パート3:エルバニア王国(1)
エルバニア王国王都ハスタン。
エルバニアは小国とはいえ、それでもハスタンは一国のの首都であり、都市と呼べるほどの大きさであった。もちろん、大国と比較すれば、首都どころか地方都市とも比較できないレベルではあるが。
そんなハスタンだが、人間界自体が初めてのテオにとってはそれだけでも十分驚きで楽しい光景だった。
「森とは全然違うな」
「当たり前でしょう。都会ですから」
テオは目を輝かせながらハスタンを見回した。
加工された石材で建てられた家と舗装が行き届いた道路、そして意外に高くて洗練された建物。特に高い建物は10階ほどにはなる。街を走る車両は主に馬車だったが、ごくまれに馬なしで動く車もあった。
「ティア、あれは何だよ?」
テオは馬いなく運転される車両を指差して尋ねた。ティアはそんなテオがまるで都会に上京したばかりの田舎者のように思えて笑った。もちろん答えるのは忘れない。
「魔法車です。転生者の知識を使って開発された車両です」
「転生者の知識? 地球の自動車みたいな物?」
「ええ。原理は違うんですけど」
テオはまた魔法車を見た。原理が違うという事がどういう意味なのか初めは分からなかったが、見ていたら分かるような気がした。
地球の自動車はガソリンを燃やして得た動力で車輪を動かす。しかし、魔法車はガソリンを燃やした後の煤煙を吐き出す穴がなかった。そして車輪付近に微弱な魔力が動き続けているのが感じられた。
「術法で動くのかよ?」
「そうですよ。自動車で最も重要なのは車輪を動かすということでしょう? 言い換えればどんな手を使ってでも車輪を自動で動かせれば良いのです。原理は構いません。そんな一念で、物を思い通りに動かす術法を応用して作られたんです」
「ほぉ。そうだな。地球の物を真似る為に、地球の技術をそのまま再現する必要はないからな」
「はい。ああいう風に開発された物は多いです。冷蔵庫の場合も氷の術法を応用するようにしています。転生者の立場ですと、地球にはあるのにこの世界にはないという事が不便だからです」
地球の物の概念をもたらし、この世界の技術で再現する。なかなか面白い発想だとテオは思った。だがそれと同時に、神として少しすまなくも思った。
――転生者が経験したであろう技術的不便さについては考えもしなかったな。
やはり仕事をする前には熟慮が必要だ。そういう感傷を抱いてしまった。
「何を考えているのか分かる気がしますよ」
「……お前本当に勘が働くな。それとも俺が顔によく出てるのか?」
「ふふ、さあ。どっちでしょうか? でもポーカーフェースを練習した方がいいとは思いますよ」
創造神として存在した時は、感情を隠すことなどなかった。異世界の神と交流したりすることはあったが、ほとんどの時間はジベレと2人で過ごしたから。
――ジベレは元気かな。
まだ地上に降臨して1日も経っていないが、神として働いていた時とは比較にならない暇さだけは気に入る。しかし、置いてきたジベレだけは気になった。
実は神界とのつながりは完全には切れてはいない。それは感じているけど、いざ神界と連絡をとろうとしたら上手くいかなかった。これも予想できなかったことだった。原因も把握できなかったし。
――俺は本当に知らないことが多いんだな。
それでも見当はつく。
神界は神のみ行き来できる聖域。テオの魂は依然として創造神のままだが、肉体そのものは完璧な人間だ。正直に言えば、肉体に込めることができる神の力は本当に雀の涙のようだ。
今のテオにできることは人間の能力に限定される。もちろん、創造神の力を持つテオなら、人間の肉体で使える力だけでも普通の人間ぐらい軽く飛び越える。だが神の権能と権限を使うのとでは話が違う。
「何を考えているんですか?」
あまりにも長い間1人で考え込んでいたのか。ティアが話しかけてきた。
「ああ、すまん。ただ考えることがちょっとあってさ。それよりこれからどこに行く?」
カスカ達とはハスタンに入る時に別れた。彼らはハスタンにあるロンド商会本部に行くとのことだったが、テオとティアはそちらに用事はなかったから。それでも器用に名刺を渡しながら縁を固めておこうとするのを見ると、やはり商人は商人だろうか。
ティアはテオの質問に指を指した。今ここからも見えるほど、高さが高く目立つ建物だった。
「あそこがティシス社の本部です。ここで提案なのですが、当社に就職しませんか?」
「急にスカウト? ……まぁ、俺も一応は人間として生きていくつもりだから、求職の手間を減らしてくれるのはいい。でも俺に上手くできるかどうか分からないよ」
「ツノサルの群れを相手に苦戦したラーク小隊を救ってくださったでしょう? それだけでも仕事は十分にできます。もちろんその前に一度検証はしないといけませんけどね」
検証。その単語を言った瞬間ティアの目つきがとても微妙に揺れたことを、テオは逃さなかった。もちろん不安の揺れではなかった。肯定的な……というか、何かからかってるような気もするし、面白がっているようでもあるような感じだった。
テオの不安を知っているかどうか、ティアはにっこり笑って先を急ぐだけだった。
「さあ、早く行きましょう。早く私と同じ職場の仲間になるんです!」
***
「……それで、今これはどういう状況だよ?」
テオは呆れた顔でティアを見た。
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