5.ルルーシア・ヘイローはチケットを手に入れる
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スイーツ店でシシリとばったり会ってから早数週間。
あれから私とシシリの関わり方が変わったかというと――まったく変わっていない。
学園内で話をするとしても、大体はその日にあった授業についてとか。
我ながら大変真面目な生徒である。
ただ、少しだけ私がシシリを見る目が変わった、かもしれない。
シシリが誰かと喋っていても、もしかして無理して笑っているんじゃないかと考えてしまうことがある。
今までは何とも思わなかったのに、スイーツ店で会ったあの日、シシリの今まで見たことのない笑顔を見た後からは、学園にいる時の彼の笑顔が作り物のように見えてならないのだ。
私に心配されるなんて、シシリからすれば余計なお世話だろうけれど。
「あ~、もやもやするわね」
「なーにが?」
「うわぁ!」
後ろから急に声をかけられて肩が跳ねた。
「もう、驚かさないでよ!」
「え~、ルルが勝手に驚いただけじゃない。怒るなんて、アリス悲しくて泣いちゃうぞ!」
「……」
ウィンク付きで言われた言葉に思わず冷めた視線を向けてしまった。
妙にぶりっ子な言葉遣いで登場したのは私の友人、アリステラ・ローリンガムだ。
彼女は見た目が凛とした美人なので、言葉と容姿が合っていない。
本来なら見た目で判断してはいけないと思うところだが、普段はこんな話し方ではないので余計に違和感がすごい。
何も言わずに冷めた視線を向け続ける私に「何も言われないのが一番辛いんだけど。何か言ってよ」と、普段の口調に戻ったアリスが言った。
「……無理してる感があって鳥肌が立ちそう」
「あ、やっぱり? 私も自分でやっていて気味が悪かったわ」
そう言ってあっけらかんと笑うアリスに「じゃあやらなければいいのに」という言葉は飲み込んだ。
言ったところで彼女はまた笑うだけだということは今までの経験からわかっているから。
「はあ、今度は何の影響なの?」
「先日観たお芝居に出てくるぶりっ子の女の子。でも駄目ね。現実にこんな子がいたらイラッとしちゃいそう。ああいうのは誇張されたお芝居の中だけで十分ね」
「それがわかって良かったわね」
「ええ、本当に。それで? ルルは何にもやもやしてるの?」
「ああ……」
私はアリスにどこまで話すかどうか迷う。
好奇心旺盛だけれど意外と口の堅い彼女はきっとシシリのことを聞いても黙っていてくれるとは思うけれど、それでも私が他人の事情をペラペラと話すのは違うと思う。
そんなことをされたら誰だって嫌だろう。
そう思った私は自分の気持ちだけを簡単に話すことにした。
「人のことを勝手に心配して、そのことについて話したいんだけど、そもそも頼まれてもいないのに勝手に心配してる自分ってお節介じゃない? っていう……うん、何言っているのかわからないわよね。いいの、気にしないで」
自分で言っていてよくわからなくなってきた。
私自身でもよくわからないのに、シシリの秘密を知らないアリスにとってはますます意味不明だろう。
謎解きでもあるまいし、と思った私にアリスは「その“人”ってシシリ様のこと?」と聞いてきた。
思わず私は目を見開く。
「な、なんで?」
「あ、やっぱり? 駄目よー、ルル。淑女たるものそんなにわかりやすく表情に出しちゃ」
「もう! アリス相手なんだから別にいいでしょ!」
「あら嬉しい。私ルルのそういうところ好きよ」
「ありがとう。でも今はそれじゃない。なんでわかったのよ」
私はそれがシシリのことだなんて一言も言っていない。
変装うんぬんは抜きにしても街でシシリに会ったことだって、誰にも喋っていないのに。
「え? だって最近よくシシリ様のこと目で追いかけているじゃない」
「は?」
「無意識だったの?」
「無意識よ!」
たしかにあれ以来シシリのことを気に掛けている自覚はあるし、話しているところもよく見るなと思ってはいたけれど。
まさか人に指摘されるほど自分がシシリのことを見ていたなんて。
「いや~、恥ずかしい! ……っは! まさかみんな気づいて!?」
「大丈夫じゃない? 私はルルと一緒にいることが多いから気づいただけだもの」
良かった。
あのうるさい人たちに気づかれていたら面倒なことにしかならない。
私がほっと胸を撫で下ろしていると、アリスは「相談に乗る?」と聞いてきた。
「ううん、大丈夫」
「そう? まあ、何かあったら言ってよ」
「ええ、ありがとう」
こういうところはアリスの良い所の一つだと思う。
先ほども言ったが、アリスは知らないことを知りたがったり、いろいろ試したりするような好奇心旺盛な人物だ。
けれども人が踏み込んでほしくないと思うところには踏み込まない。そういう気遣いができる。
