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【短編】テイムしか能が無い王子を異世界に転移させたら最強の存在を持ちかえってきた

作者: 空館ソウ

ひさしぶりの投稿です。

最後までお楽しみいただけたらさいわいです。

 玉座の間に親子のやりとりが響く。


「ティムよ、かならずや異世界の強力無比な魔獣を服従させ連れて参れ」


「はい、父上。かならずや!」


 玉座に座る王を前にして、黒髪碧眼の少年は大きく頷いた。

 年は十五、六程度。同年齢の少年と比べると少し線が細いが、健康そうな外見をしている。

 一方、少年を前にして玉座の主であるバートランド国王、バートン・バートランドは巨躯の上の厳格な顔に刻まれた皺を深くし憂えていた。

 いかにティムが数多いる王子の十三番目の落ちこぼれであって、転移の事故で失ってもまあいっか、と御前会議で片付けられる存在であっても、いざ異世界に向かわせる場にあっては多少のあわれみの情くらいわく。

 にもかかわらず、ティム本人の表情に悲しみはなく、むしろ嬉しげでさえあった。

 大丈夫この子? と王様が一瞬前とは違う意味で心配になるのも無理はなかった。



 今この世界の人類は魔族との争いにより滅亡の危機に瀕している。


 ちなみに百度目である。


 理由はそもそもこの世界が魔族のものであったところがおおきい。

 魔族は古の時代、異世界から来たボロボロの人類を温かく迎えた。

 自分達より弱い彼らが生きていけるように豊かな土地を与え、住む場所を用意し、彼らの世界にはなかった種類の魔法による生活の仕方を教えた。


 そして人類は魔族に反旗をひるがえした。

 というか、一方的に敵認定して攻撃した。

 理由は、自分達でも生きていけたのに、魔法も自分達で発見できたのに、なに上から目線で全部教えてくれてんだ、というもの。

 完全なる逆恨みでありこじらせである。


 しかしこんなしょうもない理由ではじまった争いではあっても、千年単位で続けていれば当初の理由も忘れ去られ、互いに本気で憎み合うことになっても無理はない。

 ゆえに、これまで人類と魔族は百回にわたり全面戦争を行ってきた。

 人類は、本来魔族が生活のためにつかってきた魔法を戦闘用に魔改造して戦った。そのため最初期は魔族を追い詰めた事もあった。

 しかし、この地の先住民、神からの恩寵も受けている魔族が滅ぼされる事はなかった。人類にまさる身体能力と魔力操作能力でまたたくに挽回し、人類に奪われた土地を再征服し、さらに攻め込んでいった。


 しかしその結果、人類は今も滅んでいない。

 結果だけを見れば、これまでの人類と魔族の戦いは九十九度の引き分けで終わっている。九十九回人類は首の皮一枚から復活を遂げているのだ。人類しぶとい。

 なぜか、その秘密は人類がこの世界に来た時に使った独自の魔法にある。

 そう、転移魔法である。

 戦いで負けそうになるたびに異世界との転移を可能にする魔法を使い、異世界より強力無比な生物を召喚し使役魔法を行使。魔族を押し返して休戦。

 それがこれまでの人類の『防衛戦争』の定番の展開だった。


 ではその勢いに乗って魔族を根絶やしにすれば良いではないか、と思う人も多いだろう。

 しかしそう上手くはいかなかった。

 転移魔法には特殊な魔素が一定値を超えないと使えるようにならない。

 しかも召喚できる回数は限られているため数が少ない。

 そしてそのほとんどが魔族の『魔王』と相打ちになり果てるからだ。

 ちなみにこの悲しくも滅びの美をたたえる一代叙事詩はこの世界の神様によるさじ加減できまる。


『今回の人類へのお灸はこれくらいでいいかー。ほんとマジこいつら学習しないなー』


 などとぼやく神様がひとつまみ、塩でもまくかのように肘にひねりをきかせて小指から開き天界から地上へまくのが転移魔法に使われる特殊な魔素であったりする。

 だが、そんな真実は当の人類は知らない。

 そういう訳で魔族を押しかえした所で、人類が神獣と呼ぶ召喚された哀れな生物は神がタイミングよく召喚した魔王という存在と相打ちになりその役目を終えるのだ。

 とはいえ、神獣と魔王は殺されても死なない。なぜなら神様が蘇生の上元いた世界に返すからだ。

『ごめんね、これ迷惑料だからとっといて』

 元の世界で面白おかしく生きていけるような能力を与えて。

 その能力は完全にランダムであり、雄狼の神獣に美少女になれる能力が与えられ彼が苦労したりするのだが神はそんなことを気にしない。その方が面白いからだ。神というのは得てしてそういうものである。


