22.ルルーシア・ヘイローは○○のフリをした
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「……今日はあそこなの?」
「そう」
「たしかに、男性一人じゃ入りづらいわね……」
アルドラーシュに連れられてやってきたお店を遠目に眺め、私は思わずそう呟いた。
お店の中に入っていくのはカップル、カップル、カップル……カップル。
そう、どこからどう見てもカップルばかりだ。
「えっと、どうしてあのお店にはカップルばかりが入っていくの?」
「カップル限定メニューがあるから」
「……なるほど?」
アルドラーシュに雑に説明をされて、よくわからないままに私はなるほどと口にした。
カップル限定メニューがあるからといって、あれほどカップルばかりが吸い込まれるように入っていくことなどあるのだろうか。
いや、実際目の前で起きていることなのだけれど。
思わず横にいるアルドラーシュをちらりと見上げる。
今回やってきたお店は普段の私の行動範囲内から少し離れた場所にあり、アルドラーシュの馬車に乗せられてここまでやってきた。
事前に共鳴石を使って約束をした時に、次のお店は自分に決めさせてくれないかとアルドラーシュが言ったので任せていたのだが。
まさかこのようなお店に連れてこられるとは。
(これ、私たちは入れるのかしら)
建物は白を基調としたオシャレな雰囲気で一人だと少し緊張してしまいそうな店構えだけれど、入れないというほどではない。
ただし、そこに吸い込まれるように入っていくのがあからさまにカップルばかりだということを除けば。
「……ここは、カップル専用のお店なの?」
もしそうならせっかくやってきたのに入れないという悲惨な結末を迎えることになる。
このお店を選んだのはアルドラーシュなのだから、そんな失敗はしないとは思うけれど。
「そういうわけじゃないよ。ただカップルが多いってだけ」
なんでもこのお店で以前、恋人に求婚した人がいるらしく、めでたく結ばれたことから恋人たちにとって縁起の良いお店となったらしい。
それ以来カップル来店率が急増しているとのことだった。
「そういうこと……じゃあカップルじゃなくても入れるのね? 良かった!」
ほっとする私にアルドラーシュはべつにカップル専用でも問題ないと言った。
「俺とルルーシアは今から恋人同士だから。さ、行くよ」
そう言ってアルドラーシュは私の手を取って歩き出した。
「は? え? なに? ちょっと待ってよ!」
突然のことに動揺する私の手をしっかりと握ってお店へと進んでいく。
その手にぎゅっと力を入れて踏ん張ると、アルドラーシュが歩みを止めた。
「どうしたの?」
「どうしたのじゃないわよ! 説明が圧倒的に足りてないわ!」
どうしてと聞きたいのはこちらのほうだ。
なぜ私たちが恋人のふりをする必要があるのか。恋人専用のお店でないのなら、ただの友人として来店したって良いはずだ。
(こんなふうに手を繋ぐ必要だってないはずだわ)
私がそう言うと、アルドラーシュは溜息を吐いた。
「な、なによ」
「さっきの俺の話聞いてた? あのお店にはカップル限定メニューがある。当然ながらカップルしか頼むことはできない。そして俺はそれが食べたい。加えて、カップルかどうかの確認は入り口でされる。故に入店前からの偽装が望ましい。以上。質問は?」
「な、ないわ」
矢継ぎ早に説明されて反射的にないと答えてしまった。
結局釈然としないまま手を引かれ、あれよあれよという間に店内に案内され席に着いていた。
もちろん流れるようなアルドラーシュのエスコート付きだ。
「……意味がわからない」
「何が?」
楽しそうにカップル限定メニューを待つ向かいの席に座るアルドラーシュをジトッと睨むと、彼はさっき説明しただろうと言わんばかりの顔をした。
たしかに説明はされたけれど、直前も直前のことだし、先ほどは勢いに負けて質問はないと言ったけれど、そもそも手を繋いでいなくたってカップルだと言い切ることだってできたはずだ。
「念には念を、だよ」
「そんなに限定メニューを食べたかったの? だったら私なんかじゃなくて、もっとそれっぽい子を連れてくれば手なんて繋ぐ必要もなかったんじゃない?」
「それっぽい子?」
「そうよ。隣にいるだけで恋人だと思われるような魅力のある子とか……あ、でもそうよね、隠したいから謎シシリなのよね」
それならば私しかいなくても仕方ないかと思った時、あることを思い出した。
「次からはこういうお店はアリスに頼んだらいいんじゃないかしら。彼女ならきっと変装しても魅力的な女性になるわ」
アリスはもうアルドラーシュの事情を知っているし、どういうわけか「シシリ様を好きになったりしないわよ」と言っていたから、きっと相手役を頼んだらやってくれるだろう。
「……なんだよ、それ」
私の提案を聞いたアルドラーシュは急に不機嫌そうな声を出す。
「相手がルルーシアじゃなきゃ意味無いよ」
「どういう意味?」
「どうって、言葉通りだよ。俺はルルーシアと一緒にここに来たかったってこと」
アルドラーシュが真剣な眼差しを私に向けてそんなことを言うものだから思わず言葉に詰まる。
「……なによ、それ」
今のアルドラーシュの言葉は受け取り方によっては大変なことになる、というのはいくらこういった話に疎い私でもわかる。
カップルだらけのお店にカップル限定メニューを食べに、私と来たかったのだと彼は言った。
普通に考えれば、そういうことだろう。普通に考えれば。
(でも、相手は私よ? 都会の代表みたいなアルドラーシュが私のことを?)
