42.ルルーシア・ヘイローは絶対安静である
いつも読んでいただきありがとうございます。
アルドラーシュたちも帰宅の途に就くと、私も治療院へと移動することになった。
そしてやってきた治療院に着くと上階に運ばれ、一人部屋のベッドの上に下ろされた。
「すご……」
寝そべったまま首だけを動かし、部屋を見渡す。
寝かされているベッドは大きく、治療院だというのに天蓋まで付いている。窓にかけられているカーテンや、置かれている棚なども派手さはないが質の良さを感じさせる。
枕元にはベルが置かれ、鳴らせばすぐに人が来るようになっている。
というより、このベッドのある部屋の前にもう一つ部屋があり、そこに侍女が控えているのだ。
この侍女は安静を指示された私の身の回りの世話をするために、シュミレット家から遣わされた者らしい。
そしてこの病室もシュミレット伯爵直々に治療院に指定があったらしい。娘の命の恩人に対する謝意なのだろう。
けれど、寮の自室よりも遥かに豪華な部屋に正直もったいないと思ってしまうのは私だけだろうか。
だって私は安静にしているだけで良いのだ。
治療院には入院患者を世話する人も元から揃っているし、それこそベッドがあればそれで事足りる。
「あの、大部屋でも全然……」
つまり、極端なことを言えば他にも人がいる大部屋でも何ら問題はない。
「ヘイローさん、何を馬鹿なことを言ってるんだい。君、伯爵家のお嬢さんでしょう?」
「一応そうですけど。でもそれにしたって豪華すぎじゃありません?」
たとえ一人部屋だったとしても、ここまで豪華な部屋でなくとも良いはずなのだ。
いくらシュミレット伯爵家がすべて負担してくれるのだとしても、ここまでお金をかける必要はない気がする。
そんなことを言う私にシェラドン先生は苦笑いを浮かべた。
「シュミレット伯爵からの誠意なのだから余計なことは気にせずゆっくり休みなさい。人ひとりの命と比べたら安いもんさ。君は良い部屋で過ごせて幸運だとでも思っておけばいいよ」
「……わかりました」
『いただけるものは遠慮なく受け取るべし。ただし、不審なものは除く』がモットーのヘイロー家だ。
今回はきちんとした理由もあるし、今さら部屋を変えてもらうのも逆に迷惑だろうからここは素直に受け取っておくことにする。
「さて、私たちもそろそろお暇しようかな。ヘイローさんはとにかく安静に。暇だからといって勉強とか魔法の練習とかしないようにね」
「わ、わかってますよ」
シェラドン先生は私をじっと見て「しないようにね?」と念を押すように言った。
どうやら疑われているようだ。
「はい、やりません。大人しくしています」
少し動けるようになったら、病室でできそうな小さな魔法の練習でもしようかなと思ってなんていない。いないったらいない。
「よろしい。ではお大事にね」
「先生方もお気をつけて。ありがとうございました」
先生たちを見送ると、当然だけれど部屋には私一人だけになった。
話し相手がいなくなれば後は大人しく横になっていることしかできない。
「あーあ……。結局アルドラーシュに言えなかったわ」
今日の実習が終わったらアルドラーシュに気持ちを伝えようと思っていたのに、それどころではなくなってしまった。
せっかく自分の気持ちに気がついたのに、それを伝えられずにいることがこんなにもどかしいとは思わなかった。
「でも、こうして無事に戻ってこれて良かった……」
あの時。崖から落ちたあの瞬間。
死ぬ気なんてさらさらなかったし、助かる算段もついていた。
けれど、着地を少し失敗して地面に打ち付けられた身体は経験したことのない痛みに襲われた。
木から落ちたことはあったけれど、それとは比べようもない痛み。そして周りに誰もいない恐怖。
命に別状はなさそうだけれど、もしこのまま見つけてもらえなかったら? 体力と気力が先に尽きてしまったら? そう思うと怖かった。
助けを待っている間、いろんな人の顔が浮かんだ。家族や領民、アリスや友人、そしてアルドラーシュ。
まだ何も伝えられていないのにこんなところで死ぬわけにはいかないと、挫けかけた心を持ち直した。
今思えば魔力は残っていたのだから、この時に共鳴石を通してアルドラーシュに助けを求めれば良かったのだけれど、アルドラーシュからの呼びかけに気づくまで、私はすっかりブレスレットのことを忘れてしまっていたのだ。
