30.ルルーシア・ヘイローは着せ替え人形になる
いいね&誤字報告に評価などありがとうございます。
「いい! これもいいわ! ああでも、あれも似合いそうね。ファナ!」
「はい、奥様。さあ、ルルーシア様」
「はいぃぃ」
侍女のファナさんに手を引かれ、私は何度目かわからない衝立の向こうへと連れて行かれる。
あの後侯爵夫人様から言われたのは「今からここにあるお洋服に着替えてもらうわ」だった。
その言葉に自分の着ていた服があまりにもこの場にふさわしくないものだったのだと、慌てて頭を下げようとした私に、続けて侯爵夫人は言った。
「そうそう、理由ね。あの子ったらどこへ行くとも教えずにここへ連れて来るっていうんですもの。ルルーシアさんも驚いたでしょう? しかも自分だけいつもの街歩きの格好ではないのよ? 本当に女心がわかってないわ」
困った子だと言いながら侯爵夫人は頬に手を当て溜め息をついた。
「その格好でも十分可愛いとは思うけれど、ルルーシアさんもさすがに落ち着かないでしょう? だからお着替えしましょう? 前から磨き甲斐のありそうな子だと思ってたのよ! 楽しみだわ~」
「は、い? あの、それは」
「可愛らしい格好は嫌い?」
「嫌い、ではないです。けれど、私には」
「きっと似合わない」そう言おうと思ったのに、侯爵夫人はにこりと微笑んで「良かったわ!」と言った。
「そういうものも絶対似合うと思うのよ! 色は、そうねぇ。薄いピンクなんていいわね」
そんな女の子らしい格好が自分に似合うだろうか。いや、似合うわけがないと思う私を侯爵夫人は衝立の奥でフリルの使われた淡いピンク色のワンピースに着替えさせた。
そして絶対に可笑しいはずだと思う私がおずおずと出て行くと、侯爵夫人は手をパンと合わせて「まあ、可愛い!」と言った。
それを聞いて私はぽかんとしてしまった。
だって予想と違う言葉だったから。
予想では「……ちょっと思っていたのと違ったわね」とか「違うものを着てみましょうか」なんて言われると思っていたのだ。
「可愛いわ~。それにする? あ、でもそっちのも着てほしいのよね」
あれもこれもと楽しそうにファナさんと話している侯爵夫人を見て、今の言葉はお世辞ではないのかもと思い、着替えを手伝ってくれたメイドを見れば「よくお似合いです」と微笑まれた。
(本当に、似合っているのかしら。……そうだったら嬉しい)
侯爵夫人が嘘を吐く理由がない。
そしてあんなに楽しそうな姿が偽りだとも思いたくない。
同性に言われたからなのか、それともアルドラーシュの母親に言われたからなのか、どうしてかわからないけれど信じたいという気持ちになった。
そう思うと、せっかくこんなに素敵なものを着る機会を得たのだから、楽しまなければ損だという気になってきた。
「ルルーシアさん。今度はこれを着てみてくれない?」
侯爵夫人にそう声をかけられて、私は笑顔で「はい」と答えたのだった。
そうれがもう一時間も前のこと。
次から次へと着せ替え人形のようにいろいろな服を試した結果――疲れた。
とても疲れた。
(たくさんのお洋服を持つ子を羨ましいと思ったこともあったけど、多いのは多いので大変なのね)
選択肢が多すぎるというのも大変だということを知った。
学園に制服という決まった服があって本当に良かった。
「あの、サルヴィア様、そろそろ……」
着せ替え途中で自分のことはサルヴィアと呼ぶようにと言われたので、畏れ多くも侯爵夫人をサルヴィア様と呼ばせてもらうことになった。
サルヴィア様はファナさんに時間を確認するととても残念そうな顔をした。
「もうそんな時間? もう少し楽しみたかったのに……」
「奥様、また機会はありますから」
「そうね! 次の楽しみに取っておきましょう」
ファナさんの言葉に明るさを取り戻すサルヴィア様。私はといえば、またこれをやるのかということに驚いた。
「残念だけどそろそろ終わりにしましょうか。ルルーシアさんは気に入ったものはあった?」
今回着させてもらったものはどれも素敵だった。
可愛いものから綺麗なものまでいろいろだ。その中でも一番気に入ったのは薄い水色のワンピース。
わずかに立ち上がった襟と手首の袖口には控え目なフリルが施してあり、可愛らしい。
いつもの私ならまず選ばないデザインだけれど、もっとたくさんフリルやリボンが付いた服を散々見た後では、これくらいなら大したことないと思えてしまうから不思議だ。
しかもみんなが「可愛い」「似合っている」と大袈裟に褒めてくれるものだから、案外悪くないんじゃないかとその気になってしまった。
再びそのワンピースに袖を通し、ふわふわと纏まりのなかった髪も緩く編んでもらいサイドから垂らす。
