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あなたと私の美味しい関係  作者: 眼鏡ぐま


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40/52

40.アルドラーシュ・シシリは不安で仕方がなかった

 

「ヘイローさんは無事なのか?」

「わかりませんが、崖下は深い森です。彼女の魔法の実力があれば命までは」

「……そうか、そこは彼女を信じるしかないな。とにかく急いでヘイローさんを見つけよう!」


 バタバタと学園の教師たちが行き来する。

 何事もなく終わるはずだった薬草学の実習。昨夜ルルーシアと共鳴石の通信で話した時も、今朝森に入る前に話した時も、まさかこんなことになるなんて思っていなかった。


「ルル、ルル……。どうか無事でいて」

「アリステラ、大丈夫だよ。君がそんなんじゃヘイローさんが帰って来た時に驚かれるよ。なあ、アル?」

「ああ、絶対に大丈夫だ」


 ローリンガムさんに絶対に大丈夫だと言った言葉は、まるで自分に言い聞かせているようだった。

 絶対に大丈夫。

 そう思わないととてもじゃないが冷静でいられない。

 まさかルルーシアが崖から落ちるなんて。いったい誰が予測できただろうか。



 ほとんどの班が森での調査を終えて戻ってくる中、ルルーシアたちの班だけがなかなか戻ってこなかった。

 指定されていたのはそんなに発見が難しい薬草でもなかったはずなのに、さすがにおかしいと教師を始め皆が思い始めた頃、「――生、先生!」と教師を呼びながら必死な形相で走ってくるシュミレットが姿を見せた。

 そこに彼女と一緒のはずのルルーシアとトドスの姿はなかった。

 いったい何事かと構える教師に、荒い呼吸を整えることもなくシュミレットが「助けて!」と泣きながら叫び、場が一気に緊張感に包まれた。

 ゼーゼーと呼吸しながら「ヘイローが、ヘイローがぁ……」と言うシュミレットを落ち着かせ教師が話を聞くと、彼女から告げられたのは恐ろしい事実だった。


『ヘイローが私を庇って崖から落ちた』


 一瞬何を言っているのかよくわからなかった。

 そんな危険な場所に入るような実習ではなかったはずだ。そんなはずはない。

 けれどそんな俺の考えを否定するように、シュミレットは何があったのかを息を切らし、言葉に詰まりながらも話した。

 巨大な蜘蛛に驚き混乱して走ったために気づかず崖に近づき足を滑らせたと「ごめんなさい、ごめんなさい……!」と泣きながら言った。

 それを聞いた時最初に浮かび上がった感情は怒りだった。


(蜘蛛? 蜘蛛だと? たかが蜘蛛ごときでルルーシアが……?)


 そんなものでルルーシアがと思うとシュミレットに対して怒りが込み上げた。

 思わず「ルルーシアは無事なのか!?」とシュミレットの肩を強く掴んでしまった。

 しかし「早く、早くヘイローを助けて……助けてぇ……」と教師に縋りながら人目を憚らず泣きじゃくる姿に、彼女もわざとそんな状況にしたわけではないと自分を諫めた。

 とにかくルルーシアは無事なのか。それだけが気になった。

 それは教師も同じだったようで、シュミレットにルルーシアの安否を確認したがわからないと彼女は首を横に振った。

 自分の代わりにルルーシアは落ちていった、「後は任せた」と言って自分を崖の上まで風で押し上げたのだとシュミレットは言った。

 それを聞いた時、なぜかルルーシアは無事だと、そう思った。

 勝算があるからそう動いたのだと思ったのだ。しかし頭ではそう思えても、心はルルーシアの無事な姿を確認するまでとてもじゃないが落ち着きそうにもない。

 いくら無事だったとしても無傷というわけにはいかないだろうと誰もが思っていた。

 シュミレットから事情を聞いた後の教師の動きは早く、今から崖下の森を捜索しに行くところだ。


「シシリ君、出発しますよ」


 そしてそれに俺も同行する。


「はい」


 俺にはルルーシアと繋がるものがあるからだ。左耳につけたイヤーカフに触れ、魔力を流すが未だルルーシアからの応答はない。


「ヘイローさんからの反応は?」

「……まだありません」

「そうですか……無事だといいが。いや、無事だろう。行こう」

「はい!」


 教師の後について行く際、ローリンガムさんとハリーと目が合った。


「シシリ様、絶対ルルを連れて帰ってきて」

「ああ、行ってくる」


 力強く頷いて俺は森に入った。


「ヘイローさーん!」

「聞こえるかー! 助けに来たぞー!」

「シシリ君、ヘイローさんから応答があればすぐに知らせて!」

「はい」


 言われるまでもなく、俺はずっと共鳴石に何度も魔力を流していた。

 ルルーシアの命に別状はないのか、意識はあるのか、動ける状態なのか、どれほどの怪我を負っているのか、それは誰にもわからない。

 少しでも手掛かりが欲しかった。


(頼む! 気付いてくれ……!)


