32.ルルーシア・ヘイローはいろいろな事実を知る
「良かった。今回はちゃんと伝わったみたいだ」
「え?」
アルドラーシュは嬉しそうに目を細め、自分の頬をトントンと指し「顔が赤い」と言った。
一瞬何を言われているのかわからなかったけれど、それが私の頬を指して言っているのだということに気づき、思い切り顔を逸らしてしまった。
「あはは!」
「ちょっと! 何笑ってるのよ!」
「ふっ、くく、ごめん。はは、可愛いな、ルルーシア」
「なぁ!?」
アルドラーシュの態度に驚いた口を閉じることができず、はくはくと変な呼吸をしてしまう。
(なに? なんなの? どうしちゃったの!?)
自分に向けられる甘い表情と言葉に動揺を隠せない。
一回でも十分なのに、次から次へと投下される好きだの可愛いだのといった言葉は本来なら私は向けられるような人間ではないはずなのだ。
もっと可愛かったり、美人だったり、容姿的にも、性格的にも素敵な人がもらえる言葉のはず。
それなのに、アルドラーシュはそれを私に向けている。こんな卑屈な私に。
ちらっと視線を向けると、それに気づいたアルドラーシュはまた嬉しそうに笑うのだ。
「……何がそんなに楽しいのよ」
「そりゃあ嬉しいさ。だってルルーシアにそんな顔をさせられるのは俺だけだって思っていいだろ?」
「何よ、それ。そんな顔ってどんな顔よ」
「恥ずかしそうに照れた顔」
「ばっ、馬鹿じゃないの!」
「ひどいなあ」
まったくひどいと思っていなさそうにアルドラーシュは肩をすくめる。
「……馬鹿よ」
私よりも素敵でアルドラーシュに見合った女性なんてたくさんいるのに。
アルドラーシュは侯爵家を継ぐわけではないけれど、それでも彼自身も優秀で侯爵家と縁続きになれるともなれば、隣に立ちたがる女性はたくさんいる。
彼を婿に迎えたいと願う令嬢だっているだろう。
シシリ侯爵家としても、私みたいに田舎の伯爵家の娘ではなくもっと利益に繋がる相手が望ましいはずだ。
私がそう言えば、アルドラーシュは眉を顰めた。
「……それ、誰かに何か言われたのか?」
アルドラーシュの問いに私は首を横に振る。
誰にも言われていない。アルドラーシュに食ってかかるなと言われたことはあっても、彼のパートナーとして相応しくないとは言われたことはない。
言われるはずもないのだ。だって誰も私がアルドラーシュのパートナーになるなんて考えもしないのだから。
私が彼に向かってそういう気持ちを向けたことはなかったし、そんな雰囲気になることもなかったから当たり前と言えば当たり前。
そしてそれはアルドラーシュにも言えることで。
「アルドラーシュが私を望むなんてこれっぽっちも思われていないのに、そんなこと言う人いるわけないじゃない。でも……それが普通の考えなのよ」
相応しい、相応しくないの前に誰も想像すらしない。
そんな私がもしアルドラーシュの隣に立つとしたら?
「きっともっと他にいるだろうって言われるわよ? 選り取り見取りの中でなぜ私なのかって。趣味が悪いって言われて恥ずかしい思いをするわ」
「……はあ」
話ながらどんどんと視線を下げていく私に、アルドラーシュが大きく溜息を吐いたので思わずビクッと肩が揺れた。
さすがにこんなうじうじとした私に嫌気がさしただろうかと視線を上げれば、アルドラーシュと目が合った。
「ああ、ごめん。べつにルルーシアに対して怒ってるわけじゃないから」
私にトラウマを植え付けた相手に腹が立っているとアルドラーシュは言った。
「ルルーシアにそこまで大きな影響を与えたやつらが腹立たしい。しかも悪い影響っていうのが尚更」
ガシガシと頭を掻き、また一つ大きく息を吐くと、アルドラーシュは席を立って私のもとまで来ると、テーブルと私の座る椅子の背もたれに手をつき目線を合わせるように態勢を低くした。
「な、なに?」
まるで腕に囲われるように近くなったアルドラーシュとの距離に、思わず身を固くする。
「俺は恥ずかしくなんかないし、ルルーシアのことが好きだって堂々と言えるよ。あとさ、君はその過去の男の言葉に囚われ過ぎ」
「……どういう意味よ」
「そんな子供の頃に言われた言葉なんて忘れてしまえ。……ごめん、言い方が悪かったな。そんな奴らのこと忘れてほしいんだよ」
アルドラーシュが私を見て困ったように笑う。きっと少しムッとした顔をしていたのだろう。
「ルルーシアは否定するだろうけど、この間ハリーが言ったことはあながち間違いでもないんだ」
「ソフェージュ様が言ったこと?」
「そう、ルルーシアに噂の確認をしに来た男たちは、君に気があるってやつ。ルルーシアは今まで誰にも恋愛的な意味で声をかけられたことはないって言ってたけど、それは違う。本当に君が鈍感で気づいていないだけだ」
