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あなたと私の美味しい関係  作者: 眼鏡ぐま


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16/52

16.ルルーシア・ヘイローは頬を染めた

いいねや感想&誤字報告に評価などありがとうございます。


「なんだか、最近楽しそうね」

「え? そう? いつもと変わらないけど」


 アリスにそう言われて思わず心臓が跳ねた。言われたことに心当たりはあるけれど、謎シシリの話をすることはできないので普通を装う。

 けれどアリスは納得できないようだった。


「本当に~?」


 じっと私を見る。アリスは背が高い派からものすごい圧を感じる。


「最近シシリ様のこと見てないわよね」

「それはもう解決したから」

「シシリ様と話し込んでいるところなんて見ていないけど?」

「アリスと別行動している時だってあるじゃない」

「……そのブレスレット、素敵ね」

「ありがとう。私もそう思うわ」

「へ~、ふ~ん、ほうほう」

「な、何よ」

「べつに?」


 アリスはにやりと笑うと右手の親指と人差し指で輪っかを作り右目に当て、左手を腰に当てて「まるっとすべてお見通しよ! だって私は名探偵ですもの!」と言った。


「……今度は何の影響?」

「あら、知らない? 子爵令嬢が珍事件を解決する面白可笑しい物語のキメ台詞よ!」

「難事件じゃなくて珍事件なのね」

「そこがいいんじゃない」

「はいはい」

「もうっ、また適当に返事して。でも、いいの。私はあなたの口から真実を聞けるのを楽しみに待つわ!」

「……それも台詞?」

「さあ、どうかしら? 楽しみだわ~。ふふふ、じゃあまたね」


 そう言ってアリスは楽し気に去っていった。




 ◇◆◇◆





「ってことがあったんだけど……」

「……ローリンガムさんってそんな愉快な人だったっけ?」


 今日は休日で、私とシシリは約束通りスイーツ店ルルにやってきていた。

 席に着くと同時に迷わず本日のスペシャルスイーツセットを二人とも頼んだ。

 待っている間もお店の内装を見たりできるので、この待ち時間すらも楽しいひと時になる。

 スイーツ店ルルは前にシシリと行ったことのあるお店よりも、全体的にこぢんまりとして可愛らしいお店だ。

 そのせいかテーブルも少し小さ目だし、周りの席との間にパーテーションなどもない。


「そうよ。まあ、見た目からだと想像つかないかもしれないわね」


 よく知らない人から見たら、アリスは知的だとか何とか言われているようだから。

 私なんかは背が低くて垂れ目なせいか、子供っぽく見られて知的だなんて言われたことがない。

 羨ましい。やっぱり見た目って大事だなと思わなくもない。まあ、そのぶん甘く見られないように頑張るだけなのだけれど。


「それでね、なんだかもういろいろと勘付かれていそうだし、隠し事をしているのも嫌だから、アリスにだけはシシリとのこと話してもいい?」


 本当はあの場で話してしまいたかったけれど、やはり自分一人のことではないし、きちんとシシリの許可も必要だと思ったのだ。

 だからこそシシリが嫌だと言うのなら、いくら相手が親友のアリスであろうと黙っていようと思っていたのだが、当のシシリの返答は実にあっさりとしたものだった。


「構わないよ」

「本当に? 謎シシリのこともよ?」

「いいよ……っていうかさ、あー……」

「なあに?」

「ちょっと、近くない?」


