてね。
あと、遭難者見つけたら撤退。そういうの、なんか連れてきたりするから他のフロアで迎撃戦しないと」
「連れてくるって?」
「トレインって言われるわね。魔物をこう、一列にずーっとつなげて来ちゃうの。逃げても逃げても追いかけてくる。集合のスキル持ちの魔物をほったらかすとこうなっちゃう。呼ぶことしかできないけど、無限に呼ぶ声を持っている」
「見たことない」
「見るときはね、死体になるか、誰かを死体にするとき」
微笑みながら、軽くお姉さんは言うが、目は笑ってない。
「というわけで気をつけて。
飼い猫さんが、教えてくれると思うけど」
「不吉なフラグを立てないでもらえるかのぅ。
我、意外と、フラグ信者。あれは予想を超えてやってくる」
「心に留めておくわ。
さ、いきましょ」
気軽にお手軽に、潜り込んだダンジョン1層目。
スライムの群れに襲われた。
「ねちょねちょするーっ」
「短剣じゃあだめね。お薬で溶かしていいかな。素材採取の宿題ない?」
「ないからっ!」
「わかった。ほぉら、お塩だよぉ」
……塩で溶けんの!?
「魔術で性質を変えられた塩。
おぬし、本を読むわりにダンジョンには詳しくないのぅ」
「専門外なの。
幻想生物とかさぁ、そういうのが……」
「……巨大化したのぅ」
「伝説のきんぐ……」
低層階どころか一層目で出るものではない。
実は群れじゃなくて、一個体だった疑惑。
「冷静に観察してる場合じゃないでしょっ! はい、逃げて逃げて! 先言って閉鎖して、火炎爆弾投げ込んでくるから!」
お姉さんは引率の先生みたいに冷静に僕たちを追い立てた。挙動が遅いし、火に弱いから対処は簡単なのだ。
「僕が投げる」
「はぁ!?」
「ひと夏の冒険、これで終わりにする。しかも、英雄になれる!」
「…………。
そうね。
どうぞ」
一層入ってすぐこの引き。この先行ったらなにが起こるかわからない。
変なスキル沸いたかもしれないし。
軽く投げたつもりが、豪速球で火炎弾が巨大スライムの中を通り抜けていった。貫通。
「あれ?」
「あー、ここ直線通路」
遠くからどごーんという爆音が聞こえた。どこかに火炎弾がぶち当たったらしい。
「レベルアップした。なに殺したの?」
パーティとして組んでると経験値は分割される。この場合、三分割。すでに中堅なLv44→45。
「ま、まさか、PKした?」
「現地民に経験値の振り分けされてないから」
「悠長に話をしてよいのか? スライム激おこだぞ」
薄っすら水色だったスライムがピンク色だ。
お姉さんははぁとため息をついて、新たなる火炎弾を投げた。
1.2.3.爆散!
そういうネタがあって、その通りだった。
スライムの残骸の中から宝箱が出てきた。それを開ければ、謎の鍵が出てくる。
お姉さんは無言だった。
「宝箱いる? これ、現物として外でも使える。ただの箱として」
「いる! 海賊の宝箱みたいじゃない?」
「これを七つ集めると財宝が見つかる話?」
「そうそう」
そういう絵本があるのだ。かなり本格的謎ときが入っている。夏になると遊園地とかでリアル謎解きゲームしたりする。
そこから数歩で、ウサギがいた。
角が生えた一角ウサギは低層の草原エリアにいる。間違っても今日みたいなザ・ダンジョンの石畳にいたりしない。
「レアの青いやつ。遭遇率千分の一とか言われる」
お姉さんがぼそっと呟いた。
我も見たことないのぅと猫も言う。
「なお、倒すと確定で幸運のしっぽが手に入る。これも市場価格、10万から」
「リアルな金額……」
「私の十万円ちゃーん」
お姉さんが嬉々として刈った。残忍。
くくっ、私の前に現れたのが悪いのだよ。と言っているところ悪いのだけど。
「お姉さん、後ろ」
「へ?」
レアなはずの青だけでなく、ほかにも赤やら黒やら七色、そろい踏み。
「……どこの戦隊よ?」
「黒が増殖固体じゃぞ。ほっとくとウサギの住処になる」
「え、マジ? くろどこーっ!」
僕もウサギ狩りに参加させられた。
最終的に20羽ほど狩り、黒個体からは謎の宝石が落ちてきた。また、宝箱が増えた。
「……なんか、もう、嫌な予感するんだけど」
「間違いなく、レア資質持ちじゃの。調べられんが、なんか馬鹿性能ついとる」
「チートって言ってほしい」
うなだれながら、そこからさらに一分。
今度は、アリがいた。一匹。僕よりおっきい。
「剛腕アント、巨大化版。これ、あったら装備品諦めろって言われる」
「なんで?」
「酸液吐いてくる」
言ってる側からばしゃーっとやってきた。
顔とか庇ったけど、痛いのは嫌……あれ? 痛くない。
「大丈夫?」
「うん。ありがとう」
「くっそ、私のコート、穴開いた。おまえの慰謝料がわりにお前の装甲寄こせ」
……なんか、段々、ガラが悪くなっていってないかな。お姉さん。お姉さんの配信、リアルタイムじゃないのこれが原因?
