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6.ルルーシア・ヘイローは失敗する

 

「なんでこうなるのよー」


 視界に入る髪の先を摘まんで、私は自分自身に文句を言った。


「さすがにこれはないわ」


 目に映るのは鮮やかなピンク色。

 どうしてこうなってしまったのか自分でもわからない。

 まあわかっていたらそもそもこんな色にはなっていないのだけれど。


「途中までは上手くいっていたのに……シシリのせいよ」


 最初のうちは黒髪を濃い灰茶色や栗色に変えていた。

 以前に単純な茶色に変えるというのはやったことがあったので、その辺りまでは順調だった。

 問題はそこから先。

 自分の地毛と違い過ぎるせいなのか、思い切り明るい色に変えようとすると、途端に上手くいかなくなった。

 魔法は想像力とはよく言ったもので、同じ魔法が使えるならその差はいかに細部まで想像できるかで変わると言われている。

 明るい髪色、明るい髪色、と思いながら自分の周りにいる人たちの髪を思い浮かべ、何とか形になったところで、次いで思い浮かべたのがシシリの髪だった。


「……やってみようかしら」


 シシリの綺麗な亜麻色の髪。

 私はあの色が結構好きだ。

 自分の真っ黒で重く見える髪と違い、柔らかな色合いの艶やかな髪は羨ましさすら感じる。

 自分の髪色が嫌いなわけではないけれど、似合うかどうかは別として一度くらいはあの色を体験してみたい。

 他の人がいるところでその色に変えようものならなんやかんやと言われそうだが、幸い今は自分一人。

 これは絶好のチャンスなのでは? そう思った私はシシリの髪色を再度思い浮かべた。


(薄い茶色、淡い栗色……ううん、黄色がかった淡い褐色。そう、この前一緒に飲んだミルクティーにさらにミルクを垂らしたような――っ!)


 シシリの髪を思い浮かべていたはずなのに、なぜかその映像に振り向いたシシリが現れた。

 くしゃっと嬉しそうに笑ったシシリが。


「うわっ! あ、わわ、しまった――」



 途中で集中力を乱され、気づいた時には髪がピンク色になっていたというわけだ。


(なんでこっち向くのよ! シシリのバカ!)


 完全なる八つ当たりだ。

 けれど悪態を吐かないとやっていられない。

 どうしてあいつの笑顔なんかでこんなに動揺しなければいけないのだ。

 シシリごときに心を乱されるとは何たる体たらく。

 ……。

 ……うん、シシリはまったく悪くない。

 心の中でシシリに謝り、頭を下げた。

 集中力を乱されることも、そのせいで魔法が失敗したのも全ては自分の実力不足だ。

 まだまだ練習が足りない。


「はあ、駄目ねぇ。とりあえず早く元に戻しま――」

「うわ! え? なに? どうしたんだそれ」


 ……最悪だ。

 一番失敗を見られたくない奴に見つかった。


「……シシリ、なんでいるのよ」


 思わずじろりと睨むように見てしまった。


「なんでって、ヘイローに話があったからだけど……またずいぶんと奇抜な色に挑戦したんだな」


 シシリが私の頭を見てそう言った。


「好き好んでこんな色にするわけないでしょ。失敗したのよ! 笑いたきゃ笑いなさいよ」


 いっそのこと笑ってくれ。

 そのほうがまだ気が楽だ。


「なんでだよ。笑わないよ。ヘイローは真面目に練習してたただけじゃないか。練習はできないことをできるようにするためのものだろ? 成長のために必要な失敗じゃないのか?」