 そう言われて少し前に乗り出し過ぎてしまっていたことに気づかされる。

 たしかに今までよりもシシリとの距離が近い。すすすっと体勢を戻し「ごめんなさい」と謝る。


「いや、べつに、うん」

「ほら、いつもと違って個室じゃないでしょ? あなたの名前が聞かれたらまずいと思って」


 ヘイロー伯爵家と違ってシシリ侯爵家は有名な家だ。それこそうちみたいな田舎でも知られているくらいには。

 つまりこの王都では知らない人はいないと言っていいほどの名家なのだ。もしこの国の民で知らないという人がいたら、どんな辺境からやって来たのかと驚かれるだろう。

 なぜそこまで有名なのかというと、今から100年以上前にこの国で流行病が発生した際に活躍したのがその当時はまだ伯爵家だったシシリ家の当主だったからだ。

 その流行病の特効薬の原材料がこの国では希少な薬草だった。

 その薬草と特効薬を至急仕入れられるように隣国に交渉したのが、当時外交官を務めていたシシリ伯爵だったのだ。

 少なくない犠牲は出したものの、それ以上の蔓延を防いだことからその働きを認められ、シシリ家は陞爵して伯爵から侯爵になり、国民的英雄となった。

 だからこそ、シシリという名前を耳にすれば皆が敏感に反応する。「え? シシリ侯爵家の人がいるの? どこどこ?」というふうに。

 いくら好意的なものだとしても、せっかく謎シシリの格好でいるのにそういう視線を向けられるのは気が休まらないだろうと思ったのだ。


「あー、うん。そうだね。気遣ってくれてありがとう」


 そう言うとシシリは顎に手を当てて少し考えるような仕草を見せたと思ったら、こちらを窺うように顔を上げた。

 そして微笑みを浮かべ、こう言った。


「それならさ、名前で呼んでくれればいいんじゃないか?」

「名前?」

「うん、そう」

「……名前、名前。ぇええ?」

「……何その反応」

「だって名前でしょう? 呼ぶの? 私が? あなたの名前を?」


 いきなり出されたシシリの提案に困惑する。

 基本的に貴族は家族以外の異性の名前を気軽に呼ぶということはなかなかない。子供の頃からの幼馴染だとしても私たちくらいの年代になると、少なくとも外では名前を呼ばず家名で呼び合うようになる。

 そうだというのに、目の前のこの男は私に自分のことを名前で呼べば良いと言ったのだ。


「駄目よ」

「どうして?」

「どうしてって……わかるでしょう?」

「ヘイローの言いたいことはわかるけど、今のこの姿を見て俺たちのことを貴族だと思う人ってどれだけいると思う?」


 そう言われて自分とシシリの格好を改めて確認する。

 私もシシリも格好はラフだし、一見してわかるような高価な装飾品なども身に着けていない。

 シシリにいたってはわざと髪をぼさっとさせ、眼鏡までかけて持ち前の美貌を完全に隠そうとしている。

 まあ意識してみれば顎のラインは整っているし、眼鏡と長めの前髪に隠れた相貌はとても美しいのだとわかるのだけれど。

 ただ、見ず知らずの人の顔をわざわざ覗き込んでまで凝視するようなおかしな人はそうそういないだろう。

 そして私に至っては完全に一般市民の中に溶け込んでいると思う。

 もしかしたら少しだけ素材の良い服だったり、髪に質の良い香油を使っているかもしれないけれど、それだっておそらく王都のオシャレな女性とさほど変わらない程度。

 つまり――。


「……ほとんどいないんじゃないかしら」

「だろう?」


 平民の男女間で名前で呼び合うなんてよくあることだとシシリは言った。


(郷に入っては郷に従えとも言うし、ここはそれに倣って……いえ、でも)