 閑話休題。


 バーランド王国に話を戻したい。

 人類は魔族との戦いの時以外は大体人類同士でいくつかの勢力に別れ、いがみあって戦っているのだが、その中に魔導兵器の運用で強大化したマキア帝国がある。

 そしてそのマキア帝国に隣接する属国の一つがバーランド王国だ。

 かつてはマキア帝国と肩を並べていた時代もあったが、いまや見る影も無い。

 あるとすれば、それは神獣召喚の儀を行える回数だろう。

 儀式は国単位で行われ、その回数は国ごとに違う。

 一般国で一回、マキア帝国ですら三回だ。それをバーランド王国は五回できる。

 人類存亡の危機にあって五体の神獣を召喚し魔王討伐に向かわせる事ができるのだ。

 王国が独立を保っていられるのはこれによるところが大きい。

 しかしここ数回の大戦において、召喚した神獣があまりに活躍せず、他勢力のみならず、自らが所属するマキア陣営からも白い目で見られていた。


『今回こそは強力な神獣を召喚しなければ』


 今回の大戦においても、各国が神獣召喚の儀式を準備する中、バーランド王国の貴族は会議を重ねていた。


「しかし召喚に際し我らが頼りにできるのは魔力のみ」

「前回呼び出したのは五頭のクジラの親子であったらしいからな。海に運ぶのに大変だったときく。魔力の大きさだけで選んではならぬな」

「前々回呼び出したのは地を這うトカゲでした」

「最初はドラゴンかと国中が喜んだが、テイムの結果牛と同じく草食だったとわかったというあれか。自重でゆっくりとしかうごけぬなど話にならぬ」

「さらに前は……」


 何度人を入れ換えても会議は空転して先に進まない。

 それも仕方ない。なけなしの情報にすがって小手先の策を練ろうとしているが、実は歴代の首脳陣も誰もがわかっていた。結局召喚の儀は運任せである事を。

 その事実が変わらない以上、いくら会議をしても無駄である。


 しかし、今回の会議は違った。


「失礼、私から一つ提案してもよろしいかな?」


 会議がぐだぐだになり解散の雰囲気に傾いた時、末席の暗青髪をした男から声が上がった。


「セブンブリッジ伯爵……」


 王の前にあって足を組み椅子に座る伊達男の名はポーカー・セブンブリッジ。

 貴族にあって無類のギャンブル好きであり、国内外の賭場で顔を知らぬ者はいないほど。いくつかのカジノでは出禁になっている有名人だ。


 ちなみに出禁になった理由はカジノ荒しではなく借金である。

『これ以上借金を重ねられても返済は見込めないだろう。あと家族が可哀想』

 というオーナーの判断で出禁にされた。

 オーナーは意外と人情をもちあわせていた。


「なにか妙案があるのですか?」


「私のギャンブラーとしての勘はこう言っています。最高の神獣五体を召喚しようとするから失敗バーストする。それより着実な三体を望むべきだ、と」


(お前の勘か……)

(お前の勘かよ……)

(いや、お前のそれ一番頼りにならねぇよ……)


 出席する全員から同じ感想をもたれながらも、伯爵は得意げにだまって膝の上でトランプをシャッフルした。

 すべては虚勢ポーズである。

 この会議で貴族として影響力を強めれば返済を待ってくれる豪商が幾人もいる。

 逆にいえば、ここで爪痕を残せなければ借金で首が回らなくなるのだ。

 セブンブリッジ。彼はこの会議で自分のプランを通す事に文字通り全てを賭けていた。


「それは、つまりどういう事ですか?」


 議長である宰相が促す。伯爵はシャッフルした山から一枚のトランプを引き出してかざした。それはハートの六。


(ハートの……六?)

(どういう意味だ、ハート?)

(三体を望むのに六……? 駄目だ、まったくわからねぇ!)


