50.ルルーシア・ヘイローはヒーローになっていた
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(……見られてる)
朝、学園に着くと明らかにいつもと違う視線を感じる。
そしてそこかしこからヒソヒソと、「あの子が?」とか「本当に?」といった声が聞こえてくる。
(さすがウィンクル姉妹。本当にあれから噂を広めたのね)
たった一晩でこんなに多くの女子生徒に知れ渡るとは。
恐るべし、ウィンクル姉妹。
まあアルドラーシュがそれほどに人気のある人だということでもあるのだろうけれど。
私なんかはせいぜい『二学年の成績優秀者』くらいにしか知られていないと思う。特に他の学年の生徒には。
(はあ、わかってはいたけどあんまり気持ちの良いものとは言えないわね)
私は居心地の悪い視線を浴びながら教室へと足を進めた。
教室に入るとみんなの視線が一斉に私に集中した。
その中にはもちろん他の生徒に囲まれたアルドラーシュの姿もある。おそらく私との噂について聞かれているのだろう。
(いつもなら早く学園に来るけど、今日は遅めに来て正解だったわね)
きっと質問攻めにあうに違いないという私の予想は当たっていたようだ。
噂の渦中の人物二人が同じ教室に揃うのだからそれも仕方がないと思うけれど、それでも根掘り葉掘り聞かれるのは面倒だと思ってしまう。
アルドラーシュはこういうのも躱すのが上手そうだからすべて彼にお任せしたいというのが本音でもある。
(まあそうもいかないわよね。特に文句なんかはアルドラーシュには言いにくいだろうし)
どうしてヘイローなのか、なんてアルドラーシュには聞きにくいはずだ。
まあ私に聞いてきたらアルドラーシュに聞いてくれと丸投げするつもりでいる。頑張れアルドラーシュ。
心の中でエールを送りながら席に着くと、一番に話かけてきたのはシュミレットさんとトドスさんだった。
「おはよう」
「……おはよう」
「ちょっと! 失礼しちゃうわね。どうしてそんなに驚くのよ」
「え? だって今までシュミレットさんからおはようなんて言われたことなかったじゃない」
いったいどういう風の吹き回しだろうと不思議に思ってしまうのは仕方ないと思う。
「命の恩人にそんな態度を取るほど落ちぶれてはいないわよ。それで? もう怪我は大丈夫なの?」
なるほど。言い方はツンツンしているが私を心配して声をかけてきてくれたらしい。
素直じゃないんだから。
「ええ、もうすっかり。傷痕だって全く残ってないわよ」
「それならいいわ。あと……一応おめでとうと言っておくわ」
「……ありがとう。シュミレットさんに言われるなんて変な感じね」
「っ一言多いのよ! もう!」
頬を膨らませてシュミレットさんたちが自分の席に戻ると、それを待っていたかのようにアルドラーシュがやってこようとしたけれど、それよりも先に女子生徒に囲まれた。
「どうやってシュミレットさんたちに諦めさせたのよ」
「シシリ様とヘイローさんが婚約したっていうのは本当なの?」
「あなた全然そんな素振り見せなかったじゃない」
などなど。次から次へと質問される。
「……本当よ。アルドラーシュのことはライバルだと思ってたけど、その、彼の想いにほだされた感はあるわね。今はそれだけじゃないけど」
自分で言っておいて恥ずかしくなった。
今まであまりこういった恋の話なんかをクラスメイトとしたことはなかったから、頬が自然と熱くなった。
恥ずかしがっている私を尻目に周りはきゃあきゃあと弾んだ声を上げている。
「じゃあシシリ様が言っていたことは本当だったのね」
「シシリ様に想いをいただけるなんて羨ましい!」
「シシリ様はルルーシアさんのどこが好ましいって言ってくださるの?」
「それは、アルドラーシュに聞いて」
「聞いたら秘密って言って微笑まれたのよ!」
「はっ! ちょっと待って! そういえばさっきからシシリ様のこと名前で呼んでいるじゃない!」
「本当だわ! シシリ様もヘイローさんのこと名前で呼んでいたのよ」
「「きゃ~、素敵! 羨ましい~!」」
てっきりなぜあなたなのだと詰め寄られるのかと思ったらどうも様子がおかしい。
もしかしてアルドラーシュが同じ教室内にいるから遠慮して言いたいことを言えないのかとも思ったけれど、それとも違う感じがする。
「どうしたの? 変な顔して」
「いえ、なんか想像していたのと違うから……」
私がそう呟けば、女子生徒たちは顔を見合わせてクスッと笑った。
「いやだ、もしかして私たちがルルーシアさんにシシリ様のことで恨み言を言うと思ってたの?」
「思っていたし、それも仕方のないことだとも思ってるわ」
だからこそどんなに良い条件だとしても、自分もアルドラーシュと同じ気持ちを持てなければ彼の隣に並ぶ勇気も覚悟もなかった。
「ルルーシアさんって意外と小心者だったのねぇ」
「どういう意味よ」
