38.ルルーシア・ヘイローは森で休憩する
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「本当に最悪だわ」
「どうして私たちがヘイローなんかと一緒の班なのよ」
ぶつぶつと文句を言いながら指定された薬草を探すのはいつもの厭味二人組、スザンナ・シュミレットさんとアマーリア・トドスさんだ。
朝、実習に入る森の前に集合した私たち生徒を教師がいくつかの班に分けた。
成績が良い者と悪い者に偏りが出ないように編成したと言っていたが、どういうわけか私と厭味二人組が一緒になってしまったのだ。
アリスたちには心配されたけれど、授業中に何かするほど彼女たちも馬鹿ではないと思っている。
「まだそんなことを言ってるの? 成績を鑑みて先生が決めたことなんだから仕方ないでしょう?」
けれど、ずっとこのまま厭味を言われ続けるのもさすがに疲れるので勘弁願いたい。
私だって望んであなたたちと同じ班になったわけではないというのに、そんなことを言われても困ってしまう。
なぜアリスやアルドラーシュと一緒じゃないのか、とまでは言わないけれど、せめてこの二人は分けてほしかった。
二対一がずっと続くのはさすがに疲れる。
私にはこの後アルドラーシュに気持ちを伝えるという大仕事が待っているのだ。精神的疲労がたまりすぎる前に課題をこなして森を出たい。
私達には森に入る前にそれぞれの班に採取してくる薬草が指示され、今はその自生地を探して歩いているところだ。
「ふんっ! さっさと課題をこなして終わりにするわよ」
「はい、はい」
「何よ、その返事! もっとやる気出しなさいよ! 行くわよ!」
「あ、たぶんその薬草が生えてるのはあっちのほうよ」
シュミレットさんが歩き出した方向と反対の方向を指差してそういえば「し、知ってたわよ! ヘイローを試しただけなんだから!」とプリプリと怒りながら方向転換した。
(この二人、大丈夫かしら?)
少し不安に思いながらも先を行くシュミレットさんとトドスさんの後をついて行った。
「見つけたわ」
「こちらも」
「同じくこっちにも」
ぶつぶつ文句を言っていた割に、調査は順調に進んでいた。
「これならもうここは群生地と言ってもいいんじゃない?」
「そうね」
「じゃあ一株採取するわ」
森に入る前に指示されていた薬草を採取し、事前に配られた森の地図に印をつける。
これらを持ち帰り、先生が持っている地図で示した場所と合致しているかどうかを確かめるのだ。
地図をきちんと読めているか、採取した薬草に間違いはないかなどを確認されるのだ。
「ああ、疲れた」
「本当よ。どうしてこんな授業があるのかしら」
相変わらず文句が多いけれど、何だかんだ言いながらも真面目にやってくれたのは助かった。
道中も「足が痛い」だの「いやー! む、虫よ! ヘイロー、なんとかしなさいよ!」だのと文句を言いながらも止まることなく動いてくれていた。
「じゃあ目的のものも手に入れたし、戻りましょうか」
おかげで予定よりも早く戻れそうだと思いながらそう言うと、シュミレットさんとトドスさんは不満を顔に表した。
「少し休ませてよ」
「そーよ、そーよ。私たちはヘイローみたいに野山を駆け巡ったりなんてしたことないのよ?」
「あなたみたいな体力馬鹿とか弱い私たちを一緒にしないでよ」
「……それだけ口が動けば大丈夫じゃない?」
「何か言った!?」
「いいえ~」
肩をすくめながら周りを見渡すと、腰を掛けるのにちょうど良さそうな大きな石が二つあった。
「じゃああそこで休憩してから戻りましょう」
ここは森の中なのでキレイなベンチなどあるわけがない。
