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8.ルルーシア・ヘイローは食いしん坊

めちゃくちゃ遅くなってすみません……!

 

 シシリと約束した日。

 待ち合わせの公園に着くと、ベンチに座り本を読んでいる『謎シシリ』の姿があった。


「シシ――」


 近づきながら『シシリ』と呼ぼうとして慌てて最後の『リ』を飲み込む。

 前回と違い公園には他の人の姿があったからだ。

 シシリ侯爵家の名はそこそこ有名だ。

 それこそ私の地元でも知っている平民がいるくらい名が通っている。

 いくら今のアルドラーシュ・シシリが本来の見た目と違っていても、その名を呼べば誰かが振り返るくらいには有名なのだ。

 危ない、危ない。

 シシリに近づいていくと、私の影に気がついた彼が視線を本から上に上げた。


「あ、ヘイロー。おはよう。早かったな」

「おはよう。私より早い人に言われてもね」


 そう。私は別に遅刻したわけではない。

 なんなら約束の時間より15分くらい早く到着している。


「私も早く来たつもりだったんだけど、あなた何時に来たの?」

「俺もさっき来たところだよ。でも良かった、ヘイローを待たせずに済んだし」


 絶対嘘だ。

 もっと早く来ていたに違いない。


「本まで用意して?」

「まあまあ、そこは見ない振りしてくれよ」

「やっぱり嘘なんじゃない」

「紳士として女性を待たせるわけにはいかないだろ? 結果としてヘイローも早く来たんだから俺の選択は間違いじゃなかたってことで」

「あら、私には素がバレているから紳士的な行動はとらないんじゃなかったの?」


 一昨日私のお腹が鳴ってしまった時にシシリに笑われた時のことを持ち出せばシシリは苦笑いを浮かべた。


「……楽しみすぎて屋敷を出るのが早すぎただけだよ」

「子供じゃない」

「なんとでも言ってくれよ。さあ、どうする? 少し早いけどもう向かう?」

「そうねぇ。道すがら他のお店を見ていってもいい?」

「もちろん」

「じゃあ行きましょう」


 シシリと並んで街を歩く。


「何か欲しいものでもあるのか?」

「いいえ? でも見ているだけでも楽しいでしょ?」


 特に欲しい物はないけれど、活気のある街の雰囲気や店頭に並ぶものを見るだけでも楽しい。

 思わず頬も緩むというものだ。


 あれが可愛い、これは美味しそう、あっちのお店から良い匂いがするなどシシリと話しながら目的のお店リッシェルダまでを進んで行く。

 ついつい食べ物のお店に目が行きがちなのはきっとお腹が空いているからだ。

 決して私の食い意地が張っているわけではない。

 ……たぶん。


「ちょっと、何笑ってるのよ」


 今もまた屋台の串焼きに目を奪われていた私の隣からシシリの笑い声が聞こえた。


「いや、さっきから食べ物への反応がいいなと思って」


(しょうがないじゃない! だってお肉よ!? こんなに上等そうなお肉がこの値段で売ってるのよ!?)


 貧乏というほどではないが裕福でもない我が家にとってお肉はご馳走だ。

 もちろんまったく出てこないというわけではない。

 けれど、家族構成が父、母、兄1、兄2、私、弟という中で、お肉は男性陣に多く渡りがちだ。

 そりゃあ働き盛りで体力を必要としている父や兄たちがたくさん食べることに文句はない。

 ないけれど、やっぱりたくさん食べられて良いなと思うことはあるわけで。

 そうしていると気付いた兄たちが時々自分の分を少し分けてくれたり、代わりにデザートを分けてくれたりしていたのだ。


(優しいお兄様たちよね……って、あら? なんだか話が逸れたわね)


