51.ルルーシア・ヘイローはずっとこうして過ごしたい
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「「ヘイロー先輩、シシリ先輩、さようなら」」
「はい、さようなら」
「さようなら」
下級生から声をかけられ返すと「キャー、お、お話しちゃった」と女子生徒たちは頬を赤らめながら足早に立ち去っていく。
「……相変わらずおモテになること」
アルドラーシュが人気があることはわかっている。
けれど、私という婚約者がいるのに相変わらず女子生徒に声をかけられるのはあまり気持ちの良いものとは言えない。
「やきもち? 大丈夫、俺ルルーシアしか目に入らないから」
「そういうことを言ってるんじゃないわよ。腹立つわ~」
「そうは言ってもルルーシアだって同じようなもんじゃないか。この間なんか年上なのに可愛いとか言ってるやつがいたから、つい睨んでしまったよ」
「やめてあげなさいよ。アルドラーシュに睨まれたら可哀想よ」
「俺のルルーシアをそういう目で見るやつが悪い」
「……ばか」
婚約者になってからというものアルドラーシュはいつもこの調子だ。
もうすぐ一年が経つというのにまだまだ慣れず、毎回恥ずかしい。
そう、私とアルドラーシュが正式に婚約してから早一年が経とうとしている。
私たちは進級して学園の最上級生である三年生になった。過ぎてみればあっという間の一年だった。
最初の頃は私たちの婚約にケチをつける人も多少いたのだけれど、シュミレットさんの件で一時的にでもヒーロー扱いされたことで、思っていたよりも断然少なかった。
しかも私に対して「シシリ様を解放してあげて」とか「弱みでも握ったのではないか」と言ってくる人たちには、なぜかシュミレットさんたちがふざけたことを言うなと言い返してくれたおかげで徐々に減っていった。
今では先ほどのように二人揃って挨拶をされるくらいには私たちが一緒にいることが当たり前のようになっていた。
「そうだ、ルルーシア。前に話した大通り沿いの店に今度の休み行かないか?」
「え? ピッシャル菓子店? 行くわ! 絶対行く!」
そして、以前と同じように私たちは街のスイーツ店に一緒に行ったり、それ以外にも観劇に行ったりと婚約者として交流を深めている。
とても良い関係を築けていると我ながら思う。
そんな私たちも今ではもう三年、学園での最終学年でもうじき卒業だ。
ちなみに卒業式での卒業生代表挨拶は最終試験の順位で決まるのだけれど、私はまたしてもアルドラーシュに負けてしまった。
人前での代表挨拶なんてやりたくなかったけれど、それはそれ、試験は試験、ということでもちろん手抜きなどせず頑張った。まあ結局わずかな点差で負けたのだけれど。
そんな感じで私たちは婚約者(恋人)ではあるけれど、今でもライバルだし、スイーツ仲間でもあるのだ。
「じゃあまた迎えに行くな。時間はいつも通りでいい?」
「ええ、大丈夫よ。今から楽しみだわ」
「俺も」
同じ趣味を持った人が婚約者だなんて最高としか言いようがない。
そうして迎えた休日。
いつものようにアルドラーシュが寮の前まで迎えにやってきた。
婚約が公になってからというもの、もう隠す必要も無いのでアルドラーシュは堂々と寮の前まで迎えに来るようになった。
貴族向けのティールームなどに行く時はシシリ侯爵家の紋章がバッチリ入った馬車で、今日のように庶民向けの菓子店などに行く時はお忍び用の馬車でやって来る。
大体こういう時は風貌も謎シシリになっているのだけれど、「ルルーシア」と馬車から顔を出したアルドラーシュはやはり謎シシリだった。
前は何とも思わなかったけれど、アルドラーシュが私と同じ色にしたくて黒髪にしていると聞いてからは、お揃いなのだと思うとふわふわとした気分になるのだ。
