35.ルルーシア・ヘイローは苛立ちを隠さない
またしても会話文が多いです。
「はあ……」
「慌ただしかったな」
「本当にね」
アリスとソフェージュ様が、来た時と同様慌ただしく帰るのを見送った後、私たちはまた席に腰を下ろしていた。
「……」
「……」
それ以上どちらとも何を言うわけでもなく沈黙が続く。
ソフェージュ様があの時の男の子だったという事実に驚いたのは私だけではないだろう。
特にアルドラーシュはハロルド少年のことを腹立たしいと言っていたから、それが自分の友人であったということに複雑な思いを抱いているのかもしれない。
それはアリスにも言えることだ。
(アルドラーシュもアリスも私のせいでソフェージュ様とぎくしゃくしなければいいのだけど)
そう考えるのと同時に、なぜ私がそんなことを心配しなければいけないのかと、ふと思う。
アルドラーシュもアリスも私のことを思って、あのハロルド少年に腹を立ててくれていた。
たとえソフェージュ様が本気で反省してあの時とは違う人格者に成長していたのだとしても、私との過去が消えるわけではない。
私が彼を許したとしても過去の過ちがなかったことにはならないのだ。つまりはすべてソフェージュ様の自業自得。
(まあ私がここまで引きずってしまったのは、私自身が過去から目を背けていたっていうのもあるかもしれないけど)
あとは私の家族がソフェージュ様からの謝罪の手紙を握りつぶしていたというのも多少はあるだろうけれど。
(そうだとしても、やっぱり学園で会った時に言ってくれれば良かったんじゃない? だいたいさっきの言葉だって……)
ソフェージュ様が帰る間際に残していった言葉を思い出し、もやもやとした感情が胸に広がる。
「ルルーシア?」
アルドラーシュに名前を呼ばれハッとして振り向けば、苦笑を浮かべる彼がいた。
「……何?」
「何って、どうした? 怖い顔して」
「やだ、そんな顔してた?」
「してたよ。眉間に皺寄ってるぞ」
そう言ってアルドラーシュは自分の眉間を指差した。
私は眉間の皺を伸ばすように揉みながらアルドラーシュをじっと見た。すると彼は首を傾げて「何?」と聞いてきた。
「……私、性格悪いのよ」
「はあ? 何だよ、いきなり」
「だってソフェージュ様にものすごく腹が立ってるんですもの」
ソフェージュ様は自分が悪かったと謝ってくれて、私も許すと言った。それは本当につい先ほどのことだ。まだ三十分も経っていない。
「なんか綺麗な形で終わったし、私も大丈夫とか言っちゃったし、なんなら気持ち的にも前に進めそう、なんて思ってたのよ。思ってたんだけど!」
「うん」
「いろいろ考えてたら、最後の帰り際のソフェージュ様の言葉も思い出しちゃって、なんかモヤモヤっていうか、イラッていうかっ……!」
ソフェージュ様が言った言葉。
『ヘイローさんは昔も今も、いや、今のほうが以前よりもっと素敵な女の子だよ。まあヘイローさんを傷つけた僕が言えた義理じゃないんだけど。でも本当だよ』
決して悪気があったわけではない。
でも、それでも。
「あんたが言うな! って思うじゃない?! わかるわよ? 私のために言ってくれた言葉だってことはわかってるのよ! でも、本当にあんたが言えた義理じゃないでしょうって思うじゃない!」
そう、これが今の正直な気持ち。もやもやしていたものの正体、怒りだ。
手を握りしめて「あ~! 腹が立つ~!」と口にする私をぽかんとした表情で見ていたアルドラーシュが少しすると急に笑い出した。
「くく、ははっ!」
「笑いたきゃ笑いなさいよ! 私だって自分の感情の急激な変化に驚いてるし、呆れるわよ!」
「ふっ、ははは、いいんじゃないか?」
何がそんなに面白いのか文字通り腹を抱えて笑っていたアルドラーシュは目尻に溜まった涙を拭いながらそう言った。
