31.ルルーシア・ヘイローは理由が知りたい
今回はとにかく会話が多い回となりました。
読み辛かったらすみません。
滲んでくる涙をぐっと堪え、顔を上げる。
私はきちんと笑えているだろうか。
「ありがとう」
私がそう言うと、アルドラーシュは驚いたようなお顔をした。
「……なによ」
「いや、なんでもない」
それからアルドラーシュは私をサルヴィア様から自分の背に隠すように前に出ると「母上、もうルルーシアを返してもらってもいいですよね?」と言った。
「返すって、ルルーシアさんはアルのものじゃないでしょう?」
「母上のものでもありません。今日我が家にルルーシアを招いたのは俺です」
「まあ、呆れた。招待ではなく無理に連れてきただけでしょう」
サルヴィア様はアルドラーシュの言葉に肩をすくめると「まあいいわ」と言った。
「もういいわよ、べつにアルの邪魔をしたいわけではないしね。頑張りなさい」
「……行こう、ルルーシア」
ソファに掛けたままそう言ったサルヴィア様に背を向け、アルドラーシュは私の手を取って歩き出した。
慌ててサルヴィア様に頭だけ下げて挨拶すると、彼女は優雅に手を振っていた。
広い侯爵邸をアルドラーシュに手を引かれ連れて来られた部屋のテーブルにはすでにお菓子や軽食が並んでいた。
あとは私たちが座ってお茶を出すだけといった感じだ。
いつものようにアルドラーシュが引いてくれた椅子に腰を下ろし、向かいの席にアルドラーシュも座ると、彼はふうっと息を吐いた。
「だいぶ待たせたでしょう? ごめんなさいね」
「いや、ルルーシアは悪くない。どうせ母が盛り上がりすぎたんだろ?」
あれほどやりすぎるなと言ったのにとアルドラーシュがぼそっと文句を口にした。そしてそのまま私を見ると「でも、待った甲斐があった」と言って笑った。
「お化粧もしてる?」
「……してるけど」
「普段のルルーシアもいいけど、そういうのも少し雰囲気が変わって可愛いな」
アルドラーシュの言葉に顔が熱くなる。
「も、もう、そういうこと簡単に言うのやめてよ!」
「やめない。俺はもうルルーシアへの気持ちを隠さないって決めたし、本当にそう思ってるから。それに簡単にっていうけど、こんなことルルーシアにしか言わないよ」
「なんでよ!」
「ルルーシアのことが好きだから」
「だ、だからそれが、どうしてなのよ……」
「それを話すために今日ルルーシアを連れてきたんじゃないか」
そうだった。
オシャレな洋服を着るためでも甘い言葉を囁かれるためでもなく、なぜアルドラーシュが私なんかを女性として好ましく感じているのかを聞くために今日会う約束をしたのだ。
「うーん、どこから話そうかな。ルルーシアが一番気になってるのはどうして自分なのかってことだよな?」
「そうよ」
考えてもわからなかった。
私に魅力があるなしを除いて考えてもやっぱりわからない。
「そもそもアルドラーシュとまともに関わるようになったのだってほんの少し前のことなのよ? それなのにどうしてって思うのは自然なことでしょう?」
アルドラーシュは私が気づかなかっただけだと言ったし、ソフェージュ様もずっと前からアルドラーシュの気持ちは私に向いていたと言っていた。
「あなたとは一年の時から同じクラスだけど、謎シシリを見つけるまではそんなに喋ったこともなかったじゃない」
「そうだな。どちらかと言えばルルーシアは俺のこと嫌っていたし」
「…………」
「おい、否定してくれよ」
「……嫌ってわないわ。腹が立っていただけよ」
アルドラーシュに、というのもあるけれど、それ以上に頑張ってもなかなか勝てない自分が情けなくて腹が立った。
あとは、絶対努力しているくせに何でもないような顔をして良い成績を修めるアルドラーシュにも。
「そういうところなんだよ」
「何が?」
「ルルーシアの好きなところ」
「はあ?」
怪訝な表情を浮かべているであろう私とは対照的に、アルドラーシュはその顔に笑みを浮かべている。
「ルルーシアは昔から俺の努力を疑ってないだろ?」
「当たり前でしょう? これっぽっちも努力していない人なんかに私が負けるわけないじゃない!」
「ぶふっ……!」
力強くそう言った途端にどこからともなく聞こえてきた笑い声を頼りにそちらを見ると、壁際に控えているロビンさんが肩を震わせていた。
そして目の前のアルドラーシュも。
「ふっ、くく、あー、やっぱり君って最高だよ」
「何よ、馬鹿にしてるの!?」
「してない、してない。その言葉がまた聞けて嬉しくは思っているけど」
「……また?」
「そう、まあ直接言われたわけじゃないけど。でも、その言葉で俺の中でルルーシアが特別になった」
アルドラーシュは嬉しそうに目を細めると、懐かしそうに過去の話を始めた。
それによると、始まりは一年の時の小試験の後。
その時もアルドラーシュに負けてしまった私が他の生徒に馬鹿にされていたらしい。
「俺は教室にいて、ルルーシアは廊下にいたみたいだから姿は見てないんだ。でも、『努力しても、圧倒的才能の持ち主で天才のシシリ様には敵わない』って言われてた。俺は努力なんかしなくても君に負けることはないんだって」
「はあ? そんなわけないじゃない」
「そう、そんなわけないんだ」
その頃のアルドラーシュは私がどんどん追いついてくるから陰で必死に努力していたらしい。
