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あなたと私の美味しい関係  作者: 眼鏡ぐま


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29.ルルーシア・ヘイローは落ち着けない

いいねや誤字報告&評価などありがとうございます。

 

 ガタガタと揺れはするけれど、中に敷かれた上質なクッションのおかげでそこまで振動は気にならない。

 そんな、外は平凡、中は上質なシシリ侯爵家の馬車に私は揺られている。


「ちょっと、そろそろどこへ行くか教えてくれてもいいんじゃない?」

「まあ着いてからのお楽しみってことで」

「もう」


 学生寮の前まで迎えに来ると言ったアルドラーシュを説き伏せて、なんとかいつもの公園での待ち合わせにさせた。

 公園で行き先を教えてくれず、馬車に乗せようとするアルドラーシュに「好い返事を返すまで軟禁するつもりじゃないでしょうね?」と言ったらひどく悲しい顔をして、「君、俺のことなんだと思ってるんだよ……」と言われた。

 ほんの冗談ではないかと言えば、冗談でもそんなふうに言われたら傷つくと返された。

 言ってはいけない冗談だったらしい。

 たしかに犯罪者のような扱いを受けたら悲しくなっても仕方がない。

 むしろ怒られなかったのはアルドラーシュの懐が深いからだろう。

 ちなみに今日も一緒にいたロビンさんは肩を揺らして笑っていた。

 しかし、そんなくだらない会話をする前に気づくべきだったのだ。

 迎えの馬車にいたアルドラーシュが変装をせずにいた理由に――。



 やがて馬車が停まり、アルドラーシュから差し出された手を取って降りると、目の前の光景に目を疑った。


「……アルドラーシュ?」

「なに?」

「私の目がおかしくなってなければ、ここはシシリ侯爵邸に見えるのだけど?」


 王都に出てきたばかりの頃、王都の一等地に居を構えられる貴族のお屋敷ってどんなだろうという好奇心から見に来たことがあるシシリ侯爵邸。

 自分も一応貴族だろうがという言葉は聞きたくない。

 遠目で見たあの時よりもその作りの重厚感がよく見て取れる。

 門の向こうはこんなふうになっていたのね、なんてとてもじゃないけれどそんなのん気なことを考えている場合ではない。


「大丈夫、おかしくなってないよ。ようこそシシリ侯爵家へ」

「……馬鹿なの?」


 ようこそじゃない。

 なぜここに来た。

 そのキラキラしい笑みに誤魔化されると思っているのか。

 私の今日の服装は街に溶け込むちょっと裕福な平民程度のワンピースである。

 とてもじゃないけれど、侯爵家に遊びに来るような服装ではない。そもそも遊びに来るような場所ではない。

 物事には順序と準備というものがあると思う。

 いや、本当に。変な汗が出てきそう。


「絶対馬鹿でしょう!? ようこそじゃないわよ! ふざけるんじゃないわよ!」


 アルドラーシュの肩をガッと掴んでゆさゆさと揺さぶるが、彼は平然と笑っている。


「嫌だなあ。ふざけてなんかいないよ。ゆっくり落ち着いて話ができるところって考えたらうちだったんだよ」

「そりゃ、あなたは落ち着けるでしょうよ!」


 私はまったく落ち着けない。


「そう怒るなって。ちゃんとルルーシアの好きなスイーツも用意してるんだ」

「何でもそれで許すと思っていたら大間違いよ!」


 たしかに気にはなるけれど!


「ゴホンッ!」


 言い合いをする私たちに呆れたようにロビンさんが咳払いをし、エントランスの扉のドアノブに手をかけた。


「立ち話も何ですから中へどうぞ」


 ロビンさんの言葉にすかさずアルドラーシュは私の手を取り、空いた手で背中を押されて屋敷の中へと誘導した。


「ちょ、ちょっと」

「大丈夫、大丈夫。紳士的なエスコートの範疇だから」


 中に入るとそこに待ち構えていたメイド二人に、ロビンさんが「ヘイロー伯爵令嬢をあの部屋までお連れして」と告げる。


(え? なに? あの部屋ってなに!?)


 かしこまりましたと頭を下げて「こちらへ」というメイドたち。

 前と後ろに付かれて逃げ場なし。助けを求めるようにアルドラーシュを見れば、にこりと笑って一言。


「先に謝っておく。ごめんね、ルルーシア」


 その言葉に私は驚く。


(ごめんって何に対して? ここに連れてきたことじゃないわよね? じゃあ何? まだ何かあるの!?)


「今日はいないはずだったんだ。本当にそんなつもりじゃなかったんだよ」

「何が? ねえ、何が!?」


 怖い、怖すぎる。

 先が読めなさすぎて固まる私をメイドたちは「怖いことはないから大丈夫ですよ~」なんて楽しそうに私の腕を引いて歩きだし、アルドラーシュはそんな私に「また後で」と言って手を振った。


「ア、アルドラーシュの馬鹿ー!」


 初めて来た侯爵家のお屋敷ではしたない恨み節を響かせた私は引きずられるようにしてある部屋に案内された。


「お掛けになって少々お待ちください」


 そう声をかけメイドたちは出て行ってしまった。

 私は立派なソファに座り、部屋の中をキョロキョロと見回す。

 広い部屋の中ではあるがベッドなどはなく、奥に衝立らしきものが置かれている。そしてその周りには多くの衣類。

 夜会に行くような華美なものではなく、日中のお出掛けや、普段の生活できるワンピースなど、様々なものが揃っているようだ。


(素敵なものばかりだわ)


