25.ルルーシア・ヘイローは理解できない
大変遅くなりました!
(どうして? 意味がわからないわ)
私がアルドラーシュに好かれる理由がわからない。
特別不細工でもないとは思うけれど、大して可愛くも綺麗でもない。
厭味を言ってくる人に対して言い返すくらいには気が強いし、なんなら心の中でご自慢の髪が枝毛になればいいのにと考えてしまうくらいには性格が悪い。
今でこそアルドラーシュとは友人だけれど、以前は彼にだって可愛らしいとは正反対の態度を取っていた。
(……私、好かれる要素ある?)
考えれば考えるほど困惑してしまう。
頭を抱えながらアルドラーシュを見れば、今まで見たことのない表情で私を見ていた。
「……なんて顔してるのよ」
「え? 顔?」
アルドラーシュは自分の顔をさすりながらどこかおかしなところがあるのかと聞き返してきた。
おかしいというか、というかなんというか、色が。
今まで見たことのないくらい真っ赤なのだ。
学園では基本的に朗らかな笑みを崩さないし、学園の外で会っている時も飄々とした態度でいつも私が振り回されている気がする。
そんな彼の顔が、赤い。
「……どうしてそんなに真っ赤なの?」
私がそう問えば、アルドラーシュは自分の顔をバッと手で隠した。
そして「だっ……」とか「な、なん」とか言葉にならない声を発してあからさまに動揺を見せた。
「この状況でそいういうこと言うか!? 俺は今生まれて初めて愛の告白をしたんだぞ? すごく緊張しているし、顔だって赤くなる」
そういってアルドラーシュは両手で顔を覆いがっくりと項垂れてしまった。
「逆にルルーシアはどうしてそんな平然としてるんだよ。俺の言ったことちゃんと伝わってる?」
「伝わってはいる、と思うけど……」
「けど、なに?」
「ありえなさすぎて理解が追い付かない」
アルドラーシュは私のことが好き、言葉としてはわかる。
けれどなぜなのか理解できないからどうにもしっくりこなくて、どこか他人事のような気さえしている。
こんなことを言ったらアルドラーシュに対してすごく失礼だとはわかっていても、女性として好きだと言われるなんて自分には無縁なことだと思っていたから、彼の言葉を素直に受け取れていないのだ。
「それに、私たちってライバルで、スイーツ仲間で、お友達でしょう? アルドラーシュだってそう言ってくれたじゃない。あれは嘘だったの? 私がそう言ったから合わせてくれていただけ?」
そう思うと少し悲しい気持ちになってしまった。
「それは違う! 俺は今だってルルーシアのことをいいライバルだと思ってるし、友人だって思ってる」
「じゃあ――」
「でもそれ以上の関係になりたいって思っているのも本当だ」
そう私に告げるアルドラーシュの目はどこまでも真剣だ。
「冗談、ではないのよね。ううん、アルドラーシュがこういう冗談を言う人じゃないって知ってるわ。でも、私のことを、その、好き、だという言葉が理解できないのよ」
アルドラーシュの言葉を疑っているわけではないのに、その言葉を信じられない。
ものすごい矛盾だとわかっていても、今はそうなのだと素直に自分の気持ちを言うと、アルドラーシュは困ったような、それでいて悲しそうな複雑な表情を浮かべた。
そして何かを言おうとして、けれどその口から言葉が出ることはなく、私たちの間には気まずい沈黙が流れた。
「はーい、はいはい! アル坊っちゃん時間切れです。今日はここまで」
私とアルドラーシュの沈黙を勢いよく破ったのはパンパンと手を叩きながら発せられた同乗していた従者ロビンさんの声だった。
「すみませんね。いきなりこんな話をされてお嬢様も驚いたでしょう? いやあ、アル坊っちゃんもまだまだお若い。雰囲気作りというものがまるでなっていないですよね。女性ならもっとこうロマンチックな演出とか憧れません? 憧れますよね? そうでしょう、そうでしょうとも! だというのにこんな馬車の中だなんて、本当にもううちのアル坊っちゃんときたら」
わざとらしいくらい明るい声のロビンさんが捲くし立てるようにアルドラーシュに苦言を呈する。
「え? あの……え?」
耳栓までしてその場の空気と化していたはずのロビンさんの言葉に私の頭は疑問でいっぱいになる。
今の感じ、ロビンさんはアルドラーシュが私に何を言ったのかわかっているのではないだろうか。
耳栓をさせられて壁を見ていたはずなのに、なぜ。
「おや、そのお顔はどうして私が状況を把握しているのか不思議にお思いで?」
ロビンさんは私の表情からその疑問を察したらしい。
こくこくと私が頷くとロビンさんはにっこりと笑って説明を始めた。
「いいですか、お嬢様。このロビン、アルドラーシュ様の護衛の役割も担っております。そんな私が周りの状況を把握できなくなる行動をするわけにはまいりません」
「つまり……私たちの会話はすべて聞こえて、いた?」
「おっしゃる通りです」
いやいやいやいや。
(うわぁ、どうなのこれ。恥ずかしくない?)