可愛い感じの声、ない。
「慈悲はない、死ね」
……優しいお姉さん、どこいったかな?
このアリも大きいだけで、お姉さんの敵ではなかったようでサクサクっと解体された。
「次は何よ?」
指輪だった。
明らかに禍々しい。
「呪いの指輪。プライスレス。むしろ資産的にマイナス。
幕府に売る」
お姉さんは嘆きながら、入っていた箱にしまっていた。なんか、高級店のもののような素敵な箱なのに。中身は呪われる指輪。
「装甲があればいいのよ。うん」
そういいながら、道具箱に入れ込んでいた。明らかに入らなさそうなのが吸い込まれていくのを見ると異界の技術半端ないなと思う。道具箱はダンジョンでしか機能しないものだ。なんでも入るが容量限界はある。時間停止がついていたりするのは高級品で、普通は遅延程度だそうだ。
これも今のこちらの技術では再現できない。
「さて、次は何かな……」
お姉さんは別の剣を出しながらそうつぶやいた。
最初の剣は刃こぼれしたから修理に出すそうだ。これだから甲殻類はと言っていたが、甲虫ではないだろうか。
その次は、ひよこだった。かわいい、からーひよこ。
「ひぃっ!」
お姉さんが悲鳴を上げた。
「爆弾ひよこぉ」
「……なにそれ」
と言っている間に担がれていた。爆速でひよこから逃げ去る。
背後で響く爆音の連鎖。
「目があったらピヨピヨ寄ってきて、爆発! すんの。初見殺し」
なんというトラップ。
一つはちょっとびっくりするくらいの破壊力でも、10羽もいれば……。しあわせだったと病院のベッドでうなされる人もいるとか。
一応戻って確認するとまた宝箱が落ちていた。
中身はきれいな赤の羽が5枚。
「……なんつーかもー」
「うむー」
「なに?」
「帰ろ」
「うん」
その先も、低階層のレア個体に会いまくり、二時間ほどの冒険は終了した。
「……もう、君とはいかない。怖すぎる」
「うむ。我も、ここまでの相手と会ったことはないのぅ。
蔵に封印じゃ」
お姉さんも猫も疲れ切っている。おそらく出てきたアイテムのせい。あと、爆速で経験値が溜まって連続レベルアップで疲れているらしい。
おかしくない!? もう、50になりそうなんですけどっ! と言われても。
こうして、僕の最初で最後になるであろう夏の冒険が終わった。
夏休みの宿題は、スライムに襲われ、爆弾で壊滅させましたと盛って提出した。投げた火炎弾が貫通とか成果にならない。
余談ではあるけど、一層目で魔剣が発見されたことが一時世の中を騒がせた。現在は、博物館に収蔵されている。
「ま、まさかあの時の倒したやつの落したもの!? もったいなかったぁ」
お姉さんが後悔しているみたいだ。
なお、死なない系ダンジョンです。死ぬほどの怪我をした場合、一層の初期地点に戻されます。若干HP回復してますが命に別条がないレベルの怪我はそのまま。ダンジョン入ってすぐのところに治療屋がいて、荒稼ぎしております。外でのケガは直せないので、ダンジョンというより異世界の法則が生きているところでしか作用しないようです。