2.ルルーシア・ヘイローは捕獲した
シシリの謎の行動を見てから数日。
私はまだあの行動についてシシリに聞けずにいた。
はじめのうちは、秘密にしておきたいこともあるだろうから聞かないほうが良いのかもと思ってなんとなく聞きづらかったから。
けれどやっぱり気になって、聞く決意を固めたのにそれでもまだ聞けていない。
今日こそは絶対に謎を解くと意気込んでシシリに声をかけた。
「シシリ、ちょっといい?」
「ああ、ヘイロー。どうしたんだ?」
「あなたにちょっと聞きたいことがあるんだけど」
「聞きたいこと? なんだろう? あ、わかった。先ほどの授業の魔石への魔力付与のことだろう? 私もあのやり方はもう少し改善の余地があると思ったんだが、君はどう思う?」
「そうね、あれは個人の持つ魔力量によるところも多いから――って、違うわ。それも気になるけど今聞きたいのはそれじゃない」
「では何?」
「ええっと、ここじゃなんだから少し移動してもいいかしら?」
「……? いいけど。人前じゃ話せないようなこと?」
「それは、あなた次第じゃないかしらね。だって――」
「シシリ様ー!」
話をしていると急に横からドンッと突き飛ばされた。
「シシリ様! あちらで私たちとお話いたしましょう」
「え、いや……」
私の存在など初めからなかったかのように、いつもの女子生徒たちが割って入ってきた。
シシリだけが私に大丈夫かという視線を送ってきた。大丈夫だよ。痛いけれども。
さすがにひどくないかと女子生徒たちを睨めば、逆にぎろっと睨み返された。なぜに。
彼女たちは薄ら笑いを浮かべると「あら、ごめんなさい」と全く心のこもらない謝罪を寄こす。
「存在感がなさすぎて気づかなかったわ」
「シシリ様に何かご用? 用がないならさっさといなくなってちょうだい。目障りだわ」
「ちょっと、君たち――」
「そうね、そうするわ」
シシリが私を庇おうとした言葉を遮り、私はその場を去ることにした。
シシリは何か言いたげだったけれど、ここで彼に庇われなんてしたら余計な恨みを買いそうなので仕方がない。
こんな感じで、大体は彼女たちのような私を嫌う女子たちに邪魔されてなかなか聞けないのだ。
学園の人気者はなかなか一人になることがないから大変だ。
「あーあ、今日も聞けなかった」
聞けないとなると余計に気になってしまうのはなぜだろう。
もやもやとした気持ちを抱えながら日々は過ぎていった。
◇◆◇◆
「ふんふんふーん♪」
周りに聞こえない程度の鼻歌を歌いながら私は意気揚々と街を歩く。
今日は学園が休みの日だ。
私は久々に街にやって来ていた。目的は最近できたスイーツ店のフルーツタルトだ。
二週間に一度、休みの日に街に行き甘いものを食べること。それが貧乏でもないがそこまでお金持ちでもない私のささやかな楽しみだ。
くだらない嫌がらせで苛立っていたとしても、甘いものを食べればそんな気持ちはどこかへ飛んでいく。
今だって気を抜けばスキップしてしまいそうなくらい心が軽い。
「あ、あのお店ね。うわぁ、可愛い店構え。思っていたよりも空いていそうじゃない」
歩く先に目当ての店を見つけ、さらにワクワクとした気持ちになる。
やっぱり美味しいものに加えて店の雰囲気も大事だなどと思いながら近づいていくと、そこにまさかの人物を見つけてしまった。
アルドラーシュ・シシリだ。
ただ、普段と違いシシリの周りには誰もいない。
それもそのはず。今日の彼は先日私が練習場で見た、ぐしゃぐしゃの黒髪に眼鏡をかけた冴えない感じの『謎シシリ』の出で立ちだった。
誰も彼があのシシリだとは気づかないだろう。私だってあの時のシシリを見ていなければおそらく気づかなかった。
「なんであいつがここにいるのよ……」
シシリは外に出ている店の看板をじーっと見ていた。
女性客が多い可愛い雰囲気の店の前で看板を凝視する謎シシリ。怪しすぎる。
普段なら黙っていても勝手に人が集まる男が、今はむしろ避けられ不審な目で見られている。
(……ちょっと面白いわね)
いけない、いけない。不審がられる知り合いを見て面白がっているなんて人として駄目だ。性格が悪すぎる。
声をかけるべきか迷うが、これはある意味チャンスかもしれない。
(今なら誰の邪魔も入らないし、それに現行犯で捕獲できるわね)
いや、まあシシリは何も悪いことをしているわけではないのだけれど。
しかし捕まえるなら今しかないと私はシシリに近づいていった。
「ねえ」
私がシシリに声をかけると、彼は「はい?」と横にずれながら私を見た。
その瞬間、本当に一瞬だがシシリの目が見開かれたのを私は見逃さなかった。
(やっぱり。シシリに間違いないわ)
シシリだとわかってみれば、乱れた髪と眼鏡に隠されたその顔はシシリであることに違いなかった。
シシリはさっと顔を逸らすと「あ、すみません。邪魔でしたよね。どうぞ」と言って私から距離を取り――ススっと逃げようとした。
(誰が逃がすものですか!)
