パート4:葛藤(3)
「その話をなぜ俺にするんですか?」
「どういう意味だ?」
「俺と会ったのは今日が初めてですね。しかし、それにしてはあまりにも多くの話をするようでした。もし俺が他国のスパイだったら、今の立場とその情報を利用して国を倒そうとしたかも知れないじゃないですか」
「本当のスパイだったらそんな話はしないけどな」
「そうかも。ですが俺からすれば、そんな事をペラペラと打ち明ける貴方も疑わしいのです」
「当然の疑問だ」
ビルトは苦笑した。
――意外という感じ……ではないか。当然だという言葉通り、ビルト自身がすでにこのような質問を予想していたようだな。
テオが心の中で冷静に観察している間も、ビルトは気安い物腰で話しかけた。
「もちろんアンタ自身に対する信頼はあまりない。むしろ〝ブラケニア〟とかなる人が何の噂もなく突然現れたというのは怪しい限りだ。もしアンタを連れてきた人がティア小隊長でなかったら、今頃俺はアンタが言った通りにアンタを疑ったと思う」
「ティアが俺を連れてきたから信じている……ということですか?」
矛盾している。
〝貴方個人の信頼度は十分だが、貴方が連れてくる人までそうだとは保障できない〟
こう言ったのが先程のビルト自身だった。そうしておいて、今さらティアが連れてきたから信じているなんて、からかっているのか。
思いが表情に出たのか、ビルトは苦笑して再び口を開いた。
「さっきのことを気にしているようだな。誤解するかも知れないから言っておくが、それは俺の考えではなく他の奴らの考えだ。ティア小隊長についてよく知らない奴らは彼女を過小評価する傾向があるんだ」
「過小評価、ですか? 信頼の問題ではなく?」
「いや、過小評価だ」
ビルトはきっぱりと言い、それからティアの方に目線を向けた。
「ティア小隊長の加護についてはよく分からないようだな。王命もあるから勝手には教えることはできないが……これだけははっきり言える。ティア小隊長がこの国を捨てない限り、彼女のすべての行動はこの国の利益になると」
「それも目標達成の権能ですか?」
「何だ。ティア小隊長の加護について聞いたことでもあるのか?」
「本人から少し。あとはさっき訓練場で模擬戦をしながら感じたんです」
「なるほど。片鱗程度は分かるというのか。ならば……こう言っておこう。彼女の加護が持つ権能は、大局的な目標にすらあてはまる」
大局的な目標。そしてティアがこの国を捨てない限り、といった言葉。それらの言葉の組み合わせが、テオの頭の中にある発想を浮かび上がらせた。
「ティアは愛国心が強いですか?」
「すっごく。はるかに強大で、彼女個人にも莫大な補償を約束した他国の提案を言下に断るくらいではな」
――ということはつまり、ティアはエルバニア王国の存続と利益を望むということか。
そう考えると大体つじつまは合う。
ティアはエルバニア王国を愛している。そして目標を達成する道と力を提供するという彼女の加護が、エルバニア王国の為の行為さえも教えてくれるとしたら? 結局彼女の取る行動はエルバニアの為のものになるだろう。
そしてそれは言い換えれば、ティアがエルバニア王国に害を与えるような行動をしないという信頼になる。
「そうですね。ティアがこの国を諦めない限り、彼女の行動は必ずエルバニアの利益につながるということですか? そんな彼女が連れてきた人だから、俺がここで他の国に逃げたりはしないと思ったと?」
「正確だ。やはりアンタ、〝ブラケニア〟としての力だけじゃなく、頭も良さそうだな」
「……それはありがたいですね。ただ俺がエルバニアに残るか、それとも他の国に行くかは俺自身も知りません。別に計画はありませんが、それでもこの国に執着する理由もないからです」
「この国に執着する理由はなくても、ティアを放っておく人ではないと思うけど。どうだ?」
「……」
間違った言葉ではなかった。
特別な計画もなく人間界に降りてきたものではあるが、やはり自分を愛する少女を置いてふらりと去るつもりはない。どうせこれから特にしようとすることもないし。
それにビルトも結局悪い下心はないようで、ティシス社やエルバニア王国と敵対する理由はいまだない。創造神である彼が国力の差だけで国を差別する理由もない。
テオが対応を決めるまでそんなに時間はかからなかった。
「いい思ってくれて感謝します。これからも宜しくお願いします」
「ありがとうな。新しい〝ブラケニア〟が残ってくれればこの国としては申し分ない。ティア小隊長の負担も減るだろうし。これから宜しく頼む、新入り。あ、そして敬語はいらない」
「急にタメ口を使うのはちょっとアレですが」
実際の年齢はともかく、肉体的にはビルトが年上だ。それに会社のレベルでも先輩だし。
しかし、ビルトは豪快に笑いながらテオの肩を叩いた。
「はははっ! そんなによそよそしくするな。どうせ〝ブラケニア〟なら、能力が立証できれば小隊長まで直行だからな。すぐ職級上にも俺と同級になるだろうし、活躍は俺よりずっと優れているはずだ」
急な変化にテオは少し戸惑った。そして、その気持ちを紛らわす為に微笑んだ。
「意外と豪快ですね。冷静で実利を重視する人ではないかと思いましたが」
「これも実利なら実利だ。〝ブラケニア〟との縁や馴染みのある人というポジションは、この世界の人なら誰でも首から手が出るほど欲しいものだぞ? それよりどうするつもりか?」
「はは……ではまぁ、好意にもたれるようにしようか。宜しく、ビルトさん」
「おう!」
2人の男は固く握手を交わして笑った。
その姿を遠くから見ていたティアも、何かが上手く解決できたということは感じたように微笑んだ。
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