 普段の、とは言っても遠目でもわかるくらいには質の良さそうな生地に目が行く。


(ここまで案内してくれたメイドたちのお仕着せも良さそうだったものね)


 今自分が着ているワンピースと見比べて、苦笑が漏れる。

 このワンピースよりも遥かに上等そうなものだった。私が着ているものは既製品で、おそらく同じ型で数多く作られているものだ。

 上からすっぽりとかぶり、ウエストを太めのベルトで留めている。

 これの良い所は少しくらい体型が変わっても問題ないこと。つまり、丁寧に扱えば長く着ることができるということだ。

 パーティー用のドレスやオーダーメイドの品はやはり値段が高くなるので、普段はこういったものを着ている。

 それでも同じ物ばかり着続けるというのは貴族としてはあまり良くないらしいので、シンプルなものを購入して、それに徐々に装飾を加えていくなどして手直しをしている。

 私にとってはそれが当たり前で、それのおかげで刺繍の腕はなかなかのものだ。

 ヘイロー伯爵家にいる腕の良いメイドから教わったので自信を持ってそう言える。

 あまり裕福でないからそうせざるを得ないなんて可哀想、と言ってくる人もいるが、私は可哀想とも恥ずかしいとも思っていない。

 一針入れるごとにその服への愛着も湧くというものだ。

 けれど、だからといってお洒落な服に憧れが無いわけでもない。素敵なものを見れば素直にいいなと思ったりもする。

 思うだけならタダですから!

 いつかあんなドレスも着てみたいわね、などと思いつつ、あれだけの衣装があるということはここは衣裳部屋なのかと考える。

 しかし客人を案内する部屋としては些か不適切なような。


(はっ! もしかして「お前など客人なわけがなかろう!」ということ? まさかの放置!? アルドラーシュの「ごめん」ってそういう意味!?)


 いやいや、まさか、そんな。

 待っている時間が長くなるほどに不安が募る。

 そんなわけがないと思いつつも、先ほどの「ごめん」の意味がわからず落ち着かない。

 そもそも私は自分でシシリ侯爵家に突撃したわけではなく、アルドラーシュに連れてこられたのだ。

 そしてそれに対してアルドラーシュは謝る気はなさそうだった。つまり他に悪いと思うことがあるはずなのだ。


(なんなのよ~。……早く誰かこないかしら)


 部屋の中を勝手に歩き回るのも気が引けて、そのままソファでもじもじと待つこと数分。

 コンコンと扉がノックされ、私は思わず「ひゃいっ!」と舌を噛みながら返事をして立ち上がった。


「お待たせしたわね」


 開かれた扉からにこやかな笑みを浮かべて入ってきた一人の女性。

 言葉遣い、仕草、服装、周りの態度、そしてアルドラーシュによく似た面差し。


(うわぁ……お綺麗な方)


 間違いなくシシリ侯爵夫人、その人だ。


「アルドラーシュの母のサルヴィアよ」

「初めてお目にかかります。私は――」


 言いかけて止まった。

 今の私はアルドラーシュの何なのだろう。

 友人、ではある。けれど、それが正しいかと言われると、何と答えていいのかわからなくなった。


「――アルドラーシュ様と学園で共に学ばせていただいております、ルルーシア・ヘイローと申します」


 結局そう答えた私に、侯爵夫人はふふっと笑った。


「そう硬くならないで? 同級生で、アルの想い人のルルーシアさん」


 侯爵夫人の言葉に礼を取った姿勢のまま固まる。

 ギギギッと音が鳴りそうなほどぎこちなく顔を上げると、満面の笑みを浮かべた侯爵夫人と目が合った。


「驚かせてしまってごめんなさいね。私たち家族はみんな知っていることなのよー。ロビンも言っていなかった?」

「え……?(嘘でしょう? まさか侯爵夫人にも!?)」


 どこまで知られているかはわからないけれど、もしすべてを知っているのだとしたら。

 私は侯爵夫人の息子からの告白を断った女ということになる。

 サーッと血の気が引くのがわかった。


「あの、私……」

「それはそれとして!」


 何と返したら良いのかわからず俯きかけた私の顔を、侯爵夫人明るい声が引き上げた。


「ルルーシアさん。あなた、お好きな色は?」

「え? あの、淡い色合いのものが好きです」

「淡い色ね。それは赤でも青でも?」

「は、はい。派手な色でなければどちらも」

「なるほど。ファナ、聞こえてたわね?」


 侯爵夫人がそう声をかけると、壁際に控えていた侍女と思しき人がスッと前に出てきた。


「いくつか見繕って参ります。お任せください」


 侯爵夫人はその答えに満足そうに頷くと、また私に視線を戻した。


「アルったら直前になって、やり過ぎないようになんてうるさく言うものだから」


 やりすぎないように、とは。いったい何をする気なのか。


「あらやだ。立たせたままだったわ。とりあえず掛けてちょうだい」

「は、はい。失礼します」


 訳がわからないまま着席を促され、再びソファに腰を下ろす。

 そして始まった侯爵夫人のお話に、私は気が遠くなりそうになった。


お読みいただきありがとうございます。

騙し討ちのようですが、これくらい強引にいかないとルルーシアはのらりくらりと逃げようとするのがわかっているので致し方なく。

アルドラーシュにとっても本意ではありません。

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