36.ルルーシア・ヘイローは家族と話す
いつもいいねや感想&誤字報告に評価などありがとうございます。
大変励みになります!
今回はちょいと長めです。
ソフェージュ様と本当の意味で和解をしてから数日後、寮の自室でくつろいでいると寮監がやってきて、実家から共鳴石での通信がきていると告げた。
ああ、ついにきたかという感じだ。
おそらく通信の内容はシシリ侯爵家からの婚約の打診についてだろう。
うちは田舎だから手紙が届くのにも時間がかかるのだ。
(……どうしたらいいのかしら)
自分の気持ちも定まってないというのに、と溜め息が出そうになる。
アルドラーシュの話によれば、全ては私の気持ちに沿ってということになっているそうだけれど、打診してきたのはうちより格上のシシリ侯爵家。
両親がどのように捉えたかは話を聞くまではわからない。
侯爵家からの申し込みなのだから喜んで受け入れろと言われるか、はたまた畏れ多すぎて狼狽えているか。
まあ私の知る両親ならば、私の気持ちを無視して無理強いすることはないとは思っているのだけれど。手紙に私の気持ちに沿ってと書いてあるならなおのこと。
そんなことを考えながら寮監とともに階段を降り、通信専用の小部屋の扉を開けた。
学生寮に入る生徒たちの家には各家からそれぞれ共鳴石を提出することが義務付けられている。
そもそも寮に入るのは実家が遠方であったり、いろいろな理由で王都に家を持つことができなかったりするためだ。
万が一学園で何か起きたとして、それを知らせるだけで数日間もかかるようでは問題がある。そのため家と寮を繋ぐための共鳴石が必要なのだ。
そして連絡が来た場合には寮監がそれを生徒に知らせ、通信専用の小部屋を開放するのだが、この部屋は魔法がかかっており、音が外に漏れないような特殊な作りになっている。
小さな部屋には壁に向かって机がぴったりと設置され、その上に寮監が我が家の提出した共鳴石を置いた。
「終わったら共鳴石を戻してくださいね」
「はい」
寮監は笑顔で頷くと扉を閉めて出て行った。
私は扉の鍵を掛け、椅子を引いて席に着き、共鳴石に自分の魔力を流す。するとすぐに反応があった。
『ルル! ルルー! これはいったいどういうことなんだ!? シシリ家のご子息はただのクラスメイトではなかったのか!? お付き合いしているのならどうして言ってくれなかったんだい!?』
『ルルったら隅に置けないんだからー♪ そういうことになってるんだったら早く教えなさいよ。ずいぶんと大物を釣り上げたわね! 母様驚いちゃった!』
『父上、退いてください! おい、ルル! お前騙されてないだろうな?!』
『そうだぞ、ルル。お前たちは本当に恋仲なのか?』
『姉上、まだお嫁に行かないでください!』
通信が始まったかと思ったら次から次へと声が聞こえ、あまりの煩さに思わず両手で耳を押さえる。
やはりこうなったかというのが正直な感想だ。
「ああ、もう! うるさい、うるさーい! 騙されてないし、釣り上げてもない! 恋仲でもないしまだお嫁にも行きません!」
うるさいと口では悪態をつきながらも、この賑やかな感じが実家にいた頃を思い出し実に懐かしい。
ふうと一息吐き私は言葉を続ける。
「私だって急展開に驚いてるのよ」
『じゃ、じゃあ本当にまだお付き合いしたりは……』
「してません」
『そ、そうか』
私の答えにあからさまにほっとしたような父様。
この様子だと私の気持ちを無視して婚約を成立させようという意思はなさそうだとひとまず安心する。
さて、今回なぜこんなことになったのかということを説明しないわけにもいかない。
すべてを晒すのは恥ずかしすぎるので、必要な部分だけを掻い摘んで説明すると、兄様がとんでもないことを言い出した。
『ルル、まさかシシリ家のやつに権力を笠に迫られたりしてないだろうな』
「はあ? アルドラーシュはそんな人じゃないわ」
『アルドラーシュ~? お前もう名前で呼び合う仲なのか?』
『まさか本当はもう付き合ってるんじゃ』
「だからまだ付き合ってないって言ってるでしょ!」
『……まだ? 姉上、まだってどういうこと?』
「っけ、検討中!」
