14.アルドラーシュ・シシリは家族に愛されている
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今回もシシリ視点です。
予告しておりました通りコミックブシロードWEBさんで
『王立騎士団の花形職』のコミック連載が開始されました。
よろしくお願いいたします。
「おかえりなさい、アル! それで? どうだったの? 渡せたの? その顔は渡せたのね!」
「は、母上! なんですか急に!」
「良かったわね! イグ、イグー! アル、渡せたらしいわよ!」
「だから少し落ち着いてくださいって!」
家に帰るやいなや小走りで俺を迎えに出てきた母に腕を取られて揺さぶられた。
(いったい、なんなんだ!? 渡せたって共鳴石のことだよな? なんでそれをこの人が知ってるんだ)
困惑している俺を引きずるように居間に連れていき、ソファに座るように促す母。これはなかなか解放してはくれなさそうだと覚悟を決める。
自分も母に聞きたいことがあるし、などと考えていると、後ろから現れた人物にソファ越しに思い切り頭を掻き乱された。
「アル、良かったな! さすがアルだ!」
「ちょっとっ! なんなんだよ。子ども扱いするのはよしてくれ」
頭に置かれた手を払い、首を回して後ろを見ると、そこには兄のイグニーシュが立っていた。
兄はニッと笑うと俺の隣に腰を掛けた。
テーブルを挟んで目の前に母は、隣には兄。
二人から向けられる「良かった、良かった」という感じの生暖かい視線に顔をしかめた。
「母上に聞きたいことがあるんですが」
「まあ、何かしら? もしかして……心配しなくても大丈夫よ。ルルーシアさんなら反対なんてしないから!」
「なんの話ですか! ……はあ」
なんの話だと聞いたものの、自分の母なだけにこの人が何を言っているのかわかってしまうのが悲しい。
母の浮かれ具合に眉間を押さえて溜息を吐く。
「俺とヘイローはそんな関係じゃありません」
「まだ、そうよね」
「……俺が聞きたいのは共鳴石のブレスレットについてです。ロビンから聞きましたが、あれをヘイローを直接見て決めたとはどういうことですか?」
「だってせっかくなら似合うものを身に着けてほしいじゃない? イグにあげたものはリンデさんに似合いそうなものにしたのよ。だからアルのもお相手に似合うものにしたいじゃない?」
平然とそう言った母に頷く兄。本当に訳がわからない。
「なぜヘイローに渡ることが前提なんですか。違う人の可能性だってあるでしょう」
「いや、ないだろう」
「なんでだよ」
「シシリ家の男は一途だってよく言われるだろう? そもそもお前は昔から一度好きになったものはずっと好きだし、大切にしているじゃないか」
「それは物とか、本とかの話じゃないか。ヘイローは人間だし、それに……」
俺は家族にヘイローのことが好きだなんて一言も言ったことはない。
なのになぜ二人ともそれを前提として話をするのか謎すぎる。
「でも好きなのでしょう? 可愛い息子のことだもの、言われなくてもわかってしまうわよ。ねえ、イグ」
「ええ。それにアルは気づいていないのかもしれないが、お前の話の中に具体的に名前が出てくる令嬢はヘイロー伯爵令嬢だけだぞ?」
「あなた昔からご令嬢に人気があるのに全然興味を示さなかったじゃない。それが突然ルルーシアさんの名前が出始めたかと思ったら毎日楽しそうに学園に行くようになったでしょう?」
「……は?」
「それで気づかないほうがおかしいだろ」
「……え?」
「今日だって数日前から目に見えてそわそわと落ち着きがなかったしな」
「共鳴石は自分の持ち物として扱っていいのかなんてわざわざ確認に来るしね」
「…………最悪だ」
自分のヘイローへの想いが知られていたことと、そこまでわかりやすい言動をしていたのだと知って恥ずかしくて仕方がない。
穴があったら入りたい。いや、もういっそ穴を掘って埋めてくれ。
顔を両手で覆い、がっくりと項垂れる俺の頭を兄がまたガシガシと乱暴に撫でる。
「はははっ、本当に可愛いな、アルは」
「……可愛いと言われて喜ぶ年齢じゃない。あと撫でるのもやめてくれ」
頭に置かれた手を振り払う気力もない俺は横目で兄を睨んだ。
兄は手をどけて「悪い、昔からの癖はなかなか抜けないんだよ」と軽く謝る。
「それで? 共鳴石は渡せたんだろ? 喜んでくれたか?」
兄の言葉に先程のヘイローとのやりとりを思い浮かべる。
「……喜ばれなかった。最初は断られたし」