ロビンさんから告げられた事実に驚き、いや、言っていることはなぜ気づかなかったのかというくらい当然のことなのだけれど、それでも気まずさに顔を両手で覆いかけて、はたと気づく。
(いや、私なんかまだマシなんじゃない?)
私以上に恥ずかしい思いをしているのはどう考えてもアルドラーシュのほうだろう。
身内のような存在に愛の告白現場を見られるなんて、私なら絶対にごめんだ。しかも上手くいっていないこの雰囲気。
いや、私のせいではあるのだけれど。
申し訳ない気持ちと可哀想という気持ちでアルドラーシュを見れば、彼は先ほどよりもさらにむすっとした顔をしていた。
「おい、ロビン。お前もう少し黙っていられなかったのか」
「おや。この沈黙がまだ続いたほうが良かったですか?」
私の予想に反してアルドラーシュは恥ずかしがる素振りなど一切見せていなかった。それどころかタイミングが悪いなどと文句を言っている。
「あの、アルドラーシュ?」
「ん? なに?」
「あなた驚いていないのね?」
「……? ああ、ロビンが全部聞いていたこと?」
私が頷けば、アルドラーシュは当たり前のように「だって初めからそういう振りだってわかっていたし」と言った。
「つまり、私だけが何も気づかずにいたっていうこと? 何よそれ。どうしてわざわざそんな振りさせたのよ」
「いや、だってさ。雰囲気もへったくれもないうえに他人が見ている状況で好きだなんて言われても困るだろ?」
元々低い成功率がさらに下がってしまうことを懸念したとアルドラーシュは言った。
「あーあ、せっかくもう一押しというところだったのに」
冗談めかして言うアルドラーシュにロビンさんが溜息を吐く。
「何を寝ぼけたことを言ってるんですか。お嬢様のお気持ちがアル坊っちゃんにないことくらい誰が見ても明白じゃないですか。今追い詰めたら確実に逃げられますよ」
「……うるさいな。お前に言われなくてもわかってるよ」
ロビンさんの言葉にアルドラーシュが不貞腐れたような顔をした。
そして横目でチラッとこちらを見るものだから、私は曖昧な笑みを返すことしかできない。
ロビンさんの言う通り、今ここで返事をしろと言われても私はアルドラーシュの気持ちを受け取ることはできないからだ。
だって私はアルドラーシュに恋愛感情を持っていないのだから。
「お嬢様、どうか答えを出すことを急がないでください」
ロビンさんはそんな私に向かい、じっくり考えでやってほしいと言った。
「アル坊っちゃんは本当にお嬢様のことを好いておられるのです」
「え?」
「私ども屋敷の者にも知られるくらいにはお嬢様のことを特別に想っておいでですよ」
驚く私にロビンさんはふふっと笑みをこぼし、「余計なことを言いましたかね」と言った。
「というわけで」
「どういうわけだ」
「まあまあ。アル坊っちゃんも今日は一旦引きましょうね。それにこれ以上時間を伸ばすとさすがに御者が可哀想ですからね」
そう言ってロビンさんは小窓の外に視線をやった。
そういえばだいぶ長い間馬車に揺られている気がする。ゆっくり進んでくれとは言っていたが、おそらくここに来るまでにも遠回りをしたり、同じ道を何度も回ったりしていたのだろう。
私が気づくということは、もちろんアルドラーシュも気づいたわけで。
「……彼には申し訳ないことをしたな。ルルーシアもすまない」
アルドラーシュはそこまで気が回っていなかったと素直に詫びた。
「でも、君が自分のことを魅力がないと思いこんでいることが我慢ならなかった」
他の誰が何と言おうと自分にとっては魅力的な女性なのだと、アルドラーシュは言う。
そんなことを言われても私にはどうすることもできないのだけれど。
「ふふ、急にこんなこと言われても困るよな」
アルドラーシュは苦笑を浮かべる。
「わかるよ。きっとどうして自分なのかとか、好かれる理由がわからないって思ってるんだろ?」
「……そうよ」
「やっぱり。その辺についてはまた今度伝えさせてよ。今日は、ほら、もう時間切れみたいだから」
ちらりとロビンさんを見れば笑顔でしっかり頷いていた。
「わかったわ」
私も寮まで歩いて帰ることを考えれば、これ以上遅くならないほうが良い。
荷物を手に馬車を降りようとすると、アルドラーシュが魔法で自分の髪色をまた黒に変えた。
「どうしてまた変えたの? もう帰るだけでしょう?」
「馬車の外まで見送りたいなと思って」
「……そう」
なんだかアルドラーシュが優しい。
いや、今までだって優しかったのだけれど、それだけではなくて何というか甘ったるい? とでもいうのだろうか。
いつもと同じ笑顔なのに何かが違う気がする。
(なんなのかしら、この感覚)
くすぐったいというのか、恥ずかしいというのか。
それでいていつもと違う圧も感じる。
(断れないこの感じ、変な感じだわ)
何とも言えない感情を抱えたまま、御者によって開かれた扉から外に出ると、目に入ってきた光景に驚いた。
「え? どうして?」
私はいつもの公園の側に馬車が停まったのだと思っていた。
けれど、今目に見えているのは私が暮らしている寮の門だった。