アルドラーシュのことを思い浮かべていたのに、どうしてそこを忘れていたのか。自分でもわからない。
ただひとつ言えるのは、非常事態において人は肝心なことを忘れてしまうことがあるということだ。
いくら冷静を装っていても、心まで騙すことはできないらしい。
(怖かったけど本当に良かった。アルドラーシュが来てくれた時、嬉しかったな……)
きっと私と対の共鳴石を持っていたから。
それが理由でシェラドン先生たちと一緒に行動したのだろう。普通ならあの状況で一生徒が一緒に捜索に当たるなんて考えにくい。
でも、それでも。
共鳴石から聞こえてくるアルドラーシュの声にほっとした。
見つけてもらって駆け寄ってきた人たちの中で、私の目が一番に捉えたのはアルドラーシュだったし、彼に手を握られて、ああもう本当に大丈夫なのだと思えた。
自分の身体が冷えていたというのもあるけれど、握られた手から伝わってくるアルドラーシュの体温がとても心地良くて、すごく安心したのだ。
涙を流す彼を見て、本当に愛されているのだと改めて実感した。
まあ、もう二度とこんな実感の仕方はしたくないけれど。
(早く、アルドラーシュに伝えたいな……)
あなたのことが好きだと。
あなたが隣にいる未来しか想像できないのだと。
それを聞いたアルドラーシュはどんな反応を返してくれるだろう。笑ってくれるだろうか。それともまた泣いてしまうだろうか。
(ふふ、想像したらなんだか心がぽかぽかしてきちゃったわ)
嬉しいような、恥ずかしいような、そんなふわふわした気持ちを抱きながらベッドに身を預けると微睡みの中に落ちていった。
「いっ……」
身体の痛さと熱さで目が覚めた。
私は薄暗い部屋の中、天蓋付きの大きなベッドに寝かされていた。
「ここは……? あ……そうだった」
自分がどこにいるのかを思い出す。ここは治療院だ。
実習中に崖から落ち、救出されて治療院に入院しているのだ。
眠りにつく前は、骨折もなく単純な打ち身で済んで良かったなんて思っていたのだけれど、どういうわけかものすごく身体が痛い。
それになんだか身体も熱く感じる。もしかしたら熱も出ているのかもしれない。
(そういえばお医者様も言っていたっけ)
本来はもっと痛がっても不思議じゃないくらいの怪我だと言われた。
それが緊張と気持ちの昂り、あとは薬の効果によって誤魔化されているだけだろうと。
また、打撲は負傷した直後よりも少し時間がたってからのほうが痛みが強く感じられるから、明日のほうが辛いかもしれないと言われていた。
「まさにこれがその状況ってことね……っう、いたた」
少し体を動かすだけで鋭い痛みの後にずくずくと疼くような痛みが走る。
眠る前までどうしてあんなに平気だと思えていたのか今となっては不思議でならない。
思わずハッと浅い息を吐いた。
(これ、本当に一週間で治るの……?)
父様たちに、こちらに来るまでに一週間もかかるならきっとその間に治ってしまうから大丈夫だと大口を叩いたのに、そんな自信は今の痛みの前に砕け散った。
こんなに痛いなんて聞いていない。いや、嘘。聞いたけれどはっきり言って甘く見ていた。
サイドテーブルに用意されてある水を飲みたくても動くのが辛い。かといってこんな時間に人を呼ぶのも、申し訳ない気がして躊躇われた。
せっかくシュミレット伯爵が侍女まで付けてくれたのだから頼れば良いのだろうけれど、やはりまったく知らない初めましての人を夜中に呼び付けるのは気が引ける。
(はあ、もうなんだか面倒だわ……寝て起きたら朝になるんだし、諦めよう)
今どうしても水が飲みたいというほどでもないし、何をしても痛いのだから速やかに眠りにつくのが一番良い。
そう考えて目を閉じると、やはり無理をした身体は休息を求めているようで、痛みの奥から睡魔がゆっくり顔を出した。
(……明日はもっと、痛みがひいていると、いい、な……)
そんな期待を抱きながら眠りについた私だったけれど、結局その後も痛みで何度か目を覚ますという浅い眠りを繰り返し、朝を迎えることになったのだった。
・ブレスレットは治療の邪魔だからと病室の棚の中にしまわれています。
・シュミレット家はお金持ちです。「とにかく一番良い部屋、良い治療をヘイロー伯爵令嬢に!」と念押しして帰りました。
いいねや誤字報告に評価などありがとうございます。
今後ともよろしくお願いいたします!