「だってあなたっていつも家格が上のシシリ様に食ってかかるし、家名で呼び捨てにするし、シュミレットさんたちに厭味を言われても言い返したりするじゃない? 他人からどう思われようが気にしないのかと思ってたわ」
ねえ? っと一人が同意を求めるように周りに聞けば、他の女子生徒も「小動物が威嚇しているみたいで可愛らしくもあったけど」などと頷きながら答えた。
「しょ、小動物?」
言われた言葉に耳を疑った。
まさか自分がそんなふうに思われていたなんて。ショックだ。
「それにねぇ、あんなに嬉しそうに婚約は本当だとシシリ様の口から聞かされたらもう何も言えないわよ」
「そ、そう」
どうやら私がこの教室に来るまえのアルドラーシュの態度も私が責められない要因の一つであったらしい。
「あと、ヘイローさんは長く休んでいたから知らないでしょうけど、あなた今この学園ではちょっとしたヒーローなのよ?」
「……は? ヒーロー?」
「そうよ、ルル。同級生のピンチを救った勇敢な子って言われてるんだから」
「うわっ、びっくりした……!」
突然後ろから現れ、肩をがしっと掴んだアリスに驚き、思わず淑女とは程遠い声を出してしまった。
「もう! 驚かせないでよ!」
「ふふ、悪かったわ。それよりもすっかり良くなったみたいで安心したわよ」
アルドラーシュを介して手紙のやりとりはしていたけれど、こうして会うのは治療院に移った日以来だ。
「おかげさまでね。それよりもそのヒーローって何なの?」
「誰かのピンチに瞬時に動けて、しかも自分が身代わりになってまで助けるなんてなかなかできることじゃないもの。それこそ物語のヒーローみたいでしょう?」
「そうよ。ただ成績が良いだけじゃない、素敵ってみんな話を聞いて盛り上がったのよね」
その後も色々聞かされたけれど、要約すると、シュミレットさんを助けたことで意図せずして私の評価が上がったところに、アルドラーシュとの婚約の噂が立った。
しかもアルドラーシュが嬉しそうで、どうやら彼のほうが惚れこんでいるらしいというのも本当らしい。
これはもう割り込む余地はない。というかそんな人を選ぶなんてアルドラーシュは見る目がある、という話になったらしい。
つまり、覚悟とかそんな物必要ないくらいすべて丸く収まってしまっていた。
「良かったのよね……?」
実感の湧かないまま午前の授業を受けて、アルドラーシュとアリス、ソフェージュ様と一緒に昼食を摂りながらそう呟くと、向かいの席に座るアルドラーシュが「良かっただろ?」と笑った。
「ルルーシアが心配してたことなんて何も起こらなかったんだから」
「それはそうなんだけど、なんか拍子抜けっていうか」
「元々ルルが気にし過ぎてただけよ。あの一件がなかったとしても人様の婚約に文句を言ってくる人なんていなかったでしょうし」
そこまで言ってアリスは「まあシュミレットさんたちは言ってきたかもしれないけど」と続ける。
「あれは特殊な例だから。しかもどこからどう見てもシシリ様のほうがルルにぞっこんなんだから、誰の希望で婚約に至ったかなんて名探偵じゃなくてもまるわかりよ」
「なあ、ハリー。俺ってそんなにわかりやすいか?」
「わかりやすいも何もお前、隠す気ないだろ?」
ソフェージュ様が溜め息交じりにそう言えば、アルドラーシュは「バレたか」と言って笑った。
「なんだか幸せだわ」
「ん? 何か言った?」
私の小さな呟きを拾ったアリスが同じように小声でそっと聞いてきたので、私もまた小声で返す。
「女性として好きになってもらえるとか、恋心ありきの婚約なんて自分にはないと思ってたから……だから、うん、なんだか幸せだなって思ったの」
「ふふふ、そうね。ねえ、ルル。今までのルルも素敵だったけど、今のあなたはもっと素敵よ」
「何よ、それ。でもありがとうって言っておくわ」
「じゃあ私はどういたしましてって言っておくわ。ふふっ」
アリスと二人で笑い合う。
まさかこんな穏やかに学園生活を再開できるとは思っていなかったので、これは嬉しい誤算だ。
何を言われてもかかって来いという心持ではあったけれど、それでも誰かに否定的な意見を言われたらそれなりに凹むと思うし、これで良かったのだろう。
心配事もなくなったので授業に集中できそうだ。
「よし、午後の授業も頑張るわよ!」
午後に向けて気合を入れる私に、アリスは「ちょっといなかっただけなのにすでにこの光景が懐かしいわ」と言って笑い、アルドラーシュとソフェージュ様も同じように頷いて笑っていた。
【補足】
ルルーシアの見た目は緩いウェーブの黒髪ロング。
パッチリおめめで垂れ目です。
身長は平均より小さめです。
ちなみに、ルルーシアを田舎者だ何だと馬鹿にするような人たちは、そのほとんどがお馬鹿さんなのでルルーシアと同じクラスになることは基本ありません。
ただ、シュミレットとトドスがルルーシアと同じクラスなのは、彼女たちがアルドラーシュと同じクラスになりたくて必死に頑張った結果です。
そんなわけで今ルルーシアたちのクラスは平和だし婚約に文句を言おうなんて人もいません。




