15.ルルーシア・ヘイローは改めてお礼を言いたい
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心が潤う~!
「これが共鳴石……きれいねぇ」
夜。学生寮の自室で眠る準備を整え、ベッドに寝転びながら自分の手首を飾る華奢なブレスレットを眺め、改めてしみじみと感嘆の声が漏れた。
「よくあるただの石のような共鳴石とは全然違うわね。こんなものをポンと渡してくるなんて……いったいシシリったら何を考えているのかしら」
たくさんあるから気にするなと言っていたが本当だろうか。
こんな高価なものが? いや、でもシシリ侯爵家なら本当にそうなのかもしれない。
シシリ侯爵家の領地はうちの領地よりも広大だと聞くし、宝石の共鳴石の出る山の一つでも持っているのかもしれない。
だからといって気軽に渡すようなものでもないとは思うのだが。
改めてブレスレットを見る。
なんやかんやと散々文句を言って受け取ったそれだが、とても素敵なものだと素直に認めざるを得ない。
なんならものすごく好みなデザインだ。
以前同じ学園の女子生徒から自慢された王都の最新のデザインとは異なる華奢ですっきりとした装飾。
自分で言うのもなんだが、私の手首にはゴテゴテギラギラした派手な装飾のものよりもこういったデザインのほうが合っていると思う。
「……まあ、もうもらってしまったのだし。私しか使えないし。手紙の配達代を気にすることもないし。ありがたいわよね」
いろいろ考えても便利でしかない。
自分では普通の共鳴石を購入することすら難しかったかもしれない。
通信できる相手がシシリだけというのは少し変な感じだけれど。
深い意味は無いそうだし、連絡用というきちんとした用途もある。
となればヘイロー家の家訓に従い、ありがたく頂戴するのみ。シシリにもきちんとお礼をするべきだろう。
「いくら予想外のことが起きたからといって、さっきのような言い方は良くなかったわ」
投げつけるように言った「ありがとう」なんてお礼とは言えない。
いただいたものには常に感謝の気持ちをと教えられるヘイロー家の者として、そして一人の人間として良くない行動だった。
「そうとなれば善は急げよね」
私はブレスレットに魔力を流すと、共鳴石が私の魔力を受けて光る。
(これでシシリからの反応を待てばいいのよね)
気づいてくれれば良いけれどと思った瞬間に共鳴石が仄かに熱を帯びた。
「え、はや……」
『ヘイロー?』
「あ、はい。ルルーシア・ヘイローです。えっと、アルドラーシュ・シシリさんで間違いないでしょうか」
『……なに、その喋り方』
共鳴石の向こうからシシリのくすくすと笑う声が聞こえる。
「共鳴石を使った会話なんてしたの初めてだったから……ちゃんと聞こえてる?」
『ああ、聞こえてる。いつも通りの話し方で大丈夫だよ。それより、どうした? 次の約束の話?』
「いえ、そうじゃなくて。ブレスレットのお礼がきちんと言えていなかったと思って」
『え? さっき言ってくれたじゃないか』
「あんな投げつけたようなありがとうはお礼とは言えないわ。ありがとう、シシリ。こんな素敵なものもらったの初めてよ」
『…………』
顔が見えない分なるべく気持ちを込めて伝えたつもりだったが、シシリからの返事がない。
共鳴石が光っているからまだ通信は切れていないはずなのだけれど。
「シシリ?」
『あ、ああ、ごめん。まさかそんなこと言ってくれるなんて思ってなくて。ヘイローって真面目だよね』
「どういう意味よ」
『いや、騙して無理やり押し付けたようなものだったから……』
「自覚あったのね」
『……ごめん』
シシリの声色から本当に謝っているのが伝わってくる。
いただきものをしておきながらその相手に謝らせてしまった。これは良くない。
「もう! 謝らないでよ。これ、かなり好きなデザインなの。見た目も可愛い上に実用性もあって素敵だわって思ってるの。だから嬉しいのよ。本当よ?」
『うん、ありがとう』
「ふふ、どうしてくれたシシリがありがとうって言うのよ」
『言いたくなったから』
「変なシシリ。じゃあ本当にお礼が言いたかっただけだから、もう切るわね」
私がそう言って通信を切ろうとすると『ヘイロー』と呼び止められる。
「なあに?」
『えっと……また明日。おやすみ』
「ええ、また明日ね。おやすみなさい」
今度こそ魔力を流すのを止めて通信を切る。
「最後のシシリ、なんか変だったわね。どうしたのかしら……まあいっか」
通信を切る間際のシシリに違和感を覚えながらも、私はきちんとお礼を言えたという達成感に満足していた。
(今日は充実した休日だったわ。行きたかったお店で美味しいものを食べて、素敵な贈り物をもらって、きちんとお礼も言えて。うん、良い一日だったわ!)