馬車に乗ると、アルドラーシュが私の服装を見て一言。
「見たことない服だ。可愛いね。よく似合ってる」
「ありがとう。そしてもう気付いているとは思うけど」
「やっぱり母上か……」
「その通り」
寂しかった私のクローゼットはこの一年でかなり賑やかになった。
なぜならサルヴィア様が洋服をくださるから。
もちろんアルドラーシュが贈ってくれた服もあるのだけれど、それ以上にサルヴィア様が「ルルーシアさんに似合うと思ったのよ~」と言ってくださる服が圧倒的に多い。
いくら『いただけるものは遠慮なく受け取るべし』が家訓だとしてももらい過ぎではないだろうかと悩む私に、サルヴィア様は「自己満足だから悩む必要ないのよ」と言うのだ。
「悔しいけどやっぱり母上はセンスがいいんだよな」
少しぶっきらぼうに言うアルドラーシュについ笑ってしまう。
「ちなみにこれをいただいた時、サルヴィア様にはアルドラーシュはたぶんこういった服好きよ~って言われたの。どうやら合ってたみたいね」
「……本当、嫌だ。早く卒業して、家を出て……ああ、でもその家も爵位も両親から与えられるものだから……うん、早く自分の稼ぎだけで生活できるようになってルルーシアの身につけるものは全部俺が用意する。うん、そうしよう」
ぶつぶつと呟き顎を擦るアルドラーシュに思わず苦笑が漏れる。
自分の趣味嗜好が母親に熟知されていることが相当恥ずかしいらしい。けれど私としてはまだまだ知らないアルドラーシュを教えてもらえるので嬉しく思っている。
「まあまあ、それだけよく理解されているってことじゃない」
「そうなんだけどさ」
ご両親にもお兄様にも可愛がられているアルドラーシュは、学園ではそれこそ貴公子然とした佇まいだけれど、屋敷に戻れば年相応というか表情が豊かになる。
ちなみに、そんな可愛いシシリ家の末子は卒業後は国の魔法研究機関で働くことが決まっており、なんと私も国の魔法薬研究所への就職が決まった。
元々私たちは嫡子ではないし、家を出て平民として自活していかなければと思っていたから働こうとしていた。
けれど、さあいよいよ働き先をどうしようか、どこの試験を受けようかとなった時、シシリ侯爵様から余っている爵位があるよと言われた。
余っているって何? 爵位なんて余るものじゃないでしょう? と私は思ったのだけれど、さすがはシシリ侯爵家。
爵位、余っていました。
まあ正確に言うと本当に余っているわけではなく、手持ちの領地の中でもすごく小さく、普段は管理人を置いている領地(クロッカ領、爵位は子爵)をアルドラーシュに譲ろうと思っているということだった。
王都にある今は使用していないお屋敷も一棟丸ごとくださることになっている。
恐るべしシシリ家。
アルドラーシュはもちろんその存在を知ってはいたけれど、爵位を譲るなんて話は今まで言われたことはなかったし、すべてお兄様が継がれるものだと思っていたらしい。
だからこそ私にも平民の妻になってしまうけれど絶対に苦労はさせないからと言っていた。
これに対しシシリ侯爵は、息子二人が色々な意味できちんと育つかはわからないし、初めから爵位をもらえると思って阿呆になっても困るから言わなかったのだとしれっと仰った。
まあつまり、お兄様のイグナーシュ様はシシリ侯爵家を継がせるに値する人間になったし、アルドラーシュも平民にさせるには惜しく、爵位を譲っても良いと思える人物になったと認めてもらえたということなのだ。
あとは国の機関で働くにしても爵位を持っていたほうが何かと便利、というのもあったらしい。
そんなこんなで私はアルドラーシュと結婚したらクロッカ子爵夫人になる。
ソフェージュ侯爵夫人となるアリスにも社交界で堂々と会うことができるようになるので嬉しい誤算だった。
「何だかんだ私たちって恵まれているわよね。あ、着いたみたいね」
