8 最悪の報酬
視点が変わります。
「よくやった、ボニファーツ」
アルバンはハハハッと大笑いしながら、俺にハイタッチを求めてくる。うざいな。
こいつの酒が入るとうるさくなるところ、俺はあんまり好きじゃないんだよ。
拒否すると、機嫌を悪くするので仕方なくハイタッチをしてやることにする。
「おいおい、テンション低いなぁ〜。楽しくやろうぜ」
「別にいいだろ。色々と疲れたんだよ、休ませてくれ」
「んー、お前周り見てみろよ。笑ってねぇのお前だけだぜ。もっと笑えよ」
俺が微妙な笑顔を浮かべているのが、どうしても気に入らなかったようで、突然頬を引っ張ってきた。
「痛い、やめろ」
「お前、あいつを虐めてた時は笑ってたらしいじゃねぇか。なんで今は笑わねぇんだ?」
あいつというのはミュトスのことだ。あー、思い出すだけで腹が立ってきた。あの野郎……絶対に許さねぇ。
俺はミュトスの野郎に皿をぶつけられ、気絶していた。運が良かったのか軽傷で済んだが、だからといって許せることではない。いつか殺してやる。
「あの『悪魔』を牢獄にぶちこんでやれたんだぞ。嬉しくないのか? お前もあいつのこと大っ嫌いだっただろ」
「ああ、その通りだ。俺はあいつのことが心底嫌いだった。馬鹿だし、弱いし、真面目だし……見てるだけで腹が立つ」
「同感だ。あんなゴミと一緒に冒険してたと思うと吐き気がするぜ。牢獄に入れられてよかったよ」
吐き気は俺もする。本当にあいつは見ていて気持ち悪いのだ。多分、昔の自分を思い出すからだ。
自分も昔はあんな感じだった。二十二歳、今のあいつと同じ歳になるまでは。
あんな時代があったなんて思いたくないな。思い出すだけで腸が煮えくり返りそうだ。
「スッキリすると思わねぇか? なぁ?」
「まぁな。よかったよ。あいつにあんなことされなければ、今頃笑っていられただろうさ」
「引きずんなよ。ちっちぇなぁ。どうでもいいだろ……もう治ってるんだしよぉ」
「治ってるとかそういう問題じゃねぇ。あいつは俺に皿をぶつけやがったんだ。俺が今までどれだけ助けてやったかあいつはわかってねぇんだよ! 無駄に生きるのも辛いだろうからさっさと殺してやろうとしたのに……」
俺がどれだけ気遣ってやっていたか! なんでわかってねぇんだよ!
あいつは俺に感謝すべきだろうが。そりゃあ、助けを求める姿を見て嘲笑してたのは謝るさ。
でも、お前もお前だろ? お前だって昔俺のことを見て笑ったことあるもんな。
俺は大して悪くないと思ってる。子供のような考えだよな。わかってる。でも、意見は変えない。
「……とにかく飲めよ! お前のためのパーティでもあるんだからな」
「おう、わかったよ」
渋々、テーブルに置かれている酒に手をつける。
……不味いな。別にいいけど。
「飯の方も食うんだよ! ほら!」
ラァビィエボアのステーキ。ミュトスが食ってたのと同じやつか……他のやつならまだしも、これは食いたくねぇ。
なんでよりによって、そんなもん頼むかなぁ。
「何か別のものねぇのか? おい、お前。それ俺にもくれよ」
右隣のテーブルのジジイから、料理をひったくる。お、こっちは美味そうじゃねぇか。
塩カルトッフェルとラァビィエラビット肉のソテーだ。カルトッフェルというのは芋。それに塩をかけた単純な料理が塩カルトッフェル。ラァビィエラビット肉のソテーはラァビィエラビットの肉を油で炒めて焼いた料理だ。
ジジイが睨みつけてくる。足をグリグリと何度か踏んでやると、苛立ったようで立ち上がってこっちにやってくる。
「てめぇ! 何しやがる!」
なんでこんなことで怒ってんだよ。
つまずかせてやろうと、足を伸ばしたところで脇腹に魔法が飛んでくる。
「ぐふっ」
「はーいはーい、やめてやめてー」
驚きながら横を見ると、そこにはエッバがいた。
お前がやったのか……!
