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あなたと私の美味しい関係  作者: 眼鏡ぐま


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34/52

34.ルルーシア・ヘイローは謝罪を受ける

お待たせしました!

無事ぎっくり腰から復活しました。


今回いつにもまして会話文が多いです。

読みづらかったらすみません……。


人によってハロルド・ソフェージュの呼び方が違います。

・ルルーシア→ソフェージュ様

・アルドラーシュ→ハリー

・アリス→ハロルド様

 

 少し前までは色とりどりのお菓子や軽食で飾られたテーブルがまったく別物のように映る。

 新たに用意された紅茶に全員が口をつけたところでアルドラーシュが口を開いた。


「さて、みんな落ち着いたか?」


 私はこくんと首を縦に振る。

 先ほどのまでの混乱は少しは解消されたように思う。


「ルルーシアはどうしたい?」


 アルドラーシュにそう聞かれて思わず首を傾げる。


「話を聞かせてくれとは言ったが、ルルーシアが聞きたくないなら、その必要はないと俺は思う」

「……いえ、聞くわ」


 話といっても何を言われるのかはわからないし、あの時言われて刺さった棘のような言葉がなかったことになるわけでもない。

 けれど、聞くだけ聞いて、なぜあんなことを言われなければならなかったのかという腹立たしさを本人にぶつけてしまうのも良いかもしれない。


「とりあえず、なぜソフェージュ様があのハロルド少年だとわかったのか。アリス、教えてくれる?」

「わかったわ。私たちは観劇し終えた後でお茶をしていたのよ」


 そしてそこで私とアルドラーシュの話になったらしい。

 なんでもアルドラーシュも頑張ってはいるけれど、私のトラウマが解消されない限り手強そうだとかそんな話になったらしい。

 いやいや。デートでいったい何の話をしているのか。

 思わず呆れた視線をアリスに向けてしまった。


「そこは二人の仲でも深めなさいよ」

「だってルルたちが今日会うって聞いてたから。心配になってしまったんだもの」


 ソフェージュ様はアルドラーシュとも親しいし、私に代わっていろいろと聞き出そうとしたそうだ。

 けれど、ソフェージュ様は言葉数が少なく、いつもと様子が違った。

 そして妙にアリスの話す私のトラウマについて聞きたがったらしい。そこでアリスはピンときた。

 何かある、と。


「その何かはわからなかったけれど、とりあえずノリで言ってみたのよね。『白状なさい。あなたがそのハロルドね! まるっとすべてお見通しよ!』って」


 アリスは右手の親指と人差し指で輪っかを作り右目に当て、左手を腰に当ててポーズ決めた。


「アリス、それ違っていたらどうするつもりだったの? とっても失礼じゃない」

「やあねぇ、その場のノリじゃない。私だってまさか本当にそうだとは思っていなかったし、なーんてねって締めるつもりだったわよ」


 そのはずだったのに、ソフェージュ様から帰ってきた答えはまさかのアリスが言ったことを認めるということだった。

 さすがのアリスもにわかには信じ難く、そんな冗談面白くもないと思ったけれど、ソフェージュ様は妙に静かでこれは本当に本当なのでは? と思って再度確認すると、やはりあの時のハロルドは自分であると認めたという。


「そうしたらどんどん腹立たしくなってきちゃって。早くルルに謝らせないとって、いてもたってもいられなくなって、ハロルド様を急かしてここに来たってわけ」


 アリスはなんでもないことのようにそう言って、用意されたクッキーを口にし「あら、美味しいわね」と言った。

 片やソフェージュ様はといえば、いつもの明るさはどこへ行ったのかというほど沈んだ表情をしている。


「あの、ソフェージュ様」

「……改めて謝らせてほしい。本当にすまなかった」

「先ほども謝っていただきましたし、もう大丈夫ですよ。けれど、本当にソフェージュ様があのハロルド少年なんですか? 目の前のソフェージュ様との印象が違い過ぎてまだ半信半疑なのですが」

「それは俺も同感だ。ハリーが声を荒げているところも誰かを蔑んでいるところも、まして女性に暴言を吐いているところも見たことがない」


 アルドラーシュの言う通りソフェージュ様は穏やかだし、女性に対しては特に優しく紳士的だ。

 華やかな容姿のせいか、やや軟派に見られがちだが女性問題で揉めているところも見たことがない。

 投げつけられた言葉のほうが強く記憶に残っていて、あのハロルド少年の詳細な容姿までは覚えていないので何とも言えないのだけれど。


「そう思うのも無理はないよ。あの頃の僕は、今よりもだいぶ、うん、だいぶアレな人間だったからね」


 アレな人間。

 そういってソフェージュ様は表情を暗くした。

 どうやらあの当時のハロルド少年は今のソフェージュ様から見ても人としてどうかと思えるような人物だったらしいことが伺える。


「アルは知ってると思うけど、僕には年の離れた姉が一人だけいてね。僕はソフェージュ家待望の男児だったんだ。だからすごく大切にされたし、大体のことは思いどおりにできた。……まあ、要は甘やかされて育って驕り高ぶった子供になったわけなんだけど」


