圧倒
固い決意も目の前の何もない場所で突然爆発が起こるという恐怖には打ち勝てずに一人……、また一人と護衛兵たちは逃げ去ってしまう。
その様を護衛兵長はただただ黙って見ているしかできなかった。
イルマが微笑むだけで体が爆発するのだ。
――そんなものの対処を一体どうしろというのだ。
しかもイルマは一切手を出していない。
つまりこの現象はイルマを倒したところで終わらない。
――そういえば聞いたことがある。見ただけで相手を殺すという秘術を……。
「確か邪神がそういった術を使うと……」
つまり相手は神!?
領主クルトは自分たちを相手にするために邪神と契約を交わしたらしい。
いったいどれほどの犠牲を払ったのか、護衛兵長には想像も付かなかった。
実際には領地に住まわせるという約束だけで、相手にしているのは邪神ではなくて聖女であるということを護衛兵長は最後まで気づくことがなく、恐怖のあまり一歩後ずさりをした瞬間にイルマは微笑む。
「ひぃぃっ!?」
思わず悲鳴を上げる護衛兵長だが、次の瞬間に彼も爆発に巻き込まれて吹き飛んでいたのだった――。
◇◇◇
――これで問題は解決かな?
イルマはもう襲いかかってくる護衛兵がいないかを確認した後、楽しそうに微笑んでいた。
「これでクルトもボクのことを手放せなくなるね」
自分の力を見せずに領地においてくれ、といっても結局は信用されない。
その点、碌な兵力がいない今のアントナー領でイルマの能力はかなり貴重なものだった。
「泊まる場所さえあればもう教会に戻らなくていいもんね」
規則規則、と口うるさく言ってくる教会は自由人であるイルマからしたらかなり窮屈な場所であった。
「聖女らしくあれ」と何度口うるさく言われたか。
錬金術のれの字も学ぼうとすれば怒られる。
仕方なく隠れて錬金術の勉強をしていたが、教科書も何もないので全部独学である。
もちろん聖女見習いとしての仕事も怠らずに。
炊き出しとなれば、料理が美味しくなるという薬を調合して料理に加えてみたり、治療が必要な人がいれば治療薬を調合したり……。
聖女らしい行動を錬金術でもできることを証明しようとしていた。
その結果は……炊き出しの料理を爆発させたり、治療が必要な人が爆発したり。
最悪の結果を出してしまったのだ。
当然ながらこっぴどく叱られて、教会内での錬金術の使用を完全に禁止されたのだ。
しかも、イルマ用に錬金術が使えなくなる結界まで張られて――。
確かにイルマは類い希なる聖魔法の素質を持っており、鍛え上げたら歴代の聖女たちに引けを取らない、もしかしたらそれすらも凌駕するかもしれない素質を持っていた。
でも、イルマが本当にやりたいことは錬金術の勉強なのだ。
だからこそ地方を巡礼する、という名目で教会を飛び出して、傷物の自分を雇ってくれる場所を探していたのだ。
そこで見つけたのはアントナー領。
領主が引き継いだばかりの子供であるにも関わらず、大公爵の奸計を回避するほどの傑物。
大公爵の言いなりにならない、という点はイルマからしたら大きな要素である。
権力に負けないということは、教会からの圧力がかかったとしてもイルマを渡すことはない、ということだ。
「せっかくだしもう少しボクの力を見せつけておくかな? 上手くできればボクの研究所とかつくってくれるかもしれないもんね」
ここで止めておけばいいものを、変にやる気を見せてしまうのがイルマの悪いところである。
すでに護衛兵たちは逃げ去ったか吹き飛ばしたあとなのに、誰も居ないその場所に防犯用の薬を作り、それを地面に埋める。
すると、次の瞬間に先ほどとは比べものにならないほどの巨大な爆発を引き起こすのだった――。
◇◇◇
爆発音を聞きつけて、急ぎ駆け寄ってきたクルトが見たものは、街道に巨大なクレーターを作り出したイルマの姿であった。
「……何をしていたんだ?」
「えっと、襲ってきた人たちを追い払ってたんだよ?」
さすがに誰かが襲ってくるたびに大穴を開けられたら溜まったものではない。
ただ、イルマの爆破は想像以上に威力があるようだった。
――まさか、イルマ一人に護衛兵たちが圧倒されるなんてな。
大穴を見ながらクルトはあきれて言う。
「せめてもう少し倒し方を考えてくれないか?」
「……ボクの言うことを信用してくれるの?」
「何を言ってるんだ、襲ってくる兵士を任せたのは俺だぞ? お前はその仕事を全うしてくれただけ。違うか?」
「それは……そうだけど」
イルマは信じられない目でクルトのことを見ていた。
「ただ、この穴をどうするか……」
「任せてください。これをこうすれば……どうですか!?」
大穴の側に『大穴注意』と書かれた木の看板を立てたあと、メイドが満足そうに言う。
「いや、さすがに見たらわかるんじゃないか?」
「それならボクの錬金術で――」
「イルマはこれ以上爆発を起こして穴を広げようとするのをやめてくれ」
「ぜ、絶対に爆発が起こるわけじゃないよ!?」
結局は人手不足を理由にしばらくはメイドの案を採用するしかなかったのだった。
「爆発をきっかけにこの辺りに住むやつも減るだろうし、ここにイルマの研究所を作ると良いかもしれんな」
「えっ、いいの!?」
イルマは目を点にして驚きの声を上げる。
「お抱えの錬金術師として雇うんだろ? なら必要じゃないのか?」
「も、もちろん必要だよ!」
「さすがにすぐに作る余裕はないから時間はかかるからな」
「大丈夫。それまでは部屋でやるから」
イルマが今住んでいるのはクルトの屋敷である。
「さ、さすがに今は部屋じゃなくて外でしてくれ」
うっかりで館が吹き飛ぶイメージをしてしまったクルトは慌ててイルマに注意を促すことになるのだった――。
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