今だって私がなぜシシリに対してそんな風に思っているのか聞いてきたりしない。
本当に助かる。
「ふふ、じゃあこの話はこれでお終いね。じゃあ、本題!」
「本題?」
「そう、私ルルに謝らなくちゃいけなくて。それであなたを探してたのよ」
「何よ、急に」
私が怪訝な顔を向けると、アリスは顔の前で勢いよく両手を合わせ、言った。
「明後日行けなくなっちゃったの」
「え?」
明後日はアリスと一緒に街のパン屋リッシェルダに行く約束をしていた。
リッシェルダはパン屋と言ってはいるけれど、普通のパンの他にも甘いパンや焼き菓子、さらにはケーキなども置いてあり、店内では昼食とティータイムを一緒にしたような時間を過ごすことができる。
ゆったりと楽しめるようにと席数は少なく、全てが半個室のようにパーテーションで仕切られているらしい。
らしい、というのは私もまだ行ったことがないので定かではないからだ。
とても人気があり、予約もなかなか取ることができないお店なのだが、今回はアリスが予約を取ってくれていた。
それというのも、アリスの家はリッシェルダに多額の出資をしている――つまりオーナーのような存在なのだ。
その関係で月に1回だけ優先的に予約を取ることができるらしく、私の甘いもの店巡りを知っているアリスが私のためにわざわざ予約を取ってくれたのだ。
「本当にごめんなさい! 急にお父様からその日は空けておくようにって言われちゃったのよ……」
「そう。残念だけどそれは仕方ないわよ。気にしないで。また今度一緒に行きましょう」
楽しみにしていたのは本当だけれど、行けないものは仕方がない。
リッシャルダはまた次の楽しみに取っておいて、明後日は違うお店を探そうかと考えていると、アリスがスッと何かを差し出してきた。
「……何これ?」
「リッシェルダの予約チケットと特別オーダー引換券とクッキーよ」
「何それ?」
予約チケットはまだわかるが、特別オーダー引換券とは? あとなんでクッキー?
「どうせ私はいけないからバラしちゃうけどね、ルルのために別注のミルフィーユを頼んでいたの」
「ミルフィーユ?」
聞いたことのない食べ物だ。でもきっとわざわざアリスが頼むくらいだから美味しいに違いない。
「食べたことない? 薄いパイとクリームが何層にもなっていて、上にはイチゴも乗っているの」
「食べたことないわ。でも絶対美味しいやつね!」
思わず握り拳を作ってそう言えば、アリスはくすくすと笑った。
「そう、とても美味しいのよ。だから行けなくなったお詫びにこのチケットもらってくれる? 誰か誘って行ってもいいし、もちろん一人で行っても大丈夫よ。それとそのクッキーはうちの料理長がルルにって」
「え? 前にアリスの家で頂いたあのクッキー?」
バターをケチらず使っていると一口食べたらわかるサクサクほろほろの美味しいクッキーだ。
カリッとしたクッキーも美味しいけれど、こちらのタイプも違った美味しさですごく好きなのだ。
「いいの? じゃあチケットもクッキーも遠慮無くいただくわ」
「ふふっ、そういうところも好きよ。呼び止めちゃってごめんね。もう帰るところだったんでしょ?」
「ええ。でも魔法の練習をしていくつもり」
「あら、じゃあこのクッキーちょうど良かったわね。またいつもの所で練習? ほどほどにして帰りなさいよ」
「わかってるわ。遅くなりすぎて夕食を食べ損ねても嫌だもの。じゃあまた明日ね」
「ええ。さようなら」
私はもらったものを鞄にしまい、帰り道にあるいつもの練習場へと向かった。
今日は何を練習しようかなんて考えながら歩いていると、あっと言う間に練習場に辿り着く。
やっぱり今日も誰もいないわねと思いながら中に入り、早速魔法の練習を始めた。
「今日は……色彩変化にしようかしら」
以前シシリが『謎シシリ』になった時にやっていた、髪色を変えたりする魔法だ。
彼はとても簡単そうにやっていたけれど、実は結構難しい。
「シシリは違和感がまったくない艶やかな黒髪にしてたわよね……悔しいけど見事だったわ」
失敗すると思い通りの色にならなかったり、斑になってしまったり、インクで塗りましたというような色になってしまうこともある。
けれども『謎シシリ』の髪は元から黒髪でしたと言っても誰も疑わないほど自然だった。
なんなら元々黒髪の私よりも手入れの行き届いた良い髪だったと言っても良い。
元の髪質が良いのか、魔法の腕が良いのか。
「きっと両方ね」
自分も負けていられないと気合を入れて、私は魔法の練習を始めた。
シシリの変装後の名前はルルーシアの中で『謎シシリ』に固定されました。
ひねりがない(笑)
宣伝がしつこくなってきたので下のほうでこそっとさせてください。
6/12(月)に別作品ですが『王立騎士団の花形職』の2巻が発売になります。
コミカライズ企画が進行中の作品になります。
もしよければご覧ください。
よろしくお願いいたします。