お喋りをしている間に目的のお店近くまでやってきた私たちは、馬車を降りお店に向かう。
ドアノブがまるでビスケットのようなデザインの可愛らしい店構えだ。
扉を開け中に足を踏み入れた瞬間、両サイドから「「おめでとうございます!」」と大きな声がかけられた。
何事とかと思っていると「お客様は当店開店1000人目の記念すべきお客様です!」と言われ、拍手とともに迎えられた。
喜ばしいことだけれど、なぜかとても恥ずかしい。
驚きと恥ずかしさで固まってしまった私の手を取って、アルドラーシュが店員の案内する席へと引いて行ってくれた。
しばらくはチラチラと向けられる視線で落ち着かなかったけれど、メニューを選んでいるうちにそれもなくなっていった。
「……驚いたな」
平然としていたアルドラーシュ口からそんな言葉が出てきて、私は思わず「え? 驚いてたの」とまじまじと顔を見つめてしまう。
「そりゃ驚くだろ」
「全然そんな素振り見せなかったじゃない」
「好きな子の前で慌てた姿を見せたくなかっただけだよ」
「もう! またそういうこと言うんだから」
「ははっ、それよりももう何を注文するか決まった?」
「決まったわ、っていうかあれしかないでしょ?」
にやりと私が笑うと、アルドラーシュも「だよね」と笑みを返す。
このお店にきたらまずはあれを食べないと、と思っていたケーキを二人とも注文し待つこと数分。
お目当ての品が目の前に置かれた。
「綺麗! 見てよ、この断面。絶対美味しいわ!」
チョコレートでコーティングされたケーキで中は三層、いや五層くらいにはなっているだろうか。
(おそらくチョコレート風味の生地、にチョコレートムース、オレンジピール? いえ、これはジャムかしら? もしかしてこのクリームにはナッツも入ってる?)
フォークを入れる前に見た目の美しさにまず目を奪われる。
一番上には輪切りのオレンジの砂糖漬けが半分だけチョコレートを纏ったものが立体的に飾り付けられている。
「すごいな。ここにきたらまずはこのケーキだとは聞いていたけど、思っていたよりもずっと手が込んでそうだ」
アルドラーシュも私と同様に、見るからに手の込んだケーキの作りに感心している。
そしてケーキを一口口に運ぶと、口いっぱいに広がるチョコレートとオレンジの風味に思わず頬が緩んだ。
「おいっしい!」
「チョコレートのムースかと思ったけどもしかしてキャラメルかな?」
「そうかも。ちょっとほろ苦い感じがいいアクセントになっているわよね」
「ああ、濃厚なのにくどくなくて、一言でいうなら――」
「「最高」」
アルドラーシュの言葉に被せるように私が言うと、彼は恥ずかしそうに「真似するなよ」と言った。
「ふふっ、真似じゃないわよ。私もそう思ったもの。でも、ん~~っ! 本当に美味しい」
頬を押さえながらその美味しさを堪能していると、アルドラーシュが微笑みを浮かべて私を見ていた。
「何よ」
「いや、本当に幸せそうに食べるなと思って」
「アルドラーシュだって同じような顔してるわよ? それに美味しいものを大好きな人と共有できてるんだから幸せに決まってるじゃない」
私がそう言えば、アルドラーシュの顔はみるみる赤くなっていった。
「……ルルーシアって時々そういうこと言うよな」
「ふふん、私だってやられっぱなしってわけじゃないんだから」
いつも好きだとか愛してるとか恥ずかしげもなく言うくせに、不意に自分が言われることには慣れていないアルドラーシュ。
それは私が恥ずかしがってなかなか素直に好意を伝えられていないのが原因なのかもしれないから、そこは反省しようとは思うけれど。
でも、こうして言葉一つで顔を赤くしてくれる彼を可愛いと思ってしまうから、やっぱり言葉にする時と場所は慎重に選びたいとも思うわけで。
いつまでもこうして幸せだと思える時を一緒に過ごしていきたいと思うのだ。