「……ハートの六、ですね……それは、つまりどういう事ですか?」


 さっきと同じセリフを口にする宰相に伯爵がなんとも微妙な顔をして自分のかざした札を見た。どうやら思ったのと違ったらしい。


「……少々お待ちを」


 伯爵がトランプを広げ、扇の中からスペードを一から十三まで並べ、その向こうに残りの札を表を上に向け、雑に山にした。


「……その十三枚のスペードは我が息子達であるな」


「exactly、その通りにございます」


 ちょっとイラッとしたが、バートン王はあえて聞き流して先を続けさせた。


「異世界より神獣を召喚できるのは当代の王の直系のみ。今代は陛下がお励みになったお陰で十三名の召喚者候補がおられますね」


 ニヤリと笑う伯爵から目を逸らすバートン王。

 彼には娘も十人いた。厳格な顔をしておいてこの国王、とんだムッツリである。


「しかしセブンブリッジ卿、召喚者が多くとも召喚できる神獣の数は五体。事態は変わりませんよ」


 疑問を投げかける宰相に対し、伯爵はチッチッチッと人差し指を動かす。

 幾人かの貴族がテーブルの下で握りこぶしを固めた。


「発想を逆転するのですよ。これまで我々は魔力を頼りに五回の転移魔法を異世界の他者に行使し一方的に神獣を召喚していた。が、これは他国で評判の美女を顔もみずに結婚するに等しい。負ける確率の高いギャンブルです」


(自嘲か?)

(自慢か?)

(お前自分の結婚の時それやったよな?)

(で、その結果十歳の幼女と結婚して未だに子供がもてずにいるんだろ知っている)

(うらやましい、知らない振りして俺もやりたい)


 隣席の貴族が先ほどとは違う意味で拳を握っている。

 貴族の中には特殊性癖のものも一定数いる。が、それはとりあえずおいておこう。


「ハッ⁉ もしや、術者みずから異世界に行かせようというのですか!」


 一人真面目に思考を巡らせていた宰相がカッと目を見開いて叫んだ。

 続く伯爵の笑顔。


「イグ——」


「なるほど!」

「転移魔法はもともと我らの先祖が使った魔法! 人間にも使える!」

「異世界に行くので一回、神獣と一緒に帰るので一回。現地で見繕った神獣を使役魔法で拘束し連れ帰れば確実に強力な三体の神獣が手に入る!」

「やるではないかセブンブリッジ卿! 伊達に破産寸前ではないな!」


 口々に伯爵を褒めそやす貴族達。言わせねぇよ、という気持ちで貴族達の心は一つになっていた。


「……たしかにセブンブリッジ卿の策は有効だ。だが、異世界にはどのような危険が待ち受けているのかわからぬ。そのような場所に我が子を送れというのか」


 額に指をあてバートン王が呻く。

 それを見て騒いでいた貴族も冷水を浴びせられた犬のように静かになった。


——ここが勝負どころ。


 それまでキザに構えていた伯爵も組んでいた足を揃え、膝に手を置いて国王を見る。


「陛下。マキア帝国からの通告は脅しではありません。今回我らが戦える神獣を召喚できなければ完全属州化させられるのは必定。栄光あるバーランド王国を長らえさせるために、私も断腸の思いでこたびの案を進言しました。願わくば、ご英断を賜りたく存じます」


