18.ルルーシア・ヘイローは言い淀む
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学園での授業が終わり、あとは帰るだけとなり私はアリスに声をかけた。
「もしもし、名探偵さん? ちょっと聞いてほしいことがあるんだけどいいかしら?」
アリスはバッと顔を上げてにんまりと笑うと「ここじゃないほうがいいわよね?」と言った。
「そうね。そうしてもらえると助かる」
「了解」
アリスが席を立つ。
「あ、でも待って。これはもっと時間をとってじっくり話を聞くべき案件だと名探偵の勘が言っているわ!」
そうね、そうしたほうがいいわとアリスが目を瞑って考える仕草をしながらぶつぶつ言っている。
そして彼女は目をパチッと開けると「次のお休みって何か予定ある?」と聞いてきた。
「来週? 来週は何もないわ」
「ほうほう。じゃあ来週授業が終わったらそのままうちに泊まりにこない?」
「いいけど、お邪魔してもいいの?」
「いいから誘っているんじゃない。ルルだったらうちの者はみんな大歓迎よ。パジャマパーティーしましょうよ」
「ええぇ~、いいけど……可愛いパジャマなんて私持ってないわよ?」
ここ最近王都ではパジャマなる寝間着が流行っているというのはアリスから以前聞いた情報だ。
一般的なシンプルなワンピースタイプの寝間着とは違い、上下で別れていてとても楽で女性が喜びそうだけれど眠るのに邪魔にならない絶妙な装飾が施されているのだとか。
もちろんそんな流行のものは私は持っていない。
「ちょっとこの前つい買い過ぎちゃったのよ。どれもこれも可愛いんだけど着ないのはもったいないからルルに一着もらってほしいと思ってたの」
「私に? くれるの?」
「ええ。ルルには勉強も教えてもらってるし、その対価ってことでどう?」
いくら家訓が『いただけるものは遠慮なく受け取るべし』だったとしても、ただただもらってばかりいては、私は堂々とアリスの親友だと名乗れなくなってしまう。
けれど、そういうことならと遠慮なく頂戴することにした。
実際にアリスの成績維持に一役買っているという自負はある。
「ふふっ、来週が楽しみね。それまでは何も聞かないであげるから安心してちょうだい」
アリスは私にウィンクをしてきた。
これはなんだか彼女はとても大きな勘違いをしていそうな気がする。
長い夜になりそうだと覚悟した。
◇◆◇◆
「さあ! 最初からすべて話してちょうだい!」
「わかったから。慌てなくても私は逃げないから落ち着いて」
今日はアリスと約束していた休日前夜。
眠る準備を整え、パジャマに着替え、アリスの部屋の大きなベッドの上に座っている。
アリスは腕の中にクッションを抱え、目をキラキラさせながら鼻息荒く聞いてきた。
私はというと、アリスにパジャマをもらった時はその可愛らしさに気分が高揚していたのだけれど、今はそんなアリスの勢いに押されて自分の口の端が引き攣っているのがわかる。
絶対に何か勘違いしている。
「アリスが思っているような内容ではないと思うけど」
「え~? ルルたちが良い仲になったってこと?」
「……一応聞くけど、誰と誰が?」
「ええ? 言わせちゃう? ルルとシシリ様に決まってるじゃない!」
やっぱり。
そうじゃないかと思っていたけれど、本当にそうだったのね。
思わず大きな溜め息が漏れた。
「違うから。それアリスの勘違いだから」
「え? そうなの?」
「そうなの。今からちゃんと説明するから」
私はここ最近起こった私とアルドラーシュの関係の変化についてアリスに一から説明した。
謎シシリの風貌について話した時には、アリスは「黒髪……っは! なるほどねぇ」とか訳のわからないことを呟いていたりにやにやと笑ったりしていた。
「なによ」
「なんでもなーい。それで、それで?」
「だから、お互い甘いものが好きだってわかって――」