泣くほど笑うなんてなんて失礼な男なんだと頬を膨らませていると「それでこそルルーシアだよな」とアルドラーシュは言った。
「ずいぶん大人しくハリーの話を聞いて、すんなり謝罪を受け入れてると思ってたんだ」
「はあ? どういう意味よ」
「言葉通りだけど。俺は全然性格が悪いだなんて思わない。さっきだってもっと怒っていいと思ったよ。だけど君、全然怒らなかっただろ?」
ずいぶん大人な対応だと思ったけれど、動揺していただけだったんだなと言われて腑に落ちた。
ああ、私は動揺していたんだ。
「……一発お見舞いしておけば良かった」
開いた手をじっと見ながら呟くと、再びアルドラーシュが「あははっ!」と笑い声を上げた。
「いいね。そうしなよ。それじゃあ俺はハリーの連行と見張りということで君をサポートしようかな」
「あら、いいの? 親友を差し出したりして」
「いいの、いいの。これに関してはどう考えても悪いのはハリーだろ? 俺もハロルド少年に対して怒りもあるし」
アルドラーシュは私を見ると「それに」と続ける。
「それに?」
「溜め込んでないでぶつけてしまったほうが、本当の意味で前に進めるんじゃないかと思うんだよ。ルルーシアが」
「私?」
「ああ」
アルドラーシュは頷いて私を見て微笑んだ。
「お前が言うなって引っ叩いて言いたいこと言ってやればいい。ルルーシアの性格的にもそのほうがスッキリするだろ?」
「知ったように言わないでよ」
「でも間違ってないだろ?」
たしかに間違ってない。
ずっとこのもやもやした気持ちを抱えているよりも相手にぶつけてしまったほうがスッキリするに決まっている。
(ああスッキリした、もういいや! って思えちゃいそうなのよね)
結局私は誰かに対しての怒りをずっと抱えていられるほど出来た人間ではないし、忍耐強くもないのだ。
怒りの感情を向ける相手もわかっていて、その理由も明確で、しかも自分が悪くないというのならばさっさとぶつけてしまうほうが楽で良い。
もっと大人になったらそういうわけにもいかないだろうけれど、今はまだ学生の身。
今後もアリスと友人であるなら、ソフェージュ様に関わらないということはないだろう。だとしたら、そんな気持ちを持ち続けたまま何もなかったように笑顔で接するのはきっと疲れる。
それならば今のうちに自分の気持ちに決着をつけておくべきだろう。
「決めたわ! ソフェージュ様に一発お見舞いして苦い記憶とサヨナラするわ!」
グッと拳を握ってそう宣言すれば、アルドラーシュは「頑張れー」と拍手していた。
「私に味方して男の友情よりも女を取ったって言われても責任持てないから」
「大丈夫だって。ハリーだって自分が全面的に悪いってわかってるさ。それに俺の恋路を応援するって言ってくれてるからな。今の俺にはルルーシアが最優先だ」
だから何の問題もないといってアルドラーシュは笑うのだった。
ソフェージュ様から衝撃の告白を聞いた翌日。
私がいつも利用している練習場にアルドラーシュ、ソフェ―シュ様、アリスの三人と一緒にやってきた。
「ソフェージュ様に話があるからアリスたちは少し離れていてもらってもいい?」
私の言葉にアリスとアルドラーシュが少し離れた場所まで移動する。
ソフェージュ様は昨日のことについての話だろうと予測してか、神妙な面持ちをしている。
「昨日のこと、だよね?」
「ええ、そうです」
私は昨日ソフェージュ様を許すと言ってしまったけれど、やはりそれだけでは腹の虫がおさまらないということ、昨日の去り際の言葉に苛立っていることを簡単に伝えた。
「去り際の言葉……」
「そうです。今も昔も素敵だとか僕が言えた義理じゃないけどってやつです。……ソフェージュ様、私ちょっと今から言葉乱れますけど償いだと思って受け入れてください」