考えてみた結果、導き出された答えは『否』だった。
(ない、ないわー)
都会の男の子に山猿と言われた私である。
その数年後にもドレスが似合わない、お前なんか誰も好きにならないと言われたこの私なのだ。
あの頃よりは多少マシになったとは思うけれど、私の本質はあの頃と何も変わっていない。
それなのに、そんな私に恋愛感情を向けてくる人なんているわけがない。
しかもそれが学園女性の憧れ、アルドラーシュ・シシリだなんて。
「……ありえないわ」
そう言葉が口をついて出たタイミングでカップル限定メニューが運ばれてきた。
何とも言えないタイミングだったけれど、目の前に置かれた皿を見た途端、私の意識はそちらに持っていかれた。
「綺麗……」
皿の上に載っていたのはチョコレートケーキだった。なんの変哲もない、とは言えないほど大きなチョコレートケーキ。
円形のそれは周りを光沢のあるチョコレートでコーティングされていて、とてもシンプルだ。
けれど、私の顔まで写り込んでしまいそうなほど滑らかで艶やかなチョコレートは作り手の確かな腕を表している。
中身がどうなっているのかはもちろん気になるけれど、今一番気になるのはその大きさだ。
目一杯広げた私の手よりも大きいのではないかというそれは、明らかに普通のケーキのサイズよりも大きい。
カップル限定というくらいだからおそらく二人前なのだろうが、それにしても大きい。
「カップル限定メニュー『溢れる愛』でございます。ナイフで半分に切ってお召し上がりください」
さすがカップル限定メニュー。
なかなかの恥ずかしネーミングである。
「溢れる愛、ですって」
店員が簡単な説明をして去った後、思わずそう口にし笑いが漏れた。
カップルで食す溢れる愛。
「どうして笑ってるんだよ」
「だって名前が。ふふっ、とりあえず言われた通りにナイフを入れてみましょうよ」
私の言葉に頷き、アルドラーシュがケーキにスッとナイフを入れると、中から真っ赤なソースが流れ出してきた。
「溢れるように出てきたわね。……あ、もしかしてこのソースはアイルベリーなのかしら?」
「ああ、なるほど。だから溢れるアイか」
それぞれの皿に取り分け、まずはソースをすくって一口舐めてみる。
「やっぱり。この酸味、たぶんアイルベリーだわ」
アイルベリーはコロンとした小さな赤い実をつけるベリーの一種だ。
強い酸味のある果実だが、それだけではなく爽やかな甘みも持っている。
甘みよりも酸味が勝つ果実なので、砂糖やはちみつと合わせてキャンディになっていることが多い。
「ソースだけだと酸味が強いけど、このチョコレートケーキと一緒に食べると凄くバランスがいいな」
「そうね。とっても美味しいわ!」
ケーキは土台の生地の上はチョコレートのムースになっており、そのしっとり感とアイルベリーソースの瑞々しさがとてもよく合っていた。
「口の中が幸せだわ」
「わかる。俺、これならひとりでも食べ切れるかもしれない」
アルドラーシュがそんなことを言うものだから、私は慌てて残っていたケーキをきっちり二等分して取り分けた。
すると彼は顔を俯けて肩を震わせた。
「っふ、はは。ルルーシアの分まで取ったりしないよ。それくらい美味しいってこと」
「わ、わかってるわよ! 念の為よ!」
恥ずかしさから少し強めに言い返し、ケーキを口に運ぶ。
食べれば恥ずかしさなど吹き飛ぶ美味しさにまた頬が緩んだ。
「そんなに気に入ったのならまた食べに来ようよ」
「また私と?」
こんなカップルだらけのお店に来るのがまた私とで良いのだろうか。
一緒にいることで恋人関係だと勘違いされたら困るだろうに。
ああ、でも来るのは謎シシリだから問題ないのかしら、などと考えていると「なあ」と声がかけられた。
「さっきも思ったんだけど、どうして他の人のほうがいいんじゃないかって思うんだ?」
「え? ……だって私よ?」
「だからさ、それが意味がわからないんだって。ローリンガムさんからも少し聞いたんだけど、ルルーシアのその女性としての自己評価の低さってどこから来てるんだ?」
「自己評価の低さ? 何よ、それ」
アルドラーシュの言っていることの意味がわからないと言う私に、彼はアリスから自分が誰かの恋愛対象になるはずがないと私が思っていると聞いたと言った。
「ああ、その話……」
ついこの間話したばかりのことをアリスったらいつの間に、と驚いて言葉を止めた私にアルドラーシュは「ごめん」と謝った。
どうやら私が不快に思ったと勘違いしたようだった。
「や、違うの。あまりの情報伝達の速さに驚いただけよ。それにどうせアリスのほうから聞かされただけでしょう?」
元々アリスにしか話していないのだから、彼女のほうから伝えなければアルドラーシュがその話を知るはずもない。
べつに隠しているわけでもないし、アルドラーシュにだって聞かれたら普通に話せる内容だと私が言うと、アルドラーシュは聞きたいと言った。
「楽しい話でも大した話でもないわよ?」
それでも聞きたいと彼は言うのだった。
実はシシリ、手を繋いだ時めちゃくちゃ緊張していました。
手汗は大丈夫だろうかとかすごく心配していました( *´艸`)
もし振り払われても動揺しないようにと覚悟していました。
そんなシシリを応援しながら読んでくださると嬉しいです。
周りでインフルエンザが流行り始めています。
皆様もご自愛くださいねー。