一発殴ってやろうかと立ち上がったところで顔面に手を突きつけられる。
「次はないよ」
「……わかったよ」
仕方なくやめる。あれ以上やってたら危なかった。
あいつ、本気の目をしてたんだ。本気で俺を殺す気でいやがった。何だってんだ……
「いやさぁ、他人の料理をとるのはよくねぇぜ。今のは明らかにお前が悪いって」
「そうか? まあ、別にいいよ。今回は俺が悪いってことにしてやる」
「……そういうガキみたいなところがあるからお前は嫌われるんだよ」
「あ? 今なんか言わなかったか?」
「いいや、何も言ってねぇぜ。幻聴じゃねぇか?」
「そうならいいが……」
なんか一瞬暴言を吐かれた気が……まあ、幻聴だよな……こいつはそんなこと言わねぇよ……
酒を一杯飲む。不味いのに飲むのは他に大した酒がないからだ。これが多分一番マシなんだ。
「……あ、そうだ」
「なんだ?」
思い出した。ミュトスの野郎への怒りですっかり忘れていた。
「あれだよ! 報酬だよ! お前ら、あいつを牢獄に入れさせれば報酬をくれるって言ってたろ」
「ああ、あれか。もちろんあるぞ」
「よっしゃ、どこにある」
「デニスのところに行けばわかるよ」
デニスか。なんであいつに持たせてるんだ?
デニスのもとに走って向かおうとする俺をアルバンが引き止める。
「おいおい、もう行っちゃうのか。もう少しだけ飯食ったり、酒飲んだりしてからでもいいだろ?」
「まあ、いいが……」
店員がやってきて、勝手に酒が入ったグラスをテーブルに置く。
気を利かせたつもりなのかもしれないが、クソうぜぇな。
もったいないので、その持ってきた酒を俺は飲み干す。
「じゃんじゃん飲めよ!」
「そんなに飲みたくねぇんだが。別に俺は酒に強くねぇんだからな?」
「あー、そうだっけ? まあ、いいだろ。今日はパーティなんだぞ?」
ふぅ……まあ、いいけどな……
それから、俺はアルバンに付き合って一時間ほどは酒を飲んだり、飯を食ったりしていた。
途中でエッバと話したりもしたが、正直退屈だった。
……エッバの奴、美人かもしれないけど、全然俺のタイプではないんだよな。
「……そろそろ帰るわ。デニスはどこにいるんだ?」
「ああ、確かにいい時間だもんな。デニスの奴なら入口の近くにいるはずだ。行ってきな」
外を見てないからわからないが、多分もう夕方ぐらいだ。早く報酬を受け取って帰ってしまいたい。
「じゃあな」
「おう」
アルバンに軽く別れを告げると、入口の方へ向かって歩きだす。
色々なジジイや馬鹿がいて、通りにくい。途中からやってきた奴も含めると五十人はいるんじゃないか?
