27.ルルーシア・ヘイローはまたしても絡まれる
更新遅くなり申し訳ありません!
絡まれるといえばあの二人です。
「山猿! お前みたいな女がドレスを着たっておかしいだけだ!」
煩いわね、そんなことわかってるわよ。
「お前みたいな男女、誰も好きになんてなるもんか!」
そんなこと今さら言われなくたって知ってるわ。
何度も繰り返し思い出すこの言葉たち、過去に実際投げつけられた言葉。
そう、これは夢だ。
忘れかけた頃に夢に見る。
まるで、忘れるなというかのように何度も見た夢――。
「……最悪な目覚めね」
朝の陽ざしに眩しさを感じ目を覚ます。
時計を見るといつもよりも早い時間だった。
「本当に何度見ても嫌な夢ね」
久しぶりに見た夢が爽やかな朝だというのに心を沈ませた。
自分が好かれる意味がわからないと言いながら、もしかしたら本当にそうなのではないかと思ってしまったことが原因だろう。
(無かったことにできたと思っていたのに……駄目ね。やっぱり自分が一番気にしてるんじゃない)
幼い頃に投げつけられた自分を否定する言葉。
なまじ家族から大切にされ、可愛いと言われて育ってきただけに、当時の私には衝撃が大きかった。
言われた直後は苛立ちが大きかったけれど、私の代わりに兄弟が怒ってくれたしそれでスッキリした気持ちになっていた。
けれど時間が経ってから少しずつ私の心を蝕む、というほどでもないけれど、少なからず影を落とした。
自分はそんなに駄目なのだろうかという思いと、言われて悲しいという気持ち、家族以外から見たらそうなのかと素直に受け入れる気持ちと、悔しいという気持ち。
幼かった私にはそれらを上手く飲み込むことができなかった。だから気にしないことにしたのだ。
あんな言葉気になんかしていない、誰に何を言われたって私は私。
アリスに話した時だって、アルドラーシュに話した時だって、気にしていないと言った言葉に嘘はない。
(……いいえ、違うわね)
気にしていないから大丈夫、そう自分に言い聞かせていたのかもしれない。
あんな言葉に負ける自分じゃないと思いたかったのかもしれない。
(本当は自分が一番わかっているのよ。だから気にしていないって思いたい)
本当は今でもずっと引きずっているのだ。
アリスに言ったように、ちょっと引っかかっているなんてもんじゃない。心の奥底にずっしりと、ものすごく重く引っかかっている。
「……はあ、やだやだ。朝からどんよりしちゃったわ。別のこと考えましょ」
今日の朝食に果物は出るかしら、などと強制的に思考の行き先を変えて私はのろのろと身支度を整えたのだった。
◇◆◇◆◇◆◇
「聞いたわよ、ヘイロー。あなたみたいな人でも相手をしてくれる男性っているのねぇ」
「……」
「でもそのお相手って……ヘイローみたいに真っ黒な髪の地味で冴えない方なんですってね。とってもお似合いだわ」
「……」
朝の憂鬱な夢で忘れていたが、ウィンクル姉妹の行動はとても速かったようだ。
まだ昨日の今日、しかも昼だというのにこの二人にはもう昨日のことが耳に入ったらしい。
それにしても、昼食後教室に戻るところを待ち伏せだなんて、同じ教室なのだからそこで待っていれば良いのにご苦労なことだ。
「ねえ、その相手ってもしかしなくてもシシリ様のこと?」
隣にいるアリスから小声で聞かれたので「そうよ」と短く返す。
面倒くさいなという思いがうっかり表情にも出てしまったらしく、少し眉を顰めた私をいつもの二人は馬鹿にするようにくすくすと笑った。
いつもの厭味二人組、シュミレット伯爵令嬢スザンナとトドス子爵令嬢アマーリアだ。
「あなたみたいな人でも一緒にお出掛けしてくれる方はいたのね」
「良かったわね。でもお相手はどなたなのかしら?」
「あら、ご心配いただきありがとう。でもシュミレットさんとトドスさんが気にするような相手ではないわ」
この学園では女子生徒同士は名前で呼び合うことも多いのだけれど、この二人は私のことを毛嫌いしていて家名を呼び捨てにしてくるので私も家名で呼んでいる。
ちなみに男子生徒を呼ぶときは家名に様を付けることが多い。この男女間の差は何なのかと聞かれても、入学した時からずっとこれなのでわからない。
まあ今はそんなことどうでも良いのだけれど。
放っておいてくれという希望を込めて言った私に、二人はにやりと口角を吊り上げた。
「まあ~! 言えないお方なの? ふふ、もしかして平民の方なのかしら?」
「きっとそうね。馬車も家紋付きのものではなかったそうじゃない。ヘイローとお相手の服装もまるで平民のようだったとか。まあ乗合馬車でなかったようだから少しは裕福なのでしょうけれど」
いや、もうこのトドスさんの言葉には正直驚いた。
ウィンクル姉妹、あの一瞬で馬車の家紋までチェックしていたのか。どこから見ていたのかは知らないけれどすごい観察力だ。
「仮にも伯爵令嬢ともあろう方のお相手が平民……ふふ、でも仕方ないわよねぇ」
仮も何も、正真正銘伯爵令嬢ですけれど。
しかも平民だと思い込んで馬鹿にしている黒髪の男性はあなたたちの憧れのアルドラーシュ・シシリですけれど。
どうして素性もきちんとわからない相手を貶めることができるのか神経を疑う。わからないからこそ慎重にならなければいけないと思うのだけれど。
