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3.ルルーシア・ヘイローは家訓に従う

 

 カランカラン――


「いらっしゃいませ~。お二人様ですか? お席はご自由にお選びください」

「ありがとうございます。あの、あまり目立たない席ってありますか?」

「奥に個室もございますよ。外はご覧になれませんが、そちらでよろしいですか?」


 このお店はテラス席もあるくらい周りの景色が良い。

 店の中を見てみても窓際の席からうまっていっているようだった。

 本当なら私もそちらの席を選びたいところだけれど、今はこの謎シシリと一緒だ。

 聞きたいこともいろいろあるし、落ち着ける場所のほうが良いだろう。

 窓際の席はまた来た時に座れば良い。次の楽しみが増えるというものだ。


「個室だとお値段変わったりしますか?」

「いいえ。特に個室料金はいただいておりませんのでご安心ください」

「ではそちらでお願いします。シシリもそこでいい?」


 振り返ってシシリを見れば、なんとも言えない表情で私を見ていた。


「あれ? 窓際とかの席のほうが良かった?」

「いや、ヘイローがいいなら俺もそこでいいよ」

「そう?」

「ではご案内いたしますね。こちらへどうぞ」


 店員に案内されて店の奥にある個室に入ると、そこにはとても素敵な空間が広がっていた。


「うわぁ! シシリ、見て見て。とっても素敵じゃない? あの照明とかもあまり見ない形よね!」

「そうだな。でも少し落ち着こうか」


 興奮のあまりシシリの袖を引っ張っていた私の手をそっと下ろし、シシリは苦笑いを浮かべる。


「あ、そうね。ごめんなさい。こういう内装好きなの」

「いや、大丈夫。とりあえず座ろう」


 そう言ってシシリは私のためにイスを引いてくれる。紳士だ。紳士がここにいる。

 思わずシシリを見れば、彼は何でもないように「どうした?」というので私は大人しく「ありがとう」と言って座った。


(な、なんかむず痒いわね。変な感じ)


 私がもじもじしている間にシシリは店員からメニューをもらっていたようで、いつの間にか部屋には私とシシリしかいなくなっていた。


「ヘイロー、飲み物とセットにするとこの値段でタルトが二つ選べるらしい。あと限定タルトまだあるって。良かったな」


 シシリはにこにこと微笑みながら私にメニューを手渡す。

 なんだか学園にいる時の人形のような笑顔とは違う感じがして落ち着かない。


「どうした?」

「べつに~。普段からそういうふうに笑えばいいのに。そっちのほうがいいわよ」

「え? 俺、今笑ってた?」


 シシリは驚いて口元を手で覆った。

 笑っている自覚がなかったのか。怖いな。


「まあでも笑いたくなる気持ちもわかるわ。だってこんなに美味しそうなんですもの。シシリ本当に甘いもの好きだったのね」


 好きなもの目の前にしたら誰だって幸せな気分になるというもの。彼は本物の甘党に違いない。

 私だって今とても幸せな気分だ。そこにシシリがいるのは変な感じだけれど。


「好き……まあ、そうだね。そうそう、注文が決まったらこのベルで呼べばいいらしい。ヘイローはどれにする?」

「そうねえ、まず限定タルトは外せないでしょ? あともうひとつ選んでセットにして――」



 私たちは二人ともセットにし、タルトの美味しさに舌鼓を打った。

 今は紅茶のおかわりをしてゆったりしているところだ。

 なんとこのお店は紅茶のおかわりが自由だった。すごい。


「は~、美味しかった。あと二つは余裕でいけるわね」

「そこまで? でも本当に美味しかったな」


 シシリが私の発言に笑いながら同意する。

 やっぱり美味しいものは良い。

 笑顔が増える。誰が食べても美味しいものは美味しいのだ。


「こんなに美味しいものはみんなも食べるべきよ。だからシシリ、男だからってべつに恥ずかしがることはないんじゃない?」

「うーん、さっきもちょっと言ったけど、べつに恥ずかしくて秘密にしているわけじゃないんだ。ただバレたくないだけ」

「どういうこと?」

「甘いものが苦手だということにしておいたほうが、いろいろと都合がいい」

「いや、だからどうして?」


 言葉の意味が理解できない私に、シシリはなぜ甘いもの好きを隠しているかを話してくれた。

 それは私にとっては意外な理由だった。

 なんと一番の理由は女性たちからの誘いを断るためだと言ったのだ。


「あとはプレゼントとかもね」

「何それ」

「いやいや、本当に大変なんだよ。毎日のように誰かしらに誘われて」

「贅沢な悩みねえ」


 人によっては羨ましがられる話だが、シシリにとっては違うらしい。

 女性たちに一緒に行こうと誘われるのは格式高い店ばかり。それこそ貴族が恋人との逢瀬で使用するような。

 そんなところに行ったらどんな噂が立つかもわからない。


「それは……大変ね。でもシシリだしね。仕方ないといえば仕方ないわよ」


 いつも私の前に立ち塞がって憎らしくもあるけれど、シシリは人としてはとてもできた人間だと思う。

 しかもたしか婚約者や恋人もいなかったはず。それは狙われるわ。


「シシリは容姿端麗で頭も良くて、剣の腕前もあるし、さらには侯爵家の人間でしょう? そのうえ性格もいいんだもの。女性人気が高いのは当然よ。しかもあなた婚約もしていないじゃない? それはみんな必死になるってものよ。そうでしょう? ……ってどうしたの?」