 そして伯爵は深く頭を垂れた。

 そこに多額の借金を背負うギャンブル狂いの姿はなく、国を支える一人の貴族の姿があった。

 場が緊張に包まれる。伯爵の案が起死回生の一手であるという点では貴族らの意見は一致していた。あとは王の決断のみ。


「……わかった。かならず死ぬというわけでもないのだ。その案を採用しよう。セブンブリッジ卿、よく言ってくれた」


「ディライテッド——恐悦、至極でございます」


 爪痕を残すという目的を達成した一方でこの場の全員にイラッとされた伯爵をはじめとして、場の全員が王の英断に頭を下げる。

 その上にバートン王の手がかざされた。


「面をあげよ。ではこれにて一度会議を終える。この後はいつもの如くだ。なんでも遠慮無くものを申せ」

 異世界に送られる王子への哀悼の儀式を終え、再びテーブルを囲み、貴族達が顔を合わせる。

 そして彼らは立ち上がり、


「じゃあ行ってもらうの誰にする?」

「いやぁ、むずかしいでしょうーこれ」

「結婚してる王子もいるじゃない? やだよ俺妃殿下に恨まれるの」


 おもむろにタメ語でだべり始めた。

 場が一気にゆるい雰囲気になる。

 実を言えば、これがバートランドの御前会議の普通なのだ。

 さきほどまでの形式張ったやり取りは国外の貴族と対するときなどのための、いわば練習である。

 普段の彼らの会議は大工の親方の寄り合いと変わらない。


 ひとしきりしゃべった後、皆の視線はやはり一人の男の元に集まった。

 言わずと知れたセブンブリッジ伯爵である。


「ポーカー、いいだしたのはお前なんだから決め方も用意してるだろう?」


 となりに立つ髪を切りそろえた青年貴族が伯爵の顔をのぞき込んだ。

 ハンバート・ルナソース侯爵。伯爵の幼馴染みであり、マキア帝国の令嬢達に噂されるほどの才色兼備の青年だ。

 しかし思い出して欲しい。先に述べた通り、伯爵が座っているのは末席、端の席になる。その隣には彼しかいない。

 つまり、先ほど伯爵が幼女と結婚したのをうらやましがっていたのは彼だ。

 こんな顔をしてとんだ変態である。


「もちろん」


 伯爵は侯爵に対して不敵な笑みを見せると、眼前にある十三枚のスペードの上に右手を滑らせ、手早くシャッフルするとそのまま机に伏せるように扇のように広げてみせた。

 完全にランダムに広げられた札のどこにどの数字があるのか知るものはいない。


「ここは我らが神にうかがってみようではありませんか」


 テーブルに左手を突き、伯爵はニヤリと笑みを浮かべた。


「いいけどお前にはまかせたくない」

「お前神様に見放されてるだろ」

「俺への借金返してからいえよ」


 もはや隠す必要も無くなった貴族達のヤジにへこむ事もなく、伯爵は王に会釈し伏せられた札を紹介するように左手を広げてみせた。

 ギャンブルで鍛えた鋼のメンタルである。借金五億は伊達では無い。


「選べというのか。ならば……ううむ、左から三番目、じゃなくて二番目」


 王が重々しく告げるが、顔に先ほどまであった苦渋の色はない。

 重々しいのは単に優柔不断からだ。王妃二ケタは伊達では無い。

 居酒屋のメニューを選ぶ程度の深刻度でバートン王は伏せられたトランプを選んだ。


「……四。第四子、ギルバート殿下ですね」


 それに対する王の反応は、


「ごめんやっぱ今のなし」


 王の手の平返しに貴族全員からおぃぃ! とため息が上がった。


「ちょ、もうバートン! 神様にきいてみるっていったじゃん!」


 宰相に肩を揺さぶられる国王陛下。彼らは幼馴染みであるので、こういったやり取りも日常だったりする。


「いやだってさぁ! ギルバートってうちの財務のトップよ? 抜けられたら国家運営に支障をきたすでしょうが!」


「だから家族経営をあらためろっていったのに!」


「しかたないだろ優秀なんだから!」


 身内びいきのバートン王にお前には任せられん、代われと言った宰相が伯爵の前のトランプを選んだ。


「……五。ダミアン殿下ですね」


「ごめんやっぱ今のなしで」


 宰相も手の平を返してきた。


「いやお前も身内びいきしてんじゃん! 自分の娘婿を危険にさらしたくないだけだろ!」


「そうですが⁉ 俺がダミアン君を異世界に行かせたってアンナちゃんが知ったらもう口をきいてくれなくなるよ? そんな事になったら俺死ぬ自信があるもん!」


 代われ、今のなし、代われ、今のなし。

 国王と宰相が交互に札をめくってはダメ出しをする。一風変わった泥仕合が繰り広げられる。

 周りの貴族も自らの都合で賛成したり反対したり。

 もしここに彼らの子供達がいれば、バーランド王国の利害関係を学習する最高の授業になっていただろう。

 そんなこんなで時は過ぎ。


「……残った札はこれ一枚。お二人とも、もう誰かおわかりですね?」


 セブンブリッジ伯爵の手に残るのは一枚の札。

 宰相が何を今さら、とばかりに鼻で笑った。


「……そりゃもちろん。なぁバートン」


「うん? あたりまえだろ? あいつだよ、あいつ。あ……」


 口をあけたまま固まるバートン。そこにあるのは認知症一歩手前の初老男性が見せる表情だった。


「……ちょ、え、まじ? 引いていい? 引くよ? 自分の子供の名前忘れるの?」


 娘三人子煩悩な父親である宰相にとっては信じられない事らしい。

 幼馴染みが永遠の絆でないことをまさに今体現しようとせんばかりに距離をとる宰相にバートン王が慌てて手を伸ばす。


「まてまてまって! 違う、ほら、俺子供二十三人いるじゃない? 人間が一度に覚えられる数字は八っていうし? さすがに頭の中からこぼれ落ちる奴がいても仕方ないって思わん?」


