19.ルルーシア・ヘイローは揺さぶられる
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私がベッドをバシバシと叩いていたところへアリスが戻ってきた。
「ただいま~。寝る前だからハーブティーにしてもらったわって、なんでそんなに荒れてるのよ」
「あいつが悪い!」
「ルルったらお口が悪いわよー。あいつってシシリ様のこと?」
「他に誰がいるのよ!」
「何をそんなに怒ってるのよ」
「わからないけど腹が立つの! アリスに聞けってなんなのよ! 教えて、名探偵!」
「え? なに? 私?」
アリスがベッド横のテーブルに持ってきたティーセットを置き、ハーブティーを注いだカップを私にそっと差し出した。
「はいはい、ルルちゃん。まずはこれ飲んで落ち着きましょうね」
むすっとしたままアリスから渡されたハーブティーを一口飲む。
リンゴの果実のようなふんわりとした甘い香りが鼻に抜ける。
「……いい香りね。カモミールティー? 美味しいわ。今の私にピッタリね」
「正解よ。さすが、ルル。うーん、美味しい」
ふうふうと冷ましながら少しずつカモミールティーを飲み、それがなくなる頃には私の心も落ち着きを取り戻していた。
私がカップをテーブルに戻すと、アリスは先ほどと同じようにクッションを抱え、話を聞く体勢を万全に整えていた。
「それで? この短時間でいったい何があったの?」
「……落ち着いて思い返すと、大した会話はしてないのよね」
アルドラーシュがくれたブレスレットのせいでアリスが私たちの仲を勘違いしていると伝えて、それに対して彼はまったく悪いと思っていないと言っただけの話だ。
「え? それだけ?」
「う……そうよ」
そんなことであんなに荒れていたのだと思うと今さらだけれど恥ずかしくなる。
「はあ、何よその平和な喧嘩。いや、もう喧嘩にすらなってないわね」
アリスが呆れたように溜息を吐く。
「で、でも腹が立つでしょ? まったく悪びれないんだもの」
「でもシシリ様は悪いと思っていないんでしょ?」
「ええ、そう言ってたわ。私にはわからなくてもアリスならその意味がわかるって言ってたけど……わかる?」
「ええぇ? シシリ様、私に説明させる気? ……わかるっていうか、それしかないっていうか」
「なに? 教えて!」
自分で答えに辿り着けないことは悔しいけれど、わかる人がいるなら聞くのが一番早い。
私は期待を込めてアリスを見つめた。
「だから、恋仲だと思われて構わないってことでしょう?」
「誰と誰が?」
「ルルとシシリ様が」
「どうして?」
「シシリ様がルルに気があるから」
アリスの言葉に私は思わず「それは違うわ、名探偵」と言ってしまった。
アルドラーシュが私を? あり得ない。
「どうしたらそういうことになるのか疑問しかないわ」
「どうって……私からしてみれば、どうしてルルがその可能性を少しも疑わないのか疑問でしかないのだけど。さっきだってお互いに名前で呼び合っていたでしょう? 驚いちゃったわ」
「ああ、あれね。身バレ防止対策よ。街に出た時にシシリの名はどうしたって目立つでしょう?」
それ以上でもそれ以下でもない。
たしかに男女間で名前で呼び合うのは貴族では稀だし、あまり褒められたことではないとは思うのだけれど。
本当は共鳴石を使った通信の時はシシリと呼んでいたのだけれど、プライベートな時間に家名で呼ばれたくないとアルドラーシュが言うのだから仕方がない。
最初は抵抗があったけれど、そんなものは数日で慣れてしまった。
順応性の高い自分が怖いと思っていると、アリスが「……名前呼び、どちらから提案したの?」と聞いてきた。
「アルドラーシュよ」
「やっぱり。そうだと思ったわ」
アリスが溜息を吐いて抱きしめていたクッションに顔を埋めた。
「それってもう、ほら、気づいてあげなさいよ。サインはたくさん出ているじゃないの……」
アリスはぶつぶつと呟きながら私をちらっと見た。
「……ちなみに、ルルはシシリ様のことどう思ってるの? あんなに素敵な方が傍にいてときめいたりしないの?」
「そうねぇ、たしかに顔は整ってるけど……」
アリスに聞かれてアルドラーシュの顔を思い浮かべる。
初対面のときはたしかにときめいた。やはり都会の男性は洗練されているのだな、自分のような田舎から出てきたばかりの人間とは違うなと思った。