いくら大きい酒場といえど、五十人は流石に多すぎると思う。混みすぎてて全然壁とかが見えねぇ。
かき分けていくと、入口のところに馬鹿がたくさん集まっている。真ん中にいるのは……デニスだな。
俺はジジイや馬鹿を突き飛ばして入口の方へ走る。
「おい、どけどけ! 俺は早く報酬もらって帰りてぇんだよ!」
さっきのジジイと同じように睨んでくる奴が何人かいたが、気にしない。
「はぁ……おい、デニ……え?」
入口のところにいたデニスは、何も持っていなかった。ポケットも膨らんでいない。あれは確実に何も入ってない。
「どういうことだ!!」
俺はデニスの胸ぐらを掴んで怒鳴る。
すると、デニスは突然俺のことを見て大声で笑いだした。
「いやー、なんか面白くってさ。なぁ、アルバン」
「ああ、やっぱりお前おもしれぇわ」
どこからかアルバンの声が聞こえてくる。多分、後ろだ。俺についてきていたのだろう。
「何の話だ!!」
俺はデニスの胸ぐらを掴む力を強める。デニスは苦しいのか一瞬だけ「ぐぎっ」と言って苦しそうな顔をする。
だが、俺が睨もうとすると再び笑い出す。
「どうしたよ! もっと強めてみろよ。その程度じゃ俺は気絶したりしねぇぞ。お前みたいに無様に気絶したりは!」
こいつ……
「報酬はどこだ!!」
「あ、報酬? もちろんあるぜ」
デニスはそう言うと、指を鳴らす。
指を鳴らすと、近くにいたジジイが俺のことをデニスから引き剥がす。
そして、別のジジイが俺に大量に金がつまった麻袋を思い切りぶつけてくる。
「何のつも……ぐごっ」
顎にぶつけられた。歯が折れたかもしれねぇ。
「これが報酬だよ。ちゃんと用意してやったぜ」
デニスが笑いながらやってきて、俺の顔に思い切り蹴りをかましてきた。
顎に当たり、再び歯が折れる。
「ほまへ……へっはいひふゆさねぇ」
「何言ってんのかわかんねぇよ! おい!」
顎の次は横腹、横腹の次は股間だ。痛くて抑えようとするが、他のジジイに止められてできない。
同じようなことが最近あったな。
……ミュトスだ。俺はあいつにこんなことをやっていたんだ。
ま、それがどうしたって話なんだけどさ。
「なあ、グチャグチャになった歯は美味しいか?」
美味しいわけねぇだろ……血の味しかしねぇよ。
「ほ、ほはへは……へっはいひふゆさへぇ」
「はーあ? 何言ってんのかわかんねーよ。ちゃんとした言語で話してくれや」
できねぇのわかってんだろ。この野郎……いや、こいつだけじゃねぇ。アルバンや酒場の奴ら、みんな殺してやる。
「……『お前ら、絶対に許さねぇ』って言ってるんじゃない?」
エッバか……会話に入ってこなかったからすっかり存在を失念していた。
お前も俺の敵か。俺を蔑むのか。貶めようとするのか。
「あぁ、なるほど。まあ、わかったところで俺たちのやることは変わんねぇけどな」
「それな! 別に許してもらおうと思ってやってるわけじゃねえし!」
アルバンとデニスが俺を見て大爆笑している。
それに釣られたのかエッバや客のジジイや馬鹿も笑い出す。
笑っていないのは俺だけ。もちろん笑えるわけなんかない。こんな状況で笑えるものか。
悲しくなってきた。それと同時に殴る気力がなくなってきた。
まあ、なくていいんだが。あったところで状況が変わるわけじゃない。こんな数を相手にできるだけの力はない。
でも、聞きたいことはまだある。一つだけ。一つだけだ。それだけが聞けたらいい。
「ほ、ほはへは……ほへほはほふひはへほはひへはひほは?」
「んーん? 歯抜けさんは何を言ってるのかなー?」
「わかんねー。人間語で喋ってくださーい」
アルバンとデニスが煽ってくる。俺を貶めたくて必死だな。
「……『お前ら、俺の家族には手を出してないだろうな?』って言ってるんじゃない?」
エッバは俺をゴミのような目で見ながらそう呟く。
「馬鹿じゃん? 今のお前の言葉で、俺はお前の家族殺したくなってきたわ。黙ってれば別に殺したいとは思わなかったのにね〜」
馬鹿はお前の方だ。確かにお前は強いが、俺だって昔は冒険者をやっていたんだ。剣さえあれば、お前ぐらい……
剣の場所は俺と妻しかわからない。こいつに見つかることはない。大丈夫……なはずだ。
「あれ、デニス……お前には言ってなかったっけ。こいつの……」
ちょっと待て!!
一瞬で理解した。アルバンが何を言おうとしているのか、何をしたのか。
やめろ! その先を言うな! 聞きたくない! 聞きたくない!
そう言いたかったが、上手く声が出ない。何故なら、デニスに胸ぐらを掴まれているからだ。俺が何か言おうとしてることを察したのだろう。
耳を閉じたくても、手が使えない。
『時間を止められたらな』と強く思う。そうすれば、こいつの言葉を聞かずに済むのに。
……ま、そんなことできやしないんだけどな。
「こいつの家族はな。ちゃんと俺が殺してやったよ」
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