俺がそう言うと母と兄は互いに顔を見合わせ驚いた表情を見せた。
「嘘だろ? アルのその顔面を前にして断ったのか?」
「こんなに可愛くて家柄も申し分ない子からアクセサリーを贈られて喜ばなかったの?」
「……」
俺の家族(ここにいない父も含めて)はなぜか俺への評価が異様に高い。完全に親バカ、兄バカだと俺は思っている。
「ヘイローは見た目や家柄で人を判断するような子じゃないから」
ポツリとそう呟けば、その言葉をしっかりと拾い上げた兄と母が揃って口の端を上げた。
「なんだよ、その顔」
「いやいや、ヘイロー伯爵令嬢はいい子なんだなと思って」
「アル! 絶対モノにするのよ。逃がしちゃ駄目なんだから!」
「もう二人とも黙ってほしい」
げんなりしてそう言ったが結局その後も根掘り葉掘り聞かれ、二人から解放される頃には俺は疲れ切っていた。
俺のことを気に掛けてくれるのはありがたいが、もう少し放っておいてほしいと思わないこともない。
息子の恋愛に関してまるで年若い少女のように興味津々な母、弟に自分の体験談を語り参考にしてくれという兄。
最後には「私(俺)たちのアルなら大丈夫」という謎の太鼓判を押すおかしな家族だが、一歩外に出ればきちんとシシリ侯爵家としての仮面を被ることができる。
外で取り繕っている反動か、屋敷内では羽を伸ばし過ぎている気もするが。
それが自分に向かなければ問題ないのだけれどと思いながら、やっと戻ってくることができた自室のベッドに腰を下ろした。
耳に着けたイヤーカフを取り外し、じっと眺める。
「どうしようか」
しばし考えた後また元の位置に着け直す。
大事に仕舞おうかとも考えたが、いつヘイローから連絡が来ても良いようにずっと着けておくことにした。
「何かの気まぐれで連絡くれるかもしれないしな」
それか自分から連絡してみても良いかもしれない。
きっとヘイローは驚くだろうけれど。
彼女にまったく恋愛対象として意識されていないことはわかっている。
共鳴石のブレスレットを渡した時も最終的にはお礼を言われたけれど、半ば投げやりな感じだった。
あの贈り物に俺の下心が混ざっているだなんて、ヘイローは考えもしないのだ。
だがまったく悲観的になってはいない。今意識されていないとして、それがいつ変わるかなんて誰にもわからないのだから。
そう、俺が彼女を好きになったように。
俺だってはじめからヘイローのことを好きだったわけではない。
同じ学園に通う令嬢。ただそれだけの認識だった。
初めてヘイローを意識したのは1年の中期試験。王立学園では前期、中期、後期と大きな試験が3回と、その間で小試験が数回行われる。
俺は入学してからほとんどの試験で1位をとっていたけれど、そこまで自分の順位にこだわりはなかった。
順位よりも点数を気にしていたと言ったほうが良いだろうか。まあ良い点を取ればおのずと順位も上になるのだけれど。
小試験でも結果は毎回貼り出されていたけれど、大きな試験以外はわざわざ結果を見に行ったりはしていなかった。
中期試験の結果を見ていた時、たまたま級友に話しかけられ、順位にこだわっていないと発言したことによりヘイローとの関係が始まった。
『ごきげんようシシリ様。シシリ様がこだわっていない1位を狙い続けている万年2位のルルーシア・ヘイローです。以後よろしくお願いいたします』
『……アルドラーシュ・シシリです。よろしく』
初めてヘイローと交わした言葉がこれだ。
おそらく彼女からの印象は良いものではなかっただろう。
俺も自分の発言が彼女の気に障ったことは理解したけれど、べつに汚い手を使って1位を取っているわけでもないし、謝るのも余計に失礼だろうとそれ以上は何も言わなかったし特別な感情が芽生えたわけでもなかった。
ただ、自分は気にしていなかった順位にこだわる人もいるのだなと少しヘイローに意識を向けるようになった。
そうしてみた彼女は実にパワフルな人だった。
まだ貴族の女性が外に出て働くことの少ないこの国で、女性はそこまで勉学に真剣に取り組まないことが多い。
実際学園の試験結果でもその上位はほとんど男で埋まっている。
その中の紅一点がヘイローだった。
普段の授業も、試験も常に真剣に取り組み、彼女は常に全力で物事に取り組んでいた。
学ぶこと自体が好きなようだったが、その姿が王都での生活を主とし流行などを追っている一部の女性には受け入れられなかったようだ。
けれど自分には新鮮で眩しく感じられた。
