43.ルルーシア・ヘイローは本当は心細かった
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怠さの中で目を覚ますと、視界の端にアルドラーシュの姿があった。
「……アル、ドラーシュ?」
どうしてアルドラーシュがここにいるのだろう。
学園の授業はどうしたのかと思っていると、私の呼びかけに気づいたアルドラーシュは読んでいた本からバッと勢いよくこちらに顔を向けた。
「ああ、ルルーシア。良かった、目が覚めたんだな。具合はどうだ?」
「具合……」
まだぼんやりとした意識の中、アルドラーシュに聞かれたことを考える。
「……よく寝た」
そう答えると、アルドラーシュは「良かった」と言って笑った。
「安心した。昨日は熱が出て眠れなかったんだって聞いたよ。朝になって飲んだ薬が効いたみたいだな」
アルドラーシュに言われて、今朝お医者様に痛みと怠さを訴えて薬をもらったことを思い出した。
どうやらその薬のおかげでだいぶ楽になったようだ。
「そうみたい。でもどうしてアルドラーシュがここにいるの? 授業は?」
「まだ寝ぼけてるみたいだな。今はもう夕方。今日の授業は終わったよ。さっきまでローリンガムさんとハリーもいたんだ。それにシュミレットさんも俺たちより前に来ていたみたいだよ」
私が眠っていたから顔を見て帰ったようだけれど、とアルドラーシュは言った。
「アルドラーシュだけ残ったの?」
「ん。目が覚めないかなって期待もあったし、そうでなくてももう少し一緒にいたかったから」
「そ、そう……」
恥ずかしさからブランケットを顔まで引き上げると、それを見ていたアルドラーシュが笑ったような声が聞こえた。
また揶揄ってと文句を言おうと視線をやると、優しげな顔で目を細めるアルドラーシュがそこにいて、余計に恥ずかしくなってしまった。
「はは、さてと。元気になったルルーシアを確認できたことだし、俺も帰るとするか」
「っ見送るわ」
アルドラーシュの言葉にブランケットから慌てて顔を出し、もう帰ってしまうのかと言いそうになって、すんでのところで堪えそう告げた。
けれどずっと寝ていた身体は思うように動いてくれず、上半身を上げただけなのによろけてしまった。
「ッルルーシア!」
すかざすアルドラーシュが支えてくれた。
予想外にバランスを崩したことと、アルドラーシュの腕に支えられたことに心臓が大きく脈打った。
けれど、すぐ近くから聞こえてきたアルドラーシュの溜息に思わずビクッと肩を揺らしてしまった。
「そんなことしなくていいよ。ルルーシア、わかってる? 君は怪我人、安静って言われてるだろ? 今だって薬で痛みとか抑えているだけなんだから」
アルドラーシュはいくつものガーゼを当てられた私の腕を痛ましそうに見て、「頼むから大人しくしてて」と言った。
「いくら薬が効いているといってもまだ痛むんだろ? お願いだから無理はしないで。辛くなったら人を呼ぶこと。いいね」
私にそう言い含め、そっとベッドに寝かせられた。
支えてくれていた腕がスッと離れ、丁寧にブランケットが掛け直された。
そして「じゃあな。また明日も来るよ」と言って立ち去ろうとしたアルドラーシュが、動きを止めて私を振り返った。
「ルルーシア? どうした?」
「え?」
「え? って……もしかして無意識か?」
困ったように笑って眉を下げたアルドラーシュの視線を追うと、私の手が彼の服の裾をしっかりと掴んでいた。
言い訳しようのない現実を前に思わずその手をパッと引込めた。
(わ、私ったらいったい何を……!)
何をと言いつつ、無意識だったとしても自分がどうしてこんなことをしたのかはすぐに思い至った。
まだ帰らないでほしかった。
もう少し側にいてほしかった。
単純に、ただそれだけのことだ。
何度も苦しさで目が覚めた昨夜は心細くて仕方がなかった。
両親に来なくても大丈夫だと言ったのは自分なのに、いざ一人になって体調が悪くなると、同じ気持ちを保てなくなってしまった。
決して強がりで言ったわけではなかったけれど、もう昔のような子供ではないし、治療院で面倒を見てもらえるのなら本当に大丈夫だと思っていたのだ。
けれどそれは間違いだった。
身体が健康でないと心も引きずられてしまうらしい。
浅い眠りの最中に見る夢は、優しい夢ではなかった。崖から落ちたあの時の映像が容赦なく襲ってきた。
現実では助かって治療を受けているはずなのに、夢の中の私はもっと大怪我をしていたり、誰も助けに来てくれなかったりと悪い結末ばかりを見せてきた。
恐怖で目が覚めると同時に、痛みと怠さに見舞われた。
そんな夜を過ごしたものだから、一人になるのが怖かった。私を見つけてくれたアルドラーシュといれば、安心できるような気がした。
その結果がこの行動に繋がってしまった。
まだ気持ちに応えていないくせに、こんな時だけ甘えてしまうのはちょっといただけない。
(早く元気になって返事をしなくっちゃ)
婚約者でもない私がアルドラーシュを引き止めるわけにはいかない。
アルドラーシュはそんなこと気にしないだろうし、なんならもっと頼ってほしいと言いそうだけれど、この辺の線引きはきちんとするべきだと私は思う。
