45.ルルーシア・ヘイローはその顔が見たかった
たいっへん遅くなり申し訳ありません!
「すまなかった! こんなはずじゃなかったんだ……俺はもっと、ちゃんと、本当にすまない」
「……」
ベッドの上でクッションを背に上半身を起こしている私の目の前に、部屋に入ってくるやいなや頭を下げたアルドラーシュがいる。
少し前、アルドラーシュの帰宅を教えられた私は文句の一つでも言ってやろうと意気込んでいた。
そんな私のもとに現れた彼は、開口一番「すまなかった!」と謝罪した。
それは何に対しての謝罪なのかと聞く私に、アルドラーシュは非常に申し訳なさそうにその答えを口にした。
「……ルルーシアを囲い込むような、俺への返事を断りづらくするようなことをしたことだ。君の気持ちを尊重するって言ったのに、それとは正反対のことをしてしまった」
「なんだ、ちゃんとわかってるのね。でもわかっていてやるのは一番卑怯だわ。そう思わない?」
「……その通りだ。言い訳のしようもない」
肩を落とし未だ頭を下げたままのアルドラーシュの姿に溜息を一つ吐くと「……それで?」と続きを促した。
「……え?」
「だから、言い訳。あるんでしょ?」
「どうして……」
「だってさっき言ったじゃない。こんなはずじゃなかったって」
俺はもっとちゃんと、ともアルドラーシュは言った。
部屋に来た時も、珍しく慌てたようにバタバタと息を切らしていたし、きっと想定外の何かが起こったのだろう。
治療院から出た直後は訳がわからなさ過ぎて怒りや不信感が強かったけれど、私の知っているアルドラーシュはそんな卑怯な人間ではない。
今だっていくらでも言い訳できるのに、自分の非を認めるだけでそれをしない。彼はそういう人だ。
今回のことが外堀を埋めるような行為だったことも、それに対して私がどう思うかも、彼は正確に理解している。
自惚れていると言われるかもしれないけれど、アルドラーシュがわざわざ私に嫌われるようなことをするはずがないのだ。
わかっていたはずなのに、一時の怒りでそれを忘れてしまっていた。
「本当はどうするつもりだったの? 昨夜、迎えに行くって言っていたのは間違いじゃないのよね?」
「迎えに行くって言ったのは本当だ。でも……日中に行く予定じゃなかった。夜か、もしくは日が沈む前だとしてもソフェージュ家の馬車で迎えに行くつもりだったんだ」
「……えーっと、どういうこと?」
どうしてソフェージュ家の馬車なのか、それはそれで問題があるだろうと聞く私に、アルドラーシュは計画の全容を話し出した。
まず、治療院に私のお見舞いのためにアリスとソフェージュ様との三人で訪れ、そのままソフェージュ家の馬車でアリスの家に行き、そこからシシリ家に向かう予定だったらしい。
「や、ややこしい……! なんでアリスの家?」
「ローリンガムさんのところに一旦寄れば、ルルーシアが滞在しているのはローリンガム家だと思わせることができるだろ?」
私とアリスは親交が深いから、王都に出てくることが難しい私の両親に代わって面倒を見てくれても、本当に仲が良いのねと思われるくらいでそこまで違和感はない。
そしてソフェージュ様はアリスの婚約者だから彼女を自宅まで送っていっても何の不思議もないし、アルドラーシュとも仲が良いからシシリ家にソフェージュ家の馬車がやってきてもおかしなことではない。
「そうすれば変な噂も立たないだろうって考えた。でも、これには二人の協力も必要だったから、今日学園で会った時に相談するつもりだったんだ」
そして、もしそれが難しいなら夜になってからひっそりと私を迎えに来るつもりだったらしい。
もちろんシシリ侯爵やサルヴィア様にも昨日のうちに話は通してあったそうだ。
「それなのに! 学園に急な知らせが家から来たと思ったら……!」
まさかの『お部屋の準備もできたし、今からルルーシアさんを迎えに行ってくるわね』という内容だったそうな。
「すぐに止めに行きたかったけど授業をサボるわけにもいかないし、とりあえずそれはやめてくれって返事をしたんだけど……」
やめることなく私を迎えに来てしまった。
唯一の救いは馬車を目立たないものに変えたことだけれど、それはロビンさんが提案したことらしい。「シシリ家の馬車で行ったらさすがにアル坊っちゃんに怒られますよ」と。
(はあ? だったらもっとちゃんと止めなさいよ! アルドラーシュの従者でしょうが!)
私を迎えに治療院までやってきたロビンさんの笑顔を思い出し、怒りがふつふつと湧いてくる。
(なーにが、何も聞いていないのですか? よ! 全部知った上でアルドラーシュの考えを無視して行動してるんじゃないの!)