また明日からも頑張れそうだ。
明日の準備の最終確認をしながらブレスレットを外そうかとも考えたけれど、邪魔になるわけでもないし、失くしても嫌なのでこのまま着けておくことにした。
ふあぁっとあくびを一つしてベッドに潜る。
(……そういえば、こんな眠る直前まで誰かとお喋りするなんていつ振りかしら)
学園に入学するために王都に出てきてからは初めてかもしれない。
(何だかんだシシリとお喋りするのって楽しいのよ、ね……)
そんなことを考えながら、私は心地の良い眠りについたのだった。
◇◆◇◆
「不思議よね……」
『何? ごめん、なんて言ったか聞こえなかった』
あれから、なぜかシシリとの就寝前の通信が日常化した。
あの翌日、共鳴石を介して次に行くお店の相談をしていた際のことだ。
シシリが夜遅くにすまないと言ってきたので、「実家ではいつも就寝ぎりぎりまで兄たちとよくお喋りをしていたからなんだか懐かしいわ」と私はシシリに言った。
何の気なしに言った言葉だったはずなのだが、その翌日も共鳴石は光った。
その時シシリは「寂しがり屋なヘイローの話し相手になろうかと思って」と揶揄うように笑った。
その言葉を私は決して認めなかったのだけれど、そのさらに翌日も共鳴石は光った。
嫌なら反応をしなければ良いだけなのだが、私は共鳴石に魔力を流した。
なぜならシシリに言われたことはあながち間違いではなかったからだ。
領地にある実家はいつも皆が笑顔に溢れ賑やかだった。実家にいた頃は時にはうるさいと感じたり、自分だけの時間がもっと欲しと思ったりしたこともあった。
けれどいざ王都に出てきて周りに家族がいなくなり、寮も1人部屋なため人と接する時間がめっきり減ると、もうそんなふうには思わなくなった。
学園ではアリスのような友人もいるから良いのだけれど、寮の自室に戻るとなんとなく物足りない。
実家に帰るのも時間(というより日数)が掛かり過ぎるので長期休みの時以外は無理だと考えながら、自分は家族とのお喋りをとても楽しんでいたのだと実感した。
だからこそシシリから毎日来る通信を嬉しいと感じてしまった。
シシリも最初こそ揶揄うような言い方をしたけれど、その後は特に何も言ってこなかった。
ただ連絡をくれて、他愛無いことを話しておやすみと言って通信を切る。
きっとシシリは私が本当に故郷を懐かしみ、少し寂しく思っているのがわかったのではないだろうか。
「シシリ、いつもありがとう」
『なに? 急にどうしたのさ』
私がありがとうと言うと、シシリは怪訝な反応を示した。
普通に失礼である。けれど今の私は心が穏やかなのでそんなことでは怒らない。
「べつにー、言いたくなっただけ」
『変なやつだな。 まあいつものことか』
「ちょっと! いつものことって何よ!」
前言撤回。失礼すぎやしないか。
いつも変ってどういうことか。
『はははっ。あ、次は前に話に出た【ルル】はどうだ?』
「……誤魔化したわね? でも【ルル】いいわね。行きたいわ!」
ルルは月替わりで新作スイーツが登場する。
前に行ったのは、もう2カ月以上前だから食べたことのないスイーツがたくさんあるだろう。
さっきの少しイラッとした気持ちから一転、わくわくが止まらない。
『じゃあ次の休みはどうかな? 空いてる?』
「ええ、大丈夫よ。待ち合わせはまたあの公園でいいかしら?」
『ああ。時間も前と同じで?』
「そうしましょう。あーもう、今からとっても楽しみ!」
『俺も。じゃあ遅くまで悪かったな。おやすみ』
「大丈夫よ。おやすみなさい」
通信を切ると一気に部屋がしんと静まる。
(今まではそんなに気にならなかったはずなのに)
どうやら寂しさを自覚したのがいけないらしい。
自分が人との会話にここまで飢えていたとは気づかなかった。
(やっぱり一人で頑張らないとって気を張っていたのかしらね)
それに気づかせてくれたシシリに感謝したほうが良いのか、それとも気づかないほうが良かったのか。
(ううん、やっぱり今気づいて良かったのよ。こういうのって気づかないで限界を迎えると一気に爆発しそうだし)
そうでなくてもシシリとの会話は楽しいのは事実だ。
最初はとんでもないものをもらってしまったと思ったけれど、今はシシリの強引さに感謝しよう。
そんなことを考えながらベッドに入ると、あっと言う間に睡魔に襲われたのだった。
シシリは共鳴石が反応した時、大慌てで自分の魔力を流しました。
早すぎて驚くルルーシア。
可愛い子たちです(*´▽`*)