気兼ねなくたくさん食べたい私と、男性一人だと入りづらい佇まいのお店にも行ってみたいアルドラーシュの利害の一致から一緒にスイーツ店巡りをすることになったのだと説明した。
「あのシシリ様が」
「そうなの。甘いものが好きなのに女性たちに誘われすぎて困るから正直に言えないなんて、大変よね」
「……うん、そうじゃないと思う」
「え? なあに?」
「ううん。とりあえず事情はわかったわ。けど……」
アリスは私の手首にあるブレスレットにちらりと視線をやる。
「そのブレスレットは? シシリ様からじゃないの?」
「ええ、そうよ。やっぱり気づいていたのね」
「そりゃあ気づくでしょ。そんなに可愛らしいアクセサリーまで贈られているんだから恋仲だって思っても不思議じゃないじゃない」
「ふふ、アリスったら。恋愛小説の読み過ぎじゃない? これにだってちゃんと理由があるんだから」
私は学園寮住まいで普通の日に学園の敷地外へ出ることはほとんどないし、アルドラーシュは王都の屋敷住まい。
授業後に話そうにも、基本的にアルドラーシュは人に囲まれているし、いつどこから彼を狙う女生徒が現れるかもわからない。
そんな状態でスイーツ店に出掛ける話などできるわけがない。だからこそのブレスレットなのだと私が言うと、アリスは首を傾げた。
「今の説明とそのブレスレットと何の関係があるの?」
「ふっふっふ! 実はこれ共鳴石が使われているのよ!」
「共鳴石って、え? その宝石、共鳴石なの!?」
「そうなの。やっぱり驚くわよね?」
「驚くっていうか……そんなものただの友人に渡すわけないじゃない」
アリスはアルドラーシュは私に気があるに違いないと興奮気味に言った。
やっぱり彼女は恋愛小説の読みすぎのようだ。美男美女ならそういうこともあるだろうけれど、ここは小説の世界ではない。
まあ、アルドラーシュなら小説の登場人物になっても違和感はないけれど、その相手が私では物語として成立しないだろうに。
「そんなこと言ったって現に私はもらったし。たくさん持っているからいいんですって」
さすがシシリ侯爵家よねと私が言うと、アリスはクッションを抱えたまま後ろにパタンと倒れた。
ふかふかのベッドがポフンと揺れる。
「いやいやいやいや、ないないないない。そんなの嘘に決まってるじゃない。ただの共鳴石じゃないのよ? 宝石の共鳴石よ? しかもご丁寧にアクセサリーに加工されているものをよ? シシリ様すごく頑張ってらっしゃるのに、ルルったら鈍いにも程があるわよ。いえ、純粋すぎると言うべき?」
私に聞こえない小さな声でブツブツとアリスが何かを言っている。
そうかと思うと私の顔を見て「シシリ様、憐れ……」と言って目を瞑った。
「ちょっと、憐れって何よ。あ、べつに私が無理やり要求したわけじゃないわよ?」
いくらヘイロー家の家訓があれだからといって、窮地に陥っているわけでもないのに物をせびったりなどしない。
私が慌ててそう弁明していると、不意にブレスレットが仄かに光った。
「ルル、それ光ってるけど。シシリ様から通信が来たってことよね?」
「そうね。でも今はアリスといるから出ないわよ」
「何でよ! 出なさい、今すぐ! シシリ様のこと私に話したって、ほら! 私のことはその辺の置物だと思って無視していいから」
「わ、わかったわよ。出ればいいんでしょ」
アリスにすごい剣幕で早く出ろと言われ、自分の魔力をブレスレットに流す。
すると、すぐにアルドラーシュが応答した。
『あ、ルルーシア? 今、大丈夫か?』
「(ルルーシア!?)」
「大丈夫、といえば大丈夫ね」
『? 都合悪いなら切るけど』
「大丈夫よ。そうだ、アリスにアルドラーシュのこと話したわ」
「(アルドラーシュ!?)」
「ちょっと、アリスうるさい」
置物と思えと言ったくせに、全然置物になり切れていないアリスに文句を言う。