ここまで笑顔で話していた私が急に笑みを消し真顔になったことで、ソフェージュ様がひゅっと息を飲んだのがわかった。
「わ、わかった」
それでも償いだと言われれば頷かないわけにはいかないソフェージュ様が背筋を伸ばしたところで、私は息をふうっと吐き出し、改めて胸いっぱいに空気を吸い込んでソフェージュ様を睨みつけ口を開いた。
「何よ、あの言葉! 改めて考えたらものすごく腹立たしい! 昔も今も素敵!? ふざけるんじゃないわよ! 今さらな上になんで上から目線!? 本当だよって何? 昔のあんたが言った言葉がその類の言葉を信じなくさせたんじゃない! 本当にあんたが言えた義理じゃないのよ!」
一息で言い終えて、一回深呼吸をして乱れた息を整える。
ソフェージュ様はぽかんとした顔をして私を見ていた。おそらく女性にここまで怒鳴られたことなど彼の人生において一度もないのではないだろうか。
「ソフェージュ様」
「あ、はい……」
「一度は許すと言ったのに口汚く罵ってしまい申し訳ありません。こんなことを言いはしましたけど、ソフェージュ様に悪気があって言った言葉ではなく、私を気遣って言ってくださったということもちゃんとわかっていますので」
「……配慮に欠けた言葉だった。すまない」
「じゃあすまないついでにちょっと一発お見舞いさせてもらっていいですか?」
ソフェージュ様は「い、一発?」と頬を引き攣らせた。
「はい、それで手打ちにしましょう。あ、ちなみに拒否権はありませんが大丈夫ですよね? アルドラーシュもあなたが全面的に悪いのだからわかっているはずだって言っていましたし」
私がにこやかにそう言うと、ソフェージュ様はバッとアルドラーシュのほうに顔を向けた。
アルドラーシュはそんなソフェージュ様にとてもいい笑顔で手を振っている。
ソフェージュ様はがっくりと肩を落とすと「いや、全面的に僕が悪いということに異論はない」と言って目をぎゅっと瞑った。
「では、いきますね!」
私はどうぞと言わんばかりに差し出された頬――ではなく、ソフェージュ様の背中に思いきり平手を叩きつけた。
バシンッと鈍い音が練習場に鳴り、ソフェージュ様が「ぐっ……!」と呻いた。
私はというと、両手を上に突き上げて「あー、スッキリしたー!」と叫んでいた。それを合図にアルドラーシュたちが私たちのもとへやってきた。
「いやあ、いい音したな」
「ハロルド様、大丈夫ですか? ルルってこう見えて力強いから」
「魔法で一発かもしくは頬への平手打ちが来るのかと思ったらまさかの背中、しかも予想以上に強力……ゴホッ」
「アリス、ごめんね。あなたの婚約者思いっきり叩いちゃった」
「いいのよー。ハロルド様も良かったですね、これで本当に和解成立ですって」
「はは……良かったよ、本当に」
ソフェージュ様は咳き込みながら力なく笑った。
誰も味方がいなくて可哀想な気もしたけれど、まあ自業自得だし。私もスッキリしたしこれ以上はどうこうするつもりもない。
(やっぱり溜め込むより吐き出してしまったほうが楽だわ)
ソフェージュ様には悪いけれど、思い切りぶつけさせてもらえて良かった。ただただ笑って謝罪を受け入れるなんてこと私には無理だったのだ。
お淑やかにはなれないし、可愛くない性格だとも思うけれど、アルドラーシュはこんな私が良いと言ってくれるのだから気にしなくても良いのだろう。
この時点で、人からどう見られているかを気にする基準がアルドラーシュになっていることに、この時の私はまだ気づいていないのだった。
ルルーシアの行動には賛否両論あると思いますが、これがルルーシアということで。
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