共鳴石の向こう側で父様と兄弟がわあわあと「俺たちのルルが」とか「ついにこの時が来てしまったのか……!」などとうるさい。
そんな男性陣に「ちょっとうるさいからあちらに行っててちょうだいねー」という母様の声が聞こえたかと思うと、共鳴石から母様の声だけが聞こえてきた。
『ルル? 父様たちは部屋から出てってもらったから正直に答えてちょうだいね。ルルはシシリ家のご子息をどう思っているの? 将来結婚してもいいと思ってる?』
「……正直まだわからない。わからないから考える時間をもらってるの。アルドラーシュも私の気持ちを尊重するって言ってくれてるわ」
『そう、優しい人なのね』
「うん、それは本当にそう。私を想ってくれてる気持ちも嘘じゃないって思ってる。でも自分が同じ気持ちを返せるかわからないから、だから迷ってる」
普段ぽやぽやとしている母様が真剣な声で聞いてくるから、私も真剣に答えた。
そんな私に母様は未だ政略で結ばれる婚姻もある中、相手から想われ、望まれて結婚出来るのはとても幸運なことだと言った。
「母様は、私とアルドラーシュが一緒になればいいと思ってる?」
『そうねえ、母様はルルを大事にしてくれて苦労をかけない人なら誰でもいいわ。その点シシリ家のご子息なら文句もないわね。ルルも信頼しているみたいだし』
けれど、最終的に決めるのはやはり私なのだと母様は言う。
『あなたは頑固だから。自分が納得しなければずっともやもやしてしまうでしょう?』
「頑固……それアルドラーシュにも言われたわ」
『まあ、ふふ。彼はあなたのことよく理解しているのねえ』
母様は続けて、我が家はそんなに権力を求めていないし、普通なら侯爵家からの申し出は断りづらいけれど、幸いシシリ家からの手紙にも私の意見を尊重したいと明記されているからしっかり考えなさいと言ってくれた。
「母様はどうして父様と結婚したの?」
母様と父様も初めから恋人同士だったわけではなく、私が今通っている王立学園の同級生であったらしい。
ただ、父様は母様のことが気になっていたそうなのだけれど、なかなか声をかける勇気がなく、何も進展がなかったと聞いたことがある。
我が父ながらヘタレである。
そんな父様に痺れを切らした祖父が、母様の親にお宅のお嬢さんとお見合いさせてほしいと頼み込んだらしい。
もう一度言う、我が父はヘタレだ。
そんな父様をどうして母様は選んだのか。そこは今まで聞いたことがなかった。
『あら、父様って素敵でしょう? 可愛いところもあるし』
「か、可愛い? すて……うん、そ、そうね」
『ふふ、昔は今よりもスラッとしてたのよ?』
「容姿が好みだったってこと?」
好みは人それぞれ。母様には刺さる何かがあったのかもしれないと聞けば、違うと母様は言った。
『もちろん容姿も嫌いではなかったし、中身が良かったとかいろいろあるけど。でもね、しばらく一緒に過ごしてみていよいよ答えを出さなきゃってなったときに考えたのよ』
「何を?」
『父様と一緒にならなかったときの未来』
父様の隣には自分ではない誰かがいて、会ったとしてもどこかのパーティーで少し言葉を交わすだけ。
そんな未来を想像したと母様は言った。そしてそれはなぜか嫌だと思ったと。
『父様と一緒じゃない人生は楽しくなさそうって思っちゃったの。あとは自分の隣にいる父様以外の誰かを想像したときに、なーんにも浮かばなかったのよ』
それほど長い時間父様といたわけでもないし、自分の理想の男性像は父様とは違うはずだったのに不思議だと母様は笑った。
『だからね、ルルも想像してみるといいわ。未来の自分を、未来のアルドラーシュ様を。いろいろ想像して、一番楽しそうな未来を選ぶといいんじゃないかしら。母様は今それで幸せだから。母様に言えるのはそれだけね』
「……わかったわ」
未来の自分だけでなく、未来のアルドラーシュ。
アルドラーシュとどうなりたいのかだけでなく、楽しいと思える未来にアルドラーシュがいるのかどうかを考える。
うん、そちらのほうがわかりやすそうだ。
「ありがとう、母様。それも踏まえてもう少し考えてみるわ」
『ええ、そうしてみなさい。さて、そろそろ父様たちが我慢の限界のようね。扉から熱い視線を感じるわ』
