26.ルルーシア・ヘイローは見られていた
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「どうした?」
馬車から降りたところで固まる私の背後からアルドラーシュが顔を覗かせる。
「ま、待って! 出てこないで!」
「え? なんだ、うわっ」
その身体を無理やり馬車に押し戻し、急いで扉を閉めた。
私のその不可解な行動に、扉の向こうとこちら側から疑問や抗議の声が上がった。
「なんだ? 急にどうしたんだよ? 危ないじゃないか」
「ごめんなさい! あの、いつもの公園だと思っていたから。待って! お願いだから出てこないで。また後で連絡するから今日は帰って」
アルドラーシュが開けようとする扉を押さえ、馬車から降りないように念を押す。
「あ、あの、何か問題がございましたか?」
私の行動におろおろと御者が狼狽えている。
ごめんなさい。気を利かせて寮まで送ってくれたあなたはまったく悪くないのです。
「いえ、私の問題なので気になさらないでください。送っていただきありがとうございました」
「は、はあ」
「それでは!」
御者にお礼を言い、私は急いで馬車から離れた。
(あの人たちに見られていないといいんだけど)
そう思いながら寮に入り、寮監に戻ってきたことを告げ自室に向かうその途中で私は会いたくない人物に会ってしまった。
「「み~ちゃった♪」」
ピッタリと揃った声で楽しそうに言ったのは、私と同じ寮生であるウィンクル姉妹だ。
二人揃って金色がかった茶色の髪を高い位置で左右で結い上げたウィンクル姉妹は見た目も行動もそっくりな双子の姉妹だ。
「青春って感じね♪」
「そうね、そうね♪」
「あ、あの……」
「「うふふふふ♪」」
意味深に笑うと、彼女たちは私の前からいなくなった。
(ああああ~、見られてたかぁ……)
その事実に私はがっくりと肩を落とした。
ウィンクル姉妹は悪い人たちではない。悪い人たちではないのだけれど、彼女たちは噂話が大好きなのだ。
それは聞くことに限ったことではなく、自ら発信する側でもある。
人々の話題の中心に上がるような大きな噂から、誰それの先生の奥様は字がとても綺麗らしいというような小さな噂まで、噂話の内容は様々だ。
先ほどの彼女たちの発言からしても、私が男性の乗る馬車で送られてきたという噂話をどこかでするのだろう。
ウィンクル姉妹のする噂話は決して悪意のあるものではなく、本人たちはただ知ったことを楽しんで周りに話しているだけなのだが、噂話にはいつの間にか尾ひれがついているのがよくある話で。
(私の話なんて大した噂にもならないでしょうけど……)
しかしこれは相手が誰だかわかっていなければ、の話だ。
もしも送ってくれた相手がアルドラーシュだと気付いていたら――考えただけでも面倒くさい。
(大丈夫よね? アルドラーシュは髪色を変えていたし……あっ!)
そういえば眼鏡は掛けていなかったことに気づく。
けれどあの一瞬でアルドラーシュだと判断するのは難しいだろう。
うん、きっと大丈夫。
希望も込めてそう自分に言い聞かせながら自室のドアを開いたところで共鳴石のブレスレットがふわっと光った。
こちらから連絡するとは言ったけれど、やはり先ほどの私の対応が気にはなるのだろう。待てずにアルドラーシュのほうから連絡が来てしまった。
「意外とせっかちなのよね」
いつも余裕がありそうなアルドラーシュの意外な一面に思わず笑いそうになってしまう。
「まあでも、いきなりあんな対応をされたらいったい何なのかって気にもなるわよね」
着ていた上着を仕舞い、イスに腰を落ち着けてから今度は私のほうから共鳴石に魔力を流すとすぐにアルドラーシュから反応があった。
『ルルーシア?』
「さっきはごめんなさいね、せっかちさん」
『……なんだよ、それ』
「だって後から連絡するって言ったのに」
『言ったけど、あれは気になるだろ? なんだったんだ?』
「あー……あのね、ちょっと謝らないといけないんだけど」
私はアルドラーシュにおそらく近いうちに今日のことが噂になるであろうこと、アルドラーシュの正体には気付いていないだろうけれど、もしかしたら迷惑がかかるかもしれないということを伝えた。
ウィンクル姉妹の存在と、今後予想されるであろうことを話し謝る私にアルドラーシュは心底不思議そうな声で「なぜルルーシアが謝るんだ?」と返してきた。
「え? だって」
『ルルーシアさ、やっぱり俺がさっき君に言ったこと本気にしていないだろ?』
「そ、そんなことないわよ」
声だけの通信だから顔は見えないはずなのに、アルドラーシュの不貞腐れた表情が見えた気がした。
『まあいいけどね。俺ももう遠慮する気はないし』
「え? それって……」
『だから俺はルルーシアと噂されてもまったく問題ないってこと』
なんなら今日私と会っていた相手が自分だとバレているなら好都合だとアルドラーシュは言った。
「は、はあ? 何言ってるのよ!」
『いや、さっき君と別れてから考えたんだよね。あれだけストレートに言っても駄目ならルルーシアが疑いようのないくらい俺が気持ちを伝えるしかないかなって』
だから今まで以上に私に構い倒すとアルドラーシュは言った。
愛情表現も惜しまないし、自分がどれだけ私のことを好いているのかをもっと伝えていくから覚悟しろと。