「ごめんなさいね。今日アリスの家にお邪魔しているのよ」
『もしかして今そこにいる?』
「ええ。ほらアリス」
「こんばんは、シシリ様、アリステラ・ローリンガムです」
『ああ、こんばんは。楽しい時間を中断させてしまって申し訳ない』
「とんでもございませんわ。私ちょっと席を外しますので、少しルルの相手をお願いします」
『そんな、邪魔をしてしまったのはこちらなのだからもう切るよ』
「いいのです! 本当に少し席を外しますので。私はシシリ様の味方ですから、頑張ってください!」
アリスはアルドラーシュに訳のわからない言葉をかけると、新しいお茶を入れてもらってくると言って本当にベッドを降りて部屋から出て行ってしまった。
残されたのは私と、共鳴石の向こう側のアルドラーシュだけだ。妙な沈黙が流れる。
『……ルルーシア、君ローリンガムさんに何て言ったの?』
「え? これまでのことを話しただけよ? べつに余計なことは言ってないわ」
アルドラーシュの心の葛藤などについてはもちろん話していない。
私たちの間柄を正しく説明しただけだ。
「それなのにアリスったらとんでもない勘違いをしていたのよ」
『勘違い? どんな?』
「あのね、私とアルドラーシュが――」
ここまで言って私はふと思った。
私たちのことを恋仲だと勘違いしていたなんて言う必要があるのだろうか、と。
『俺たちが? ……おーい、ルルーシア? どうした?』
「え? あ、ああ、ごめんなさい。えっと、私たちが恋仲なんじゃないかって。笑っちゃうでしょ?」
『……』
「……」
ああ、やっぱり。
言うべきじゃなかった。この気まずい沈黙をどうしてくれよう。
「だ、だいたいアルドラーシュが悪いのよ! 共鳴石のブレスレットなんてものをポンと寄越したりするから」
『あー、なるほど。ごめんな?』
「……絶対謝ってないわよね?」
共鳴石が運ぶのは声だけで相手の顔までは見えないはずなのに、共鳴石の向こうで意地悪く笑うアルドラーシュの顔が想像できた。
『だって俺は悪いと思ってないし』
「はあ? どういう意味よ、それ」
『ははっ、ルルーシアにはわからないだろうな。ローリンガムさんにでも聞いてみたらいいんじゃないか? じゃあ、もう切るな。邪魔して悪かった』
「え? ちょっとアルドラーシュ? アルドラーシュ? ……本当に切ったわ! 何なのよ、もう!」
一方的に通信を切られ、私は苛立ちからベッドをぼすんと叩いたのだった。
「まあお嬢様。ご用でしたらベルを鳴らしてくだされば参りましたのに」
使用人の言葉にアリステラは「いいのよ」と言った。
「ちょっとじっとしていられなかったから。新しいお茶をもらえる? できれば心を落ち着かせるようなものがいいのだけれど」
「それでしたらハーブティーのほうが良いですね。すぐにご用意いたしますね」
「ありがとう。でも急がなくて大丈夫よ」
ルルーシアとシシリに二人の時間を持たせてあげなければとアリステラは内心興奮していた。
(ルルーシアですって! アルドラーシュですって! なによ、なによ!)
まさかの名前呼び。
自分が思っていたよりも二人の仲は進展しているようだと、アリステラは澄ました顔の下で興奮していた。
「……お嬢様、お顔」
「あらやだ。隠せていなかった?」
「ええ、まったく」
「だって興奮せずにはいられないことがあったんですもの」
「左様でございますか。まあ、ルルーシアお嬢様でしたらそのお顔をお見せしても問題ないでしょう。さあ、ハーブティーが入りましたよ」
「ありがとう」
アリステラはティーセットを手にし、スキップしてしまいそうな心を抑え、ゆっくりと自室に戻った。
もちろん、ルルーシアから良い報告を聞けることを期待して。
以上、部屋を出た後のアリスでした。
興奮しまくり(笑)
誤字報告もありがとうございます。
なるべく減らせるように気をつけます。