そのまま地べたに座るのはさすがに嫌だろうと提案すれば、二人は渋々といった様子で移動を始めた。
「……ヘイローはどこに座るのよ」
「私? 私は木に寄り掛かれれば十分よ」
私がそう返すと、シュミレットさんはふんっと顔を逸らした。
普段彼女に話しかけられるのは、大体が厭味を言われるときだ。そんな彼女が私を気にかけたことは正直意外だった。
だからだろうか。私も普段と違うことをしてみたくなった。
「ねえ、どうして私にばかりそんなに当たりが強いの?」
今までずっと気になっていたけれど聞かなかったことを聞いてみた。
田舎者だとか勉強しかできないなどと言われるけれど、私が田舎者だろうが何だろうが、べつに彼女たちにとってはどうでも良いことだと思うのだ。
最初は私がアルドラーシュを一方的にライバル視して噛みついていたからだとは思う。「シシリ様を煩わせるな」という気持ちでということなのだろうと思っていた。
けれど、途中からは向こうから話しかけてくることも多くなったのに、シュミレットさんたちは私に厭味を言っていた。
話したくないと思っている人にわざわざ話しかける人はいないだろう。
当のアルドラーシュが迷惑だと思っていないのに、なぜシュミレットさんたちは私を目の敵にするのか。
私がそう聞くと、二人は何とも言えない苦い表情をした。
「……今さら、今、それを聞くの?」
「今を逃したらもう聞くこともないかなと思って」
「そんなの、あなたがシシリ様の周りをうろちょろするからに決まってるじゃない」
「でも私以外にもシシリに話しかける子はいるじゃない。もっとあからさまな態度の子とか」
私は基本的には授業のことなどでしか話しかけていない。
けれど、私以外の女子生徒は明らかにアルドラーシュへの好意を滲ませながら近寄っていく子が多かった。
それなのにシュミレットさんたちがそういう子に厭味を言っているのは見たことがない。
彼女たちよりも爵位が下の家の子たちもいるから、言いたいけれど言えないというわけでもないはずだ。
「おかしいでしょ? どうして私だけなのよ」
「信じられない……本気で言ってるの?」
「そういうところが腹立たしいのよ」
本当にわからないから聞いたのに、私の問いかけに彼女たちは呆れたように溜息を吐いた。
「え? なに? どういうこと?」
「うるさいわね。体力馬鹿はそこでじっとしてなさいよ。うるさくて休めやしない」
「ほんと、ほんと。もうやってらんないわよ」
もう一度大きな溜息を吐く二人。まったく意味がわからない。
なんの答えももらえていない私は寄り掛かっていた木から移動して、「ねえ、どうして? 何が?」と言って二人の周りをぐるぐると歩き回った。
こちらはもうずっと厭味を言われてきたのだ。理由くらい教えてもらわないことには納得できない。
まあ、理由を知ったからと言って納得できるかと言ったらそういうわけでもないのだけれど。
けれど知る権利はあるはずだ。というか知りたい。教えなさいよ。
諦めの悪い私は二人の無視もなんのその。何で? どうして? 知りたい! 教えて! 攻撃を続けた。
(ふっふっふ! うるさいでしょう? イラッとするでしょう? さあ! 教えなさいよー)
しばらく無視されていてけれど、それでもやめない私に我慢の限界が来たのか、シュミレットさんががばっと顔を上げて「うるさいわね!」と叫んだ。
「そんなのヘイローがシシリ様の特別だからに決まってるじゃない!」
「……え?」
シュミレットさんの言葉に私が固まっていると、トドスさんも半ば自棄気味に叫んだ。
「こんな子のどこがいいのよ! シシリ様の趣味がわからないわ!」
「……えーっと?」
(つまり? んん? どういうこと?)