そんな素振りは見せなかったからその事実を知って少し嬉しくなる。
私の努力もやはり無駄ではなかったのだ。
「やっぱり! アルドラーシュったらいつもしれっと良い成績を取るんだもの。涼しい顔の下でそんなふうに焦っていたなんて、ふふ」
「うわ、嬉しそうだな」
「当たり前よ! でもその必死さを見せてくれていたらアルドラーシュへの態度ももう少しマシだったかも」
私は必死でアルドラーシュに勝とうとしているのに、相手にもされていないようだったのが悔しくてムキになっていた節はある。
「それは、あの当時は見せてはいけないものだと思っていたんだ」
「見せてはいけないもの?」
何を? 努力を? どうして? と首を傾げる私にアルドラーシュは頷く。
「アルドラーシュ・シシリは天才でなければいけない」
「は?」
いったい何を言い出すのかと眉を顰めると、アルドラーシュは苦笑を漏らした。
「そう思ってたんだ。周りのみんなが思い描いているように、優秀な両親と兄を持つシシリ侯爵家の末子として自分もそうでなければいけないと……本当にそう思い込んでた」
誰にも強制なんかされていない。
両親だって頑張りは褒めてくれても、上位でなければいけないと言われたことも、それができなくて落胆されたこともない。
それでもそう思っていたのだと自虐的にアルドラーシュは笑った。
だから学園で私たちの会話を聞いた時、やはり自分は努力している姿なんて見せてはいけないし、なんでもあっさりとこなさなければいけないのだと思ったそうだ。
それと同時に、私の努力が無駄だと馬鹿にされたことで自分の努力も同じように否定されたような気分になったらしい。
「何それ。あなたって本当に結構面倒な性格してるわよね」
「……今そういうこと言うか? まあいいけど。とにかくその直後にルルーシアが言った言葉がさっきの言葉だったんだ」
「『努力していない人に私が負けるわけがない』?」
「ああ。もう少し正確に言うと『シシリ様だって絶対に陰で努力している。私がただの天才なんかに負けるわけがない』って」
客観的に聞くと、私はどれだけ自分に自信があるのかと思われても仕方がない。改めて聞くとなかなか恥ずかしいことを言っている気がする。
これのどこにただの同級生から"特別"に昇格する要素があったのかわからない。
「それで、極めつけは『シシリ様のすごさをそんな言葉で片付けないでちょうだい』って。これで完全にやられた。その時は気づいてなかったよ。ただ、俺の努力を認めてくれる人がいるって、天才じゃなくてもそれでもいいんだって、勝手に感動してた」
アルドラーシュは懐かしむようにそう言って笑った。
その笑顔は学園にいる時のような笑みではなくて、心から笑っているのがよくわかる笑みだった。
「その後からなんだ。やたらとルルーシアのことが目に入って、君のことを考える時間が増えて、ああ、俺はルルーシアのことが好きなんだって気づいた。話しかけてそっけなく躱されても話せた日は嬉しかったし、君のライバルでいるために励むのも楽しかった。変装してスイーツ店に行っていたことがバレたのは予定外だったけど、それをきっかけにルルーシアと仲良くなれてどんなに嬉しかったか」
そんなふうにアルドラーシュは言ってくれるけれど、私のその言葉はべつに彼のことを思って言ったわけではない。
あまり覚えていないから、恐らくだけれど。
「あの、あのね、アルドラーシュ。ものすごく好意的に受け止めてくれているのに申し訳ないんだけど、その時の私ってべつにあなたのことを考えて言ったわけではないと思うのよ」
ただ単純に、自分はこんなに頑張っているのに努力もしていないような人に負けたなんて思いたくないと考えたに違いない。
もしもアルドラーシュがまったく何もせず、ただの天才というだけで自分の上を行くのなら、私の頑張りは何だというのか。
そんなことがあってたまるか、そんなの認めたくないというただの負け惜しみだ。
「今も、昔も、単なる負け惜しみから出た言葉で、アルドラーシュに感動してもらえるようなそんな立派なものじゃないわ」
負け惜しみ、そして自分に言い聞かせるための言葉。
決してアルドラーシュのためではないのだ。
私が申し訳なさからそう言うと、アルドラーシュは首を横に振った。
「そうかもしれない。でも、それでもいいんだ。あの時のルルーシアの言葉で俺が救われたのは事実なんだから」
救われたなんて大袈裟な、と言いかけてやめる。
あの時アルドラーシュがどう受け止めて、どう思ったかなんて、そんなことは彼にしかわからない。
そう思ったけれど、一瞬でも私が考えたことはアルドラーシュにはお見通しだったようで、「救われた、なんて大袈裟だと思うか?」と言って苦笑する。
「でも本当に心が軽くなったんだ。ルルーシアが何て言おうとそれは変わらない。あの時から君は俺の特別だ。ずっと、ずっと好きだった」
アルドラーシュが私の目を真っすぐに見て言う。
「ルルーシア、これで君が知りたかった答えになったかな?」
そう言って彼は照れたように笑った。
読んでいただきありがとうございます。
アルドラーシュ頑張りましたー(*´▽`*)
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