パート4:葛藤(2)
「また何をするつもりですか?」
ティアが警戒心200パーセントの目で聞いたが、ビルトはまたもや苦笑して肩をすくめた。
「心配するな。悪い話ではないからな。で、テオさん、アンタはどうだ?」
「大丈夫です。ここでするんですか?」
「ちょっとあっちに行こう」
テオは追いかけようとする勢いに満ちたティアを笑顔で落ち着かせ、ビルトの後を追ってホールの隅に向かった。
ビルトは隅に着くやいなや周りを見回した。そして話を盗み聞きできる範囲に人がいないのを確認するやいなやため息をついた。
「すまんな。絡むように言ってしまった」
「い、いいえ。一理ある言葉だったので大丈夫です」
「丁重だな。だが一理あっても礼儀がなければよくない。自覚はあるが、習慣が固まりすぎた」
「大丈夫です。あまり気にしないんですから。それで用件は何ですか?」
ビルトの表情は暗かった。しかしテオから見て、ビルトはテオ自身を否定的に見ているようではなかった。いや、むしろすまない気持ちさえあった。
その感じのまま、ビルトは小さく頭を下げて、謝罪の言葉を口にした。
「すまんな。こちらの事情をアンタに強要する格好になってしまった」
「事情……ですか」
「ああ。この国は色んな面で状況が良くないんだ。アンタ、ティア小隊長のあだ名が何か知っているか?」
「あだ名……エルバニア王国の国力と呼ぶのは聞いたことがありますが」
「正確だな。そのあだ名、変だなっと思ったことはあるか?」
していないはずがない。
突っ込む部分が1つや2つではないけど、やはり最も重要なのは20歳にもならない少女を国力と呼ぶことそのものだろう。
最強の戦士とか、勇者のようなあだ名なら、名誉な呼称と見ることもできるだろう。しかし、国力と言えば話が違う。その単語からテオを連想したのは|ティアがまさにエルバニアの全力そのもの《・・・・・・・・・・・・・・・・・・・》ということだった。
その考えが表情にどの程度表われたのだろうか。ビルトは苦々しい顔つきで頷いた。
「見当がついているようだな。この国はティア小隊長に依存しすぎている。最初からそうなるしかなかったが」
「彼女が〝ブラケニア〟だからですか?」
「半分は正しい。あと半分は……彼女以外の戦力があまりにも不足しているということだ」
――……実に不安極まりない言葉だな。
テオはそう思ったが、実はある程度はすでに推測していた。
それなりに賑やかではあるが、一国の首都というには微妙なレベルのハスタン。しかもハスタンについての説明をティアから少し聞いたが、首都であるにもかかわらず位置が国境に近すぎる。いや、そもそも領土自体が狭すぎて国境から遠い都市なんかありもしないと聞いた。
あまりにも小さい国、エルバニア。それがティアの説明を聞いてテオが感じたことだった。
「〝ブラケニア〟は大変希少で強力だ。どんな国でも〝ブラケニア〟は手厚くもてなす。だが……たった今大人になっただけの少女を国力と呼んで依存する国はここだけだ」
ビルトは悔しそうに歯をくいしばった。
テオは眉を顰めた。ビルトの言葉は十分理解できたが……いや、理解できたからさらに、彼の言うエルバニアの実状が不安極まりない。
その実情をより把握する為に必要な質問は……ある。
「この国、いま国際的にはどうですか?」
「……アンタ、鋭いだな。この国に残ってさえくれればとても頼りがいがあるだろうが」
――まさか噓をつく……のではないだろう。
今さらだますつもりなら、初めからエルバニアの事情を率直に話さない方がよかった。
テオの予想通り、ビルトは手遅れの言い逃れなどはしなかった。
「正直に言うと、ティア小隊長がいなかったらもうこの国はいなくなっていただろう」
「……そんなにですか?」
「この国は周辺国と仲が良くない。いや、正確には周辺国がこの国を欲しがっているというか。エルバニアは弱くて小さい国だが、この土地の資源と農地は豊かだ。いわゆる祝福された土地だ。昔からそれを狙っていた国が多かったし、10年ほど前には大規模な戦争まで起こるところだった」
「10年前だと、ティアが10歳にもなっていない頃ですね」
テオはまさかその時期にティアが関与したはずがない、と思って言ったが、ビルトは全く違う意味で頷いた。
「そうだ。あの子が戦争の版図を変えるなんて、誰も思っていなかった」
「……まさか」
「一種の前哨戦の感じで攻めてきた軍勢がいた。前哨戦とはいえ、それさえもこの国にとっては大きな脅威だった。だが、その軍勢は幼い〝ブラケニア〟1人に皆殺しよりひどい屈辱を受けたんだ。たった1人も死なず、ただすべての装備と物資が破壊されたという屈辱を。食糧もきっちり帰国する分量だけ正確に残したそう。その知らせを聞いた周辺国は、暫くこの国への欲望を表に出さなくなった」
ビルトはティアがいる方向に目を向けた。ティアは相変わらず心配半分、警戒半分という感じでこちらを見ていた。しかし口を挟む気配はなかった。
「エルバニア王国という国ではなく、ティアキエル・リスリーティスという幼い少女一人を警戒して、な」
国を救い、その威容で侵略すら阻止するほどの力。
聞くにはいいが、それはすなわち|一国の安危をただ一人引き受ける《・・・・・・・・・・・・・・・》という意味に過ぎない。
「そこでテオさん、アンタはできるだけティア小隊長とは違う小隊になってほしい。基本的に討伐会社の仕事は小隊単位で修行されるから、〝ブラケニア〟はお互い違う小隊にいると業務も上手く分担できるんだ」
そしてテオはビルトの意図をすべて理解した。
つまり、彼はティアやテオに文句を言っているわけではなかった。むしろその逆で、幼いティアを配慮する為にテオを落とそうとしているのだ。もちろん彼が嘘をついていないという前提下の話だが。
――でも、まだ把握できていない部分がある。
そんな思いで、テオは再び口を開いた。
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