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あなたと私の美味しい関係  作者: 眼鏡ぐま


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21/52

21.アルドラーシュ・シシリは積極的にいくしかない

いいねや感想&誤字報告に評価などありがとうございます。

今回はシシリ視点です。

 

「シシリ様、少しお時間あります?」


 人通りの少ない廊下をハリーとともに歩いていると、後ろから声をかけられた。

 こうして声をかけられるのが面倒だから人の少ないルートを選んでいるのに、今日は駄目だったか。

 失敗したなと思いながら振り返ると、 そこにいたのはルルーシアの友人であるアリステラ・ローリンガムだった。


「なんだ、ローリンガムさんか。この間は邪魔して悪かったね。どうかした?」

「ちょっとルルのことで」


 そう言ってローリンガムさんは俺と一緒にいたハリーを気にするようにちらりと視線をやった。


「ハリー、先に行ってもらってていいか?」

「わかった。また後でな」

「ああ、悪いな」


 ハリーは了解の意を示すと肩手をあげてその場を去った。

 残されたのは俺とローリンガムさんの二人だ。


「それで、ヘイローがどうかしたのかい?」


 俺は再度周りに人がいないことを確認してローリンガムさんに聞いた。


「単刀直入にお聞きしますけど、シシリ様は本気ですか?」


 質問の真意を測りかねて一瞬身構えてしまったが、おそらくローリンガムさんに他意はなく、純粋にルルーシアを心配して聞いているのだろう。

 真剣な目で俺に聞いてくるその顔に笑みはなく、本気でないのならこれ以上ルルーシアに関わらないでほしいと思っているに違いない。

 なにせ俺の周りはこちらの意思とは関係なく騒がしいことも多いから。


(ルルーシアは本当にいい友人を持ったな)


 自分のことではないのに、それがなぜか嬉しく思えた。俺はローリンガムさんの目をしっかり見て真剣に答えた。


「もちろん本気だ。そうでなければさすがにあんなものを贈ったりしない」

「……ですよねぇ」


 彼女はふっと苦笑を浮かべ、溜息とともにそう呟いた。


「もうお気づきだとは思いますけど、ルルはシシリ様の気持ちにこれっぽっちも気づいていないですよ?」


 改めて言われると悲しくもなるが、まあそうだろうなという感想しかない。


「……聞きたいんだが、普通女性は男性からあのようなプレゼントを贈られたら多少なりとも相手を意識したりするものじゃないのか?」


 初めこそ受け取りを渋っていたものの、今ではすっかり連絡手段のためという俺の言葉を信じて疑わないルルーシアの姿が浮かぶ。


「普通はしますよ。この人私に気があるのかしらって」


 やはりそうか。俺の感覚は一般的と言って間違いないらしい。

 それならば、あの共鳴石を贈ってもルルーシアに少しも意識されない俺っていったい。


「もしかして俺はヘイローの好みから大きく外れているのだろうか……」


 ローリンガムさんならルルーシアの好みを知っているかもしれないと、思わず口に出せば、彼女は首を横に振った。


「それはわからないですけど、そもそも理想とか好み以前の問題なんです。ルルは自分が男性に好かれるはずないと思っているので」

「は? なぜだ、あんなに可愛いのに」


 思わず自分の口から洩れた言葉に気づき、バッと口を押さえた。

 けれど、俺の声はしっかりとローリンガムさんの耳にも届いてしまったようで、彼女は驚いたようで目をぱちくりとさせた。


「いや、今のは……」


 意図せず口から洩れた言葉はこんなにも恥ずかしいものなのかと口ごもっていると、ローリンガムさんはくすくすと笑って「やだ、シシリ様ったら本当にあの子のこと好きなんですね」と言った。


