都市伝説
意外に思う人もいるかもしれないが、連邦軍副長官というのはわりと時間に余裕のある役職だ。
長官のスペア——というような位置付けで、補佐と長官不在の折の代役を務める。アクセスできる情報は長官と同等であり、軍事機密を共有する。先々には、長官の地位がほぼ約束されている。
と、いったところだ——。
私の名はデイヴィ・ド・フォー・クセス。
ほんの半年前、前任者の病気退官にともなってシン・カナ方面軍副司令から抜擢され、「栄転」してきた。
中央に戻るのは、1年半ぶりになる。
30代で連邦軍副長官というのは、早いように思う人もいるかもしれないが、士官学校卒のエスパーとしては珍しいというほどの話でもないと思う。
私もそういうエリートコースを歩んできた1人で、卒業後すぐに連邦直属のエスパー部隊に配属され、8年ほど各地を転戦したあと、ミウム方面軍副司令、シン・カナ方面軍副司令、と配属を目まぐるしく変えられてきた。
こういう扱いを受けるエスパーは、軍の中枢幹部候補生なのだ。
当然、私も内心期待していたことは、正直に白状する。しかし、いきなり副長官に抜擢されることは、さすがにイメージの外にあった。
軍の幹部は、エスパーであることが望ましいとされる。
機密をテレパス能力者にスキャンされないために、四六時中防御ヘルメットを着けるか、定期的にジャミングナノマシンを注入しなければならないNESP(ESP因子を全く持たない者)よりも適任であるというのは誰もが初等クラスで習うことだ。
私もまた、この時期までは無邪気にそれをそのまま信じていた。
さて、副長官という地位だが、それなりに堅苦しく、うんざりするような書類との格闘があるとはいえ、私にとっては願ってもない条件がそろったことになる。
というのも、私は5年ほど前から個人的に、仕事の合間やオフの時間を利用してある情報を集め、追いかけているからだ。
それは1人の超エスパーの影——である。
そのテの物好きなら、誰でもその名を知っているだろう。あの都市伝説のエスパー『イツミ』だ。
不老不死で、不可能を持たないエスパー。
惑星を丸ごと破壊するほどの能力を持ち、大きな危機にはどこからともなく現れて連邦を何度も救った・・・。
それは、少女の姿をしている。
いや、本体は巨大な宇宙エネルギー体だ。
そう、都市伝説だ。笑い話のような都市伝説だ。いいオトナが真剣に追求するようなものじゃない。
人間のESPは、大きなポテンシャルを持ったエスパーでも、軍で使い物になるほどの能力は1つ——というのが相場だ。
それも半分以上の人材にはESP増幅装置も必要なのだ。
ESPが魔法などと混同されていた時代ならともかく、ESP科学が進んだ現代においては、それは遺伝子レベルで解明された科学的「事実」なのだ。
常識のある大人なら、そう言って一笑に伏す話だろう。かつては私もそうだった。
いやたしかに、私もイツミの神話を信じた時期はあった。しかし、それは少年時代のこと。
子どもなら誰でもそうであるような、ファンタジーへの憧れであったにすぎない。
夢見がちな子ども時代を過ぎると、私も他の大勢と同じように現実の世界に生き、士官学校を出て軍に入隊した。
エスパー部隊なら、軍のカネでいろんな星系に行くことができるし、出世コースに乗れる可能性も大きい。
私は極めてゲンキンで現実的な青年だった。
そんな私が、この都市伝説を改めて調べてみようと思い立ったのは、軍の中での「情報」や「記録」に触れる機会が増えるにつれ、このエスパーの存在を抜きにしてはどうにも説明に無理があるような違和感を覚え始めたからだった。
それは初め、小さなシミのようにして私の脳の片隅に現れ、やがて無視できないほどに大きく拡がっていった。
「イツミ」は実在するのではないか?
もちろん、軍の公式記録の中には、そんなエスパーの存在などは微塵も出てこない。
私がこれまでアクセスすることのできた「機密」情報の中にも、それはなかった。ただ私には、微妙な矛盾や、あまりにも都合の良すぎる「偶然」が、いくつかの報告書や記録の中にあるように見えたのだ。
それも、巷で噂される「都市伝説」に絡む事件のものばかりが——だ。
もし、本当にそういう超エスパーがいたとして、軍はなぜそれをここまで極秘にしなければならないのか?
あるいは「オトナの常識」に凝り固まった頭が、理解を超えたものをただの都市伝説として無視しようとする「正常性バイアス」が働いている(軍という組織の危機管理に穴が開いている)ということだろうか?
もし後者だとするなら、未知の、しかもこれまでの科学的知見を覆す規格外のエスパーが、連邦の登録から漏れていることになる。
そのこと自体がすでに「脅威」ではないか。
たとえ今、その超エスパーが連邦に好意的だったとしても、いつ「反連邦」に変わるか分かったものではない。
少なくとも、そのエスパーの動向だけでも把握しておくべきではないだろうか?
調べ始めたのは、機密に対する好奇心というよりは、後者の場合の「脅威」を心配してのことだった。
概ねそう断言してウソはないと思うが、まったく好奇心はなかったのか、と問われれば「ない」と言い切ることもできなさそうだ。
調査は慎重を要した。
なぜなら、もしこれが軍の最高機密なら、下手に動いて地雷でも踏もうものなら出世がパーになるどころか、場合によっては生命にかかわるかもしれないからだ。
それに機密ならば、慌てて危険を冒すことはない。出世すれば、いずれその機密へのアクセス権を手にすることができるはずなのだから。
だから私の調査は、ゆっくりと時間をかけた地道なものだった。
まずは、巷の「噂」に関係する軍の記録をつぶさに読み込んでみる。それから、オフの日を使って「現場」に飛び、当時の関係者にそれとなく話を聞く。そして、それらの整合性を精査する——というやり方だ。
しかし、どの噂をたどっても、行き着く先は深い霧の中で、元々の噂の出どころもはっきりしない——というありさまだった。
ただ、その霧の向こうに、時々「軍」の影がちらついた。
だから、今回の「栄転」が決まった時、私はかなり期待したのだ。
これで全ての謎が明らかになる。
だが、その期待はすぐに失望に変わった。
軍の全ての機密情報へのアクセス権が得られたにもかかわらず、「イツミ」に関する情報は副司令時代と何も変わらなかったのだ。
これは何を意味するのか?
それとも私はただの幻を追いかけているのか?