44.ルルーシア・ヘイローは一言物申したい
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やる気100倍!(*^^)v
「うん、化膿はしていないようだね。もうかさぶたになってきているところもあるし、やっぱり若い子は回復力が違うなぁ」
お医者様は感心したようにふむふむと頷きながら私の腕のガーゼを剥がし、薬を塗ってまた新しいガーゼを貼ってく。
「毎日忘れずにガーゼを替えて薬を塗るようにね。そうすれば本当に傷も残らないと思うから」
「ようございましたね、ルルーシア様。明日からは私がお世話させていただきますのでご安心ください」
「あ、はい。ありがとうございます」
診察を終えたお医者様を見送るために侍女も一緒に部屋を出て行くと、静かになった部屋で思わず私は溜息を吐いた。
「はあ……。おかしなことになったわ」
私が寝ているのは天蓋付きのベッド。
ただしここは昨日までいた治療院ではない。
ではどこか、というと、ここはシシリ侯爵邸の客室なのだ。安静にしている場所が治療院からシシリ侯爵邸に変わった。
(昨日の夜アルドラーシュとは話している時にはこんなことになるなんて思ってなかった)
昨日、アルドラーシュに返事をしようとしていたところに隣室に控えていた侍女から面会終了時間の声が掛かり、なんとなく話を続ける雰囲気ではなくなってしまった。
「もうそんな時間か。残念だけど帰らないとな」と言ったアルドラーシュに話を続けることはできず、言いかけた好きという言葉を私は飲み込んだ。
アルドラーシュは慌ただしく帰っていったけれど、夜になったら本当に共鳴石で通信が来た。
顔を見て直接伝えたかったから、その時は当たり障りのない会話をしただけだったのだけれど、通信の切り際になってアルドラーシュが「あ、早ければ明日迎えに行くから」と言った。
意味がわからなくて、明日も会いに行くと言ったのを聞き間違えたのだろうと思っていたのだけれど、今ならわかる。
あれは聞き間違いなどではなく、本当に「迎えに行く」と言っていたのだ。
翌日になって部屋の外が少しざわついているなと思ったら、部屋に入ってきた侍女が「わ、私はどうしたら……」と言ってきたので何のことかと思っていたら、急に退院が決まったと言われた。
少なくとも一週間は安静にと言われていたのに、いったい何が起こったのか全くわからなかった。
シュミレット家から派遣されていた侍女も何も聞いていないようで、二人揃って身動きが取れなくなってしまった。
そこにやってきたのがロビンさんだった。
「こんにちは、ヘイロー伯爵令嬢。おかげんはいかがですか?」
「……え? ロビンさん?」
「はい、アルドラーシュ様の従者のロビンでございます。どうしたんです? お二人揃って固まって」
「いえ、あの、急に退院だと言われまして。一週間は安静にと言われていたのでどういうことかと。それにこちらのシュミレット家の計らいで来ていただいている侍女も何も聞いていないようで、何が何やら……」
侍女と顔を見合わせて首を傾げる私に、ロビンさんは目を丸くして「まさか」と口にする。
「あの、まさかとは思いますが何もお聞きになっていないんですか?」
それは私に対しての問いだったのか、はたまたシュミレット家から派遣された侍女に対してだったのか。
どちらかわからないけれど、どちらにしても私も侍女も誰からも何も事前に聞かされてはいないのだから首を縦に振るしかない。
「嘘だろ……。あの、ヘイロー伯爵令嬢、アルドラーシュ様から何も聞いていらっしゃいませんか? 私はアル坊っちゃんから貴女様には話は通してあるからと聞いているのですが」
「え? 私ですか? ……あっ! もしかして昨日の?」
昨日の夜、明日迎えに行くと言われたような気がするけれど、まさかあのことだろうか。
聞き間違いだと思っていたし、退院という言葉は出なかったと思うのだけれど。そう答えるとロビンさんは深い溜息を吐き、皺の寄った眉間をぐいぐいと揉んだ。
「はあ、信じられない。言葉が足りなさすぎる……おそらく、というか間違いなくそれでしょう。申し訳ありません」
けれど退院はもう決定事項なのだと言い、侍女にもシュミレット家への連絡はこちらで済ますので問題ないと言うと、私の荷物を纏めるのだけ手伝ってほしいと頼んだ。
元々治療のためだけにここにきているので、荷物はさほど多くないのでそれはすぐに終わった。
そしてまだ状況が掴み切れていない私に、「詳しくは後ほどお話しますね」と言うと、ドアの外に待機していたらしい治療院の人を呼んだ。
その人が作り出した水のクッションに乗せられて、あれよあれよという間に治療院の外に待機していた馬車に乗せられた。
馬車の中にはシシリ家のメイドらしき人が乗っていて、シュミレット家の侍女から私の荷物を受け取った。
荷物を持ってきてくれた、ここ数日間お世話になった侍女と治療院の職員にお礼を言って馬車は出発した。
「……ロビンさん、この馬車っていつも公園までアルドラーシュを送迎している馬車ですよね?」
「ええ、そうですよ。お嬢様もお乗りになったことのあるあの馬車です」
ということは、やはりこの馬車はシシリ侯爵邸へと向かっているのだろうか。
なぜ? とは思うけれど、アルドラーシュが昨夜言っていた迎えに行くという言葉からしてもおそらくそうなのだろう。
「ロビンさん、説明願えますか?」
水のクッションに寝転がっている状態でロビンさんを見上げれば、彼はとても申し訳なさそうな表情で苦笑を浮かべた。
「もちろんです。アル坊っちゃんがしっかりとお話しているものと思っていたのですが……本当に申し訳ありません。何も聞かされていなかったのなら今日はさぞ驚かれたでしょう?」
「驚きましたし、今も何が何だか」
私とロビンさんの会話から、同乗しているメイドも今回のことを私が知らなかったということに気づいたらしく、目を見開いた後に申し訳なさそうな表情になった。
メイドにまでこんな顔をさせるなんて、何をしているんだアルドラーシュ。
「私たちも、アル坊っちゃんのお嬢様にはお話してあるという言葉を信じて参ったもので……とにかく、今から経緯をお話しさせていただきますね」
ロビンさんの説明によれば、昨日アルドラーシュは帰宅するやいなやサルヴィア様に私の身を治療院から引き取りたいと言ったらしい。
知り合いのいない治療院で私を独りでいさせるより、回復するまでシシリ家で面倒を見たいと言ったそうな。
(うん、馬鹿なのかしら)
身内でも婚約者でもない者を怪我が治るまで面倒を見るなど普通は有り得ない。
まして、シュミレット家が治療院の費用も何もかも負担すると言ってくれている状況で、シシリ家がそこまでする必要はどこにもないのだ。
(私が心細いとか言ったから? でもこんなことになるなんて思わないじゃない!)