私はシシリの腕をガシッと掴んで引き止める。
「え、あの……」
「ねえ、シシリ。どうして逃げるの?」
私の問いに、シシリが今度こそ隠せないほど目を見開いた。こんなに表情豊かに驚いているシシリを見るのは初めてだ。
「ど、どうして。どうして俺だって……」
「あら、シシリ。あなた普段は自分のこと俺って言うのね」
バッとシシリが自分の口を手で覆う。彼はこの状況にかなり動揺しているようだ。
まさかこんな場所で私に会うと思っていなかっただろうし、まして会ったところで自分だとバレることはないと思っていたのだろう。
動揺しているシシリを見て面白がっている私はやっぱり性格が悪いなと思っていると、「あの、もしかして並んでいますか?」と後から来た人に聞かれた。
「あ、すみません。大丈夫です。先にどうぞ。――ねえ、ちょっとこっち来て」
そう言って私はシシリの腕を引いて歩き出した。
「え? ちょっと待て、どこへ――」
「うるさいわね。黙って付いてくる!」
シシリを無理やり連れて近くの公園にやって来た。
隅にあるベンチにシシリを座らせ、その隣に私も腰を下ろした。
「で? シシリのその格好なんなの?」
「はあ~、なんで俺だってわかったんだよ。この変装、結構自信あったんだけどな」
シシリは苦笑しながらそう言った。
まあ私以外の人だったらまず気づかないだろう。それくらい普段のシシリとはかけ離れている。
「なんだ。やっぱり変装だったのね、それ。私がすぐにシシリだってわかった理由は簡単よ。変装するところを見ちゃったんだもの」
「え? いつ? どこで?」
「うーんと、2週間くらい前?」
私はこの前シシリを目撃した時の状況を彼に話して聞かせた。
「あの練習場使う人なんていたのか……」
「いるわよ。って、言ってもたぶん私くらいだけど」
「よりによって、なんで君なんだ……」
「それは私が寮生で、毎日魔法を練習してしまうくらい真面目な生徒だからね」
「そうだとしても、普通はもっと校舎に近い大きな練習場を使うだろ。それに寮生だってあの道はほとんど使わないじゃないか」
「そうなのよ。なんでかしら。近道なのよ? ちょっと草木が鬱蒼としていて道が獣道化しているけれど」
「……だからだろう」
緑豊かで良いと思うのだが。
田舎にある我が家の近くの森に似ていて私は結構好きなのだけれど。
……いけない、いけない。話が逸れてしまった。
「まあ、とにかく。その時からずっと気になっていたのよね。何をしているのかしらって」
「もしかして最近俺に話しかけて来ていたのって……」
「もちろん、これが聞きたかったからよ」
「そうだよなあ……」
シシリはうつむきながら盛大に溜息を吐く。
「何よ?」
「……なんでもない。ちょっと期待した自分に落ち込んでるだけ」
「? まあいいけど。それよりも変装までしてあそこで何してたの?」
「スイーツ店に来た理由なんてひとつしかないだろ? 話題になっているフルーツタルトを食べに来たんだ」
「シシリも? 私もよ! ……って、なんでわざわざ変装してくるの?」
タルトを食べに来るだけなら変装する必要なんてないと思うのだが。
「もしかして恥ずかしいの?」
「恥ずかしいっていうか……甘いものが好きだってバレたくないというか」
「はあ? 何よそれ。いいじゃないべつに。今どき男性だって甘いもの食べるわよ? うちの兄と弟だって……ってこんなことしている場合じゃないわ!」
私はがばっと立ち上がった。
「うわっ! どうした、急に」
「早く行かなきゃ限定タルトがなくなっちゃうかも! 行くわよ!」
「え? は?」
「ほら! 早く立つ! そして走る!」
公園に来た時と同じように、私はシシリの腕をガシッと掴むと引っ張るように走り出した。
そして急いで先ほどのスイーツ店へと戻ったのだった。
甘いものが好きすぎて物語の中に盛り込みたい願望があります。
今はクッキーが食べたい気分。
【お知らせ】
◆書籍の話
別作品にはなりますが、『王立騎士団の花形職』の2巻が6/12に発売予定です。
もしよければお手に取っていただければと思います。
よろしくお願いします(・∀・)
◆『私の名はマルカ』
連載再開しました。