「ははは……あっ! そうだわ!」
『どうしたの?』
「ちょっと父様たちに聞かなきゃいけないことがあるんだったわ。代わってもらえる?」
ソフェージュ様の手紙のことを問い詰めなければと思い出し、母様にお願いすると共鳴石の向こう側から父様たちの声が聞こえてきた。
『ルル? 私に聞きたいことってなんだい?』
「正確には父様と兄様たちに聞きたいことよ」
『どうした? 何でも聞いてくれ』
「ハロルド・ソフェージュ様って知ってるわよね?」
『……』
『……』
「知っ・て・る・わ・よ・ね?」
『……知らん』
「嘘おっしゃい! ネタは上がってるのよ!」
『し、知らん』
『姉上、父様と兄様たちが手紙を燃やしてました』
『おいコラ! クロード!』
『姉上、僕は何もしていません。無実です』
『クロード! この裏切り者め!』
またしてもぎゃあぎゃあと言い争いが始まった。
どうしてすぐにわかる嘘を吐くのだろうか。呆れてしまう。
「ソフェージュ様から直接謝罪を受けたわ。謝罪のお手紙のこともお聞きしたの。勝手に私宛のお手紙に返事を書いたり、ましてや燃やすだなんてあんまりじゃないの?」
『いや、だってそれは、なあ?』
「何よ」
『あのときルルすごく傷ついてただろ?』
『あんなやつからの手紙なんて読みたくもないだろうと思ってな?』
だからといって謝罪の手紙を無かったことにするなんてやりすぎだろう。そう言うと兄様たちは、私が落ち着いたら渡すようにしようと考えていたと言った。
けれど様子を見ているうちに、私がソフェージュ様のことを忘れて元気を取り戻したように見えたので、そのまま存在を消そうとしたらしい。
「いや、消えるわけなくない? 私ちゃんとハロルド少年のこと覚えてたわよ?」」
『えー、だってなあ。あいつの名前出しても反応しないし』
『猿も可愛いよなって言っても、「いきなり何の話?」とか言うし。これはもう忘れのたかなと思って』
どうやら過去の自分は無意識に強がっていたらしい。辛い記憶に無理やり蓋をして隠そうとしていたようだ。
まあ兄様の猿も可愛いというフォローもどうかと思うけれど。
『ルルと同い年ということはわかっていたから、学園で会えば気づくかと思ってたんだが……』
『今まで気づいてなかったんだろ?』
『やっぱり忘れてたんじゃないか』
「違うわよ。今のソフェージュ様が、あの時のハロルド少年と違い過ぎて結びつかなかっただけよ」
『そんなに違うのか?』
「ええ、もうまるで別人ね」
私は今のソフェージュ様が幼い頃と違いどれだけ紳士的な人間に成長したのかということ、そんな彼からしっかりと謝罪をされたと改めて説明した。
兄様たちはソフェージュ様の変化に「嘘だろ? あいつが?」と半信半疑だったけれど、父様だけは成長したソフェージュ様が真人間になったことを知っていた。
じゃあ手紙を握りつぶさないでよと思ったが、どうやら「もう謝罪の手紙は結構」と何度か送り返した後の話らしく、その頃には手紙はもうこなくなっていたらしい。
「はあ、もういいわ。これからはそういうことするのやめてよね」
『悪かったよ。もうしないから、その代わりシシリ家のご子息とのことで何かあったら言うんだよ?』
『そうだぞ。ちゃんと俺たちに全部言うんだぞ?』
「……嫌よ。兄様たちには言わない」
『なんでだよ!』
(そんなの恥ずかしいからに決まってるでしょうが!)
「母様には言うもの」
『そうね。私たちだけの秘密よねー』
『そんな! ルル!』
『うふふ。じゃあもうそろそろ切るわね。長い時間ごめんなさいね。お勉強も恋も頑張るのよ~、じゃあね~。ああ、もううるさいわよ、あなたたち』
母様がそう言うと、後ろのほうでうるさい兄様たちを無視して通信は切られた。
やっぱり我が家で一番強いのは母様だと思った。
母は強い!
父親と兄弟はルルーシアが好きすぎる!
母の助言はルルーシアにどこまで影響を与えるのでしょうー(*´艸`*)
ちなみにルルーシアの家族構成は以下の通りです。
父:ダレン
母:べリタ
兄1:ブライアン
兄2:フレッド
弟:クロード
感想などいただけると嬉しいです。
よろしくお願いします。




