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4.ルルーシア・ヘイローはどうしても言いたくなった

誤字報告など大変助かっております。

ありがとうございます。

 

 シシリもまだ時間があるということで、私たちはまた公園のベンチに座って話をしていた。

 話といっても、主に私が質問をしてシシリがそれに答えるという形だ。

 普段の一人称は「俺」なのか「私」なのかという質問には屋敷では前者、外では後者ということだった。


「全体的な話し方もそう?」

「ああ。外ではある程度気を付けている。でもそれはヘイローだってそうだろ?」

「まあ、そうね」


 学園ではいろいろとうるさい人たちもいるし、なるべく面倒は起こさないに越したことはない。

 口から出す言葉はもう少し大人しいし、感情だって少し抑えている。


「伯爵家といってもヘイロー家はそこまで力がないし、シシリは一応侯爵家の人だしね。あなたが許さなければ私が呼び捨てで呼ぶことなんてできない立場だもの」


 学園内ではみな平等と謳っているので、付き合い方は本人同士の裁量に任される。

 けれどそこは暗黙の了解というもので、ある程度みんな家柄を意識している。

 ちなみに私たちの学年には王族も公爵家もいないから侯爵家が一番上になる。


「だから本当は外でこそシシリに対してこんな口の利き方をしてはいけないのよ……! それなのに私ときたらいつも以上にペラペラと気安く話しかけて……はあ」


 膝におでこが付きそうなほどがっくりと項垂れた私を笑いながら、「べつに構わないんじゃないか? だって俺こんなだし」と自分を指差してシシリは言った。


「今の俺はシシリ家のアルドラーシュではなく、ただの甘いもの好きなアルドラーシュだからな」

「……シシリって優しいわよね」

「べつに誰にでもってわけじゃないけどね」

「そう? シシリはいつだって誰にでも優しいわよ。田舎出身の私のこと馬鹿にしたりしないし」

「当たり前だろ。ヘイローのどこを馬鹿にできるっていうんだ?」


 シシリは少しムッとしたようにそう言った。


「田舎者のくせにシシリに対抗心を持つなんて身の程知らずって言われるわ」

「君のその常に上を目指し努力する姿は尊敬に値する」


 シシリの言葉に思わず目を瞠る。


「……ありがとう。嬉しいわ」


 頬が自然と緩んでしまう。

 はっきりと言われた言葉は私の心に沁み込むようだった。

 自分を認めてくれる人がいるのはこんなにも嬉しいものなのだと感じた。


「俺は本当のことを言っただけだ。だからヘイローは俺にとって尊敬できる人で敵じゃないって思ってたんだが、あれはライバルって意味だったんだな」

「この間の?」

「ああ」

「そうよ。だから敵じゃないって言われて、私なんか競う相手にもならないって言われてるのかと思ったの」


 今から考えるとたしかに私の言葉が足りなかった。

 尊敬だなんて、ライバルよりももっと嬉しい言葉ではないか。

 勝手に勘違いして一人腹を立てていたなんて恥ずかしい。

 恥ずかしいので話題を変えることにした。


「そういえばシシリはどうして変装までしてスイーツ店に来たの?」


 変装する理由はわかったけれど、やはりそうまでしてシシリがスイーツ店まで来る理由がわからない。

 だってシシリ侯爵家ほどの家ならば、お菓子作りを得意とする料理人がいても不思議じゃない。

 もしいなかったとしても、誰かに買いに行かせることで事足りる。

 そのほうが人目を気にし変装するよりも、屋敷内でくつろぎながら甘味を楽しむことができるだろう。

 わざわざシシリ自身が街まで足を延ばす必要はないはずだ。

 では、なぜ?

 もしかして家族から甘味を楽しむということを嫌がられているのだろうか。

 中には男性が甘味を好むことを良しとしない人もいるという。

 甘味は女性が好むものという偏見を偏見とも思わず口に出す人もいるらしい。

 なんとも馬鹿馬鹿しい話だけれど。

 私はそんなこと思わないから安心してほしいと言うと、シシリは「違う、違う」と笑った。


「我が家は皆どちらかというと甘いもの好きが多いんだ。だからべつに嫌がられてもいないし、甘味も結構出てくるよ」

「あら、そうなの。良かった」


 私はほっと息を吐く。

 自分の好きなものを否定されたら悲しいから、そうではなくて良かった。


「でもそれならなおさら疑問だわ」

「うーん、なんて言えばいいのかな。もちろん屋敷で出てくるものも美味しいけれど、雰囲気ごと楽しみたいっていうか。さっき言ったように、いろいろ忘れてただの甘いもの好きな人間になる時間が欲しいっていうか……まあそんなところ」