 急に話を振られてビクッとする伯爵。

 自信たっぷりにおわかりですか? と言ったのを思い切り外されたせいでポーカーフェイスにヒビが入っていた。

 しかしそのヒビも咳払い一つでサラリと無かったことにした。


「いや、私に振られても困りますが……しかし、王も名前を思い出せないというのであれば、ある意味適任と言えるかも、知れませんね」


 そう言ってその場の一同に視線を向けていく。

 この場の誰が豪商と通じているかわからないのだ。

 少しでも、より深く、自分の存在感を際立たせていく。


「確かに、最近寺院から王宮に呼ばれたあの王子ならしがらみは……」

「魔法も体術もまるで駄目だが使役魔法の腕は確か。強力な神獣を連れ帰ってくる可能性も……」

「まあ、万一があっても……」


 貴族達の反応に伯爵は笑みを深めた。


「では、異世界に転移するのは第十三子の……」


 さりげなくヒントを挟みつつ、伯爵はバートン王に向きなおる。

 それを見たバートン王はゆっくりとうなずき口を開いた。


「うむ……、異世界に転移するのは、第十三子の、ティム、にするとしよう」


 王の決定に、貴族の皆は無言の拍手で答えた。

 バートン王がわりとギリギリだったが王子の名前を言えた事に、貴族の面々は内心胸をなで下ろしていた。



 場面はふたたび玉座の間。


 皆の視線は広間中央に作られた祭壇に向かっていた。

 たった今、自らの転移魔法で異世界に旅立っていった第十三王子の成功を願い、誰もが手を組み、神へと祈りを捧げている。


「陛下、サクシード——成功いたしました」


「行ったか……」


 王子による異世界での神獣捕獲計画、通称ティム計画の責任者となったセブンブリッジ伯爵からの報告を受け、バートン王は重いため息をついた。


「ティムとはあんな子だったのだな」


 先ほどまで言葉を交わしていた我が子を思い、王がセンチメンタルな表情で祭壇をながめた。名前だけじゃなく性格も覚えておいて欲しいところである。


「そうですね。殿下を語るには少し不敬な言葉かもしれませんが、少し危ういほど、まっすぐな少年だったかと思います」


 計画責任者となったからか、借金がそれなりに減ったためか、伯爵の言動は以前よりケレン味が減っていた。家族を領地からよびよせられるのもそう遠い日ではないかも知れない。


「殿下には生物の魔力を量る魔道具をお渡ししてあります。あれを指標に実際に個体を観察。優れた戦闘能力を宿していればティム殿下の優れた使役魔法で使役できる神獣になってもらいます」


「異世界か……どの様な世界なのか想像が付かぬ。ティムは一体どれほどさすらうことになるのだろうか?」


 すっかりティムに対する父性が芽生えているバートン王はそわそわしていておちつかない。


「運にもよるでしょうが、数ヶ月から半年ほどかと思われます。なんでしたらこれから私がカードで占ってみましょうか」


「卿はそのようなこともできるのか」


「カードに関する事なら一通り、ね」


 芝居がかった仕草でウインクしてみせる伯爵。

 王と宰相という初老男性にすらためらいなくしてみせる所はさすが玄人だ。

 セブンブリッジ伯爵は持ってこさせたテーブルの上でシャッフルしたカードを手際よく並べていった。

 広間に集まった貴族や近衛兵らも占いを見ようと集まり、たちまち人垣ができた。

 カジノで負けた時、ディーラーや占い師のまねごとをして借金の頭金を稼いでいた経験がこんな所で生きてくるとは、ギャンブルは何が起こるかわからない。


「では、ティム王子の活躍を思い浮かべて四枚の札をお選び下さい」


 伏せられた札を前に仁王立ちするバートン王。

 表情は戦いを前にした戦士のそれである。

 指を右端に伸ばし……とらない。

 その二つ下に指を伸ばし……とらない。

 さらに三つ左に指を伸ばし……とらない。


「陛下、あまり迷われると結果が正しく出ません」


「う……わかっておる。これと、これ。あとこれに、これ!」


 なかばやけになった王が指でトトトトッと札を叩いていった。

 追い込まれると思慮が浅くなるバートン王。これからの魔族との戦いがあやぶまれる。


 伯爵は乱れたそれらの札をめくり、一枚目を頂点に、四枚で三角を作った。


「なるほど、6……7、ジョーカー、8……15、いや21か……」


 一人頷く伯爵が頂点の6とジョーカーをそっと入れ換えた。


(今札を入れ換えたよな……)

(数字も言い直したな……)

(クッ、どういう意味があるのかまったくわからん!)