この二人から見るとアルドラーシュが私を特別扱いしているように見えているということなのだろうか。
いや、うん、おかしいな。
たしかにここ最近のアルドラーシュは学園でも必要以上に私に構ってくるし、他の女子生徒よりも圧倒的に仲が良いと思われても仕方がないと思う。
けれど、彼女たちの厭味が始まったのはここ最近の話ではない。
まだ謎シシリ出会う前の段階だったはずだ。
「え、っと……特別?」
「そうよ! 腹の立つこと聞かないで!」
「あの、本当にわからないんだけど……どの辺が?」
「……信じられない、信じられないわ! スザンナ、この子何なの!?」
「これだから勉強しかできないやつは嫌なのよ! いい、ヘイロー! よくお聞きなさい!」
シュミレットさんはすくっと立ち上がったかと思うと私をビシィッと指差して言った。
自分たちは本気でアルドラーシュを好いていたからわかるのだ、と。
「シシリ様はね、とってもお優しいのよ!」
良くも悪くもみんな平等に、とシュミレットさんは続ける。
「人気があって、女子生徒が周りにどれだけ集まったとしても誰も特別扱いすることはなかったわ。それなのにヘイロー、あなただけは違った」
私だけ他の女子生徒と違う呼び方をするし、基本的に自分からは女子生徒に話しかけないアルドラーシュが自分から声をかける。
「これだけでも異例なことなのに、極めつけは視線よ」
「視線?」
「シシリ様の視線の先にはヘイロー、あなたがいることが多いのよ。これが何を意味するかここまで言ったらわかるでしょう? 他の子は警戒なんてする必要がないの。シシリ様の目に映ってるのはあなただけなんだから」
そこまで言ってシュミレットさんはまた溜息を吐きながら石の上に腰を下ろした。
「どうしてこんなこと私が教えてあげなくちゃいけないのよ。本当に腹が立つったら」
シュミレットさんは私を一瞥すると「何笑ってるのよ。馬鹿にしてるの?」と言った。
どうやら私は無意識ににやついてしまっていたようだ。
「ちがっ、ちょっと嬉し……」
私は自分の失言に気づき、慌てて口を押さえた。
「あなた今、嬉しいって言ったわね……?」
「絶対言ったわ」
シュミレットさんとトドスさんから睨まれて私はついっと顔を逸らした。
だって本当に嬉しいと思ってしまった。
自分の気持ちを自覚したからかもしれない。
アルドラーシュは前からずっと私のことが好きだったと言ってくれたけれど、第三者からそれを証明する話を聞いたのはこれが初めてだ。
アルドラーシュの話を疑っていたわけではないけれど、この話を聞いてなぜかとても嬉しくなった。
「ヘイロー、シシリ様と何かあったでしょう?」
「……何かって?」
「何かは何かよ! 私たちだって教えてあげたのだからあなたも全て白状しなさいよ!」
「し、知らないわよ。厭味を言われてた私が理由を聞くのは正当な権利でしょう? 大体何かあったって思うならどうして最近厭味を言ってこないのよ」
言っておくが、べつに厭味を言われたいわけではない。そんな人はいない。
けれど、これまでの話しからすると最近のアルドラーシュの行動こそ彼女たちにとっては見過ごせないものではないかと思うのだ。
「シシリ様に構われているからって勘違いしないことね!」の一つや二つあっても不思議ではないのに、むしろ最近まったく厭味を言われなくなった。
こちらを見ていることはあっても接触してこないのだから、疑問を持つのは当然のことだろう。
私がそう聞けば、シュミレットさんとトドスさんは顔を見合わせてまた溜息を吐いた。
「だってもう無理なんだもの」
「そう、そう。今までは表立って行動してこなかったあのシシリ様が誰からもわかるようにヘイローに構い出したのよ? そんなのもう隠す気がなくなったってことじゃない」
「隠していた時ですら相手にされなかったのに、こうなったらもう何をやったって私たちにチャンスなんてないわ。厭味を言うだけ無駄なの」
「……だったらもう少し私に対しての態度が柔らかくなってもいいんじゃないの?」
アルドラーシュのことで私にきつく当たっていたのなら、彼を諦めた今はそのような態度を取る必要もなくなったはずなのに。
けれど彼女たちは、そうはいっても腹の立つことに変わりはないと言った。
「ほんっとうになんでヘイローなのかしら。シシリ様は完璧だと思っていたけど、女性の趣味だけは理解できないわ」
「本当よ。私たちのほうがよっぽどイイ女なのに」
「そういうことを自分で言わないところじゃないの?」
私がそう言うと、二人揃ってじろりと私を睨みつけた。
睨まれたところでまったく怖くはないのだけれど、これ以上何か言って揉めるのも面倒なので私は口を噤んだのだった。
大切なことは面と向かって言いたいルルーシアは、気持ちを共鳴石の通信で伝えるという考えすらありません。
しかも授業への集中を妨げないために、言うのは授業が終わってからにしようと思っている真面目っぷりです。
なのでまだルルーシアに好かれている事実を知らないアルドラーシュです(笑)