仕上げに薄くお化粧をしてもらえば、いつもと違う自分が出来上がった。
「うわぁ……!」
あまりの出来の良さに驚く。
嬉しくなってサルヴィア様たちを見ると、目を細めて頷かれた。
「なんて、なんて素晴らしい腕なのでしょう……! さすが侯爵家にお仕えする方々ですね! ありがとうございます!」
自分でやってもこうはならない。
素敵に仕上げる特殊な魔法でも使ったのではないかと思いたくなる出来映えに感心してそう言った私に、サルヴィア様は苦笑を浮かべた。
「たしかにこの子たちは優秀だけど、ルルーシアさん自身が可愛いからさらに良くなったのよ?」
サルヴィア様の言葉にファナさんたちも頷いてくれて、本当にみんな優しいなと思っていたところに扉をノックする音が響いた。
「母上、まだですか? いい加減ルルーシアを解放してください」
扉の外から聞こえてきた声に、サルヴィア様は肩をすくめた。
「あらやだ。女性の準備が待てないなんて駄目な子ねぇ」
サルヴィア様はそう言うが、二時間近くもよく待ったほうだとは思う。
私も今日の本題はアルドラーシュの話を聞くことだったことを忘れるところだった。
「いいわ。入れてあげて。アルがルルーシアさんを見てなんていうか楽しみだわ」
「え……?」
そうだった。
着替えたということは、この姿をアルドラーシュにも見られるということだ。
(え? この姿をアルドラーシュに? ちょっと待って)
持て囃されて調子に乗ってこんな格好をしてしまったけれど、中身は今までと同じルルーシア・ヘイローなのに。
「母上、あまり無理はさせないようにとあれほど――」
心の準備もできないままに、部屋に入ってきたアルドラーシュの視界に入り、思い切り目が合ってしまった。
そしてその途端に動きを止めたアルドラーシュに、過去の嫌な思い出が頭をよぎり、少し褒められて浮かれてこのような格好をしたことを後悔した。
そう、あの時だってそうだった。
いつもより着飾って可愛らしい格好をして、家族に可愛いと褒めてもらって嬉しかった。
男の子っぽい格好も楽で嫌いじゃないけれど、物語のお姫様のような格好もしてみたかった。
少しだけそれに近づけたと思ったのに、同年代の男の子から言われた言葉は「似合ってない」だった。
もうあんな思いはしたくない。似合わない格好なんてせず、身の丈に合った格好をしようと決めたはずなのに。
(馬鹿ね、私。……恥ずかしい)
少し褒められたくらいで何を勘違いしたのだろう。
私は何も学習できていない。
恥ずかしさと情けなさから顔に熱が集まるのがわかった。
「お、おかしいわよね。やっぱり元の格好に――」
「か、可愛い……」
「……へ?」
聞こえた言葉に思わず顔を上げると、そこには顔を手で隠し、天を仰いだアルドラーシュがいた。
「あー……どうしよう、すごく可愛い」
「アル、ドラーシュ?」
「いや、いつも可愛いんだけど、なんていうかまた違った可愛さというか、そう来るかっていうか……あーもう」
様子のおかしいアルドラーシュに声をかけると、彼は視線を私に戻して捲くし立てるようにそう言った。
そして、はにかんだように笑って「とにかくすごく可愛い。よく似合ってる」と言った。
その笑顔を見た時、なぜか胸がぎゅうっと締めつけられるような感覚になった。
(ああ、駄目。泣きそう)
うつむき、胸の前で手を握りしめる。
可愛い、似合っていると言ってくれたアルドラーシュの言葉がじわじわと沁み渡るように身体に広がっていく。
いつもだったら「はいはい、お世辞をどうも」と軽く受け流しているはずなのに、なぜか今は同じように返せない。
(どうしてこんなに温かな気持ちになるの? どうしてこんな……)
泣きたい気持ちになるのだろう。
なぜアルドラーシュの言葉を嬉しいと思うのだろう。
(嬉しい……嬉しい? そうか、私、嬉しいのね)
今までだったら男性に言われてもまず信じない言葉。
けれど今はなぜか素直に受け取ることができている。
なぜか。
散々サルヴィア様やファナさんたちに褒めてもらえたから?
本当にそうじゃないかと思い込んでいるだけ?
それとも相手がアルドラーシュだから?
彼が私に好意があると言ったから?
(……きっと、そうじゃない。いえ、そうかもしれないけど)
けれどそれがすべてではない。
もちろんアルドラーシュの気持ちを知ったからというのもあるだろう。
けれど、それ以上に、今の彼の表情や言葉に嘘がないと思えるから。
だから心が震えるのだ。
アルドラーシュのドストレートパンチが決まったぁぁー!!
かもしれない(笑)
彼の攻撃はまだ続きます。
読んでいただきありがとうざいます。
感想や評価などいただけましたら幸いです。
よろしくお願いしまーす!