「……先ほど本気だと言ったはずだが」

「ふふ、思っていた以上にってことですよ。余計にシシリ様には頑張っていただきたいですね」


 そう言ってローリンガムさんは笑みをおさめると、俺をびしっと指差した。


「だからこそ言いますけど、シシリ様はもっと積極的にいくべきです」

「積極的……」

「そう、積極的に!」


 晴れてルルーシアの友人になれてから、自分では結構積極的にアピールしているつもりなのだが。

 素の自分で接するとはいっても、ルルーシアのことはきちんと女性として接しているし、隙あらば可愛いと言ったり褒めることも忘れていない。

 そうローリンガムさんに伝えれば、彼女はそれでは駄目だと言うように首を横に振った。


「その言葉や行動、ちゃんとルルに響いていましたか?」

「……」


 ローリンガムさんの言葉に、もちろん響いていたと言えない自分が情けない。

 黙り込む俺にローリンガムさんはわかっていたように「やっぱり」と言った。


「そうだろうと思いました。あ、べつにシシリ様が悪いわけではないと思いますよ?」


 普通の女性なら俺にそんなことを言われれば、少しはもしかしたらと考えるものだと。

 普段の俺を知る者なら、俺が今まで誰一人として女性を名前で呼んだりしていないと気づき、その意味について勘繰るはずだと、ローリンガムさんは言った。


「それは……ヘイローも考えたと思う。男女が名前で呼び合うのは特別な関係でなければ、と」

「あら、そうなんですか? あの子ったらそういう感覚はしっかり生きてるのね。でしたらよく今の呼び方に持っていけましたね」

「それは、ローリンガムさんも知っている通り、俺たちは平民の格好で出掛けていたから。だから平民だったら普通のことだと……」


 押し切ったからだ。

 ルルーシアが望んだんじゃない。俺がそう望んだからいかにもな理由をつけて丸め込み、その後も何だかんだと名前呼びを了承させた。

 多少強引だったのは自覚しているけれど、そうしてでも彼女に名前を呼んでほしいと思ったのだ。

 まずは友人としてからでも少しずつ距離を縮めていきたい。

 そしていつか俺の気持ちに気づいてくれたら嬉しい。俺のことを恋愛の対象として意識してくれたら嬉しい。

 そう思って行動していると言うと、ローリンガムさんはそれでは駄目だと言うように首を緩く横に振った。

 この短い時間だけで何回彼女の首を横に振らせただろうか。


「甘い、甘いですよ、シシリ様。いつかなんて悠長なこと言っていたら、いつのまにか誰かの奥方になってしまいますよ」

「……っ、まさかもう婚約の話が?」

「まだそんな話はないようですけど、私たちは貴族です。卒業と同時に婚姻ということも珍しくありません。そうでなくてもルルがこのまま王都に残る保証はどこにもありませんよ?」


 ローリンガムさんの最後の言葉にハッとさせられた。


(そうだ、ルルーシアの領地は……)


 成績優秀で魔法も得意なルルーシアは以前王都の国の機関に就職できたらと言っていたことがある。

 お給金が高そうでいいわね、と言って笑っていた。

 けれどそれは確定の話ではない。

 もし彼女に良い縁談がきたら、家長であるヘイロー伯爵がルルーシアが自領に帰ってくることを強く望んだら。

 そんな当たり前のことに今さら気づかされ、血の気が引いた。


「……俺は、どうしたら」

「ですから、もっと積極的に、ですよ」


 遠回しに言ってもルルには伝わりませんから、とローリンガムさんは苦笑を浮かべる。


「だってあの子ったら自分が誰かの恋愛対象になるなんてありえないって思ってるんですもの。本当に余計なことを言う人がいるものだわ」


 余計なことを言う人? 誰かの恋愛対象になるなんてありえない? どういう意味だ?

 男として意識してもらえないのは俺に限ったことではないということだろうか。


「それは、どういう」

「あ、それはルルに直接聞いてください。私が言うことではないので」


 ここまで言っておいてとか、喋って良いことだったのかとか、疑問に思いはするが、どうもローリンガムさんは意図的に口に出しているような気がしてならない。

 そしてこれ以上は話してくれる気もなさそうだ。

 気になりはするが、とにかく今俺がしなければいけないのは。


「……まずはヘイローに自分は俺の恋愛対象、いや、好きな相手なのだと認識させるしかないということか」

「ご名答! きっとルルは――」


 そこまで言いかけてローリンガムさんは急に後ろを振り返った。


「誰かこちらに来そうですね。残念ですけどお話はここまでということで」


 おそらく誰かの話し声でも聞こえたのだろう。

 ローリンガムさんは俺のほうに向かって歩き出し、すれ違いざまに「きっとルルは自分を守っているだけなんですよ。頑張ってくださいね」と言って俺の横を通り過ぎていった。

 その直後、俺の前方から女子生徒がやってきた。

 ローリンガムさんは彼女たちに俺と二人でいるところを見られないためにこの場を去ったのだろう。

 俺の姿を認識すると彼女たちはわずかに弾んだ声を上げ、好意を隠そうともしない視線を向けてきた。

 そんな彼女たちの横を、何の感情もなく通り過ぎる。

 自分に向けられる好意は本来ありがたいものなのだろうが、やはり俺の心はルルーシアにしか動かない。

 この子たちが来なければ、もう少し助言をもらえたのにと思ってしまう自分の情けなさに苦笑が漏れた。


(こういう時こそ自力で頑張らないでどうする)


 どんなに勉強や魔法ができたとしても、こういう人生で大事な時に臆して行動できないようでは何の意味もない。

 ローリンガムさんに応援してもらえるのならそれだけでありがたい。

 好きな人の友人にはなるべく自分のことを認めてもらいたいと思うのはきっと俺だけではないだろう。


(さて、ローリンガムさんの助言を無駄にしないためにもどうするか……)


 今までの行動でも意識してもらえないならば。


(やはり、直接的な言葉で伝えるしかないか)


 ルルーシアのことが好きなのだと言ったら彼女はどんな顔をするだろう。


「……駄目だな」


 想像してみたが、一瞬動きを止めた後「私も好きよ」とあっさり返されそうだ。

 恋愛的な意味合いを完全に排除され、人として好きだというふうに取られてそう返されるに違いない。


(でも、結局ルルーシアには真正面からぶつかるのが最良なんだろうな)


 人として好きなのはもちろんだが、恋愛対象として好きなのだと信じてもらえるまで伝えるのが一番良い方法なのだろう。

 そうなってくるとローリンガムさんが言っていた、自分が誰かの恋愛対象になるなんてありえないとルルーシアが思っているということも気になるところだ。


(自分を守っているのだとも言っていたな。いったい何から……まあそれは本人に聞いてみるしかないか)


 とりあえずはルルーシアと次の約束を取り付けなくては何も始まらない。


(無事約束を取り付けたら、その日に想いを告げるのか……?) 


 そんなことを考えたら急に心臓がうるさく鳴りだしたのだった。



年末でバタバタしていて更新遅くなり申し訳ありません。

次話はルルーシア視点に戻ります。


感想や評価などいただけますと幸いです。


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