「か、覚悟って」
『はは、さすがに動揺してる?』
「し、してないわよ!」
『えー、駄目か。そこはしてほしいんだけど』
「もう! 揶揄わないで!」
『揶揄ってなんかないよ。俺のことを意識してほしいだけ』
「いっ、な……! もう! なんなのよ! 今までそんな素振り全然見せなかったのに!」
以前よりはたしかに仲良くなった。
けれどそれは友人としてのことだし、恋愛感情なんか見せなかったのに。
急にこんな積極的な態度を取られても困ってしまう。
私がそう言えば、アルドラーシュは笑って「それはルルーシアが俺のことをまったく意識してなかったから気づかなかっただけだよ」と言われてしまった。
『俺だってルルーシアを困らせたいわけじゃない。でもさ、俺が言わなかったら君は全然気づかなかっただろ?』
「う、まあ……」
たしかに気づいていなかったし、この先も気づかなかったと自分でも思うから否定できない。
『な? 俺もさ、今の関係を壊したくなかったから本当はまだ言うつもりはなかったんだ。でもローリンガムさんに言われてこのままじゃまずいと思って』
「え? アリス? アリスがあなたに何か言ったの?」
『あ、しまった』
「ちょっと、何を言われたのよ」
『……はは、いや、発破をかけられたというか、ちょっと助言を』
「……」
『このままじゃ駄目だって気づかされたって感じだな』
遅かれ早かれ気持ちを伝える気だったのは間違いない。
そしていつ言おうか、どう伝えようかと考えていた時に私のあの発言を聞いて、つい想いを口にしてしまったのだとアルドラーシュは言った。
「あの発言?」
『自分に対して恋愛感情を抱く相手なんていないってやつな。さっきも言ったけど俺にとってルルーシア以上に魅力的な子なんていない。可愛いと思うのも好きだと思うのもルルーシアだけだ』
「な、ちょっ……」
これは駄目だ。
さすがに照れる。
顔が見えていないだけまだマシかと思ったけれど、とんでもない。
この男は今日だけで何度私に好きだと言うつもりなのか。
思わず頬を押さえ声にならない呻き声が出そうになった。
「……なんで、どうして私なの?」
他に魅力的な女性はたくさんいるのだ。
それなのに自分が選ばれるなんてきちんとした理由を教えてもらわなければ到底納得できない。
謎シシリを知っているからなんていう理由だったら絶対納得なんかしてやらない。
『ああ、それ。俺もちゃんと伝えたいから会って話そう。次の休みの日でいいか?』
「え?」
こんなことがあったのに今までどおり会おうとするのかと言おうとしたところで「会いたくないなんて言わないよな?」とアルドラーシュが言った。
「……そんなこと言わないけど、でも」
私たちは今までのライバルで友人という関係ではなくなってしまった。
自分のことを好きだと言っている相手に同じ気持ちを返せないのに今までどおり会うのはいかがなものか。
そう思って言葉を濁していると共鳴石の向こう側から鼻で笑う声が聞こえた。
『へえ、逃げるのか?』
「……は?」
『なるほど。目の前の問題から目を背けて逃げるんだな? ルルーシア・ヘイロー』
「……なんですって?」
馬鹿にするように言われた言葉にカチンときて、気づけば「誰が逃げるもんですか! 会ってやろうじゃないの!」と返していた。
『ははっ! そうこなくっちゃな。それでこそルルーシアだ』
「……あ!」
『ふふ、そういうところも好きだよ。じゃあまた連絡する。またな』
「な、ちょっと、待ちなさいよ! ああっ、もう切れてる!」
止めた時にはもう通信は切れていた。
「あああ~……やられた」
ああ言えば私が言い返してのってくるとアルドラーシュにはわかっていたに違いない。
私の性格を熟知していることに腹が立つと同時に、知られてしまっていることに恥ずかしさも感じる。
しかもなんだ。ナチュラルに好きだという言葉を挟んでくるなんて、なんて男だ。
「好きって、好きってなんなのよ~……」
本当にとんでもない男だ。
アルドラーシュ・シシリめ、あんな男だったとは知らなかった。
目を瞑って下を向き、息をひとつ吐き出し呼吸を整え顔を上げた時、ふと鏡に映る自分の姿が目に入った。
(なによ、その顔……)
頬が赤い自分の顔に驚く。
そして見たことのない情けない表情をしていた。
(ちょっと好きだと言われたくらいで……あなたはそんな簡単な女だったの? 自分のことを女として好きになってくれる人なんていないって知っているくせに?)
勘違いなんかしてはいけない。
私のことを恋愛対象として見る人なんているわけない。
アルドラーシュだってきっと勘違いしているだけなのだ。謎シシリを知られてしまって、素をみせることができて、それを受け入れられたから安心しているだけ。
その安心感と気安さがあるから友人としての好意を恋愛としての好意だと勘違いしているだけ。
きっとそう。
勘違いするな。期待なんかするな。
期待なんかしたらまた恥ずかしい思いをするだけなのだから。
うじうじルルーシア。
アルドラーシュは平然と好きだと言っているようでいて、通信を切った後顔を赤くして突っ伏して「よし、俺頑張ったよな? あの反応、少しは効果ありだよな?」と自問自答している。
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