41.ルルーシア・ヘイローは崖から落ちてもいつも通りである
学園に戻ると他の生徒はもう帰されていて、先生たちとアリスにソフェージュ様、そしてシュミレットさんだけが残っていた。
いつもオシャレがどうとか女性らしさがどうとか言っているシュミレットさんが服に土が付いたまま、この世の終わりみたいな表情でいたのには驚かされた。
しかも私の姿を見て声をあげて泣くものだからさらに驚いた。相当心配をかけてしまったらしい。
そんな彼女に問題無いと伝えたくて小さく手を振りニッと笑ってみたが、なぜか余計に泣かれてしまった。
それを横目にしながら治療のため私が別室に運ばれていった後、アルドラーシュは彼らに発見時の状況の説明をしていたらしい。
私はというと、治療を受けながら崖から落ちた時の詳しい状況を先生たちに説明していた。
「……なるほど、よくわかった。それにしても、さっきよりもだいぶ元気そうに見えるが無理をしてるんじゃないかい?」
たしかに発見されるまではすごく身体が辛かったけれど、今は嘘のように楽になっていた。
「大丈夫です。安心したというのもありますけど、最後に水に濡れたのが良くなかったみたいで……体が温まったら楽になりました」
シェラドン先生にヘラっと笑って返す。
先ほどまでは寒くて体が縮こまっていたのだと思うが、ここに戻ってくるまでにだいぶ体温が戻ったし意識もしっかりした。
「君は本当によく頑張ったよ。よくあの状況で風により一瞬でも浮力を生み出すことを考えられたな。それができなければこの程度の怪我では絶対に済まなかっただろう。ヘイローさんが無事で本当に良かった」
「木に突っ込む時にもっと何かできたら良かったんですけど……あ!」
「なんだい?」
「さっき学園に戻ってくるまでに私を包んでいたあの魔法が使えれば、さらに衝撃は弱まったはずですよね?」
「待て待て。急に元気になり過ぎだ。それはまた今度、傷が癒えてから教えてあげるから落ち着きなさい」
おそらくあの魔法を教えてほしいと私の目が語っていたのだろう。
寝かされていたベッドから起き上がろうとする私をシェラドン先生は呆れたようにやんわりと制した。
「それだけ元気ならご家族とも自分で話せるかな?」
「話せますけど……両親に連絡いってるんですか?」
「そりゃそうだろう。とりあえずまずは私のほうから話をするから、その後君も話すといい。そのほうがご両親も安心するだろう」
「わかりました」
そう言って先生は一旦部屋から出て行くと、我が家の共鳴石を持って戻ってきた。
共鳴石を受け取り話しかけると『ルルー! 無事か!? 無事なんだな!?』と耳をつんざくような声が返ってきた。
「う、うるさ……頭に響く……」
『何!? 頭が痛いのか?! 大丈夫か?!』
「大丈夫だから。父様、お願いだから落ち着いて」
お医者様の見立てでは頭に問題はないはずなのに、父様の声が大きすぎて頭が痛くなりそうだ。
『はいはい、あなたはちょっと黙っていてね。ルル? あなた本当に大丈夫なの?』
「母様。ええ、問題ないわ。ちょっと枝で切ってしまったけど、傷もおそらく残らないだろうって」
『そう、それなら良かったわ。状況はさっき先生からお聞きしたけど、よくやったわ。さすが私の娘ね』
ふふふっと笑う母様の声が聞こえる。もっと怒られるかもと思っていたので、逆に褒められて嬉しくなった。
「心配かけてごめんなさい」
『無事ならそれでいいのよ。ね、あなた?』
『ああ! お前が無事ならそれでいい。だがあまり無茶はするんじゃないぞ?』
「わかってる。今回みたいなことがそうそう起きても困るしね」
私が落ちた崖も、今後はロープではなくもっと手前に頑丈な柵を建てることになったそうだ。
まあ今まで実習でこのような事故が起きたことはなかったのだから今回が特に異例だったと言えるのだけれど。
『それでな、ルル。ルルが崖から落ちたって聞いて、私とべリタでそちらに行くことにしたんだ。怪我をしていて心細いと思うがもう少し待っていてくれな』
「……え? 父様たちこっちに来るの?」
うちは田舎だ。とっても田舎なのだ。
父様と母様がこちらに来るのに約一週間はかかる。
お医者様からは最低でも一週間は安静にと言われたけれど、それは言い換えれば早ければ一週間で普段通りの生活に戻れている可能性もあるということだ。
「来なくていいわ。私なら大丈夫だから」
『え? どうしてだい?』
「どうしても何も、ここに来るまでに一週間もかかるのよ? その頃には私も回復してるだろうし……それに」