ちらりとアルドラーシュを見ると、片手で口元を覆い、もう片方の手を腰にやってはあっと大きく息を吐いた。
「君ってほんと――」
「あの、引き止めたりして悪かったわ。来てくれてありがとう。アリスたちにも伝えてもらえる?」
「……わかったよ。ところで、ブレスレットは?」
アルドラーシュが自分の手首を指して言ったのは、私の手首にあるはずのブレスレットがないことに気づいたからだろう。
治療の邪魔になるということで今は外しているのだ。
「あの棚の、そうその棚。それの中央にある小さいほうの引き出しの中にしまってあるはずなんだけど……あった?」
「あった、あった」
アルドラーシュは私が示した棚の引き出しからブレスレットを持って戻ってくると、それを枕元に置いた。
「また夜になったら連絡してもいいか?」
「……」
「頼むよ。治療院にいるからと思って我慢してたんだ」
きっとアルドラーシュはわかっているのだ。
私のひとりでいる寂しさも、心細さも、怖さも、彼はすべてわかっているのだろう。
「ルルーシアと一緒に過ごせる時間が減って寂しいんだよ。共鳴石越しでも君の声が聞きたいんだ。だから、連絡してもいい?」
それなのに私が素直に言えないから、だからアルドラーシュのほうから歩み寄ってくれるのだ。
私を優しく見つめるその瞳を見ると胸がぎゅっと掴まれたような気持ちになる。
(ほんと、ずるいんだから……)
ただでさえ好きだと自覚したばかりなのに、アルドラーシュの優しさに触れるたび、どんどん“好き”が降り積もる。
「……いいわよ」
「良かった。ありがとう」
そう言ってアルドラーシュは嬉しそうに笑った。
彼が嬉しそうだと私も嬉しい。アルドラーシュもそうなのだろうか。
「わ、私も、ありがとう」
アルドラーシュが他の子たちには見せない顔を見せてくれることが嬉しいから、だから私ももっと素直になっても良いのかもしれない。
「本当はね、少し心細かったの。昨日の夜は苦しくて、落ちた時のこと思い出しちゃって、怖くて……あの、だから、今日は来てくれて嬉しかったわ」
恥ずかしさを殺して素直な気持ちを言ったのだけれど、それを聞いたアルドラーシュは目を丸くして驚いたように私を見ていた。
そのまま何も言ってくれないアルドラーシュに、私のほうが恥ずかしさの限界を迎えてしまい、誤魔化すように出てくる言葉が早口になる。
「いや、だから……あは、あはは、変なこと言ってごめんなさい。とにかくありがとうって言いたかっただけだから。引き止めちゃって悪かったわね。アリスたちにもよろしくね」
そこまで言って私は顔を隠すようにブランケットを引っ張り上げようとした。
けれどその手をアルドラーシュの大きな手が掴む。
何を、と思って視線をアルドラーシュに戻すと、彼は私の手を掴んだままベッド脇に跪き「急にそんな可愛いこと言うなんてずるいだろ……」と言って項垂れた。
「え? か、揶揄わないでよ」
「揶揄ってなんかないし、本心だから」
アルドラーシュは少し拗ねたように言って顔を上げた。
たしかに触れているアルドラーシュの手は熱いし、髪に隠れて見える耳もほんのりと赤く色づいているような気もする。
「わからないだろうけど、今俺の心臓すごくうるさいんだからな。ルルーシアのせいだぞ」
「なんでよ」
「ルルーシアが可愛いのが悪い」
「……意味わかんない」
「好きな子にあんな可愛いこと言われたら誰だってこうなるよ」
至近距離で見つめられてそんなことを言われ、今度は私の心臓が激しく動きだした。
(くぅっ……破壊力満点の笑みを向けないで! 今は返事ができないんだから!)
私も同じ気持ちだと言ってしまいそうになる。
今は言うべき時ではないのに。
そこまで思って、ふと自分の考えに疑問を持った。
(なんで今は言うべき時じゃないのかしら)
怪我をしているから?
治療院に入院しているから?
綺麗な格好をしていないから?
(そんなの関係ないんじゃないの?)
健康な時にしか告白してはいけないと誰が言った?
告白は治療院以外でしないといけないと誰が決めた?
着飾ってするべきことだと誰が決めた?
そんなこと誰も決めていないではないか。
好きな人が目の前にいて。
その人が自分を好きだと言ってくれて。
しかもずっと返事を待ってもらっている状態で。
これ以上先延ばしにする理由がどこにあるというのだろう。
こんなに傷だらけで身なりもきちんと整えられていない私を見ても、アルドラーシュは変わらず想いを伝えてくれる。
それならば、いつ言ったって良いではないか。むしろ言うなら今ではないのか。
「あの、アルドラーシュ」
そうと決めたら行動に移すのみ。
「私、あなたに言いたいことがあるんだけど」
「何? 可愛くなんかないって言葉は受け付けないから」
「そうじゃなくて! 私、アルドラーシュのことが――」
――コンコン
『好き』
あとはこの二文字を音にするだけだったのに、無情にもドアをノックする音と「そろそろ面会終了のお時間です」という声が響いたのだった。
アルドラーシュはきっと【ルルーシアが何をやっても可愛く見える病】に罹っています(笑)
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