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あなたと私の美味しい関係  作者: 眼鏡ぐま


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10/52

10.ルルーシア・ヘイローは無自覚な小悪魔かもしれない

いいねや評価&誤字報告などありがとうございます。


 店員さんが運んできたのはホットサンドイッチというパンだ。

 サンドイッチなのに温かいと聞いてどういうことかと思っていたけれど、なるほど。

 これは確かに温かいサンドイッチだ。


「外側はしっかり焼いてあるのね。どうしてこんなにパンは薄いのかしら。ああっ! 中からチーズが溢れてきてるわ!」


 半分に切られた断面から中に入ったチーズがとろっと溢れ出す。

 少したりとも逃すまいと慌ててパンにかぶりついた。

 途端に口いっぱいに広がるチーズに、とろとろの半熟卵、そして塩味を感じさせる厚切りベーコンはおそらくカリカリに焼かれていて食感が楽しい。

 はふはふと熱さを逃しながら口を動かしごくんと飲み込んだ。


「何これぇ……、すっごく美味しいいぃぃ……っ!」


 私の知っているサンドイッチはちょっとしたお野菜とハムが挟まっているもので、もちろん温かくはない。

 シャキシャキなお野菜も良いけれど、とろとろのチーズと食べた後の満足感はホットサンドイッチならではだろう。


「うわっ、本当に美味しいな。屋敷で出てくるサンドイッチとはまったく別物だな」


 シシリもひと口食べて顔をほころばせた。


「シシリは中身何にしたんだったかしら」

「塩漬けにした細かい牛肉とキャベツだったかな。結構塩味が効いていて食べ応えがある」

「そっちも美味しそうね」

「……一個、交換するか?」

「え? やだ、私そんなに物欲しそうな顔してた?」


 恥ずかしい! たしかにシシリのほうも美味しそう、味が気になる、と思いはしたけれど、そんなにわかりやすく表情に出していたなんて。


「それも少しはあるけど、ヘイローの幸せそうな顔見ていたら俺もそっちの食べてみたくなった」

「シシリも? じゃあ交換しましょう!」


 相手も同じ気持ちなら交換しない手はない。

 私たちは互いのお皿を入れ替えて再びホットサンドイッチにかぶりつく。

 キャベツが牛肉の塩漬けの油分を良い感じに吸収してくれていてとても美味しい。


「はあ~、こっちも美味しい。好き」


 思わずそう呟くと、正面に座るシシリが急にゴホゴホと咳き込んだ。

 咽るほど口に詰め込むなんて意外と子供っぽいところもあるのねと微笑ましく思う。


「もう、シシリったら。そんなに慌てて食べなくてもパンは逃げないわよ?」

「ちが……ゴホ、ああ、そうだな」

「ふふっ、でもやっぱりいいわよね。こういうところじゃないとこんなふうに大口開けてパンにかぶりついたりできないものね」


 学園でそんなことをしようものなら、はしたないと笑われるだろう。

 そんなことにならないためにも普通のサンドイッチはもっと小さいひと口サイズか細長くカットされているのだ。


「たしかに。これは思い切りかぶりつくほうが美味しいよな」

「ええ、それにやっぱり誰かと一緒に来るっていいわね。こうやって交換し合えば2倍楽しめるんだもの」


 それに加えて自分と同じくらいの量を食べることができる相手というのも嬉しい。

 一緒にいる人が少ない量しか食べない場合、自分だけこんなにたくさん食べていて良いのだろうかとか、もっと食べたいけれど相手ももう食べ終わっているから追加注文はしないほうが良いかなどと考えてしまって堪能しきれないこともある。

 まあ普通の女性よりもたくさん食べ過ぎる私がいけないのだけれども。

 その点シシリは男性だから量が食べられるし、なんとなくだけれど味の好みも合うような気がする。

 私がそう言えば、シシリは「感謝してくれよな」と口の端を上げて言った。


「ええ、ありがとう」

「……冗談で言ったんだけど。そんな真面目に返されると困る」

「あら、そうだったの? でも本当に感謝しているのよ? あのとき私に見つかるようなヘマをしてくれてありがとうって」


 私がにっこり笑ってそう言えば、何とも言えない顔をして「……そっちかよ」と呟いた。


「ふふっ、まあでも良かったじゃない」

「何が?」

「私に見つかって」

「……」

「何よー。納得いってないって顔ね。いい? 秘密とか隠し事って、誰にも言えずに一人で抱え込んでいるとそれだけで疲れちゃうの。だから私みたいに口が堅くて、言いたいことも言えるような相手に見つかって逆に良かったじゃない」


 私は然も自分が良いことをしたかのように言って、ホットサンドイッチと一緒に運ばれて来ていた焼き菓子をパクリと口に入れた。

 うーん、これもまた美味しい。

 このお店の品はどれもこれも本当にハズレがない。

 これはアリスが頼んでくれた特別オーダー品への期待が自然と高まるというもの。

 思わずニヤついてしまうのも仕方がない。

 そんな私を見ながらシシリは呆れたように溜息を吐いた。


「……ヘイローってイイ性格してるよな」

「お褒めいただき光栄だわ」

「ほんと、そういうところだよ」

「嫌なら他の子と同じようにしましょうか?」


 私はふうっと息を吐く。

 そして佇まいを直して胸の前で手を組み、困ったように眉を下げた。


「まあ、シシリ様! シシリ様にそのような溜息を吐かせるだなんて、私何か粗相をいたしましたか? お詫びに我が家でお食事など一緒にいかがかしら。そうね、それが良いわ! 当家の料理人にシシリ様のお好きなものを用意させますわ。期待なさって!」


 これが他の子たちの行動を再現したものである。

 おかしな話でしょう?