「……嘘でしょ?」
アルドラーシュは首を横に振る。
「本当。何度か授業の後に話しかけられたりしてただろ?」
「したけど……でもあれは違うでしょう?」
授業内容でわかりづらいところがあったから教えてほしいと言われたりしたことはあるけれど、それだけだ。
恋だの愛だのと言った甘酸っぱいものは何も無かったはずなのだけれど。
そう思い首を傾げると、アルドラーシュは呆れたように溜息を吐いた。
「それさ、たぶん君と話すための口実だよ」
「え?」
「それに対して君なんて返したか覚えてる?」
「……覚えてないわ」
「『それだったら先生に直接聞いたほうが良いと思うわ。あの先生は熱心な生徒には授業よりも細かく噛み砕いて教えてくれるからきっとわかるようになるわ』って言った」
「何かおかしい? 本当のことでしょう?」
「いや、だからさ、その男はルルーシアに教えてもらうことで君と話す機会を得ようとしたのにそのまま先生へと流されたわけ。たぶん授業内容も本当にわからなかったわけじゃないよ」
その後、肩を落として去って行ったなんて言われてもまったくピンとこない。
「自分なんかにそういう気持ちを向ける人なんていないと思ってたから気づかなかっただけで、ルルーシアのことを気にかけてる男はいたよ。あとは君に成績で負けているから変なプライドが邪魔して声をかけられない奴とかもね。くだらないプライドの持ち主で本当に良かったよ」
そんな馬鹿な。
アルドラーシュの話に唖然とする私に、アルドラーシュは咳払いをし「つまり何が言いたいかっていうと」と続ける。
「ルルーシアは魅力的な人だよ。幼い君の心を傷つけた男たちが、何を思っていたのかはわからない。けどそんな奴らの言葉に囚われないでほしいんだ。俺にとってはルルーシア以上に魅力的な人はいない。たとえ誰かに何と言われてもそれは変わらないし、そのことで君や俺のことを馬鹿にするような奴らは捨て置けばいいと思ってる」
「……でも、それはアルドラーシュの考えであって、シシリ家には何の利もないわ」
彼がシシリ侯爵家の人間である限り、最終的には当主に決定権がある。
いくらアルドラーシュが私を選んだとしても、当主に認められなければそれまでだ。
「……さっきの母を見てそれを考えるルルーシアってある意味すごいよな」
「どういう意味よ?」
「あの部屋にあった服、あれすべてルルーシアのためにあの人が買ったものだぞ」
「……んん?」
「だから、あの服はルルーシアのものってこと」
「……ちょっと待って。理解できない」
アルドラーシュの衝撃発言に思考が停止する。
あの服がすべて私のために買ったもの? なぜ? どうして?
たしかに妙に身体に合うサイズ感だとは思ったけれど、あれが私のものだと言われても理解できない。
「あの人の悪い癖なんだ。息子に相手ができると未来の娘に贈るのだと勝手に盛り上がっていろいろ購入するんだ」
「み、未来の娘ぇ!?」
どうしてそんなことにと二の句が継げない私にアルドラーシュはさらなる衝撃発言を降らせる。
「あ、ちなみに俺はちゃんと止めたからな? まだ受け入れてもらえていないと明言した。だが、そんなのお構いなしにあの状態なんだ。つまり母の中で俺の想い人であるルルーシアの受け入れ態勢は完了していると言っても過言ではない」
「過言であれっ……!」
「あと――」
「まだ何か!?」
思わず頭を抱えた私にアルドラーシュは攻撃の手を止めなかった。
「うちからヘイロー伯爵家に婚約を打診する書状を送ったとも言っていた」
「なっ、え? 本当に? 嘘でしょう?」
「本当だ。さすがにこんな嘘は言わない。何も聞いていないか?」
「知らないわよ! 何してるのよ! お父様たち倒れるわよ!?」
領地から遠く離れた王都で勉学に励んでいる娘に男の影がないことをよく知っている両親。
あまりに何もなさすぎて、想いを寄せている人はいないのかと心配されたこともある。
それなのにいきなり超有名なシシリ侯爵家から婚約の打診が来るなんて寝耳に水、青天の霹靂だろう。
泡を吹いて倒れてもおかしくないくらいの衝撃が走るはずだ。
「ルルーシア、ちょっと、近い」
「……きゃぁ、ごめんなさい!」
あまりの衝撃発言に、我を忘れてアルドラーシュの胸ぐらを掴んでしまっていたようで、驚くほど近くに彼の顔があり慌てて手を放す。
驚きと、困惑、他のいろいろな感情で心臓がドッドッとうるさく鳴っていた。
空気化するのに長けた侯爵家使用人たちは微笑ましく二人を見守っています(*´▽`*)
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