貴族はなるべく優雅に、必死さを気づかれないようにと教えられるが、学生のうちはその限りではない。
しかし俺自身は努力をなるべく他人に見せないようにしていた。
それはいつも「あのシシリ家のご子息ならば」「ご両親譲りの才能があるから」と、できて当然のように思われていたからだ。
そしてあの当時の俺は自分はそうでなければいけないのだと思っていた。
努力なんてしなくても良い点を取るのは当たり前、魔法実技は生まれ持った才能があるから良い評価をもらえて当然なのだと思われているなら、そう見せなければいけない。
たとえそれがただの欲目や理想であったとしても。 だって自分はシシリ侯爵家の人間で、それが自分の価値なのだから、と。
今よりももっとガチガチに自分で自分を縛り上げていたのだ。
そんな頃だ。ヘイローへの気持ちが一気に動いたのは。
努力してぐんぐん実力をつけてくるヘイローに負けないよう陰で努力し得た小試験1位。この時もヘイローは2位だった。
少しずつ自分に近づいてくるヘイローに、焦り感嘆の気持ちを抱えながら、誰もいない教室で帰り支度をしていた時のことだ。
廊下からヘイローと他の生徒の声が聞こえてきた。内容が小試験のことのようだったので思わず身を潜めると、あまり良くない雰囲気であることに気づいた。
『あれだけ努力してもまた2位だったのね。可哀想なこと。でもこれでわかったでしょう? あなたがどれだけ無駄な努力を続けたところで所詮圧倒的な才能の前には無意味なの』
『さっさと田舎に帰ったら? シシリ様のいないそこでならあなたみたいな人でも1位になれるんじゃない?』
この時真っ先に感じた感情は怒りだった。
目標のために努力した人間を嗤うとは。ヘイローの努力を馬鹿にされたことで、なぜだか自分の努力も無駄なのだと言われたような気がした。
そしてヘイローと比較するために自分の名が使われていることにも腹が立った。
扉の影で苛立ちに手を握りしめていると、嗤われていたはずのヘイローがお返しとばかりに鼻で笑った。
『ふふ、それ本気で言ってます? 圧倒的な才能ですって? それじゃあシシリ様がまったく努力していないみたいじゃない』
『みたい、じゃなく実際そうなのよ』
『へぇ、あなたシシリ様の婚約者か恋人か何かなんですか? 努力していないって本当に言いきれるんですか?』
『そんなことしなくてもシシリ様ならできるに決まっているじゃない。彼は天才なの』
『……馬鹿馬鹿しい。絶対にシシリ様も陰で努力してますよ』
『してないって言ってるでしょ!』
『うるさいわね! してるわよ! 私がただの天才なんかに負けるわけないでしょ! シシリ様のすごさをそんな言葉で片付けないでちょうだい』
その言葉に思わず思考が止まったのは俺だけではないはずだ。
実際しばらくの間廊下には沈黙が広がっていた。
俺はヘイローはなんてカッコイイ女性なのだろうと感動していた。
何も努力しないただの天才なんかに負けるわけがないほど彼女は自分の努力を信じているのだ。
彼女にとっては自身のためのなんてことのない言葉だったかもしれない。けれど俺にとってはとてつもなく嬉しい言葉だった。
俺の努力をわかってくれる人がいた。それがどれだけ俺の心を軽くしてくれたのか、誰にもわからないだろう。
それはそうだ。俺自身が一番驚いたのだから。
この後ヘイローたちがどのような会話をしていたかは覚えていない。いつのまにか廊下には誰もいなくなっていて、俺は足取り軽く帰路に就いたのだ。
それ以来ヘイローのことを考えると嬉しいような恥ずかしいような、そして心拍数が上がることに気がついた。
あんな言葉一つで、と思われるかもしれない。しかも直接言われたわけでもない。もしかしたら今後同じように言ってくれる人が現れるかもしれない。
けれど、あの時なのだ。
あのもやもやした気持ちを抱えていたあの時、自分でも気づかないうちに重圧を感じていた俺を救ってくれたのは間違いなくあの時のヘイローだ。
きっとあの言葉を聞いた瞬間、俺はヘイローに恋をしたのだろう。
そんな瞬間がもしかしたらヘイローにも来るかもしれない。
その相手が自分になるように頑張らなくてどうする。
やっとの思いで作った繋がりを絶対無駄にはするものか。
「とりあえず、夜に一度話しかけてみようか」
そう呟いただけで心拍数が上がった。
アルドラーシュ・シシリはシシリ侯爵家の可愛い末っ子です(´艸`*)
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