「……あなたもいろいろ悩んだりするのね」

「大した悩みじゃないけどね」

「悩みに大きいも小さいもないわよ。でもそれじゃあ今日は付き合わせてしまって悪かったわね。一人でゆっくりしたかったんでしょう?」


 きっとアルドラーシュ・シシリという人間を知る人のいないところで落ち着きたかったはずだ。

 私が声をかけ、しかも店まで引っ張っていったせいで、人目に付かない個室とはいえ同じ空間に知り合いがいるという状況を作ってしまった。


「今さら謝っても仕方のないことだけど、ごめんなさい」


 私が頭を下げると、シシリは慌ててそれを止め「やめてくれよ」と言った。


「べつに一人でいたいってわけじゃないんだ。君は俺が侯爵家の人間でもあまり気にしていないだろ? 今日も態度が変わらなかったから安心したんだ」

「うっ、それを言われると……。本当は、特に学園外ではもっと立場を考えなくてはいけないってわかってるのよ? わかってはいるんだけど、駄目ね。全然なってないわ」


 むしろ学園にいる時のほうが人目がある分まだましかもしれない。

 今日はシシリが普段以上に気軽に話してくれるから、本当にただの友人のように話してしまった。

 いや、これはただの言い訳だ。

 何度も言うが、本当だったら私はシシリに対してこんな口の利き方をして良い人間ではないのだ。

 深い溜息を吐いて項垂れると、隣に座るシシリから苦笑が漏れた。


「そんなに落ち込む? 俺はむしろ嬉しいんだけど。これからもそのままでいてくれよ。せめてこの姿の時だけでもさ」

「あなたがそれでいいのなら、べつにいいけど……」


 学園内では無理だとしても。

 笑顔の奥で、そう言われた気がした。


「ありがとう。じゃあそろそろ帰ろうか。ヘイローはここのまま寮に戻る?」

「ええ。シシリは? その格好のまま帰るの? それとも迎えが来ていたりする?」


 そもそも侯爵家の人間が供も付けずにふらふらと出歩いていて良いのだろうかという疑問はこの際端に置いておく。

 かくいう私も貴族の端くれだけれど一人で出歩いているので。


「近くまで迎えは来ているはずだけれど、その前に寮まで送るよ」

「大丈夫よ。そんなに遠くないもの」


 渋るシシリを説き伏せて、この場で別れることにする。


「今日はありがとう。本当に楽しかったわ。また学園でね」

「ああ、また」


 さようならと手を振って私は歩き出す。

 少し進んでなんとなしに後ろを振り返れば、シシリはまだ同じ場所にいて、じっと私のほうを見ていた。

 そんなシシリを見た瞬間、スイーツ店での彼の言葉が頭を過った。


『嫌ってわけではないけれど、時々考えるんだ。もし自分がこの見た目じゃなかったら、侯爵家の人間じゃなかったら、みんな今と同じように接してくれていただろうかって』


 なぜ今あの言葉を思い出したのか。

 ただ、明日からもシシリはそんなことを考えながら学園生活を送るのか。

 そう思ったら足が勝手にシシリに向かって進んでいた。


「どうした?」


 戻ってきた私にシシリは困惑気味だ。

 私はシシリの目を真っすぐに見て言った。


「シシリがいつもの見た目じゃなくても、侯爵家の人間じゃなくても、きっと私はあなたをライバルだと思ったわ」


 私の言葉にシシリは目を瞠る。


「シシリは私を尊敬すると言ってくれたけれど、それはあなたも同じよ。たしかにあなたは恵まれた環境にいる。才能だってあるのかもしれない。容姿だって家柄だって、生まれながらに手にしているものは他の人よりもきっと多いのだと思うわ。けれどあなたは決してその上に胡坐をかいたりしていない。多くのものを手にしながら、あなたは誰よりも努力しているじゃない」


 何度学園の図書室や自習室でシシリを見かけただろう。

 授業の後で先生に質問をしに行った時、一緒になるのはいつだってシシリだ。


「人を思いやる優しい心だって持ってる。その心はあなた自身が育てたものよ」


 傲慢に振舞うこともせず、みんなに平等で優しくて、だからこそこんなことで悩んでしまうのかもしれないけれど。


「見た目とか家柄だけじゃないわ。全部ひっくるめてアルドラーシュ・シシリなのよ。少なくとも私はそう思ってる」


 自分の気持ちをすべて吐き出し、視線を足元にやり一息つくと急に恥ずかしさが込み上げる。


(私ったら、何を偉そうに語ってるのよ……!)


 羞恥から赤くなりそうな頬を押さえ、チラッとシシリを見れば、彼は目を見開いたまま私を見続けていた。

 しかも黙ったままで。そろそろ何か言ってほしい。

 もしかしたら熱く語りすぎて引かれてしまったのかもしれない。何も知らないくせにと思われたかもしれない。


(よし、逃げよう!)


 こうなったらシシリが何か言う前にこの場を去るのが一番良い気がしてきた。


「じゃ、じゃあ……そういうことだから! 今度こそもう行くわね」


 まだ黙ったままのシシリに一方的に別れを告げて、逃げるように速足で歩き出すと、急に大きな声で「ヘイロー!」と呼ばれ思わず振り返る。


「……ありがとう。……ありがとう、ヘイロー」


 そんなに大きな声が出せたのかとか、他に人がいなくて良かったとか、こういう時に限ってどうでも良いことが頭に浮かぶ。

 けれど私を見るシシリが泣きそうな顔で笑っていたから、それこそいろいろなことがどうでもよくなった。


「お互い様でしょ! じゃあね!」


 あんな顔のシシリは見たことがなかった。

 見てはいけないものを見たような、そんな変な気持ちになって私は今度こそ振り返ることなくその場を後にしたのだった。


作者はルルーシアと友達になりたい(笑)


読んでいただきありがとうございます。

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