 聴衆は伯爵独自のカード占いの所作に翻弄されていた。

 だがまってほしい。伯爵の占いが当たるならばそもそも彼は五億も借金をつくっていないのだ。

 それにきづかないバートン王国の貴族達に国のたづなは握られている。

 国民には少し同情を禁じ得ない。


「では、次はティム王子と連れ帰る神獣を思い浮かべて四枚の札をお選び下さい」

「お早く願いますよ」

「わかっておるわ! これ、これ、これ!」


 宰相に急かされはじくように札を選ぶバートン王。

 煽り態勢もないのではこれからの戦い大丈夫だろうか。

 国の未来には暗雲が立ちこめていた。


「逆位置のスペードのキング……からのハートのクイーン、クラブのクイーン、ダイヤのクイーン……なるほど?」


 ひとり伯爵は頷いて札を並べていく。


「なるほどではない! ひとりで納得せずにどんな結果か申せ!」


 バートン王はこらえ性も無かった。

 見かけに対して残念さが次ぎ次ぎに露見していく王。

 しかし彼を見る貴族達の視線が変わる事はない。

 なぜならこれが彼の普通だからだ。

 駄目な王様を前にしてもいつもの事か、ですませる貴族達。

 寛容は美徳とは言えあまりに緩い。バートン王国がマキア帝国の属国になった理由もお察しいただけると思う。


「これで最後です陛下。ティム王子の帰還を思い描き一枚を……」


「これぇぇ!」


 じれったくなったバートン王がすばらしい反射神経で札をはじく。テーブルは割れた。

 すごい勢いで飛んでいった札のため、近衛兵がかけだしていった。

 観衆からどよめきがあがる。


(さすが本気を出した王。反射神経と膂力は老いてなおおとろえずか)

(単独であればバートン王は国のどの将軍よりも強いからな)

(王は単独で戦わないけどな)

(筋肉の無駄遣いよ)


 しばしのあいだ貴族が口に出さずバートン王をディスっていると、飛ばされた札を探しに行った近衛兵がなにやら青い顔をして戻ってきた。


「おそかったではないか、早く札を——」


 割れた群衆にぞんざいに伸ばしたバートン王の腕がビクリと止まった。

 王の額には脂汗。目は悪戯が見つかった子犬のよう。先ほどまでの勢いは一瞬で蒸発していた。


「カードならここですわ」


 王に負けず脂汗を浮かべている近衛兵の後ろから現れたのはヨハンナ第四王妃。王国一のあくつよファッションリーダーだった。

 彼女のトレードマークである縦ロールとリーゼントの髪にカードがガッツリ刺さっている。

 これは抜いてしまえば王妃の御髪が乱れることは確定した未来。

 たかが一近衛兵にそれをしろというのはあまりに無茶というものだ。


「セブンブリッジ伯爵、わたくしの頭には一体なんの札がささっているのかしら?」

「……クラブの8、ですな。そのカードは差し上げます」

「ふふ、嬉しいわ。遠慮無く使わせてもらうわね」

「ははは、来期のトレンドが決まってしまいましたな」


 艶然とした美女の笑みに微笑み返すセブンブリッジ伯爵。

 彼の心臓は鋼でできているのだろうか、と聴衆は本気で疑っていた。


「さてカードは出そろいました。それではお待ちかね、占いの結果をお伝えします」


 伯爵が壊れたテーブルの前で手をパァン! と打ち鳴らし宣言した。

 おそい! 早くしろ! などとヤジが飛ぶこの余興の場は、今がクライマックス。

 自分の存在感を際立たせたい伯爵は愉悦の笑みを浮かべて目の前にスッと人差し指を立てた。


「まず結論から言えばティム王子の旅は順調に進むでしょう。困難にはあいますが、協力者を得てスピーディに異世界に馴染むとあります」


 おお、と場の全員から歓声があがる。


(予想以上ではないか!)

(さすがティム王子!)

(あの天然……素直さが異世界の者の心に通じたのだな!)