それからは試験で1位をとっても大して喜びもしないいけ好かない人間で、努力してもそのさらに上を行くアルドラーシュが少し憎らしくもあった。
そして、ここ最近でアルドラーシュのことを以前よりも知ったことで、案外気の合う付き合いやすい友人だと思うようになった。
「それよりも、侯爵家の人間なのに気取ったところはないし、案外冗談とかも言ったりするし、気さくな良い友人だと思っているわ」
「そこにときめきは?」
「うーん、ないわね。アルドラーシュだって同じじゃないかしら」
彼にとって数少ない素で接することのできる相手なのだ。きっとアルドラーシュも私のことを良い友人だと思ってくれているだろう。
私が自信を持ってそう言えば、アリスは「はあぁ、ルルだものね……」と言った。
「どういう意味?」
「なんでもないわ。それよりも! シシリ様が駄目ならルルはどんな人にときめくの?」
「ええ? いきなり?」
「ちなみに私は面白い人ね。あとは私の性格ごと受け入れてくれる人じゃないと駄目よね。結婚後のことも考えたら、自分の屋敷でくらい無理せずに過ごしたいもの」
アリスはさらに、顔が良ければなお良いと言った。
理想が高い。
「それはさすがに贅沢というものじゃない?」
「なによう! ルルだってどうせなら顔が良いほうがいいでしょう?」
「私は生理的に受け入れられないとかじゃければそれでいいわ」
「え? 本当に?」
「ええ。まあ私も昔は王子様みたいなかっこいい人と結婚したいって思ってた時期もあったんだけど」
物語に出てくる王子様のような人と恋に落ちる、いつか自分にも運命の相手が現れるに違いない。
多くの女の子が一度は経験する憧れ。かくいう私も一度はその道を通った。
けれどそんな恋への憧れもずいぶんと昔に壊され、現実を見るようになった。
「私は私を望んでくれる方ならそれだけでいいわ。そもそもそんな人が現れるかどうかも疑問ね。素敵な恋に憧れはあるけど、きっと私には無理だから」
「ちょっと待って。どうしてそんな考えになるの? ルルは素敵な女性じゃない。きっと素敵な相手が現れるわ」
アリスはそう言ってくれるけれど、そんなことはないと私は知っている。
「ありがとう。でも男性から見たら私なんてお呼びじゃないのよ。特に王都にいるような男性にはね」
まあでも田舎に行けば私くらい負けん気が強くて健康な女性のほうが需要がありそうだと言えば、アリスは私の肩をガシッと掴んでにっこりと笑った。
「ルル? 誰かに何か言われたのね?」
「え?」
「ふふ、どこの誰かしら? ダメンズ伯爵子息? それともクズオット子爵令息かしら?」
アリスが口にしたのは学園内でも女性にだらしないと言われていたり、女性を軽く見ていたりする男子生徒たちの名だ。
「ア、アリス? 違うわ、違うから落ち着いて?」
「じぁあ、誰よ! こんなに可愛いルルにそんなふうに思わせたのは!」
アリスに掴まれた肩を揺さぶられ、がくがくと頭が揺れる。
「アリス、酔う、酔うからやめて! 昔だから! 子供の頃の話だから!」
私を揺さぶるアリスの手が止まる。助かった。
「昔?」
「はあ、そうよ昔の話。話したことなかったかしら」
「ないわ。教えて。詳しく!」
「ええ~……面白くないわよ?」
「いいわ、聞かせて。あ、話したくないなら無理にとは言わないけど……」
アリスがハッとしたようにそう言った。
彼女のこういうところが私はとても好きだ。
興味や好奇心は旺盛だけれど、きちんと人を思いやることも忘れない。今だってきっと私が話したくないと言えば、簡単に引き下がってくれるのだろう。
「大丈夫よ。そんなに大した話ではないんだけどね――」
本当に大した話ではないし、特に隠していることでもないので問題ない。
私はアリスに自分が現実を見るようになったある日の出来事を話し始めた。
揺さぶられたルルーシアでした(物理的に)。
読まなくてもいい補足↓
ルルーシアは軽い男性不信です。
自分を馬鹿にするような男性ばかりじゃないとは分かっていても、男の人になんか負けたくない! と思っています。
ある意味彼女の学園での原動力でもあります。
友人や級友としてならまったく問題なく接することができますが、こと恋愛に関しては「自分のことを好きになる人なんているわけないな」と普段から無意識にブロックしている状態です。
11月なのにまだまだ暖かいですね。
頑張って続き書くぞーい!
 