『それに?』
「費用が馬鹿にならないじゃない!」
往復でいったら二週間分の宿代やら食事代やらがかかってしまう。私は大丈夫なのにそんなのもったい
『そ、そんな……べリタも何とか言ってくれ』
『ルル? 本当にそれで大丈夫なの?』
『ベ、ベリタ! 違うだろ? 説得しておくれよ』
期待とは違い、私に行かなくてもいいのかと聞いてくる母様に父様が詰め寄っているようだったが、母様の冷静な『ちょっと静かにしてね~』という声によって黙らされた。
母様強い。
「母様、本当に大丈夫だから。いざって時のためにお金は大切に取っておかないと」
『あらあら、うちはそこまで困ってないのだけど』
「ふふ、じゃあ今度帰った時に豪華な食事を期待してるわ」
私がそう言うと、母様は『そんなことが言えるのなら本当に大丈夫そうね』と言って笑った。
「あ、そうだ。こんな時に言うのもあれなんだけど」
『なあに?』
「シシリ家からのお話、本当に私の気持ちで決めてしまっていいのね?」
『あら、答えは出たの?』
私が出たと答えると、母様はそれ以上追求することもなく、全ては私の心次第だと言った。
きっと母様には私がどう答えるかなんてもうお見通しなのだと思う。
アルドラーシュにきちんと返事をしたらまた連絡すると約束して通信を切った。
「ヘイローさん、本当にご両親が来なくても大丈夫かい?」
「はい。先生も聞こえていたでしょうけど、うちの領地からここに来るまでに一週間くらいかかってしまうんです。その頃には私も元気になってますよ。それにその間、治療院で面倒を見ていただけるそうですし問題ありません」
一週間は安静にということで、私は王都の治療院に入ることになったそうだ。
王都にお屋敷を構えている家ならば、面倒を見てくれる人もいるしそこまでしなくても良いのだそうだけれど、私は寮生だ。
寮の自室で寝ていることはできても、身の回りの世話をしてくれる人がいないと安静が保てないので仕方がない。
王都の治療院って高いのよねと思っていたら、アルドラーシュたちのいる部屋に戻った際にシュミレットさんから「そんなのうちが全額支払うに決まってるでしょう!」と言われた。
「え? いいの?」
「当たり前じゃない! むしろどうして自分で払うと思ってるのよ! あなたは、私を、私を助けてくれたのよ……本当に生きてて、生きてて良かった……うう」
シュミレットさんがまた泣きだした。
彼女はこんなによく泣く人だったのか。
「ああもう、泣かないでよ。あなたも私も無事だった。それでいいじゃない。治療院の費用を払ってくれるならチャラよ、チャラ。それに私ったらとっても寛容だから、シュミレットさんのそのぐしゃぐしゃな身なりに免じて今までの厭味も全部許してあげる。わかったらさっさと泣き止んで、オシャレ自慢な顔を拭きなさいな」
「う、うわ~ん、ヘイローあなた馬鹿よぉ……馬鹿ぁ、ごめんなさい、ごめんなさい……!」
「どうしてさらに泣くのよ!」
泣き止ませようとして言ったのに、さらにシュミレットさんは泣いてしまった。
なぜ。
「いや、今のは泣くでしょ。ルルったら格好いいんだから」
「ええ……?」
アリスにそう言われてもよくわからなかったけれど、結局シュミレットさんは家の人がお迎えに来るまでぐずぐず泣いたままだった。
お迎えにはシュミレットさんのお父様であるシュミレット伯爵本人がいらっしゃっていて、私に対して「娘を助けてくれてありがとう」と頭を深く下げられたので慌ててしまった。
まさか伯爵家の当主から頭を下げられる日がくるとは。
崖から落ちたことといい、伯爵に感謝されたことといい、人生何が起こるかわからないものだ。
「お、驚いた。伯爵本人に頭を下げられちゃったわ」
驚く私に「それだけのことをしたってことだよ」とアルドラーシュは言い、アリスも「そうよ。崖から落ちたのがシュミレットさんだったら、今頃誰も笑っていられなかったかもしれないもの」と言った。
そしてアルドラーシュとアリスの言葉に同意するようにソフェージュ様も頷いていた。
トドスさんは帰されました。
シュミレットさんも帰ってよいと言われましたが、「ヘイローの無事がわかるまで絶対に帰らないいいいぃぃっ!」と言って居座りました。
戻ってきたルルーシアを見た時は安堵から腰が抜けて立てなくなっていました。
良かった、良かった(・∀・)
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