パート1:神の降臨(2)
馬車から出た人は、頭のてっぺんがはげ上がった中年の男だった。人の良さそうな印象で、口元には穏やかな笑みが浮かんでいた。しかし、テオを眺める目つきだけは鋭く輝いた。
「ああ、そうでしたが。何か問題でも?」
「問題……」
商人や護衛達はおかしいというような顔をしていたが、そんな目線を浴びるテオこそおかしいと言いたい気持ちだった。まさか本気で創造神と関連付けようとしているのだろうか。
1番先に表情を収拾したのは商人だった。
「もし〝ブラケニア〟の証票を見せていただけますでしょうか?」
「証票? それは何ですか?」
「やはり」
商人は1人で何か勝手に納得したようだった。テオとしては何から何まで分からない気持ちだったが。幸い、にこっと笑った商人が馬車を指差した。
「宜しければしばらく私どもと同行なさいますか? 護衛依頼にして依頼費もさしあげます。しばらく話をしたいのですが。護衛の皆様はティシス社に連絡してください」
突然どういうことだろうか。
テオは少し疑わしかったが、別に断る理由もないので承諾した。どうせこの世界に降臨したばかりの彼としては、話を通じて何か得られればいいのだから。
馬車に入って座るやいなや、商人がまず頭を深く下げた。
「まず、助けていただきありがとうございます。私はもちろん、護衛の皆様まで危うくここで命を落とすところでした」
「人を助けるのは道理だから気にする必要はありません」
「はは、救われた立場の私が見過ごす訳にはいきません。だが、その前に……〝ブリケニア〟についてどれだけ知っていますか?」
「この世界の創造神じゃないですか?」
テオはこの世界の国や社会のような細部についてはよく知らない。
だが創造神ブラケニアの名が人間達に広がっていることと、人間達が彼に仕える宗教を作り出したことは知っていた。その宗教がこの世界の最大の宗教だということも。つまり〝創造神ブラケニア〟はこの世界においては常識である。
だが商人の表情を見ると、どうやら彼の期待した答えはそうではないようだった。
「転生者のことは分かりますか?」
「……」
……少しびっくりしたが、考えてみれば当然のことだろうか。
この世界には多くの転生者がいる。そして彼らは生まれ変わる前にテオと面談し、特に記憶を消したいと願う者以外には記憶も残してある。記憶を持つ転生者が多ければ、当然転生のことも知られているだろう。
テオはこの世界の神が人間に降臨した存在。つまり転生者ではないが、商人の態度はどこかこの世の事情をよく知らない人に対するようだった。それなら転生者のふりをした方が都合がいいだろう。
「大体は。昔に神? という人に会って聞きました」
〝俺は転生者だ〟という言葉を遠まわしに伝えると、商人は納得したように頷いた。
「そうですか。もしかして生まれが辺ぴな田舎だったんですか?」
「……?」
「あ、すみません。質問がおかしかったですね。悪い意味はありませんでした。ただ〝ブラケニア〟はこの世界では常識なのに、その年になってもよく分からないようですから。他の地域との交流が少ない田舍出身はそういう場合もあるんですよ」
「あ……はい、そうです」
テオは素早く便乗した。あちらが先に口実を作ってくれれば、利用しない理由はない。
「ふふ、やはりそうですね。では……しばらく魔力を引き上げてみましょうか? 貴方が本当に〝ブラケニア〟ならそれだけで分かるんですよ」
テオは商人の言った通りに魔力を引き上げた。全身の細胞が活性化し、魔力が激しく体内を循環する中、突然彼の右手の甲から光がもれた。見下ろすと手の甲に光る模様が現われていた。
2対の翼が対称型に描かれており、その間に真っ直ぐで奇麗な剣1本が描かれている。テオもよく知っている模様だ。だってこれ、他でもないテオ自身の文樣だから。
――昔にジベレと一緒にいたずらで作った模様だったな。
何かかっこいい象徴を作ってみたいという衝動が起きた日だった。神の稚気に満ちたいたずらにもジベレは優しく応じてくれたし、その結果かなり気に入った模様が出たことを覚えている。
――ジベレにはすまないことをしてしまったな。
テオがそんなに思い出を思い出す間、商人は「おお……」と声を落とし、馬車の床にどっかりと跪いた。
「!? いきなり何故……」
「あ……すみません。〝ブラケニア〟を直接見るのは初めてなのでつい」
商人はすぐ立ち直って椅子に座ったが、その顔には抑えきれなかった興奮がありありだった。それでも無言で質問を送るテオの目つきに答える理性は残っていた。
「〝ブラケニア〟は転生者の中でも非常に強力な加護に恵まれた存在を指します。神様に選ばれた転生者と呼ばれます」
「加護?」
「……おや、そこからでしょうか。加護とは一言で、我らの神様であるブラケニア様が人間に与えた恩です」
――恩? どういう意味だ? 俺はそんなことくれてなかったけど?
混乱したテオだったが、続く説明を聞くと心当たりがあった。
「すべての人間は神様が賜った恩を持っています。その種類は人それぞれですが、魔法を使う時とても役に立ちます。例えば、〝火〟の加護を持った者は、火に関連した強力な魔法を使うことができるとか」
確かにこの世界の人間にはそれぞれ特化した能力が存在する。
ただし、その能力をテオが与えた訳ではなかった。テオはただ、それぞれが持っている魂の潜在力をより簡単に引き出すことができるように権能を与えただけ。つまり、本質的に〝加護〟はただ人間が元々魂の奥深くに持っていた力である。
ただその潜在力を表面化させたのはテオだから、そんな意味では彼の恩だといっても違わないだろう。
「それで? その加護が〝ブラケニア〟と何の関係がありますか?」
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