 ルルーシアがブレスレットをいつも着けてくれていることは知っている。

 今朝もその細い手首にはそれがあった。

 今、俺とルルーシアを繋ぐ唯一の物。


「ルルーシア、ルルーシア……!」


 もう何度目かもわからない魔力を流した時、左耳に熱を感じ、俺は思わず立ち止まった。


「ルルーシア! ルルーシア!」


 ルルーシアを呼ぶ声に力が入る。

 それに気づいた教師たちが俺のもとに集まってきた。


「ルルーシア、聞こえるか?!」

『そ、んなに、大声で呼ばなくても、聞こえてる、わよ』


 共鳴石から帰ってきたルルーシアの声にその場にいた全員からわっと歓声が上がる。

 しかしそれは一瞬のことで、すぐに静かになりまた皆がルルーシアの声に耳を澄ませた。


「ルルーシア、無事か? 俺たちは君を助けにるために森にいる。もうすぐ君が落ちたと思われる崖の下に到着する。今もそこにいるか?」

『ちょっと、移動したわ……いっ、つ……』

「ルルーシア? 大丈夫か?」

『大丈夫、ではないわね。身体中打ち身と、小さな、切り傷と、ははは……でも意識はしかり、してるし、骨も、折れてなさそうよ』

「そうか、そうか……!」


 いつのまにか滲んでいた涙を雑に拭う。

 良かった、本当に良かった。

 ルルーシアなら大丈夫だとは思っていてもやはり怖かった。


「ヘイローさん、私がわかるかい?」

『薬草学の、シェラドン先生……』

「うん、本当に意識もしっかりしているようで良かった。今自分がどこにいるか説明できそうかい?」


 シェラドン先生の問いかけに、ルルーシアは落ちた場所から少し移動した水辺の側にいるとしっかりと答えた。


「ヘイローさーーん!」


 シェラドン先生は大声で名前を呼ぶと「聞こえたかい?」と確認した。するとルルーシアは「聞こえた」と言った。

 つまりすぐ近くにルルーシアがいるということだ。


「この先に池がありますね」

「ああ、間違いなくここだろう」


 教師たちが頷きながら地図で確認する。


「すぐに行くからもう少し待っててくれ」

『うん、待ってる。ちょっと、疲れたから、一旦通信切るわね……』

「ああ、すぐ行く」


 本当は姿を確認するまで通信を切りたくはなかったけれど、ルルーシアにこれ以上無理をさせるわけにはいかない。

 通信を切った後は目的の場所まで急いだ。




「……! いたぞ! あそこだ!」

「ヘイローさん!」


 教師たちの指差すほうには水辺の木に身体を預け、目を閉じるルルーシアがいた。


「ルルーシア!」


 駆け寄り声をかけると、閉じられていた瞼がゆっくりと開いた。


「……先生、ご迷惑、おかけして、すみません」

「何を言ってるんだい。よく頑張ったね」

「すぐに帰れるから、もう少しだけ頑張るんだよ」

「はい」


 それから教師たちがルルーシアが無事に見つかったことを共鳴石で学園に伝えている横で、俺は彼女の前に膝をついた。


「本当にルルーシアだ」

「何よ、それ……待ってたわ」

「ルルーシア……良かった。無事で、本当に」


 地面に投げ出されていたルルーシアの手を両手で握りしめると、絞り出すような声が出たことに自分で驚く。


「当たり前、でしょ? 私を誰だと、思ってるのよ……って、なに泣いてるのよ」

「え? ……はは、本当だ」


 自分が泣いていたことを指摘されて気づく。

 つい先ほどルルーシアと通信で会話をして、彼女の無事はわかっていたはずなのに。

 それでもやはり生身の彼女を目の前にすると、安心の度合いが全然違う。

 動いている、息をしている。それだけで、ただそのことが嬉しい。


「心配、かけたわね」

「まったくだよ。早くローリンガムさんたちも安心させてあげないとな」

「そういえば……シュミレットさんも、無事?」

「もちろん。君が身体を張って助けたんだ。当然だよ」

「そう、良かった……」


 そう言うとルルーシアはまたゆっくりと瞼を閉じた。


「ルルーシア?」

「相当疲れているだろうから、そのまま眠らせてあげよう」


 ルルーシアが目を閉じたことに慌てる俺の肩にシェラドン先生が手を置いた。


「本人が言っていたように、打ち身、切り傷だけのようだね。今見る限りでは深い裂傷もなさそうだ。よくあの高さから落ちてこれだけの怪我で済んだものだ」

「いったいどう対処したのだか。全身水浸しなのもそのせいかもな」

「大したものだ」


 教師たちはルルーシアの状態を確認しながら感心したようにそう言った。

 さすがルルーシアだ。

 もし俺が彼女と同じ状況に陥った時、同じような行動ができるだろうか。もしできたとして、無事でいられただろうか。


「……できる気がしないな」

「何か言ったかい? 準備が整ったから帰ろうか」


 そう言うと教師たちは魔法で大きな水のクッションのようなものを作り出した。


「……それは?」

「ああ、これか? 見るのは初めてか? 怪我人を運ぶ担架みたいなものだよ」


 許可を得て触らせてもらうと、つついても割れることなく弾力のある手触りで、ぬるま湯のような温度だった。

 そのぬるま湯のクッションにルルーシアを乗せると、顔以外の部分がとぷんと包み込まれた。


「すごい」

「これで多少の衝撃からは守られるし、身体も温めることができるんだ」

「医療の現場ではよく見られるものだけど、まあ君たちにはまだ縁遠い場所だから珍しく思うのかもな」


 水のクッションに包まれたルルーシアを一番体格の良い教師がひょいと横抱きに持ち上げた。


「あ」

「うん? どうかしたか?」

「あ、いえ、何でもないです。さあ、戻りましょう」


 自分がルルーシアを運びたかったという思いを隠すように、教師たちを急かして歩き出す。

 今いる面子の中で誰が一番安定してルルーシアを抱き上げることができるかなんて一目瞭然なのに、こんな状況でまで顔を出す自分の独占欲に溜息が出そうだ。


「……先生、今度その魔法教えてもらえませんか?」


 覚えておけばいつか役立つかもしれないと思って聞いたのだが、運ばれている途中で目を覚ましたルルーシアまで同じことを言った時には思わず皆が笑顔になったのだった。


ルルーシア、無事に見つかりました!

いやあ、良かった良かった。


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