 私がシシリの言葉に素直に応じるべきかどうか悩んでいると、向かいに座るシシリがスッと身体を前に出し、手招きして私を呼んだ。

 私も近づき、「何?」とシシリに問いかける。


「毎回こうやって会話するのか? まあ俺はそれでもいいけどね」


 シシリはにっこりと笑ってそう言った。


「近すぎるって言ったのシシリじゃない」

「言ったよ。でもヘイローがどうしても名前で呼びたくないっていうなら仕方ないだろ?」

「呼びたくないなんて言ってないじゃない」

「そう? 俺はまた初心なヘイローには男の名前呼びは難しかったかなと思ったんけど」


 シシリが揶揄うように言った言葉に思わずカチンときた。


「馬鹿にしないでよね。男の人の名前くらい呼んだことあるわよ」

「……へえ、あるんだ。例えば?」

「お父様とか、お兄様とか弟とか、それに使用人や領民のみんなだって呼んだことくらいあるわ」

「あー、はいはい。そういう感じね」


 そういう感じってどういう感じだ。それ以外に何があるというのだ。


「そういうシシリはどうなのよ。人にばっかり言っているけど、あなたは呼べるの?」

「呼べるけど、呼んでいいの?」

「どうぞ。人に言うからにはまず自分が実践してみなさいよね」


 これで呼べなかったら笑ってやるんだからと思いそう言うと、シシリはあっさり「ルルーシア」と口にした。


「へ?」

「どうしてそんなに驚くんだよ。ルルーシアが呼んでみろって言ったんだろ?」


 言った。たしかに言ったけれど。そう簡単に実践されてしまうと、私がいろいろ考えていたのが馬鹿みたいではないか。

 それにただ名前を呼ばれただけなのに、なんだか恥ずかしい気持ちになる。


(……っは! もしかして家族以外に名前を呼び捨てにされたのって初めてじゃない?)


 余計に恥ずかしさが募る。私の顔、赤くなっていないだろうか。

 それに比べてシシリはどうだ。

 恥ずかしがっているのは私だけで、シシリはそんな素振りまったくない。

 女性の名前なんて呼び慣れているということだろうか。不公平ではなかろうか。経験の差? を見せつけられた気分だ。


「ルルーシア?」

「……なんだか腹が立つわ」


 キッとを睨むと途端にシシリは慌てだした。


「え? ごめん、そんなに嫌だった?」

「そ、そうじゃないけど。なんでシシリはそんな平然としていられるのよ」


 私の文句に対してのシシリの返答は予想とは違ったものだった。


「え? それはもう俺が平民になりきっているからだろ」

「は?」


 てっきり私と違って慣れているのだと言われるのかと思ったらそうじゃなかった。


「言っただろ。この姿の俺は家とか関係ないただのアルドラーシュなんだって。友人を名前で呼ぶくらい普通だろ?」

「……そういうもの?」

「ああ。貴族だって同性の友人は名前で呼ぶじゃないか。それよりもくだけてる平民は異性だって名前で呼ぶさ」


 自信満々にそう言われるとそんな気がしてきた。


「だからヘイローも気軽に呼んでよ。俺もルルーシアって呼ぶからさ」

「……わかったわよ。呼べばいいんでしょ、呼べば」


 シシリにできて私にできないはずはない。

 ここは貴族のお屋敷ではなくて王都で平民に人気のスイーツ店。今の私はただのルルーシアで、目の前にいるのはただのシシリ。

 私たちはただのスイーツ仲間で友人だ。よし、問題ない。


「アルドラーシュ」


 うーん、しっくりこない。

 今までずっとシシリと呼んでいたから変な感じがするのは当然だろう。慣れるまでに少し時間がかかりそうだ。


「これからあなたがその格好でいる時はそう呼ばせてもらうわ……これでいいんでしょう?」


 やはり少し気恥ずかしさを感じてシシリの様子を窺うようにそう聞けば、彼はなぜか口元に手をやり伏し目がちに咳払いをした。


「……なんだろう、ちょっと気恥ずかしいな」


 そう言って顔を上げたシシリの頬は少し赤くなっていて、その言葉が嘘ではないと物語っているようだった。

 それと同時に私まで恥ずかしさが増してしまう。


「ちょっと! 恥ずかしがるのやめてよ! こっちまで恥ずかしくなるじゃない」

「そんなこと言ったって、あ……ヘイロ、ルルーシアも顔赤い」

「なっ、誰のせいよ! もうこっち見ないで」


 赤くなった顔を見られたくなくて私は思い切り顔を横に背けた。


店員「店長~。なんか今あそこの席行きづらいっす」

店長「甘酸っぱいわぁ♡ ヒューヒューって感じね!」

店員「うわぁ、古……」

店長「何か言った! さっさとお出ししてきなさい!」

店員「は、はいぃっ!」


急に寒くなりましたね~。

皆さま風邪などひかないようお気をつけくださいね。

あと昨日短編をひとつ投稿しました。

よろしければそちらもお願いいたします!


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