「アル坊っちゃんの言葉に奥様が二つ返事で了承されまして」
「……なんで?」
当主であるシシリ侯爵にも一応確認は取ったが「じゃあ、部屋を用意しないとね」と、当然のように快諾したそうだ。
「だから、なんで!?」
「シシリ家は私達使用人も含めアル坊っちゃんの恋の応援隊なもので」
「なっ……」
空いた口が塞がらない。
何を言っているのだロビンさんはと思ったけれど、その横でメイドまでもがにこやかに頷いていて、それが事実なのだと理解させられた。
何なのだ、シシリ家。どうなっているのだ、シシリ家。大丈夫か、シシリ家。
「親公認とか……逃がす気あります?」
「おや、逆にお伺いしますけど、逃げる気あります?」
「……」
聞き返されたことに驚き目を瞬かせると、ロビンさんは意味ありげに微笑んだ。
(逃げる気なんてない。ないけども!)
肉食獣に狙われた獲物のような気分になるのはどうしてだろう。
全てわかっていますよと言わんばかりの微笑みに、私は目をそらすことしかできなかった。
「……ふふ、まあそういうわけでお嬢様をシシリ家にお迎えすることになったわけです」
「何が、そういうわけで、ですか……」
大体いくら寛容に考えても、常識的に未婚の令嬢が婚約者でもない男性の家に長く留まるなんて外聞がよろしくない。
だからこそシシリ家は、この外は平凡、中は上質な馬車で迎えに来たに違いない。外向けにはこれがシシリ侯爵家の馬車だとはわからない仕様になっている。
けれど、それとは裏腹に本気で隠し通そうという意思はないらしい。
本当に隠そうとするのなら、もっと人気の少ない夜に移動するはずだ。
しかもシュミレット家への連絡もシシリ家がするというのだから、それはもう私たちはそういう関係ですからと言っているようなものではなかろうか。
(本当に包囲網がどんどん出来上がってない?)
私の気持ちを尊重すると言っていたくせにどういうつもりだ。
たしかにアルドラーシュはこれからはどんどん攻めていくと言っていたけれど、これは攻め方の方向性が違うのではないか。
好きになってもらえるようにと言っていたのに、これでは逃げ場をなくしにかかっていると言ったほうが正しい。
それだけ私のことを望んでくれているとも言えなくはないけれど、これは卑怯ではないだろうか。
(ちょっと……話が違うんじゃないの?)
幸い私はアルドラーシュのことを好きだと気付いたし、彼の気持ちを受け入れようと思っているから問題はないけれど、そうじゃなかった場合のことを考えると何とも言えない気持ちになる。
これは、アルドラーシュに会ったら一言物申さなければ気が済まない。
「ふ……ふふ、待ってなさい、アルドラーシュ」
私のことを気遣ってシシリ家で面倒を見られるよう掛け合ってくれたことは嬉しい。でもやはりそれとこれとは話しが別だ。
「あ、あれ? お嬢様? 何ですかその笑み……」
「いえ? アルドラーシュに会うのが楽しみだと思って、ふふ、ふふふ」
「さ、左様ですか」
よほど変な顔をして笑っていたのだろうか。
ロビンさんが頬を引き攣らせていたけれど、気にしないことにした。
そしてそのままシシリ侯爵邸に迎えられ、治療院よりもさらに上等な部屋を宛てがわれ、シシリ家のお医者様から治療を受け、アルドラーシュの帰りを待っているというわけだ。
「なんか、やっと落ち着いたわね……」
まさか水のクッションで運ばれながらシシリ侯爵様――アルドラーシュのお父様にご挨拶することになるとは思わなかった。
初対面があんなだなんて。
「最初からやり直したい……」
無理だけれど。
そんなのわかっているけれど。
「はあ~、恥ずかしい姿をお見せしてしまったわ……」
優しそうな方ではあったし、むしろこの状態の私の前に顔を見せたことをサルヴィア様から叱られていたくらいだから、まったく問題なさそうだけれど。
けれど、この先長い付き合いになるであろうシシリ侯爵様に、少しでも良く思われたいと思うのは当然の心理だと思う。
「……そういえば、私の親には連絡してるのかしら。まあ、してないわけないわよね」
それについても確認しておかなければと思っていると、部屋をノックして侍女が現れ、アルドラーシュの帰宅を告げた。
読んでいただきありがとうございます。
暑すぎる日が続きますが皆さん溶けていませんか?
水分&塩分しっかり摂ってくださいねー。