そんな呆れた視線を送っていると、珍しく言い返してこない私に気分を良くしたのかシュミレットさんは口の端をさらに吊り上げた。
「アリステラさんもそんな先のない方と一緒にいても実りは少ないのではない? もっと私達と交友を深めませんこと?」
何言ってんだ、こいつは。
はっ、いけない。呆れすぎてついお兄様のような言葉遣いになってしまった。
しかし本当に何を言っているのか。
もし本当に私の相手が平民だったとしても、先がないということはない。大体世の中の大多数が平民であるのにその言い方は宜しくない。
まあシュミレットさんは私のように平民街まで行ったりすることはなさそうだから、商売人以外は平民=基本貧しい、などと思っていそうだけれど。
食べ物だって服飾品だって貴族御用達のものとはまた違った良さがあるのに。
それはさておき。
アリスはいったいなんて返すのかと様子を窺えば、その顔には私に向けるものとは違う冷え冷えとした笑みが浮かんでいた。
「ルルーシアは私の大好きなお友達よ。私は私の価値観のもとにルルと一緒にいるのだから気にしないでちょうだい」
あなたたちと私の価値観は合わないわとでも言うようにアリスが目を細めると、シュミレットさんたちは頬を引きつらせた。
アリスは彼女の人となりを知っていれば面白い美人という印象だけれど、よく知らない人から見れば迫力のある美人だ。
どちらにしても美人なことに変わりはないのだけれど、猫のようなやや吊り上がった目や女性にしては高身長なこともあり何とも言えない凄みがある。
以前「面倒な時は相手をじっと見つめて微笑めばなぜかみんないなくなるのよね~。不思議ね~」などと言っていた。
まったく不思議だなんて思っていないし、なんなら意図的にやっているのだろうに面白い子である。
そんなアリスはさらに言葉を続ける。
「それにしても知らなかったわ。シュミレットさんとトドスさんもルルのことが大好きだったのね」
「そんなわけないじゃない! なんでそうなるのよ!」
声を荒げたシュミレットさんにアリスは不思議そうに「あら違うの?」と首を傾げた。
「だってあなたたちってしょっちゅうルルに構っているじゃない。今だって大した噂にもなっていない話を聞きつけてわざわざルルに確認しに来てるんだもの。ルルのことが好きじゃなければそうはならないでしょう?」
思わず吹き出しそうになった。アリスの厭味が炸裂だ。
けれど、たしかに彼女たちって何かある度に私に絡んでくるけれど、嫌いなら放っておいてくれれば良いのにと思わなくもない。
「でもルルにばかり構っていないでご自分のことも気にかけてあげなくちゃ駄目よ? あなたたちだってまだ正式なお相手は決まっていないでしょう? お二人ともご兄弟がいらっしゃるからどこかに嫁がなければならないでしょうし……早くお相手が見つかるといいわね」
「なっ……! 余計なお世話よ!」
「なんて失礼なのかしら!」
「あら、失礼なのはどちらかしら? 私の親友を馬鹿にしたり、見ず知らずの方を貶めて笑っているあなたたち? それともあなたたちのことを心配している私? 誰に聞いても答えは同じだと思うのだけれど」
アリスは始終笑みを浮かべたままさらさらと言葉を紡ぐ。対して二人は顔を赤くし唇を噛み締めている。
いや、これもう完全に勝負ありでしょう。
さっさと引けば良いのにシュミレットさんはどうにかしてアリスに言い返したいようで、「なによ! アリステラさんだってまだお相手がいないくせに!」と言った。
それに対しアリスは笑みを深めて言った。
「私、つい先日婚約が調ったの。残念だったわね」
「え?」
「え?」
「え!?」
その言葉に驚いたのは彼女たちだけでなく私もだ。
驚いてアリスを見れば、「ルルにはまた後で話すわね」と優しく微笑まれた。
「だからお二人はご自分のことだけ心配なさってね?」
アリスの言葉にシュミレットさんがカッと顔を赤くして口を開こうとしたとき、彼女たちの後ろから人が近づいてきたことに気づいた。
「あ、アル、シシリ」
「あら、ほんと。一緒にいるのはソフェージュ様かしら。ああ、ちょうどいいからさっきの質問お二人にしてみましょうか?」
ふふっとアリスが悪い顔で笑うと、シュミットさんとトドスさんはバタバタと逃げるようにその場を去った。
「あ~あ、つまらないの。あんなことしか言えないなら絡んでくるんじゃないわよ」
「つまらないって、アリスあなたねぇ」
先ほどとはまるで違うアリスの態度に思わず笑ってしまう。
「だっていつもルルに厭味ばかり言うじゃない?」
ずっと腹立たしく思っていたのだとアリスは言った。
「でもルルっていつも自分で言い返してるし、私が口を挟むのもな~って思ってたのよ。けれど今日はあちらから私を巻きこんでくれたでしょう? いい機会だと思ってね」
「いい機会って……でも、ありがとう。って、それよりも!」
婚約が調ったというのは本当なのかと問えば、本当だとアリスは言った。
なんでも以前一緒に行こうと言っていたパン屋リッシェルダに行けなくなった日が顔合わせの日だったらしい。
「それで、相手はどなたなの? 私も知っている人?」
「ええ、もちろん知っているわよ。アレよアレ」
「あれ?」
アリスがあれと言って指し示した先にいたのは、こちらに向かってくるアルドラーシュだった。
やっと厭味二人組の名前が出てきました(笑)




