23・ルルーシ・アヘイローはよくわからない覚悟を決める
更新遅くなり申し訳ありません。
旧年中はお世話になりました。
今年もよろしくお願いいたします。
「――というわけなの。一度のみならず二度も同じようなことを言われたんだもの。さすがに私だって悟るわ。自己評価が低いのではなくて、それが事実なのよ。アリスは大袈裟なのよ。わかってくれた?」
アリスに話したように、同じ話をアルドラーシュにもした。
恋愛事に関する私の自己評価が低すぎるとアリスとアルドラーシュは言うけれど、これで私が自身を正当に評価しているということをわかってもらえただろう。
そう思ってアルドラーシュに同意を促せば、彼は「まったくわからない」と眉間に皺を寄せた。
「そいつらの目は節穴だ」
アルドラーシュは静かに怒りを滲ませた声でそう言った。
そして「お前もそう思うだろう?」と隣に座るロビンさんに同意を求めた。
実は私たちは今、迎えに来たシシリ家の馬車の中にいる。
あのままお店の中で話しても良かったのだけれど、そんなに楽しい話でもないうえに、外にはまだ他のお客さんも待っていたので場所を変えることにしたのだ。
そうしてお店から出て少し歩いたところでタイミング良く迎えに来た馬車に乗り込んだというわけだ。
馬車には私とアルドラーシュ、そして彼の従者のロビンさんが乗っている。
ロビンさんにまで私のつまらない話を聞かせることになるのは申し訳ないけれど、馬車とはいえアルドラーシュと密室に二人きりになるのは宜しくないので致し方ない。
馬車に乗る前に「私のことは空気だと思ってください」とロビンさんは気を使って言ってくれたのだが。
そんなただでさえつまらない話を聞かされて居心地の悪い思いをしているであろうロビンさんに、アルドラーシュは同意を求めた。
「ちょっと! 馬鹿なの? アルドラーシュに言われたら同意するしかないじゃない」
「馬鹿とは何だ。大体こいつはそんな可愛らしい性格じゃ――」
「ごめんなさいね、ロビンさん。こんな強制的に同意を求める質問答えなくていいですから」
アルドラーシュを無視してロビンさんにそう言えば、彼は口元を押さえて笑いながら首を横に振った。
「私もアルドラーシュ様と同じく、その方々の目は節穴だと思います。このように素敵なお嬢様にそのような暴言を吐かれるなど男の風上にも、いえ、人間3年目くらいからやり直しされたほうが良いのではと思いますね」
「人間3年目……?」
ロビンさんの言葉に私が目を丸くしていると、アルドラーシュが呆れた顔をして「ほらな。こいつはこういうヤツなんだ」と言った。
「まあ、とにかく。そんな奴らの言葉を鵜呑みにするなよ」
「……鵜呑みになんかしていないわ」
そう、鵜呑みになんかしていない。
きちんと時間をかけて考察した結果、やっぱり自分は誰かのそういった対象にはならないのだと結論に至っただけだ。
領地にいた時も、王都に来てからも、誰からも想いを寄せられたこともなければデートの誘いを受けたこともない。
私くらいの年齢になれば少なからずそういった経験があってもおかしくないらしいのだ。
アリスが声をかけられているのを見たことも一度や二度ではない。
「もう学園に入って2年目だっていうのに、誰もそう言った意味で声なんてかけてこないもの。そういうことなのよ」
いつも私に厭味を言ってくるあの人たちにも「お勉強しかできないなんて可哀想だこと」「しょうがないわよ。女性としての魅力がないからそっち方面で頑張るしかないものねぇ?」と何度言われたことか。
性格悪すぎると思わない? でも、そんな彼女たちでさえデートに誘ってくる人がいるというのだから、私は本当に魅力がないのだろう。
苦笑を浮かべてそう言えば、アルドラーシュは顔を顰めた。
「彼女たち、そんなことまでルルーシアに言ったのか」
「……アルドラーシュ、あなたは優しいわね」
私が言われたことに対して怒りの表情を見せるアルドラーシュに心がほんのり温かくなる。
思えばアリスもアルドラーシュと同じように怒ってくれた。
「ありがとう」
「お礼なんて……ルルーシア、俺はべつに優しくなんかないよ」
「優しいでしょう? こうして友人のために怒ってくれるんだから」
たとえ恋人はできなくても、私に向けられた悪意を自分のことのように怒ってくれる友人がいるだけで十分だと思う。
私が笑って「だから、ありがとうで間違いじゃないのよ」と言うと、アルドラーシュは少し困ったような顔をして何かを言いかけ、そのまま口を閉じた。
そして俯いたかと思うと一回長い溜息を吐き、前髪をかき上げながら顔を上げると私の顔をじっと見てきた。
アルドラーシュの灰緑色の瞳に見つめられ、どうにも居心地が悪くなる。