 それでも私との一件があるまでは少し我儘ではあるけれど、そこまでだとは思われていなかったらしい。

 なにせ彼は侯爵家待望の嗣子。可愛がられ、甘やかされ、大抵の願いはすんなり叶えられる。

 我儘なんて言わなくても周りが勝手に動いてくれたし、多少偉ぶった態度を取っても、すでに人の上に立つ者としての片鱗を窺わせる、すごいすごいなどと誉めそやされた。


「何をやっても同年代の子たちよりも早くできるし、自分はすごいんだと本気で思ってたんだ。そんな時出会ったのがヘイローさんだった」


 急に現れた少年には驚かされるし命令されたかと思えば、颯爽と一人で馬に乗って行ってしまった。

 自分はまだ護衛と一緒にしか馬に乗れないのに。

 それだけでも腹立たしかったのに、目的の屋敷に着いてその家の子供たちと顔を合わせれば、まさかのさきほどの少年が目の前に。しかもドレスを着て、だ。


「一瞬別人かと思ったけど見れば見るほど同じ子だったし、男だと思っていたらまさかの女の子だし、しかも着ているものが違うだけなのになぜか可愛いし。もう大混乱さ」

「だからといって山猿という発言は――ん? 待て、可愛い?」


 アルドラーシュがソフェージュ様に聞き返す。

 私もそこは気になった。聞き間違いかと思ったけれどそうではなかったらしい。

 アルドラーシュの問いにソフェージュ様は気まずそうに頷いた。


「うん。僕の知ってる女の子とは雰囲気は違ったけど、明るくて快活な感じがして可愛いと思ったんだ」

「本当に本当よね? ハロルド様、嘘じゃないわよね?」


 アリスが念を押すようにソフェージュ様に確認する。


「うん。たしかに可愛いと感じたんだ。あの時の言葉は本心から出たものじゃなかった」

「ほら! やっぱりルルはその頃から可愛かったのよ!」


 アリスが嬉しそうに私の手を取って笑った。

 どう返すのが正解かわからず、私は曖昧に微笑んだままソフェージュ様に「ではなぜあのような言葉が?」と、話の続きを促した。


「ただただ、僕が愚かで負けを認められない人間だったからだよ」


 可愛いとは思ったけれど、そんな女の子は自分にはできないことを軽々とこなし、人から好かれるこの容姿にも興味を示さず、馬に関して指図までされてしまった。

 悔しいし、恥ずかしい。人生でほぼ初めてと言っていい敗北感を味わったのだとソフェージュ様は言う。


「だからといってハリーが口にしたのは人に向けていい言葉たちではないけどな」

「本当にそれはそう。すまなかった。内心まずいとは思ったけど、ヘイローさんのお兄さんたちに謝れって言われて逆に意固地になって引くに引けなくなって」


 そのまま私の兄たちにボコボコに伸されて、何でもできると思っていたのに喧嘩すら勝てないのだとプライドをへし折られて帰宅したらしい。

 帰ったら帰ったでソフェージュ侯爵から話を聞いた侯爵夫人とお姉様から大変なお叱りを受けたのだそう。


「女の子に対してそんな発言をするなんて見損なった。あなたには人として大事な部分を学び直す必要があると言われて、言動が改善するまで外に出ることを禁じると言って屋敷に閉じ込められたよ」

「それは……大変でしたね」


 私の言葉にソフェージュ様は首を振る。可愛がっていた息子が人に暴言を吐くような子だと知った侯爵夫人はショックだっただろうと。


「けど、あの時甘やかさずに矯正してくれたおかげで今の僕があるんだから、ありがたいことだよ」


 それは確かにそうだろう。あの時のハロルド少年のまま大人になっていたら、いくら容姿が良くとも周りに人はいなくなっていたはずだ。

 おそらくアルドラーシュと友人になることもなかったのだろうと想像する。

 家族が常識のある人で良かった。そしてアリスの嫁ぎ先がソフェージュ家で良かったと密かに安心した。


「おい、美談で終わるなよ? 改心したならその時点でなぜルルーシアに謝らなかった。もっと早く正直に言って謝っていればルルーシアの心のしこりは解消されたかもしれないじゃないか」

「いや、僕だってしたかったよ。だから謝罪の手紙や、直接謝らせて欲しいって頼みもしたんだ」


 そう言ってソフェージュ様は私を見た。釣られてアルドラーシュとアリスも私を見るが、そう言われても心当たりのない私はブンブンと頭を振ることしかできない。


「やっぱり、そうだよね。大体ヘイロー伯爵か、お兄さんたちから『謝罪は不要。辛いことを思い出させたくない』って返事が来てさ。ほら、僕あの一件以来ヘイロー家の皆さんに本当に嫌われちゃってね。もしかしたら君は手紙の存在すら知らないんじゃないかなって思ってたんだよね」

「……あっの、馬鹿兄たち!」


 思わずテーブルをドンと叩くと三人が揃ってビクッと肩を揺らした。


「ちょっとルル! 驚かせないでよ」

「ああ、ごめんなさい!」


 学園に入るために領地を離れる際「煮るなり焼くなりお前の好きにしたらいいと思うよ」と言っていたのはこのことだったのかと合点がいった。

 あの時はいったい何を言っているのかと疑問しかなったけれど、そんな大事なことを隠しているとは。今度帰った時には説教決定だ。


「ソフェージュ様、父と兄が大変申し訳ありませんでした」

「いやいやいや! もとはと言えば僕が悪いんだし、それに学園で会った時も僕のこと気づいていないようだからと口を噤んでしまったのも僕だ。本当にすまなかった。あの時の馬鹿な発言がヘイローさんをそこまで傷付けてしまったとは思ってなかったんだ」


 それ自体が浅はかな考えだった、申し訳なかったとソフェージュ様は再度頭を下げた。

 私の知っているハロルド・ソフェージュ様はあのハロルド少年とはまったく違う。一年の時さりげなく私を助けてくれたのも、あの時の罪滅ぼしもあったのかもしれない。

 私は過去のことを無かったことにしようとしていたけれど、ソフェージュ様はおそらくずっと気にしていたのだろう。


「もう大丈夫です。私はソフェージュ様を許します。だから顔を上げてください」


 過去は過去、今は今。そう思っていても簡単に切り離すことなんてできないけれど、それでも少し前に進めたような気がした。



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