「そう、そうよね……」


 つい先ほどまでは笑ってくれたほうが楽だと思っていたのに、思いのほか真面目に返されたシシリの言葉がスッと気持ちを軽くした。

 もし本当に笑われていたら腹を立てていたかもしれない。


「シシリのくせにいいこと言うじゃない」

「くせにってひどくない?」


 シシリはわざとらしく肩をすくめて苦笑した。


「まあ俺も失敗はたくさんしてきているからね。それにしても、本当に鮮やかなピンクになったな」


 シシリは私の髪を一房摘まみ上げてまじまじと確認している。

 せっかくの機会だ。

 この魔法を普段から使用しているシシリに意見を聞いてみるのも良いかもしれない。


「明るい色にしようと思ったんだけど、途中で集中力切らしちゃったのよ。でもそれにしてもなんでこんな色になっちゃったのかしら。シシリならわかる?」

「うーん、そうだな……。途中で何か他のこととか色とか考えなかった? それだけでも結構影響してくるよ。俺は屋敷で練習してて庭の芝が目に入った時は緑の髪になったし」

「緑? シシリの髪が?」

「ああ。あまりにすごすぎて笑ってしまったよ。あれはひどかった」


 ひどいとは言っても緑の髪の下にはシシリの顔。

 この綺麗な顔なら何色の髪がのっても意外と合いそうだ。

 瞳の色も私と違って薄いから、どんな色でも極端に合わないということはなさそうに思える。

 そんなことをシシリの顔をじろじろ見ながら思う。


「えっと、ヘイロー? どうした?」

「……ずるい。ずっるいわ~」

「ん? なんて?」

「ずるいって言ったのよ。ひどいっていってもきっとシシリが思ってるほどじゃないわよ。だってあなた、顔が恐ろしくいいもの」


 私が不貞腐れた顔でそう言えば、シシリは目を丸くしてあからさまに驚いた顔をした。

 待て待て、そんなに驚くことじゃないでしょう。


(まさかこの人、自分の顔の良さを自覚していないわけ?)


 そちらのほうが驚きだ。


(いや、でもそんなわけないわね。この見た目じゃなかったら~なんてこの前言っていたし)


 ではなぜこんなに驚かれるのだろう。

 意味がわからない。


「あの、ええっと……今の言い方だとヘイローが俺の容姿を褒めてくれたように感じるんだけど」

「はあ? 褒めてるわよ? っていうかこの前も言ったわよね、私。……言わなかった?」


 熱く語ってしまった時に言ったと思っていたが、もしかして言っていなかっただろうか。

 それともその場の嘘だと思われていたとか? 

 まあいいか。

 何回繰り返そうが、シシリの容姿が優れていることに変わりない。

「なんならもう一回言いましょうか」と言った私に、シシリは口元を手で覆いながら短く「いや、いい」と答えた。


「……とにかく、俺にだって同じような失敗はあるってこと。あと、ヘイローのその髪も派手だけどそんなに悪くないよ。か、可愛いと思う」

「……どもるくらいなら無理に可愛いとか言わなくていいわよ」

「無理なんかしてないよ」

「嘘ばっかり」


 気を使われなくても、自分の顔の作りくらい自分が一番よくわかっている。


「あーあ、本当はシシリみたいな髪色になる予定だったのに」

「え?」


 私は自分の髪に掛けた魔法を解除した。

 やっと見慣れた黒髪に戻れた。


「もっと練習しなくちゃだわ」

「……ヘイロー?」

「なあに? あ、そういえば話があるとか言ってたわよね? なに?」

「いや、話しはあるんだけど。それよりもヘイロー、君この髪色にしたかったの?」


 シシリが自分の頭を指して言う。


「? そうよ。だってあなたの髪、すごく綺麗なんだもの」

「……」

「な、何よ? 駄目だった?」


 シシリが笑顔のまま固まり、そして頭をガクッと垂れると長い溜息を吐いた。


(なに、なに!? まさか怒ってるの? どうしてよ!)


 べつに良いではないか。

 亜麻色の髪はシシリだけのものではないのだから。


「お、怒られる筋合いはないわよね?」

「……うん、怒っているわけじゃないから。ちょっと、そう、ちょっとね……」

「なな、何よ」


 シシリの態度に思わず身構える。


「ううん、なんでもない。こっちの話」

「はあ?」

「まあ、気にしないでよ。そうそう、話だけれどね」


 シシリが急に話を変えた。

 釈然としないが、先ほどの変な雰囲気に戻るのも嫌なのでそのまま話に乗ることにした。


「何よ?」

「何よっていうか、ヘイローのほうが俺に話があるんじゃないかと思って」

「……はあ?」

「だって最近よく俺のほうを見てるじゃないか。しかも何か言いたげに。無理に話しかけてこないってことは誰かに聞かれたくない話なのかなって思って」

「……ほんっと腹立つわね」

「ええぇ? なんでだよ」


 そこまでわかっているならもっと早く声をかけてくれれば良いのにと言う私に、シシリは反論した。


「俺のこと見ていたよな? なんて聞いて勘違いだったら自意識過剰すぎて恥ずかしいだろ」

「いつも注目を集めている人間がよく言うわ」

「……そういうのとは、違うだろ」


 違う、とは?

 シシリが何を言いたいのかよくわからず首を捻る。


「とにかく! 何か俺に言いたいことあるんじゃないのか?」

「言いたいことっていうか、あんな話を聞いちゃったから気になっただけよ」


 無理はしていないのか、とか、その笑顔は本物なのか、とか。

 まあ私が心配したところで何があるってわけでもないのだけれど。

 けれど、シシリの話を聞いてから気にならないというのも嘘なわけで。


「単なる私のお節介だから。わざわざ声をかけてまで聞くことじゃないし、周りに人がいたら聞けないでしょ」

「ヘイロー……。ありがとう」

「な、何よ。べつに感謝されるようなことじゃないわ」


 シシリがいたく感動したような表情でお礼なんか言ってくるものだから、こちらのほうが照れてしまう。

 本当に、そんなにお礼を言われるようなことではないのだ。


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