 お詫びというのになぜか自分の家で一緒に食事を、と誘うのだ。

 ちなみにこの間シシリの意見など全く聞きはしない。すでに決定したかのような言い方だ。

 しかも今はテーブルを挟んで向かいの席に私は座っているけれど、もっと正確に再現するならこの時女性の腕はシシリの腕に絡められているのだから本当におかしな話だ。

 けれどこれが普段シシリの周りに一番長くいる女性たち、つまり私に厭味を言ってくる彼女たちの言動なのだから、シシリには同情する。


「どう? こっちのほうがいい?」

「いや、やめてくれ」


 シシリはげんなりした表情を見せる。

 やはり普段は笑顔でやんわり躱しているけれど本当は嫌だったようだ。


「ほら、私で良かったじゃない」

「見つかった女性が君で本当に良かったと思うよ。でも、べつに誰にも知られていないってわけでもないから」

「……そうなの?」

「そりゃそうだろ。じゃなきゃ家の護衛連れて歩けないだろ。護衛対象が誰かわからなければ意味がない」

「なんだ、身内じゃない」


 シシリは街を出歩く際に一応護衛が付けられているらしいが、どうも遠くから見守っているようで私は一度も会ったことがない。


「友人でも知っているやつはいるさ。ハリーは俺がこの格好をしていることも、甘いものが好きなことも知っているよ」

「ハリーっていつもシシリと一緒にいるあのハロルド・ソフェージュ様?」

「ああ」


 ソフェージュ様はシシリとよく行動を共にしている男性で、侯爵家のご嫡男でまばゆい金髪と深い青色の瞳を持つ、シシリと女性人気を二分する存在だ。

 一見軽薄そうに見えるけれど、案外良い人だと思っている。


「あなたたちそんなに仲が良かったのね。あの方がシシリの本当に心許せる人なら安心だわ」

「安心……? ヘイロー、そこまで俺のこと心配してたのか? というか、ちょっと待て。なんだか君のハリーへの評価が高くないか?」

「そりゃあね。以前助けてもらったことあるし」


 学園に入学して間もない頃、うちの領地がド田舎だと馬鹿にされていた時のことだ。

 入学そうそう暴れるのは良くないかと我慢していたところにソフェージュ様は『なになにー? なんの話?』と軽い感じで現れた。

 そして周りの人から大体のあらましを聞くと、『ああ、あの! 君、ヘイロー伯爵家のお嬢さんだったのか。君のところの薬草はとても質が良いって聞いているよ。これからも頼りにしているよ』と言ったのだ。

 自分たちと同じようにヘイローの土地をド田舎だと嗤うかと思っていたのに、妙に友好的に私に笑いかけて去って行った姿にみんなぽかんとしていた。

 私も恥ずかしながらそのぽかんとしていた内の一人なのだが、よくよく調べれば、ソフェージュ様のお家は薬師を多く抱えるお家らしく、ヘイロー伯爵領産の薬草をよく扱ってくれているようだった。

 誰も傷付けず、恨みも買わずいざこざを解消する立ち回りに、おお! と感心したものだ。

 それだけではなく、ソフェージュ様は私の家名を聞いただけで薬草のことまですぐにわかったのに、私といったらその時はなぜソフェージュ様がそんなことを言ったのかすら理解できなかったのだ。

 自分を育ててくれた領地に関して知らなさすぎると痛感した一件でもある。

 気づかせてくれたソフェージュ様には感謝申し上げたい。


「まあそんなわけで、ソフェージュ様には好印象しかないわ。それに加えてシシリが秘密を明かすような人ならなおさらね」

「……あんなに遊んでそうなのに?」

「あら、それは個人の自由でしょ? 試験では必ず上位に入ってくるし、学業も疎かにしていないならいいんじゃない? まあ、お顔も整っているから人気があるのは理解できるし」

「ま、まさか……」

「なに?」

「もしかしてハリーのことが好き、だったり……」

「……っふ、あはは! おかしなこと言わないでよ」


 シシリが真剣な顔をしながらおかしなことを聞くのものだから思わず声を出して笑ってしまった。


「よく知りもしない人を好きになったりしないわ」

「そ、そうか」

「それにあれでしょ? 遊んでるって言っても節度は弁えてるんじゃないの? そうでなきゃシシリがソフェージュ様と仲いいわけないじゃない」


 私がそう言うと、シシリは目を瞠った。

 そんなに驚くようなことを言った覚えはないのだけれど。


「俺……?」

「そうよ? シシリは信用に足る人物だもの。そのあなたが信頼できると思えるんならソフェージュ様もきっと本当にいい人なのね」


 信頼できる友人が一人でもいるということは、日々の生活がそれだけで豊かになると思うのだ。

 きっとソフェージュ様は私にとってのアリスのような存在なのだろうと思うとなぜだか嬉しくなる。

 にこにこと話す私にシシリは口元を押さえながら「そこまで信用してくれてありがとう」と言った。

 少し顔が赤く見えたのは気のせいじゃないはずだ。


(まあ、珍しい! シシリでも照れることってあるのね)


 そんなことを思いながら、なんの話をしていたのだったかしらと疑問が頭を過ったけれど、珍しいものも見ることができたしまあいいかと残りの焼き菓子を食べながら思ったのだった。



小悪魔、小悪魔って使い方これで合ってます……?

シシリがちょろいだけのような気も……シシリは振り回されそうだなぁ( ̄▽ ̄*)



いつも読んでいただきありがとうございます。

感想などいただければ幸いです。

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[一言] 小悪魔だとちょっと作為的なイメージもあるような… ルルーシア・ヘイローは無自覚な人たらし…いや、タイトルには却下ですね(笑) 天然だけど人を見る目は確かなところが、ルルーシアの育ちの良さを感…
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