 聴衆の心をつかんだ伯爵は笑みを深くする。

 聴衆の頭では占いと現実の区別がついていないらしい。伯爵の借金が五億である事は貸している当事者達の頭からさえ消え失せていた。

 そんな中、一人冷静に占いの結果を聞く男、宰相が口を開く。


「重要なのは神獣の強さです。その辺りはどうなっていますか?」


 宰相の声に伯爵が軽やかに振り向く。


「ハート、ダイヤ、クラブのカードはすべてクイーン。スペードのキングが出ているのが解せませぬが……少なくとも、王子が使役する神獣は三体全てが異世界で最強格の存在でしょう」


 最強格という言葉に場が歓声に湧いた。これでマキア帝国や他の人間国家に馬鹿にされずに済む。貴族のまなじりには涙さえ浮かんだ。

 しかし、その騒ぎは続く伯爵の言葉に静まりかえる。


「ただ、懸念点もあります。ティム王子ですが、命には別状がないものの、何らかの変化がおきると示されています。それと神獣ですが……」


 言いよどみ目をつぶる伯爵に、貴族達は固唾を呑んだ。

 ティム王子の変化はまあどうでもいい、神獣が問題だ。


「ティム王子が異世界で活躍した果てに得る神獣は、神獣は——全てメス」


 その場の全員の心が一つになった。


(((そこどうでもよくない⁉)))


「メスとかどうでもよいわ! ではティムはいったいいつ帰ってくるのだ!」


 聴衆の意見を代弁しバートン王が叫ぶ。


「驚くほどスピーディに帰ってくるとあります。それはもう、こちらの予想を完全に裏切るほどの早さで——」


「ッ待ちなさい! 祭壇の様子が」


 宰相が壇上から指さした先に貴族達の目がいっせいに向く。

 祭壇におりるは闇のとばり。

 雲耀のごときあやしき紫電の閃きが壇上に踊り、雷鳴ににた響きが広間にとどろいた。


「これは……さきほどと同じ転移魔法⁉」


「どういうことだセブンブリッジ! ティムは失敗したのか?」


「やっぱり占いは噓だったのか!」


「金返せこの野郎!」


 群衆からあびせられる罵声に対し、伯爵は微笑みを返す。

 ティム王子が旅立ってから一時間と経っていない。

 にもかかわらず転移魔法は異世界から発動された。

 これがなにを意味するのか——


(面白く、なってきたじゃないの)


