49.ルルーシア・ヘイローは最強かもしれない
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「もうすぐ着くな」
そう言って亜麻色の髪を魔法で黒色に変えようとしたアルドラーシュを止めた。
「なに?」
「いいわよ、そのままで」
「いや、だって……」
アルドラーシュの言いたいことはわかる。
私は今まで学園内以外ではアルドラーシュと関わりが無いように装っていたし、学園内でだってただのクラスメイト以上の関わりはないように見せてきた。
「もう正式に婚約したんだからバレたっていいの。大体それが嫌なら名前で呼ぶことだって了承してないわよ」
「……それもそうか」
少し嬉しそうに呟いて、アルドラーシュは頬を緩めた。
そうして学園寮に馬車が着くと、意気揚々と先に降りて私に手を差し出した。
その手を取って私が馬車から降りると、それを待っていたかのようにアルドラーシュは周りをキョロキョロと見渡した。
「何やってるの?」
「いやぁ、ちょっとね――あ、いた」
アルドラーシュはそう呟くと、寮のエントランスに向かって手招きをした。
いったい誰に向かってそんなことをしているのかと思った私の目に、噂話大好きウィンクル姉妹がいつかと同じような楽しげな声とともに現れた。
「み~ちゃった♪ というより見つかっちゃった?」
「そうね、そうね。見つかっちゃったわ♪」
「しかも呼ばれたわ」
「呼ばれたわね」
キャッキャウフフという擬音がぴったり当てはまりそうな軽やかな足取りで彼女たちはやってきた。
「お呼びかしら?」
「お呼びのようね?」
「こんにちは、シシリ様。そしてなかなか隅に置けないわね、ヘイローさん」
「ごきげんよう、シシリ様。黒髪の君はどうされたの? やっぱりシシリ様が本命なのかしら?」
「それともシシリ様が奪い取ったのかしら」
「まあ! それも素敵ね! やっぱり隅に置けないわ、ヘイローさん」
嬉々として捲くし立てるように話すウィンクル姉妹に私は思わず一歩下がってしまった。
変な噂を立てられないようにしっかり否定しなければならないのに、彼女たちの勢いに飲まれて何も言えずにいる私に代わってアルドラーシュが口を開いた。
「それは違いますよ、ウィンクル先輩。たしかにルルーシアは誰もが奪い去ってしまいたくなるくらい魅力的な女性ですけどね」
なんだかとんでもないことを言い出したアルドラーシュから急に肩を抱き寄せられて、驚きから目を丸くして彼を凝視してしまう。
「それに彼女はとっても一途な女性ですよ。ねえ、ルルーシア?」
「え? そ、そうね?」
いきなり話を振られて肯定とも否定とも取れない妙な返事をしてしまった。
「まあ! でもでもこの前は黒髪の方とご一緒だったわ」
「そうね、そうね。ただのお友達には見えなかったわ」
「そう見えていたなら嬉しいですね」
「「どういうこと?」」
アルドラーシュの返答に首を傾げたウィンクル姉妹に、「見ててください」と言って彼は色彩変化の魔法を使った。
亜麻色の髪が黒に変わると、アルドラーシュはその髪をぐしゃぐしゃと乱し、ウィンクル姉妹に笑みを向けた。
「こういうことです」
「まあ! スクープよ! とっても素敵な情報を手に入れたわ!」
「あらまあ! 早くみんなに教えてあげなくちゃだわ!」
ウィンクル姉妹は軽やかな足取りで寮の外へと出て行った。
この時間からいったいどこで誰に話を広めようというのだろうか。いや、それよりも。
「……アルドラーシュ」
「何?」
「何じゃないわよ。何なの、今の」
ウィンクル姉妹が去った後も離さずに肩を抱いている手をピシッと叩き、アルドラーシュをねめつけた。
わざわざウィンクル姉妹を呼んで変装していたことまでバラしてしまうなんて、一体何を考えているのか。
「何って、一番手っ取り早く周知させる方法だろ? 噂が先に広まれば俺たちが名前で呼び合っていても、どういうこと? ってならずに済むし、いろいろと牽制にもなるだろ?」
「それはそうだけど、でも変装のことまで言う必要なかったじゃない」
お忍びスタイルの『謎シシリ』の風貌がバレてしまったら、誰かを警戒せずに街に繰り出せなくなってしまう。
「俺のことはいいんだよ。元々スイーツを食べに行く時くらいしかあの格好はしていなかったし、もう忍ぶ必要もないだろ?」
「え? そうなの?」
「そうだよ。だってルルーシアとしか行かないんだから。変装したせいでルルーシアが浮気の疑いをかけられたら嫌だよ」
今の一言で急に納得した。