 お肉にまつわる思い出をよみがえらせていると、シシリがおずおずと「ごめん、もしかして怒った?」と聞いてきた。


「怒ってないわ。怒りかけたけど。ちょっと昔を思い出して懐かしんでいただけよ」

「……怒ったんじゃないか。でも言い訳させて。べつに揶揄って笑ったんじゃなくて……」

「何よ?」

「いや、その……」

「言い訳っていうんなら早く言いなさいよ」


 シシリを見上げて詰め寄ると、彼はパッと顔を逸らして視線だけをこちらに向けた。


「その、目が」

「目?」


 目がなんだとういうのだ。

 自分で言い訳がしたいと言ったのに、なかなか言葉が出てこないシシリに先を促すと、彼は小さな声でつぶやいた。


「食べものを見るヘイローの目が、キラキラしていて可愛いなって思って…………ごめん、嘘。いや! 嘘じゃないけど、ごめん、今のナシ」

「……はあ? 何それ、どっち? ありがとう、でいいの?」


 しどろもどろになったシシリはよく見ると耳が少し赤くなっているようだった。

 言ったことを後悔するくらいなら無理しなければ良いのに。


「……なんで君はそんなに普通なんだよ。俺一応可愛いって言ったのに」

「ほら、やっぱり。一応なんでしょ? 無理に誤魔化そうとしなくてもいいわよ。そんなことしなくても、リッシェルダの別注商品はちゃんとシシリにも食べさせてあげるわ」


 そんなことで食べさせてあげないような、そこまでひどい人間じゃないわよと私が言うと、シシリはがっくりと肩を落とし「君、鈍いって言われない?」と言った。


「なんでよ? ちゃんと今だってシシリの懸念に気がついたでしょう? どこが鈍いっていうのよ、失礼しちゃうわね」

「うん、もうそれでいいよ……」


 何が良いのかわからないが、良いと言うのだから良いのだろう。

 それにこのよくわからない言い争いをしているうちに、だいぶ予約の時間が近づいて来ていた。


「そろそろ予約の時間になるわ。遅れないように行きましょう」

「……そうだね」


 どことなく力無く笑うシシリとともにリッシェルダへと急いだ。




「うわぁ、大盛況ね……!」


 リッシェルダに着くとお店の前には二本の列ができていた。

 ひとつは持ち帰り専用の列で、もうひとつは私たちが予約している喫茶スペースに入るための列だ。

 この列に並べばいいのかとキョロキョロしていると、行列の先に『予約済みの方はこちら』という看板を見つけた。

 私とほぼ同時にシシリもその看板を見つけたらしく、「あ、あっちみたいだな」と言ってそちらに進み出す。

 入口に辿り着くまでのわずかな距離で、並んでいる人たちの話を拾っていると、どうやら喫茶スペースは予約専用の席と当日並んで入れる席があるようだ。

 アリスが予約を取ってくれていなかったらこの列に並ぶことになったのかと思うと、彼女には感謝しかない。


「シシリ、シシリ。思っていたよりもすごい人ね」


 シシリの袖をくいと引っ張って小声で話しかける。


「そうだね。ヘイローに感謝だな」

「あら、それを言うならアリスに、でしょう? 元はアリスが取ってくれたんだから」

「でも俺を誘ってくれたのはヘイローだから」


 それはそうだけれど、と思っていると店員が出てきた。


「ようこそいらっしゃいました。ご予約のチケットはお持ちでしょうか?」

「あ、はいここに」


 私が予約チケットと特別オーダー引換券を手渡すと、それを確認した店員が笑みを深めた。


「ヘイロー様ですね。アリステラお嬢様からお話は伺っております。どうぞこちらへ」


 そう言って案内されたのはお店の中でも一番奥の位置の広めな空間。

 聞いていた話通りパーテーションで上手に囲まれており周りの視線は全く気にならない造りになっている。

 以前と同じようにシシリがイスを引いてくれる。

 シシリがやらなくても店員がしてくれそうだったのだけれど。


「紳士じゃないんじゃなかったの?」


 そう言いながら座ると、シシリは「それはそれ、これはこれ」とまたわけのわからないことを言った。

 そんなシシリは店員が引いてくれたイスに座ったのだけれど。


「メニューはこちらでございます。ご注文や、その他ご用命の際はこちらのベルでお呼びください。それでは失礼いたします」


 店員が去った後、私は周りをキョロキョロと見渡す。

 多少不躾ではあるが、店員がいなくなったので誰にも文句は言われない。

 お店の内装や外装をチェックするのもスイーツ店巡りの楽しみのひとつでもあるのだ。


「前のお店も可愛らしくて良かったけれど、ここもまた趣が変わっていいわね。店内なのに植物も置いてあって、どこか空気が綺麗な感じがするわ。シシリの斜め後ろにあるあの植物はなんていうのかしら? 見たことない葉っぱだわ」

「どれ?」


 私の言葉を受けてシシリが右を向く。


「そっちじゃないわ。逆よ、逆。そうそう、その細長い葉っぱのやつ」


 いろいろな植物が自生する我が伯爵領でも見たことのない植物だ。


「ああ、これか。これはリルグルスだな」

「リルグルス? 聞いたことないわ」

「もっと南の国が原産のはずだったかな。たしか柑橘系の香りがするんだよ」

「へえ、そうなの? シシリって物知りね」

「そんなことないよ。ただ母が趣味で集めているものの中に同じものを見たことがあるんだ」

「シシリ侯爵夫人が? さすがオシャレな趣味をお持ちなのね」

「どうだろう」


 集めるだけで結局世話をするのは使用人だけれどとシシリは苦笑を浮かべながらメニュー表を開いた。

 最初から最後までメニューを確認し、とりあえず絶対に食べたいものだけを頼むことにした。




誤字報告ありがとうございます。

いいねや評価もとても嬉しいです。

口笛拭きながら跳ねています♪~(^ε^ )

ありがたや。

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