「……なんでもない」


 シシリは顔を両手で覆い指の隙間からちらっと私に目をやった。


「なによ?」

「いや、すごく褒められているなと。君にそんなふうに言われるとは思わなかった」

「事実なんだから仕方ないじゃない。それに私、いつもあなたに負けて悔しい気持ちはあるけど、べつに嫌いってわけじゃないもの」

「……俺はてっきり嫌われているのかと。この前も俺のことを敵って言っていたし、普段はあまり話しかけてこないじゃないか」

「バカね。敵は敵でも好敵手じゃない。ライバルというやつね」

「ライバル」

「そう。それに普段話しかけないのは面倒だからよ。あ、シシリが面倒ってことじゃないわよ? あなたに声をかけるとうるさい人たちがいるから」


 だからこんなにゆっくりシシリと話すこともなかったのだ。

 こんなに話しやすい人だとは思ってなかった。もっと貴族然とした人だと勝手に思っていたのだ。

 想像よりも気さくで軽口も叩くし、学園にいる時よりも同級生という感じがする。


「今日はここでシシリに会えて良かったわ。あなたにとっては災難だったかもしれないけど」


 ふふっと笑ってそう言えば、シシリもくしゃっと笑って「俺も」と言った。


「……俺もここで君に会えて良かった。見つかったのがヘイローで良かったよ」

「ふふっ、嬉しいこと言ってくれるじゃない」

「嘘じゃないよ。それにしても、へイローは俺のこの話し方とかに関して何も言わないんだな。ガッカリしたとか」


 シシリの言葉に思わずきょとんとしてしまう。


「なぜ?」

「なぜって……」


 たしかにいつものシシリとは違うけれど、それがなんだというのだ。


「言葉遣いや見た目が変わってもシシリはシシリじゃない」


 私がそう言うと「ははっ、やっぱりヘイローすごいな」と笑った。

 そして言うのだ。他の人はもっと見た目や肩書きを気にすると。


「ヘイローもさっき見ただろ? この風貌にしただけで人が寄って来なくなるんだ。普段は嫌ってほど寄ってくるのに」

「……嫌だったの?」


 いつも人に囲まれているのに。


「……嫌ってわけではないけれど、時々考えるんだ。もし自分がこの見た目じゃなかったら、侯爵家の人間じゃなかったら、みんな今と同じように接してくれていただろうかって」


 爽やかな笑顔の下でそんなことを考えていたのか。


「あなた、結構面倒くさいわね」

「うわ、ひどいな。結構真面目に言ったのに」


 シシリはわざとおどけたようにそう言った。


「さて、そろそろ出ようか」

「あ、そうね。思ったより長居してしまったわ」


 来た時のようにシシリが私のイスを引いてくれる。

 イスから立ちながら「楽しい時間って過ぎるのが早いわね」と呟くと、シシリがぽかんとした表情で私を見ていた。


「な、何よ。悪かったわね。無理やり付き合わせちゃって」


 急に恥ずかしくなりそう言った私に、シシリは慌てた様子で「違う! 俺も、俺も楽しかった」と言ってくれた。


 なんだか気恥ずかしい空気を感じながら、個室を出て会計場までやって来る。

 お財布を出していると、シシリがなぜか店員からお金を受け取っていた。

 お金を支払う場所で逆にお金を受け取るシシリ。なぜ。

 意味がわからず怪訝な顔でシシリを見ていると「行こう」と声をかけられる。


「あ、待って。私のお会計」

「大丈夫。もう済んでる」

「え?」

「ほら、行くよ」

「え、ちょっと、ちょっと待ってよ」


 店の扉を開け出ていくシシリの後を慌てて追いかける。

 そしてやって来たのは先ほども来た公園。


「もう少し話さないか?」

「それはいいけどその前に私の分のお会計」

「いいよ。今日は俺に払わせて。俺の秘密の口止め料も兼ねて」

「心配しなくても誰にも言わないわよ? まあでも奢ってもらえるならありがたく奢られるわ。どうもありがとう」


 私が笑顔でそう言えば、奢ると言ったはずのシシリが少し驚いた顔をしていた。

 もしかして、自分で払うと押し通したほうが良かったのだろうか。


(図々しい女だと思われたかしら)


「あ、すまない。それでも自分で払うとごねられそうだと思っていたから少し意外で。あと3手くらい口実を用意してたんだが」

「ごねるって……シシリの私の印象ってそんななの?」


 ずいぶん子供っぽいというかなんというか。思わずムッとしてシシリを軽く睨む。


「そんなことしないわよ。大体、ヘイロー家の家訓は『いただける施しは遠慮なく受け取るべし。ただし、不審なもの除く』よ!」

「……すごい家訓だな」

「そう、すごい家訓なのよ」


 他の貴族家には絶対ない家訓だろう。

 なんでもヘイロー家が爵位をいただくよりもずっと前の時代にいろいろあったらしく、「無駄なプライドじゃ腹は膨れない」とか「すべては命あってのもの」とか「物でも気持ちでも、もらえるなんてありがたい。優しい人よ、ありがとう」ということになったらしい。

 それがド田舎とはいえ、伯爵家となった今でも家訓として残しているのだからおかしな家だと思う。


「とにかく、そういうわけだからありがたく奢られるわ。ごちそうさま」


 この時のシシリは苦笑とも言えないなんとも面白い顔をしていた。



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