実際はアルドラーシュの従者とはいっても雇い主はシシリ侯爵であるし、そちらの意見に従うのは当然のことではあるのだけれど。
わかるけれど。
「……アルドラーシュ。唯一の救いとか言っていないでロビンさんに一言物申したほうがいいと思うわ。あとご両親にも」
アルドラーシュの恋の応援隊とか言っていたけれど、彼らがやったことは応援どころか足を引っ張る行為だ。
私が少しもアルドラーシュに心を傾けていない時だったら、好きになるどころか嫌いになってしまいそう。
もし、外堀を埋め尽くされて仕方なくアルドラーシュの気持ちを受け入れることになったとしても、不信感は残る。
そしてそんな相手を信頼することはできず、不幸な婚約・結婚をすることになっていただろう。
「……その通りだ。実はさっきここに来る前に親と言い合いをしてきた」
アルドラーシュは神妙な面持ちで頷き、ここでやっとベッド脇の椅子に腰を下ろした。
「俺はまだ家や親の力を借りている身だが、それでもこれはないって。本当に俺とルルーシアのことを考えてくれているなら今後こういうことはやめてくれって言ってきた」
「意外と冷静に話してきたのね」
「……まあ、本当はもっとはっきり言いたかったんだけど」
「どういう意味?」
「本当は、このせいでルルーシアが俺から離れていったらどうしてくれるんだって言いたかった」
けれど、シシリ家で私を受け入れるのを許可してくれたのも、自分の幸せを願ってくれているのも本当だから努めて冷静に話したらしい。
「……良かったわね。私があなたのこと好きだと気付く前だったら、きっと一時の怒りに任せてお断りするところだったわ」
「やっぱり? そうだよな。ルルーシアは卑怯なこととか大嫌いだもんな。本当に――」
自分の頭を乱暴に掻きながら喋っていたアルドラーシュが動きを止めた。
そして目を丸くして私の顔をじっと見て「い、今……」と言った。
「何?」
「何じゃなくて! ルルーシア、今、俺のこと好きって」
「言ったわ」
「嘘だろ……」
「失礼ね。そんなことで嘘を吐くような人間だと思ってるの?」
「思わない! 思わないよ、思わないけどいきなりすぎて驚いた。しかもこんな話の流れであっさり……って、ルルーシア」
「……何よ」
「いや、顔……」
「うるさいわね! そこは見て見ぬ振りしなさいよ!」
私はふんっと顔を背けた。
昨日言おうとして言えなかった言葉をどうしてこんなタイミングで言ったのか。そんなこと私にもわからない。
文句を言っている最中に言う言葉ではないことくらいわかっている。
けれど、知っているのだ。
みんなに優しくて人気のアルドラーシュも、ソフェージュ様や私といる時の少し気の緩んだアルドラーシュも、私のことをずっと好きだったと言ったアルドラーシュも、森の中で心細かった時に聞こえてきた声の安心感も、私を見つけて泣きそうになった顔も。
私はいろいろな顔のアルドラーシュをもう知ってしまった。
そして気付いてしまった。
「アルドラーシュだって言ってたでしょ! 私は今生まれて初めて愛の告白をしたのよ! 緊張してるの! 顔が赤くなって当然でしょ!」
でも、それでも、今言うべきだと思ったのだ。
自分から離れていってしまうかもしれないといういらない心配をするアルドラーシュに、もうそんなことには絶対にならないのだと早く言ってあげたくなった。
ただそれだけ。
そう思ったら勝手に口からするっと出てしまったのだ。
雰囲気とか、タイミングとか、そんなものは些細なことだ。そんなものがなくたって、今伝えたいと思った言葉は熱を持ちきっとアルドラーシュに届く。
だから、恥ずかしくても、拙い言葉でも、きちんとアルドラーシュの目を見て言葉にする。
「ちゃんと、ちゃんと好きよ、アルドラーシュ。待たせ過ぎちゃったけど、あなたのことが好きだってちゃんと気づいたの。私はあなたとだったら、楽しい未来を想像できるのよ。だからもう私がアルドラーシュから離れていくなんて悲しい想像しないでよ」
アルドラーシュは私の言葉を最後まで聞くと、無言で立ち上がった。
かと思うと、またすぐに椅子に腰を下ろし俯き、私に聞こえないほどの小声で何かを呟いた後、ゆっくりと顔を上げた。
「ルルーシア、手を繋いでもいいだろうか」
「え!? あ、あの……はい」
途惑いながら手を差し出すと、その手をアルドラーシュの大きな手に取られ、心臓がぎゅっと掴まれたような感覚に陥る。
(うわぁ、何これ。なんでこんなに恥ずかしいの?)
心臓がドクドクとうるさく鳴り響くのは告白したばかりだからだろうか。繋いだ手からアルドラーシュにまで音が聞こえてしまいそうだ。
「……不思議」
「ルルーシア?」
「覚えてる? 前に一緒にリッシェルダに行った時、手の大きさを比べたでしょう?」
あの時はまだアルドラーシュとここまで親しくなるなんて思っていなかった。名前だってシシリ、と家名で呼んでいた。
「あの時は手を握っても全然緊張しなかったのよ。だけど、今は……」
繋がれた手に視線をやる。少し力を入れると、アルドラーシュもきゅっと握り返してくれた。
「緊張するしドキドキもするけど、嬉しくもあるの。前とはまったく違う気持ちだわ」
「俺はあの時もドキドキしてたよ。なのに君ときたらこっちの気も知らないでさ」
それはもうごめんなさいとしか言えない。
けれど仕方がないと思う。だってあの時はまだアルドラーシュが、というよりは私のことを好きになる人なんているわけがないと思っていたのだ。
「でも、もうそんなことどうだっていいよ。今こうして同じ気持ちでいられるならそれでいいんだ。ありがとう、ルルーシア。大好きだ」
そう言ってアルドラーシュは今まで見た中で一番幸せそうに微笑んだ。
更新頻度が遅すぎる問題……。
私自身もひしひしと感じております(´-`;)
もう少し早く上げられるように頑張りまする。
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