けれど、逸らしたら負けのような気がして私もアルドラーシュを見つめ返すと、彼は今度は短い溜息を吐いて頭をカシカシと掻くと、私以上に居心地の悪そうな顔をした。
自分から見つめてきたくせに意味がわからない。
けれど先に目を逸らしたのはアルドラーシュなのだから私の勝ちに違いない。
「いや、勝ち負けとかじゃないからな?」
私の考えを読んだかのようにアルドラーシュが言うものだから、驚いてしまった。
「どうしてわかったのよ」
「どうしてって……ルルーシアの考えていることなんて何となくわかるよ」
だからそれがどうしてなのかと聞いているのだ。
そんな考えが顔に出ていたのだろう。
アルドラーシュは何回か視線を彷徨わせた後、同乗していたロビンさんに何かを放って寄越した。
(そういえばロビンさんがいたんだったわ)
あまりにも見事に気配を消しているものだから存在を忘れかけていた。申し訳ない。
投げ渡されたものをしっかりと受け取ったロビンさんに、アルドラーシュは「それを着けてしばらく壁でも眺めていろ」と告げた。
「はいはい。そんな顔なさらなくてもお邪魔はしませんって」
ロビンさんは肩をすくめて返事をすると、受け取ったものを耳に詰め始めた。
投げ渡された物はどうやら耳栓だったようだ。なぜそんなものをアルドラーシュが持っているのか謎だけれど。
とにかく、片方の耳に耳栓を着け終えたロビンさんは馬車内の小窓を叩き「もう少しゆっくり進んでくれ」と御者に言うと、もう片方の耳にも耳栓をし「ごゆっくりどうぞ」と言ってアルドラーシュに言われた通り身体を斜めにして馬車の内壁に顔を向けた。
アルドラーシュはそんなロビンさんの行動をしかめっ面で見届けると、先ほどと同じように私を真っすぐに見据えた。
それに対し、私も負けじとアルドラーシュを見つめ返す。
「いや、だから勝負じゃないんだって」
「よくわからないけれど気持ちの問題よ」
「……はあ、圧倒的に雰囲気が足りない。おかしいな、見つめ合ってるはずなのに」
「ちょっと! 失礼ね! 相手が私なんだから仕方ないでしょ」
見つめ合ったまま私が眉をしかめると、アルドラーシュは慌てたように「そうじゃないよ」と言った。
そしてアルドラーシュは目を閉じ、胸に手を当てスーハ―と何度か深い呼吸をすると、何か決意を固めたように目を開き、また真っすぐに私を見つめた。
「ルルーシア」
名前を呼ばれ、灰緑色の瞳に見つめられ、不意に私の心臓がドクンと鳴る。
「な、何よ」
「今から俺が話すこと、茶化さずに聞いてくれないか?」
「え?」
そんなに真剣な顔をしていったい何を話すつもりなのか。
困惑からアルドラーシュの様子を窺っていると、彼はブツブツと呟く。
「本当ならこんな所じゃなくもっと雰囲気の良い感じの場所にするつもりだったんだ」
「はあ?」
「景色の良い場所とか、花束とか」
「えっと、アルドラーシュ?」
「本来の俺の姿で――ってああ。そうだ、戻せばいいのか」
「ちょっと、聞こえてる? おーい」
私の声が聞こえているのかいないのか、アルドラーシュは何かを自分一人で納得したようだ。
そしてスッと自分の頭に手をやると、その瞬間彼の髪が光り、その色を黒から本来の亜麻色に変えた。
そしてかけていた眼鏡も外し、「うん、これで良し」と言った。
「これで良し、じゃないわよ。なんなのよ急に」
「いや、やっぱりこういうことはちゃんと本来の自分で言うべきだと思って」
「……本当に意味がわからないんだけど」
自分にかけていた色彩変化の魔法を解いて、学園にいる時と同じ見た目になったアルドラーシュ。
私の中では黒髪に眼鏡で変装した『謎シシリ』も、本来のこの姿も、今では違和感なく同一人物なのでどちらでも構わない。
けれど彼の中では何かが違うのだろう。
元に戻した自分に満足したようで、その顔に笑みを浮かべ、けれどやはり真剣な表情で「俺の話、聞いてくれる?」と言った。
「何回も確認しなくてもちゃんと聞くわ。っていうか話すまでの過程が長い」
「しかたないだろ。俺だって緊張してるんだ」
「緊張? ……え、何? 私今からそんなに重大なこと聞かされるの?」
「重大といえば重大だな」
「ええ~……」
あまり重い話は勘弁願いたいけれど、聞くと言ってしまった以上は聞くしかない。
私は覚悟を決めてアルドラーシュに話をするように言ったのだった。
ロビン「(アル坊っちゃん、なーにをモタモタしてるんですか! 早くしないと着いてしまいますよ!)」
↑聞いていない体を取っていますが、万が一にも主に何かあったら困るので音はシャットアウトしていません。
空気に徹していますが心の声は結構うるさいです(笑)