アルドラーシュは先ほどのウィンクル姉妹のように、私が謎シシリとアルドラーシュの二人に気があるように思われることを避けたかったのだ。
以前噂された黒髪の男性の正体はアルドラーシュであったのだと、私のためにウィンクル姉妹に広めてもらおうとしているのだろう。
「……ありがとう」
「お礼なんていらないよ。ルルーシアが悪く言われるのは俺が許せないだけだから」
アルドラーシュも少なからず、婚約したことで私が女子生徒から悪く言われるのではないかと懸念しているのだろう。
心配し過ぎな気もするが、アルドラーシュの気持ちは嬉しくもある。
「まあでもウィンクル姉妹のことだから、俺のほうがルルーシアに惚れこんでいるってところまでしっかり広めてくれるだろうね」
「……それもそれで恥ずかしいわね」
「照れてるルルーシアも可愛いな」
「アルドラーシュ、あなた馬車の中に頭のネジを落としてきたんじゃない?」
「おかしいな。さっき一本拾ったのに、他にも落ちてた?」
早急に取りに行ったほうが良いと私が言えば、アルドラーシュは大袈裟に肩をすくめてみせた。
私たちは顔を見合わせてくすくすと笑い合う。
他の子はこんな冗談を言うアルドラーシュの姿を知らないのだと思うと、得をした気分というか何というか。
とにかく、こんなふうにアルドラーシュに素で接してもらえる自分は彼の特別なのだと思えて嬉しい。
「ふふ、私たち浮かれてるわよね?」
「浮かれてるなー。帰りたくないとか思ってるし……でもそろそろ時間かな。治ったばかりのルルーシアをずっと外にいさせるわけにもいかないし。それにロビンも煩い」
アルドラーシュの肩越しに見えるロビンさんはこちらに向かって会釈をしただけで、特に何も言っていないようだけれど、アルドラーシュは「顔がうるさい。あいつ絶対ニヤついてるだろ」と嫌そうに言った。
「はあ。名残惜しいけどそろそろ帰るよ。また明日学園で」
「ええ、また明日」
アルドラーシュを見送って寮に入り、寮監に帰宅の挨拶をすると無事を喜ばれた。
「ご心配おかけしました」
「いえ、こうして元気に戻ってきてくれた良かったです。あ、新しい制服も届いていますよ」
「まあ、ありがとうございます」
新しい制服を受け取り自室まで戻り扉を開ける。
「少し留守にしていただけなのに懐かしさすら感じるわね」
こじんまりとした私の部屋。
ほんの少し贅沢をして買った可愛い小物入れ以外は何の特徴も、オシャレでも可愛くもないけれど、学生として一人で生活するには十分な部屋。
これが私にとっての普通だと思っていたし、戻ってきた今でもそう思う。
けれどもシシリ邸で過ごしたこの数日間を恋しく思う気持ちもあって。
(私ったら少し贅沢になっちゃったのかしら……ううん、違うわね)
ここには自分しかいない。
シシリ邸では動けるようになってからは散歩だ何だと侍女やサルヴィア様が付き合ってくれていたし、アルドラーシュが帰ってきてからはその日の授業内容を教えてもらったりと一緒に過ごす時間がとにかく多かった。
そんな生活に慣れ始めてしまっていたからこんなにも寂しく感じるのだろう。
「慣れって恐ろしいわね」
もともとは二週間に一回街でスイーツを楽しんで、あとは勉強を頑張るという生活だったのにこの数ヶ月でだいぶ変わってしまった。
けれど悪くない変化だ。
(あの時『謎シシリ』を見つけて良かった)
あのときはまだアルドラーシュと婚約するなんて思ってもいなかった。
友人とすら呼べる関係でもなかったのに変われば変わるものだ。
この変化が周りにはどう受け取られるかはわからないけれど、心強い味方もいるし、何よりアルドラーシュがいるから何とかなるだろうと楽観的に考えている自分もいる。
(これも結構驚きの変化よね)
アルドラーシュに本気で好かれているということがこんなにも心を楽にしてくれるとは思わなかった。
やっぱり男の子から好かれることはない自分を一番気にしていたのは他の誰でもなく自分だったのだろう。
(勉強もできて、魔法も上手に使えて、優しい家族と友人がいて、素敵な婚約者までいる私って実は最強なんじゃない?)
そう考えたらなんだか楽しくなってきた。
「ふふっ。早く明日にならないかしら……ってその前に片付けと準備!」
明日を楽しみに思いながら、鼻歌混じりに荷物の整理を始めたのだった。
久々のウィンクル姉妹でした。
きっと彼女たちは良い働きをするでしょう(^^♪
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