 伯爵もわかっていなかった。

 場の全員が事態を理解できないまま、ただ転移魔法が終わるのを待つ。

 ひときわ大きな光と轟音が広間をゆらし、人々が思わず目をつぶる。


「がれき……?」

「なんだいったい、これではなにも見えない!」

「まて、なにか聞こえる!」


 群衆がざわめくが、祭壇から吹き出したがれきと土煙の中で何者かが咳き込む声が聞こえた。


「ゴホッゴホッ……あー怖かったぁ。やだ、ほこりだらけじゃなぁい」


 最初に現れたのは赤い髪につり目、露出の多い服をまとった軽戦士らしい艶やかな美女。


「いやあ、まさか魔神が城を自爆させるとはねぇ。私としたことがしてやられたものだ」


 魔法使いの帽子に付いたほこりをはたき出てきたのは輝く金髪を乱雑に束ねたメガネをかけたスレンダーな女性。


「なんか高い天井ですけど、ティムくん、ここどこですかぁ?」


 軽やかなフルートの音色のような声とともに三人目の少女が現れる。

 流れるロングの髪色は清流を思わせる涼やかな水色。

 琥珀色の瞳は人なつこく、白磁のような肌によく映えていた。

 露出の少ないつつましやかなワンピースをまとっているが、その曲線は芸術的なほど美しい。


「女の子……?」


「王子はどこだ? 転移魔法で帰還したのではないのか?」


「一体どうなっているのだセブンブリッジ!」


 祭壇を遠巻きにみながら貴族達が騒ぎ立てるが、セブンブリッジ伯爵は彼らの声など聞こえないかのように、手元の魔道具をみつめていた。

 ついでこめかみに人差し指をそえかぶりを振ると、大きなため息をついた。

 まるで、奇妙すぎる現実をむりやり丸呑みしたかのように。

 そして王の前に向き直ると、右手を胸に、ゆっくりと頭を下げた。


「バートン王に申し上げます。たった今魔道具で計った所、祭壇上の女性らから膨大な魔力を感知しました。彼女らが——神獣です」


「「「はぁぁぁ⁉」」」


 伯爵の口から飛び出した荒唐無稽な事実に一同がいっせいに聞き返す。


「あんな女の子達の魔力が神獣なみ⁉」

「そもそも神獣って人もなれるの?」

「人にも使役魔法は使えるのか。幼女を使役魔法でテイムする……悪くない」


 広場の中は阿鼻叫喚の騒ぎだ。若干一名変態が混じっているが聞かなかったことにしよう。


「……そういえば肝心のティム王子はどこかしら?」


 それまで黙って様子をみていたヨハンナ王妃が首をかしげた。


「そうか、神獣が来たのであればティムも帰還したはず!」

「忘れておったわ!」


 宰相の言葉に膝を打つバートン王。

 忘れないでいただきたい。つい一時間前膨らんだ父性はもうしぼんでいたのだろうか。


 一方こちらはセブンブリッジ伯爵。騒ぐバートン王らをよそに、祭壇へと歩んでいた。

 彼にとってはこのティム計画は自らの借金返済のためには失敗してはならない人生を賭した計画。

 王の手前祭壇上の女の子らを神獣だといってはみたが、もしこれで違ったのなら目も当てられない。

 一刻も早く彼女らを転移させた当事者、ティム王子から話を聞く必要があった。

 その彼女らは祭壇のがれきでせっせと身体を動かしていた。


「君たち、すこし良いだろうか」


「よくないわよぉ! あなたもつったってないでこのがれきをどかすの手伝いなさいな!」


「ティムの姿がみえんのだ。この中に閉じ込められている可能性がある。手伝いたまえ」


 赤髪の女性に一喝され思わず一歩下がる伯爵。

 が、そのわけは彼女の迫力にたじろいだだけではなかった。


(なんでその細腕で岩をもちあげてるんだよ……)


 赤髪の女性だけではなく金髪の女性、さらに一番力が無さそうな水色髪の女の子までが自分と同じくらいは有りそうな岩を持ち上げ祭壇の下に落としていた。


(さすが神獣といったところか。いやいや、それよりティム王子だ)


 彼女らの邪魔にならないように石をどけていく伯爵。

 岩を落とされ、広間の大理石がひび割れて大変なことになっているが、伯爵は見なかったことにした。


(しかしティム王子がこのがれきの中に?)


 たった一時間前に元気よく手を振って出発したティム王子の姿を思い浮かべる伯爵。

 転移に成功したもののがれきにまきこまれたのでは?

 不吉な想像をふりはらい、もくもくとがれきをどけていく少女らに目を向ける。

 彼女らに焦っている様子はない。理由はわからないが、ティム王子は無事である可能性が高い。

 そう思いなおした伯爵は足元の石を気合いとともに持ち上げた。


「おーい、皆無事ー?」


(ん? どういうことだ?)


 唐突にしたがれきの中から聞こえる声に、伯爵は怪訝に思い首をかしげた。


「ティムくんー! よかった無事だったんだねぇ!」


 赤髪の女性がどかしたがれきの影から現れた人物に、水色髪の少女がかけより抱きついた。


「ティム、よかったぁ。あなたが死んでいたら私もあとを追ってたわぁ」

「助かった。君がいなければ皆今頃死んでいただろう」


 赤髪の女性の病みが深い発言も、金髪の女性が口にした物騒な事実も伯爵の耳を素通りしていった。

 伯爵の意識の全ては眼前の光景に向けられていた。


「いやぁ、よかったぁ。ボクの世界に帰る転移魔法が間に合って。帰るのがちょっと前倒しになっちゃったっけど、しかたないよね?」


 全員から抱きつかれている人物は頭をかきながらへらりと笑った。


「全然いいよティムくんと一緒なら!」

「まあ、あの世界の真実はあらかた調べ尽くしたからな。こんどはこの世界を研究させてもらうぞ」

「どこまでも追いかけていくわぁ。魔神を倒したら叶えてもらう約束、忘れたなんていわさないわよぉ?」


 四人が笑い合う光景をみて、伯爵の脳内ではこれまでの情報がパズルのピースのように組み上がっていった。


「そうか、なるほど、スペードのキング、あれは逆位置にあった、つまり、そういうことだったのか……」


 一人頷くセブンブリッジ伯爵に気付いた中央の人物が勢いよく立ちあがって駆け寄ってきた。

 伯爵は黙って頷きその人物を”見下ろした”。

 目の前には、黒髪碧眼の”美少女”が立ち、へらりと笑顔を浮かべていた。


「セブンブリッジ伯爵! ティム・バートランド。無事異世界で最強の存在、『勇者』を連れ帰りました!」


 異世界でなぜか女になってしまったティムと彼女を慕う勇者達の戦い、そして彼らのお守り約を押しつけられたポーカー・セブンブリッジ伯爵の苦難の道はこうして始まったのだ。


 が、それはまた別の話。




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[一言] 鋼メンタルで乗り切ったぞ、この伯爵 いや、一応カード占いの知識はあるっぽいけど というかそもそも一番アレなのは神だよね
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